異世界アイテム無双生活 第46話 恋と愛と生肉乙女の悲哀
アイテムボックス「ポケット」内部。
「……コウ、いくらなんでもチョロすぎませんか ? 」。
周囲の生物的な肉の壁、床、天井から「ポケット」の非難めいた声がした。
「そ、そういう流れだったんだから仕方ないだろ ! それに……俺がこの『ゲーム』にチェリーを巻き込んだんだ。そのせいで……だから責任をとらなきゃ……」。
コウの弁明が始まる。
「落ち着いてください。たとえ勧誘したのがあなたでも、決断したのは彼女です。それに……彼女のやり方は、自らを人質にとった子供じみた脅迫です。そんなものにいちいち応じていたら、彼女の奴隷に成り下がってしまいますよ」。
「……言うねえ ! 容赦なく、ぶった切るな……。さすが感情の無い分霊だ……」。
「私に感情が無いことを非難するなら、感情のある本体に報告しましょうか ? 今の本体ならば一瞬で『堕天』して、あなたを殺すために悪魔に生まれ変わって地獄から戻ってきますよ」。
この世界の女神は憎悪の炎で魂を焼き尽くされると地獄に堕ちて、悪魔へと生まれ変わるという。
「……そんな……。本体の四月の女神エイプリルは『愛』も司っているんだろ !? 『慈愛』の心で見逃してくれることはないのか !? 」。
食い下がるコウ。
「……『ヒモ』の浮気を見逃すのが『慈愛』かはわかりませんが、本体の『愛』は『愛』でも『恋愛』に、『恋』に近いのです。母なる創造神様は本体を永遠の恋する乙女としてお産みになられました」。
「『愛』と『恋』はそんなに違うのか !? 」。
「違いますよ。『愛』は真ん中に心があるから『真心』、『恋』は下に心があるから『下心』です」。
「落語家が書いたスピーチ集みたいなこと言ってんじゃねえよ ! だいたいなんで異世界生まれのお前が漢字を知ってんだ !? 」。
そんなコウの疑問には答えず、目の前の肉製の床が盛り上がっていく。
それは彼よりも頭一つ分小さいくらいの大きさ。
骸骨だ。
ピンク色の肉で作られた骸骨。
ぐにゅぐにゅと肉が集まり、次に内臓が出来上がっていく。
その過程は分厚いオブラートに包んで表現すると、「とても気持ちの悪いもの」であった。
やがて生肉の皮膚がそれを包み、生肉の髪が生えて、生肉製の全裸の乙女が出来上がった。
その容姿はあまりに整いすぎて、艶めかしい温度を感じさせる肉製なのに、どこか冷たい人形のよう。
コウがこの生肉乙女を目にするのは二回目だった。
そして一回目の悍ましい記憶から、彼は青ざめる。
「……別に私は怒っているわけではありません。感情の無い分霊ですし。ですが本体と私に対する裏切りに対して何のペナルティも無いというわけにはいきません」。
生肉の乙女から「ポケット」の声がして、にこやかに笑いながらペタペタと生肉の床を歩いて近づいてくる。
「ま、待て ! 今の状況で体内の魔素を吸われて魔力切れになるのは良くないだろ ! 」。
慌ててそれを押しとどめようとするコウ。
かつて「ポケット」の機嫌を損ねて、強制的に魔力切れ状態にさせられた時は酷い二日酔いのようになって、吐き気と頭痛で丸一日まともに動けなくなったのだ。
「……大丈夫ですよ。明日は私が移動してあげますから。あなたは一日私の中で反省していなさい……」。
笑顔のまま歩みを止めない生肉塊。
「……それに私は少しムカついているんです。あんな手段をとった彼女と、それに簡単に引っかかったあなたに……」。
「感情が無いっていう設定どこいった !? 」。
コウのもっともな指摘を無視して、ポケットの宿った乙女はにじり寄ってくる。
「……私だって…… ! 私は本体である四月の女神エイプリルの人格の一面をそのまま分霊にした存在です。ですが私には本体の記憶は記録としてあっても、まるで実感がありません。母なる創造神様の温かな胸に抱かれたことや姉妹達と過ごした幼い頃も……。それに妖精族の光妖精達との燃えるような恋も……。『ポケット』という逃避のための人格が生み出されるより前のことがほとんどですから。私が唯一触れて、本当に一緒に時を過ごしているのは……あなただけなんです…… ! 」。
乙女の整った顔が歪む。
こらえようのない痛みを無理やりにこらえているかのように。
「……一年後、『ゲーム』が終了した後に私は再び本体に統合され、今の私は消えてしまいます。……だから少しでも多くあなたとの思い出が欲しいのに……。あなたが壊したアイテムをようやく補修し終えて意識を表に向けたら……あなたはあの大女と思い出どころか子どもまで作りそうな雰囲気なんですから……」。
乙女は自嘲的に嗤い、とうとう目的のものを抱きしめた。
「……わ、わかったよ。悪かった ! 反省するから……」。
逃げることもなく乙女の細腕の中に素直に収まったコウが焦った声をだす。
「わかればいいんです」。
それに応えたのは、至極冷静ないつもの声。
「……本当にチョロいですね。私の演技にまで引っかかるんですから。むしろ心配になってきましたよ。……でもあなたのそういうところが結構好きですよ」。
「な、なんだと…… !? しまった…… ! は、放せ ! 」。
コウが慌てて乙女の両腕をほどこうとするが、全ては遅きに失した。
「魔素の吸収を開始します」。
機械的なポケットの声とコウの悲鳴がアイテムボックス内の空間に響いた。
朝、ちゅんちゅんと雀に似た鳥が鳴いている。
ドン、ドン、と重たい音を出すドア。
「どうぞ」。
応えたのが彼の声ではなかったことを不審に思ったのか、急いでドアが開かれて、大きな女が身を屈めて入ってくる。
「……『ポケット』さん…… ? 」。
そう確認せざるを得ないチェリーの視線の先には、全裸の白い女性型マネキンがベッドに腰かけていた。
髪もなく、瞳もない。
ただ関節部だけが黒い金属製で、激しい動きにも対応できそうだ。
そしてコウが装着していた黒いウエストバッグ型のアイテムボックスがそのマネキンの腰にあった。
ぐるり、と首を回して無機質な顔がチェリーを見やる。
「そうですよ。今日はコウの具合が悪いので、私が代わりに移動します。彼は私の中でゆっくりと休んでいますので、ご安心を」。
腹部にバッグ部分があり、それを愛おしげに撫でるマネキン。
表情も何も変わらない。
なのにチェリーには「ポケット」が「女」の笑みを浮かべているようにしか見えなかった。
「……前みたいに私が運ぶからコウを出して。『ポケット』さんは色々作業があるんでしょ ? 」。
「その点もご安心を。中と外、同時に意識を存在させることができるようになりましたから。今までも少しずつ吸収していましたが、昨晩は彼からたっぷり魔素をもらって、私の分霊としての能力が上がったんです」。
すげなくそう言うと、立ち上がったポケットはするりとチェリーの脇を通りすぎて、部屋を出て行った。




