異世界アイテム無双生活 第44話 着替え
「もうこんな時間か……」。
何度か叩かれたドアを明らかな居留守でしのぎ、コウはベッドの上でだらけ切っていた。
「そろそろグリーンドラゴンの解体も終わっているでしょうし、チェリーの夕食はあなたが用意するんでしょ ? 」。
腰のウエストバッグ型のアイテムボックスが行わねばならないことを告げる。
コウは無言で俯せの状態から三回転半で広いベッドの端に到達し、ゆっくりと起き上がった。
そしてウエストバッグ型のアイテムボックスの機能の一つ「瞬着」によって、深緑色の外套を羽織ったいつもの「御使い」スタイルに瞬時に着替えた。
「……この機能は戦闘中も便利だが、日常生活でも役に立つな」。
「一瞬で裸にもなれますしね。周りの視線がそれた瞬間、裸になって誰かがあなたを再度見る前に、すぐまた服を着る瞬間的な露出プレイもできますよ。大人の『だるまさんがころんだ』ですね」。
「なんでそんな露出狂界のスティーブ・ジョブズみたいな開拓者にならなきゃならないんだよ。いや、智慧の果実であるリンゴを全く齧ってないな。そんな奴は」。
コウは部屋を出て、ロビーとは逆方向の廊下の突き当りの壁に向かって歩いていく。
やがて突き当りに衝突するが、その瞬間、彼はテントの外にいた。
「終わってるみたいだな」。
解体用アイテム「リトル・ブッチャーズ」は作業を完了して一メートル四方の立方体の中に撤収しているようだ。
コウがその立方体の端ウエストバッグ型のアイテムボックスに触れさせ、にゅるりと本来ならばとても入らない容積のものが収められていく。
「グリーンドラゴンの素材が入手できたので、ようやくあなたが壊した『|竜人の着ぐるみG《ドラゴニュート・スーツG》』の補修ができますよ」。
「……あれは壊したんじゃない。壊れたんだ。不可抗力だ」。
「自分が壊したら『壊れた』と言い、他人が壊したら『壊した』と言う。人間の性ですよね」。
「……お前、確か感情がないタイプの分霊だったよな ? それにしては随分嫌味っぽいじゃないか ? 」。
コウが「堕天」しないように感情を無くした四月の女神の分霊が宿ったウエストバッグ型のアイテムボックスに、確認するように言った。
「何言っているんですか。もし私に感情があれば、ガチギレしてあなたを壊したアイテムと同じ目に合わせているところですよ」。
「こわ…… ! 」。
薄暗くなった周囲を一度だけ見渡してから、彼は再び「箱庭テント」の中に戻る。
そして廊下を歩き、一際大きなドアの前で立ち止まり、ノックする。
返事があったようで、普通よりも高めにあるドアノブを回して、彼は入室していく。
広い部屋、それに合わせて普通の人間が使うにはやや大きい家具が誂えられた中、大きな女が彼を出迎えた。
大きなソファーに腰かけて、その前の大きなテーブルの上に、アイテム「みんなの飲物屋さん」と「みんなのパン屋さん」を置く。
それぞれ魔素を飲み物とパンに変換できる生活アイテムだ。
そして解体したばかりのグリーンドラゴンの肉は解体専門アイテムの「リトルブッチャーズ」の効果によって、すぐに保存用の燻製にされて、それも大きな籠に入れられてテーブルに並ぶ。
コウが魔素を込めてバスケット型のアイテムいっぱいにサンドイッチを作り出し、水差し型のアイテムからコップにジュースを注いで、量は別として、ささやかな晩餐が始まった。
「今日の戦いはね……土妖精のみんなは……」。
一日の出来事をまるで子が親に報告するかのように喋りながら、すさまじい勢いでサンドイッチを食べて行くチェリー。
「カツサンドと燻製肉だけじゃなくて、野菜のも食べないとダメだぞ」。
「……はーい」。
子どもがされるような注意をチェリーはどこか嬉しそうに聞く。
(ああ、こいつは多分、子供時代のやり直しをしてるんだ。幼いころにできなかったことを今やってるんだ……。きっとあまり良い子ども時代じゃなかったんだろうな。……それくらいは応じる義務が、俺にはある……)。
コウはちらりと壁に立てかけられているハルバードを見やる。
それに宿る三月の女神の分霊と「ゲーム」に関する協定を結んだ際、チェリーが授けられた恩寵についても聞かされた。
それは彼女を巻き込んだ彼にとてつもない重さでのし掛かった。
そんなの勝手にやったことだろ、頼んでねーし、などと言う人間ではないことは美徳ではあるが、時に想定してもいない相手からの自己犠牲的行為の代価を支払うことになる。
すぐに空になった思い通りのパンを作り出すアイテム「みんなのパン屋さん」を再び起動させながら、コウはふと疑問に思ったことを「賢者」でもあるチェリーに聞いてみる。
「そういえば『魔素』ってのはどこから湧いてくるんだ ? 」。
「…………魔素を生み出す器官が物質として身体の中にあるわけじゃないわ。けれど人間は体内から魔素を放出することができるの。おそらく魂がそれを作り出しているんじゃないか、って言う人もいるわ。そして魔素を生み出してコントロールする力が『魔力』よ」。
口の中のパンを飲み下してから、チェリーが説明してくれる。
「それに魔素はどんな物質にも浸透することができるの。だからエルフ達は矢に魔素を通して、その魔素をさまざまに変換させて弓矢魔法を使うのよ。それに弓矢魔法を極めたものは魔素をそのまま半実体の矢に変換することもできるらしいわ」。
コウは先日戦ったエルフの蟻人を思い出して、苦い顔となる。
「……色々と汎用性が高いんだな『魔素』っていうのは」。
「そうよ。あらゆるエネルギーや物質に変換できる魔法やスキルの根源だからね」。
説明を終えて、大きなコーラの入った大きなコップを空にするチェリー。
そして一息ついて、またバスケットを空にするために忙しく両手が動き始めた。
(……また大きくなって、食べる量も増えてる。最終的には街の外で一時的に巨大化した時のように五十メートルくらいになるって言うし……。そうなったらどうなるんだろう ? 何かの拍子に踏み潰されてしまわないだろうか)。
ブラウンの短い髪の大きな女をコウは色々な感情のこもった目で見つめ、それから思考を先ほど聞いた魔素のことに向ける。
(昔、瞑想を教えてくれた怪しい宗教セミナーの教祖は何も無い空中から物質を生み出す物質化現象をやってのけた。あれはひょっとして魔素を物質に変換してたんじゃないのか ? だとしたらあのオッサンに「回路」を開いてもらったから、俺は今、魔力を使ってアイテムを起動させている ? )。
「……コウ、どうしたの ? さっきから全然食べてないけど、具合悪いの ? 」。
大きな顔が彼をのぞきこんで、すぐ近くに。
最初にあった時より大きいのに、ほっそりとしたラインになっているその顔にコウは少しだけドキリとした。
「だ、大丈夫だよ ! それよりこれを……」。
何かをごまかすように彼は布製の手提げ袋を彼女に手渡した。
「何これ ? 」。
俺が出てから見た方が……と言う前にすぐに中身を取り出すチェリー。
その手には大きな服。
部屋着用にコウがアイテム「みんなの洋服屋さん」で作成したパジャマワンピースだった。
「服がその伸縮自在なローブ一着ってのもあれだからな。とりあえず部屋着と……他にもいろいろ作ってみたんだ。サイズが合えばいいんだけど……」。
「ありがとう ! 早速着替えるね ! 」。
そう言うと、チェリーはローブを脱ぎ始めた。
慌てて顔を背けるコウの耳に衣擦れの音だけが、何か背徳的に聞こえてくる。
「あ……下着もある……」。
吐息のようなチェリーの声。
長いようで、すぐに終わった着替えタイム。
ピンク色で、前に大きめのボタンが並んだパジャマワンピースは彼の姉が実家で昼夜関係なく常に着用していたもののデザインをそのまま利用した。
まるで姉ちゃんの制服だね、と言うと、実家は私の職場みたいなものだからね、と引きこもりの姉が爽やかに返してきたことを思い出しつつ、コウは部屋でだらけながら作成していたのだった。
「……サイズはピッタリよ」。
ゆったりとした作りなのだが、それでもローブに比べると身体のラインがよくわかる。
「よかった」。
コウは平静を装っていたが、頬の紅潮は隠せない。
それを見たチェリーはふいに三月の女神の分霊が言っていた「男は皆大きな胸とお尻が大好きなのよ ! 」というセリフを思い出した。
「……コウ」。
ぎこちなく、両腕で大きな胸を冒涜的にアピールしながら、彼女はコウににじり寄っていった。




