異世界アイテム無双生活 第40話 ポエム交換
ああ、私を腑液滴る汚濁の檻から救い出してくださった清麗なる御使い様。
そう始まった光妖精ゾネのポエム。
彼女は胸の前で手を組んで、まるで祈るようにコウの周りを飛びながら、朗々と想いを詠みあげる。
ゾネがコウの髪を堕天使の羽に、その瞳を夜空に例えた時、彼は羞恥心から逃れるために昨夜の記憶に意識を向けた。
疲労は確かにある。
それは確実だ。
疲れているのだから。
なのに眠れない。
なんとか眠っても、すぐに目が覚めてしまう。
そして何度目かの短い眠りの後、ふと違和感に気づく。
どうやっても腰から外すことのできなかった新型の黒いウエストバッグ型のアイテムボックスがない。
「エイプリル ? 」。
コウはそのアイテムボックスに宿る四月の女神の名を呼ぶ。
ごそり、と暗い部屋の隅で音がした。
彼がそちらに視線をやると、それは浮かんでいた。
新型になったそれはまるで指輪のようだった。
指輪の中石がバッグ部分で、輪となった腕が金属製でつなぎ目のないベルト部分。
指輪のリング状の腕から、何かが生えていた。
水上の浮き輪のように浮かぶそれは、腕から伸びた六本の昆虫の脚によって支えられていた。
ゴキブリ。
それがその脚を見たコウの感想だった。
そしてゆっくりとバッグの口が彼の方を向いて、開いていく。
そこには昼間には確実になかったものがあった。
上下、不揃いに生えた尖った歯だ。
最悪なことに赤く着色されている。
その真下の暗い床には、何かが、いや誰かが倒れていて、床も真っ赤だ。
カツカツカツカツカツカツカツカツカツと床に昆虫の脚が刺さりながらこちらに向かってくる音がした。
「うわあああああああああああああ !! 」。
叫びながら飛び起きた彼が居たのは、部屋ではなかった。
柔らかく生温かい肉の床。
並ぶ白い作業台と様々な器具に資材の棚。
忙しく動き回る白いマネキン達。
作業台の一つには胸の魔石が割れて、片手のないままの「|竜人の着ぐるみG《ドラゴニュート・スーツG》」が寝かされている。
まるで工場か研究室のようだった。
コウは肉製の天井を見上げた。
ここに来たのは二度目だ。
「ようやくお目覚めですか。そんなに私の中が心地良いなら、ずっと居てもいいんですよ」。
天井から、壁から、床から、声がした。
「……悪い冗談だ。早く外に出してくれ」。
ここはアイテムボックスの中だった。
「そうはいきません。あなたに重要な報告があります。奥へ進んでください」。
グパッと肉の壁の一部に大きな穴が空いた。
コウは渋々、その穴を通って、広い部屋に出る。
その部屋の中央に白い棺があった。
蓋はしっかりと閉じられている。
「あの中でエイプリル様が眠っています」。
また周囲から声がした。
「……ちょっと待て ! おかしいだろ ! じゃあ今喋っているお前は誰なんだ !? 」。
「私は『ポケット』です」。
「何を言ってるんだ…… ? 『ポケット』っていうのはエイプリルの……二重人格みたいな偽物の、本当は存在しない人格だろ ? 」。
そのはずだった。
四月の女神エイプリルが自らの過失から目を逸らすために生み出したもう一つの人格が「ポケット」であり、彼女が宿ったアイテムボックスがまるで「知能を持つアイテム」であるかのように振舞っていたのだ。
本当はアイテムの機能としての知能ではなく、女神が宿っていたから会話することができたのであった。
「順を追って説明します。この世界に帰還して、妖精達の悲惨な現状を見たエイプリル様は自分が『知能を持つアイテム』の『ポケット』ではなく、女神であることを思い出されました」。
コウはうなずく。
ここまでは彼も知っていることだ。
「ですが、今日、光妖精をはじめとしたあまりに酷い妖精達の姿を見て、エイプリル様は……また『堕天』しそうになったのです」。
強い憎しみや恨みの炎に魂を焼かれた女神は地獄に堕ちて悪魔に生まれ変わるという。
妖精達をそう扱っている人間とその守護神である十月の女神への憎悪が再び喫水線を超えそうになったのだ。
「そこで緊急処置として、分霊として私を作って本体から切り離し、本体はこれ以上『堕天』が進行しないように眠りにつくことにされたのです」。
「……あの棺の中にエイプリルが眠っているのか」。
コウは部屋の中央の棺に向かおうとする。
「やめてください。『堕天』途中の姿をあなたに見られたくはないはずです」。
「……そうか」。
「安心してください。あなたと私が『ゲーム』を勝ち抜いてエイプリル様を『主神』とすることができれば全てが解決します。それに私には『創造』の権能が全て託されているので、今まで通りにアイテムを作成、修復できますから。……さらに憎悪の念をいだかないように私には感情もありません。よって分霊の私までが『堕天』することはないので、その点もご安心を」。
「分霊っていうのは随分自由に作り出せるんだな」。
「そうですね。あの協定を結んだ三月の女神の分霊は本体と同じ性格の分身みたいに作ってあるようですしね」。
コウは溜息を吐きながら、棺をみた。
「……せめて、良い夢を見ていればいいんだが」。
「その点もご安心ください。あの棺は本人の望む幸せな夢を見るようにできています。今エイプリル様がご覧になっているのは、一年後の世界で『主神』となった彼女の庇護の元、解放された妖精達が国を立て直し、神域ではあなたと生き返った妖精王ハルがエイプリル様を取り合って決闘する夢ですよ」。
「……そうか」。
なぜだかわからないが、無性に悲しくなった彼の頬を涙が伝った。
一つの種族を背負って立つには、心の弱すぎた女への憐憫だったのかもしれない。
「……様 ! 御使い様 ! 」。
光妖精の声がコウを現実に引き戻す。
「……ひょっとして私のポエムを聞いていらっしゃらなかったのですか…… ? 」。
また彼女の瞳が影を帯びた。
「そ、そんなことはないよ ! あまりに素敵だったから感動に震えていたんだ ! 」。
今度は簡単に光は戻らない。
「……本当ですか ? なら今すぐに返事のポエムを詠んでくださります ? 」。
機嫌を損ねた壊れかけの光妖精がどんな行動をとるか、昨日出会ったばかりのコウには計り知れない所があった。
もしかしたら四月の女神「御使い」である彼にすら光の精霊魔法を撃ってくるかもしれない。
焦る彼の耳だけに、ラナの声が風の精霊魔法に乗って飛んできた。
「コウ、あなた聞いてなかったでしょ ? ……とにかくポエムを詠んで。肯定も否定しない、はぐらかすようなポエムを……。それからもう嘘はついちゃダメ。光妖精は鋭いの……」。
微かにうなずいて、コウはなにか詩作のヒントになるものはないか、と辺りを見渡す。
すると白い百合の花を見つけた。
そして始まった。
羞恥心を生贄に召喚されたポエムの朗読が。
あなたはまるであの白百合のよう。
どこまでも純潔で、気高い一輪の花。
例え触れている大地が穢れようとも、それは百合を穢すことはない。
百合はそれすら浄化して自らの力となす。
そしてより美しく咲く。
それゆえ百合は誇り高い。
だから百合のようなあなたを誰も汚すことはできない。
あなたは汚れに触れても、それでも美しく、そして誇り高い。
だから私はあなたに触れることができない。
あなたを手折ることができない。
その輝きが、尊すぎて。
(どうだ !? )。
コウは答え合わせをするようにラナを見る。
ラナは微妙な顔。
(どっちなんだよ !? 正解なのか !? それとも不正解 !? )。
不正解の場合は最悪、死に至るケースも考えられるデス・クイズ。
その結果はすぐにわかった。
「……御使い様……。いいえ、コウ様。あなたは私を綺麗なままだとおっしゃってくださるのですね……」。
ゾネの瞳に、光が戻った。
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