異世界アイテム無双生活 第38話 巨人
うずくまったままの体勢で、アゼルは恐る恐る目を開けた。
すぐ隣に地面に両手をつけたユーニスと、アゼルと同じように身体を丸めているデニスがいる。
そして少し離れて人間のおばちゃんが伏せていた。
周囲は薄暗く、二メートルほどの土の壁に囲まれている。
「……巨大アリが降ってきても潰されないように土の精霊魔法で穴を作ったんだけど、必要なかったみたい。それから……絶対に上を見ちゃダメ ! 絶対に ! 」。
大きいけれど少しだけツリ気味な瞳を珍しくさらにツリ上がらせ、頬を赤くしてユーニスはアゼルとデニスに警告する。
どちらかというと不真面目で、時には性的なジョークまで言う彼女がこんなに厳しい禁止の言葉を使うことは珍しかった。
ユーニスの行った単純だけれども効果的な方策を思いつかなかったアゼルは言われなくても落胆して下を向いたが、デニスにはその警告は逆効果だった。
「えっ ? 上に何かあるの ? 」。
普通に上を向こうとする少年を少女のドロップキックが吹き飛ばす。
「見るなって言ってるでしょうがあぁぁぁぁぁぁああああああ !! どうしても見たけりゃ、ちゃんとチェリー姐さんとそういう関係になって正々堂々と見なさいぃぃぃぃぃいいい !! 」。
発狂するユーニス。
その発言と走りながらチェリーがハルバードとしていた会話から、アゼルは自分の空がどうなっているか、うすうす想像がついてきた。
(見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい。見たい…… !! )。
少年が爆発寸前の自らのリビドーを抑え込むのに必死な中、伏せていたおばちゃんが起き上がった。
「痛たたた……。魔力切れ寸前の状態で運動するもんじゃないね……。一体どうなったんだい ? 」。
そう独り言ちて、上を見る。
「なんだい。この大きな二本の柱と天幕みたいなのは ? 大きなテントの中かい ? ……いや違う。これは巨大な人間の脚 ! まさかチェリーちゃん……。大きな子だとは思ってたけど……。やっぱり巨人族だったんだね。それにしてもパンツくらい穿いたらどうなんだい」。
おばちゃんの呟きの最後の部分が、不発弾として処理されそうだったアゼルの欲望の導火線に再び火をつけた。
上を見ろ、という欲望の声と見てはダメだ、という理性の声。
その二つに同時に従うアゼルの身体はブルブルと痙攣を始める。
「アゼル ! あんたどうしたのよ !? 」。
「……見ぃぃぃいいいいたああああぁぁぁぁぁぁああああいいいいいぃぃぃぃぃぃいいいいいい !!!!!!!!」。
それは魂の慟哭だった。
少年はいつか大人になる。
それが今だった。
「……正気に戻りなさいいぃぃぃぃいいいい !!!!」
そんな成長ホルモンの迸りをデモ隊を封鎖する警官隊の如く、少女の暴力が押しとどめる。
まるで海面を跳ぶイルカのようにしなやかな肉体が宙を舞い、その勢いのまま両足が叫び続ける少年の薄い胸に激突した。
美しいドロップキックだった。
そして吹き飛ばされるアゼルは、背中から地に倒れる瞬間、空を見て、一段、大人の階段を上った。
そんな青い戦いが自分の足元で繰り広げられているとは露程も思う余裕もないチェリーは、両腕で頭上に巨大な蟻を掲げていた。
跳んで、空から彼女達を潰そうとした巨大アリを巨大化した彼女が受け止めたのだ。
身長は巨大アリの体長よりも少し小さいが五十メートルはある。
「うあああああ !! 」。
気合を入れて、両腕に力を込めて、巨大アリを放り投げる。
すさまじい地響きと土煙のなか、草原の地面を大きく抉りながら転がっていく小山のような巨大アリ。
距離によって少しだけできた余裕の内に、彼女は一歩前に出て、振り返り、小さなおばちゃんと土妖精達の様子を確認する。
男の子二人が倒れてはいるが、命に別状はないようだ。
(……良かった。大きくなった時に踏み潰してなかった……)。
ホッとしたのも束の間。
不愉快を煮詰めたような巨大アリの鳴き声が、彼女に前を向かせた。
コウから貰った白いローブは四月の女神謹製のアイテムであり、魔力を通せばサイズ変更が可能である。
五十メートルほどの大きさの彼女に合わせたそれの裾をはためかせながら、彼女はゆっくりと横に移動して、おばちゃん達から遠ざかっていく。
「……素晴らしいわ ! ここまで大きくなるなんて ! 大きさは力よ ! どんなモンスターもあなたから見れば可愛らしい小動物 ! 目の前にいるちっぽけな人間ならば何の抵抗もできずに食べられるだけの巨大種だって、大きなあなたなら恐れるに足りないわ ! 」。
顔の近くを小さなハルバードがうるさく飛び回っていた。
チェリーは思わず虫を払いのけるように大きな手を遠慮なく振ると、それはどこかに飛ばされていった。
ふいに再び地響きがして、巨大アリがこっちに突っ込んでくる。
「チェリー姐さん !! 」。
「チェリーちゃん !! 」。
即席の塹壕から顔だけを出したおばちゃんと土妖精達の叫ぶ声。
チェリーを少しだけそちらを向いて、大丈夫、と微笑んでゆっくりと両手を上げて掌を蟻に向けた。
そして呪文の詠唱が始まる。
「……これは !? このサイズであの魔法を撃ったら一体どうなるんだい !? あんた達 !! 絶対にここから出ちゃダメだよ !! 」。
焦るおばちゃんが土妖精達に言ったと同時に、呪文は完成した。
恐れなどまるで知らずに本能に従ってチェリーへと突進する巨大アリ。
「……焼き毀れなさい !! ファイヤ・カノン !! 」。
巨大な彼女自身と同じくらい大きな炎の砲弾が巨大な節足動物に放たれ、瞬間、巨大アリはその巨躯を余すところなく炎に包まれる。
そしてその炎が至る所で爆発を起こし、その度に巨大な脚や城壁よりも厚い外骨格を吹き飛ばしていく。
「キキィィィィィィィィイイイイイイイイ──── !! 」。
炎の中で巨大アリは鳴いた。
それはまるで悲鳴のように聞こえた。
そして定められた術式によって最後に炎は大爆発を起こす。
「うわあああああああ !! 」。
すさまじい爆風が塹壕の上を通り過ぎていく。
しばらくしてアゼルがそこから這い出し、土煙で最悪の視界の中、見たのは草原には巨大な爆発による大穴とその側に佇む巨大なチェリー。
巨大アリはどこにもいなかった。
木端微塵に吹き飛んだのだ。
「……綺麗だ」。
土煙の中、目を閉じて静かに立つ巨大な女性はどこか荘厳ですらあった。
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