異世界アイテム無双生活 第29話 弓矢魔法
「……さて、あんたが大軍アリにこの街を襲わせてるんだって ? 」。
コウは当たり前だが初めて本物のエルフと対面するという興奮を隠しながら、努めて冷静に問う。
現在、街の中はパニック状態であった。
親とはぐれて泣きじゃくる幼子。
少しでも多くの家財を運ぼうとして、避難よりも荷車に荷物を積む作業を優先する者。
これ幸いと犯罪に励む者。
大軍アリの姿を直接見た者がまず逃げ出し、彼らが見ていない者にも避難を勧告して、そしてそれを聞いた者がさらに広げていく。
それを本来整理誘導する警備兵は皆、大軍アリの迎撃に出払っているのだから、混乱して当然の状況だ。
「チッ ! なんで人間が四月の女神の『御使い』をやってるんだ ? 妖精達が一番人間を憎んでるってのによ !! 」。
男はコウの質問に答えることなく、吐き捨てた。
そんな噛み合わないやり取りにまるで関心がないように風妖精のラナはコウの焼け焦げた髪を器用に風の精霊魔法で切り揃えていく。
そしてバランスをとるために反対側の髪まで切り始めたラナをようやくコウが制した。
「ラナ……。今はいいから。そんなことよりもう一人のエルフを見ててくれ」。
この場にいるエルフは二人。
目の前にいる男と、赤い高級そうな革製の二人掛けソファーに優雅に座る女だ。
身に纏う白い服は透けるほどに薄く、体勢によっては黒い肌着であることがわかる。
娼婦の装いであった。
「……ダメよ。四月の女神様の『御使い』をああいう風にやるんだったら、外見から整えておかないと……。それに私はあなたの部下になった覚えはない。だから納得のいかない命令には従わない」。
何度かコウの正面に回って、確認しながら、髪を切り、ようやく満足したのか、ラナはコウの隣に戻って二人のエルフに対峙する。
「……もう一人くらいこの場に残した方が良かったかな」。
「それができないのはあなたが一番良く分かっているんでしょ ? 」。
全てお見通し、とばかりにラナが言った。
エルフの男が人間に対するテロリストならば、人間に恐ろしいほどの恨みを持つ妖精達は果たしてこの男と戦うことができるであろうか。
「御使い」であっても、転移してきたこの星の人間でなくても、種族としては人間であるコウの命令に従って。
それが彼の懸念の一つであった。
よって彼が現時点で信頼できる妖精はラナと人間のタオに好意を持つサラだけ。
「……お前にどんな理由があるかはわからない。だが止めさせてもらう」。
仕切り直して、コウはエルフの男と対峙する。
「はあ !? なんでだ !! お前は妖精達の味方じゃないのか !? 」。
驚いたように男が問う。
「……味方だ。だから四月の女神の『御使い』なんかをやってる。だがお前のようなやり方は間違ってる…… ! 」。
「どこがだ ! 百年前の『百年戦争』で人間族がどれだけ酷いことをしたか…… ! それに誇り高き我らエルフ族を下賤な娼婦として扱うなど……許されることではない ! 人間などアリの餌が相応しい ! 」。
激昂したエルフの感情に呼応したかのように、彼の身体から噴き出た魔素が魔力によって形を取り始める。
(「弓矢魔法」の奥義…… ! あの若さでどれだけの修練を積んだの !? デカい口を叩くだけのことはあるわ ! )。
同じエルフのアデリエンヌは男の実力を理解し、まるで緊張感のない人間と妖精の二人の死を確信した。
すぐに男の前に五本の木製の矢が出来上がり、空中に浮かんでいる。
「……まずお前を殺し、その次に戦わない卑怯者を殺す。妖精は我らの仲間になるなら助けてやる」。
エルフの男、ジャメル・ベロンは高らかに宣言して、コウとアデリエンヌを射殺すような視線で睨んだ。
「へえ、同じ仲間のエルフを殺すのか ? 人間と変わらないな ! 」。
おどけたようにコウが言った。
安い挑発だが、それによって安い怒りは買えたようだ。
「なんだと !! 俺を人間などと一緒にするな !! その女は同胞の痛みを救わずに自らが生きることだけを選んだ卑怯物だ !! だから俺が粛清してやるんだ !! そっちの水妖精もそうだ !! 」。
興奮したジャメルはアデリエンヌといつの間にかその隣にいた水妖精に向き直る。
(……こういう隙に精霊魔法で攻撃して欲しいんだけどな……)。
少しだけ二人には齟齬があった。
ラナはある程度相手とやり合って経験を積みたいと考え、コウは相手の実力など発揮させずに倒してしまいたいと考えていた。
ちらりと自分を見るコウの視線に、自信たっぷりの微笑みで応えるラナ。
「恩寵」によって得た力が、彼女から相手の実力を測る謙虚さを失わせていた。
「……今度の百年戦争で人間以外が勝てば、復讐が始まる。人間が奴隷となる番だ !! 」。
「そうすると今度は人間からお前みたいなテロリストが生まれてくるわけだ。そしてまた百年戦争で人間族の「代理人」が勝てば他の種族はまた迫害される。……そんな悲劇が繰り返されるだけだ。お前のやり方だとな」。
「黙れ !! 」。
矢が放たれた。
弓も何もないのにすさまじい速度でコウに向かう。
目で追えないほどの速度のそれをラナは把握していた。
わずかな空気の流れが、彼女に全てを教えてくれていたのだ。
そしてその軌道を変えるべく、風の精霊魔法が発動されて、不可視の刃が正確に飛翔する五本の矢を迎撃した。
それは完璧だった。
その矢が普通の矢であれば。
石造りの部屋の五カ所が風の刃で深く刻まれるが、その途上にあった矢は何の影響も受けずにすり抜け、目標に突き立った。
「……え ? 」。
ラナの間の抜けた声とコウが膝をついたのは同時だった。
「なんだその姿は…… ? 」。
胴体から五本の矢を生やした緑色の竜人がそこにいた。
矢が放たれた瞬間、「瞬着」によって「|竜人の着ぐるみG《ドラゴニュート・スーツG》」を瞬間的に装着したコウであった。
(……すぐに胸の魔石に魔力を通したのに……。外皮を簡単に貫かれた……。いくらなんでも威力が高すぎないか……。でもその割に……)。
魔素で構築された矢が、その役目を終えて、ふっと消えた。
矢じりは内皮の衝撃吸収機構であるスライム液で勢いを殺されていたため、致命傷ではなかった。
空いた五つの穴に魔力を込めて数舜、外皮の穴は塞がる。
だがコウの身体に空いた穴は当然塞がることもなく、依然として血が流れ続けている。
「コウ ! あなた竜人だったの !? 」。
驚愕するラナ。
彼が否定する前に、面白がるような声が聞こえた。
「ずいぶん高性能な鎧をもってるじゃねえか ! 四月の女神に神具か !? だが次はどうかな ! 」。
再び魔素がジャメルの周りで形を取り始める。
「作らせるか !! 」。
胸の魔石に込められた魔素がスーツの人工筋肉を稼働させるエネルギーと、外皮を強靭化する力へと変換されていく。
コウは数メートル離れたジャメルの元へ瞬時に移動し、その勢いのまま右拳に生えた四本の竜の爪がうなりをあげて彼の胴体を突いた。
ジャメルが吹き飛んだ先にはちょうど扉があり、それを大きな音と共にぶち破って、彼は廊下へと飛んでいく。
突き出したままの右拳の爪は綺麗なままだった。
(金属製の鎧をローブの下に着こんでたか ? )。
「……コウ、その姿はあの男が言うように鎧なの ? 」。
ラナの不安げな声が聞こえた。
「ああ、そうだ」。
「良かった…… ! どこからどう見ても本物の竜人にしか見えないから……。私、爬虫類だけはダメなの」。
安堵の声だった。
「ラナ、そんなことよりあの矢は精霊魔法で叩き落とせなかったのか ? 」。
扉の向こうを警戒しながら、コウは早口で確認する。
「……うん。でもおかしいの。確かに当てたのに…… ! 」。
コウは思考をフル回転させる。
正直、彼は魔法というものの威力はともかく、その汎用性を侮っていた。
(単純に火や風を攻撃に使えるだけじゃない。矢を作り出して飛ばすなんて……。いや考えてみればエイプリルのアイテムも魔素からパンや飲み物を創るんだし……。それにしてもあの矢はラナの風の精霊魔法による迎撃はすり抜けて、俺には刺さった。完全な実体じゃない ? 何かが実体化するスイッチになってる ? あいつは俺の今の姿を見て、鎧だとすぐに見抜いた。もし鎧じゃなくて本物の竜人なら生きていなかったから ? )。
とにかく相手の思考を読まねばならない。
そして幼い頃から「相手の身になって考えなさい」と家庭でも学校でも躾けられた、日本人特有の慮りが相手を倒すために使われ始める。
しかし答えを導きだすまで相手は待ってはくれない。
ゆらり、と昼間でも暗い廊下から、浮かぶ矢を従えた異形が姿をみせた。
読んでいただき、ありがとうございました。
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