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異世界アイテム無双生活  作者: 遊座
第二章 百年の支配を賭けたゲーム
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異世界アイテム無双生活 第21話 エイプリルの神域


 何も見えない暗闇の中、左手から伝わる冷たく滑らかな壁の感触だけを頼りにコウは通路をゆっくりと歩いていく。


 振り向いた代償に視界を奪われた彼は、今度こそ何があっても振り向くまいと固く心に誓っていた。


(……エイプリルは後ろからちゃんとついて来ているんだろうか ? )。


 彼がそう不安に思い始めた時、ふいに左手の感覚がなくなり、思わずよろめいた。


 転びそうになるのをこらえた足には先ほどまでの固い床と違い、柔らかな土の感触。


 そして花の香りと、温かな日差しが彼を迎えた。


「ここは…… ? 」。


「四月の女神、エイプリル様の神域ですよ」。


 戸惑うコウに、機械的な音声が(こた)えた。


「誰だ…… ? 」。


「私はエイプリル様に作成していただいた魔法人形(マジックドール)のロロです。人の身でここに入ることができたということは、あなたは『御使(みつか)い』様ですね」。


 とりあえず味方のようだと判断して、コウは肩の力を抜いた。


 ふと濃密な甘い匂いが後ろから花の香りを押しのけて漂い、彼の鼻に届いた。


「……エイプリル様、お久しぶりです」。


「百年ぶりね。ロロ」。


 どうやらエイプリルも無事あの場から離脱できたようだ。


(後ろから濃い花の香りと……別の甘い匂い、果物が腐ったような匂いだ……微かに硫黄臭も……)。


 コウは少し身体を固くする。


 エイプリルが黒い穴に吸い込まれていく前に言ったことを思い出したからだ。


「……エイプリル、大丈夫(・・・)なのか ? 」。


 コウがエイプリルの声の方へ問いかけると、耳のすぐ側から返事が返ってくる。


「どうかしら ? でも今はとてもいい気分なの」。


 匂いと同じ、甘い声だった。


「今、椅子を出したから座って」。


 彼女は目の見えないコウに周りの状況を説明してくれる。


「わかった。ありがとう」。


 それを全く疑うことなく、腰を下ろした彼を女神は満足そうに見つめていた。


「お茶を用意いたしました」。


 先ほどの魔法人形(マジックドール)の声とともに、彼の前にいつの間にか用意されていたテーブルの上に何かが置かれた音がした。


「カップはここだから」。


 まるで後ろから抱きしめるようにして、それでいて絶対に肌と肌が直接触れないようにして、エイプリルは彼の手をお茶の注がれたカップへと導いてあげた。


 コウはふと、古典的なモンスター映画のワンシーンを思い浮かべた。


 恐ろしい容貌(ようぼう)の人造の怪物が盲目の老人と交流する場面だ。


 今コウの(まぶた)に張り付いた花びらは一切の光を通さず、わずかな光すら感じることはない。


 真っ暗な墓場。


 花の香りは、墓前に()かれたお香。


 温かな日差しは、怪しく燃える鬼火。


 腰かけているのは、小さな墓石。


 手にしたカップは、供えられたワンカップ酒。


 そして身体に密着しているのは……。


(……変な想像しちまった。『雨月物語』じゃあるまいし……)。


 彼は軽く頭を振って、カップを持ち上げ傾ける。


 爽やかな香りのするハーブティー。


「……おいしいよ」。


「ウフフ、良かった ! 」。


 身体は離れたけれど、相変わらず耳に甘い息がかかるほどの距離で声がした。


「……ねえ、コウ。あなた私の『代理人』になってくれるよね ? 」。


「『ゲーム』のか ? そんなの俺には無理だよ。他の種族の精鋭中の精鋭が選抜されてくるんだろ ? 勝てっこないよ」。


「大丈夫よ ! 今回は私も本気を出す……って言うと語弊があるわね。前回も本気だった。でもそれは相手を殺さない前提でのこと……。今回は違うから……だから安心して……許されざることなんて何もなかったのよ……。ただ昔の愚かな私が許さなかっただけなの……」。


 コウは少しずつ冷たくなっていくエイプリルの声によって自分の身体までが冷たくなった感じがして、熱いハーブティーの入ったカップを再び傾けた。


「それに……私が『主神』になればあなたの一番の願いを叶えてあげられる」。


 その声は、じわりとコウの悩に染み入った。


 彼の望みは地球に帰って姉と、家族と、友人と再会すること。


「……今すぐにできないのか ? 」。


 無意識にコウの声は少し強いものとなる。


「コウ……残念だけど……今は私の状態がちょっと不安定なの。でも『主神』になれば大丈夫だから……それまで我慢して。お願いよ…… ! 」。


 悲痛な懇願の声だった。


(……俺をこの星へ転移させた責任を感じているんだろうな。本来は自分だけで帰る予定だと言ってたしな……。でもなんとか危険な「ゲーム」が始まる前に地球へ帰りたかったな……)。


「……やるしかないのか……。妖精族も戦いに慣れてなさそうだし……」。


 コウはがっくりと肩を落とす。


 それを見てエイプリルは焦る。


「でもでも私達は絶対に勝つから大丈夫 ! そ、そうだ、儀式は盛大に行いましょうよ ! 」。


 上ずった声だ。


(送還の儀式を盛大にやるってなんだ ? 送別会ってことか ? )。


「誰か招待でもするのか ? 」。


「当然よ。他の十一柱の女神達に祝福させてやるわ ! 『ゲーム』を勝ち抜いた私が『主神』になって悔しがっているあいつらにね ! 」。


「そ、そんなこと無理にさせなくていいし、招待しなくていいよ ! こっちが気まずくなるだろ ! 」。


 今度はコウが焦った。


 せっかく地球に帰れるおめでたい場面に、「主神」に対して面従腹背(めんじゅうふくはい)の十一柱の女神達の(きし)むような空気など味わいたくなかったからだ。


「そう ? 余興としてあいつらの目の前で、あいつらの『御使い』と種族をまとめている王の斬首なんかしちゃおうと思ってるんだけど……」。


「余興の意味知ってる !? そんなの場が盛り下がるだろ !! 」。


「わ、わかったわ ! それは儀式の後、改めて()り行うから…… ! 儀式は親しい者だけの参加ね……」。


 そう言って、エイプリルはいつの間にか空になっていたコウのカップにハーブティーを注いだ。


「……そう言えば、コウのご家族にも儀式に来てもらった方がいいよね ? 」。


「必要ねえよ……」。


(なんで送別会にこれから帰る先の地球の家族を呼ぶんだよ……)。


 何か二人の間に齟齬(そご)がある。


 この段階になって、ようやくコウは違和感を持った。


 例えるなら、勤務先の会社から新製品が発売される前日、実はその製品には設計段階から重大な欠陥があることに彼だけが気づいていたのに、それを言い出せないまま放置していたらいつの間にかもう取り返しがつかなくなっていたような焦燥感。


(何かおかしい……。でも……なんだこの眠気は…… ? )。


「……眠いの ? 地上は午前一時だしね。寝ても大丈夫よ。ここは安全だから……」。


 再び甘い声が耳元で聞こえた。


 コウは返事もできずに、テーブルに崩れる。


 女神は眠りに落ちた彼の頭を優しく一撫でして、ロロに命じて運ばせた。


 コウを抱えるロロの行く先には薔薇の生い茂る庭園があり、そこには純金製の天蓋付きベッドが設置されている。


 その柔らかなベッドに仰向けに沈み込むコウ。


「よいしょ」。


 彼の右腕を真横に伸ばして、それを枕にして横になるエイプリル。


 そして彼女はゆっくりとコウの瞼を塞いでいた二枚の花びらをとり、愛おしげに彼を見つめて、呟く。


「……こんなところまで私を追いかけてきてくれたあなたの想いには(こた)えるからね……。絶対に……」。


 地上でもにアイテムボックスに宿った霊体の状態で散々やっていたことだが、神域で実体に戻って行うそれの感触は格別であった。


 やがて女神の身体は左回りに九十度、回転した。



読んでいただき、ありがとうございました。

感想・評価・ランキング投票等々、創作の励みとなりますので、もしよろしければお願いいたします。


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