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異世界アイテム無双生活  作者: 遊座
第八章 やがて神へ至る獣
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第33話 Lonely Pink Light



 光が見えた。


 王島の灯台の光だ。


 炎を思わせる小さな橙色が揺らめいて見える。


 それがなければこの船は、暗闇の波を縫って進みはするけれど、どこに辿り着くかわからない。


 月と星だけが闇を微かに薄くしているが、すぐ隣にいる人間の顔の判別もつかない。


 そんな状況なのに甲板は、満員であった。


 別に船内に収容しきれないほどの乗船客がいたわけでもない。


 少し前、気の利く若い船員が船内にかけた一声のせいだ。


 やがて、息が漏れる。


 青く輝く海面の美しさによって。


 船に驚いた小型の海棲モンスターの群れが発光したのだ。


 ルミネッセンス・スクイードと名づけられた小さくとも知能の高い彼らは、身体を発光させることで仲間とコミュニケーションをとる。


 大きな船が来たことに驚いて、やり取りしているのであろう。


 その幻想的な光景は、煌びやかなようでいてどこか寂しく、乗客達は、とくに男女二人の組み合わせの乗客は自然と身を寄せあった。



 「あ、あそこ ! 」


 静かな甲板に女性の声がした。


 そして、にわかに騒がしくなっていく。


「えっ !? この時期に !? 」


「すげえ ! 」


「……素敵」


「超ラッキーだ ! 」


 青く輝く波間に、一つだけ桃色の光があった。


 それはこの群島において、幸運の前兆とされている光だ。


 しばらくしてモンスターの群れが生息する海域を抜け、乗客達は海風の強い甲板から船内へと戻っていく。


「……同族以外の、それもモンスターの交尾にこれだけ盛り上がれるのは、知性ある者の特権だな」


 長い藍色の髪を海風に(なび)かせながら、ロレットがいかにも知性がある者のように言った。


「……身も蓋もねえことを言うなよ。確かにあの桃色の光はルミネッセンス・スクイードの求愛行動らしいけどよ」


 キャスが岩のような顔を歪めて苦笑した。


「……本当に幸運の前兆だといいんだが……」


 そして呟き、欄干に背をあずけ、満月を見上げて懐かしい顔を思い出す。


「そうだな……。今日は思い切って指名せずにフリーでいってみるか……。思いもよらない出会いがあるかもしれん…… ! 」


 キャスとは違い、完全にプライベートで娼館に向かうロレットは力強く拳を握った。


(まったく……黙ってても女の方から寄ってきそうな面してんのに……)


 彼は再び苦笑する。


 何かがあって特定の相手と深い仲になるのを避けるようになった冒険者達を見てきた彼にとって、それは特段詮索することでもなかった。


「……それにしても、あのフィリッポって奴、大した男だな。友人がバケモンになって討伐されたんだ。本来ならサンドロのことなんて気遣ってやれないところだろうにな……」


「……どうかな。あいつ自身もいつも通りに振舞うしかなかったのかもしれん……」


 ロレットは身体の向きを反転させ、欄干の上で両手を組み、暗い海を眺めた。


 久方ぶりに異種族と会ったからか、昔のことに思いを馳せてしまう。


 しばらく無言であった彼に、キャスもまた無言で葉巻を差し出した。


 暗い甲板の上、二つの小さな火が灯った。



────



 パオロは上機嫌だった。


 思わず歌を口ずさんでしまうくらいに。


 人通りも多く、明るい夜道だ。


 幾人かは振り返って彼を見やる。


 道の真ん中で歩きながら歌う姿が特別に奇異だからではない。


 そんなことはそこら中で酔っ払いがやっている。


 それは警備兵の中でも特にいかつい風貌の男の口が奏でる音が、とんでもなく美しかったからだ。


 人々の視線を意にも介さず、彼は少し前のことを思い出す。



 ついさっき、少しの躊躇(ためらい)いもなくスムーズに人を殴った時とは打って変わってぎこちなく重厚な貴賓室の扉を叩くと、どうぞ、と応答があった。


 失礼します、と彼が入室すると、赤いソファーに男が座っていた。


 この群島ではまずお目にかかれない黒い髪と瞳。


 貴賓室に用意された白いシルクの寝間着が、それをさらに強調していた。


 蟲人との戦闘後、コウが再び鎧を装備してから警備隊が戻ってきたせいで、パオロは彼の素顔をこの場で初めて見ることとなった。


 そしてカミラとブリジッタが貴賓室から無事帰って来た時、様子がおかしかった理由がなんとなくわかった。


(……何もなくて……逆にがっかりしちまったんじゃねえのか ? )


 軽く首を振って、彼はコウの、「御使い」の前に背筋を伸ばして立つ。


「パオロと申します ! どのようなご用件でも、何なりとお申し付けください ! 」


 コウは少しだけ眼を細めて、値踏みをするようにパオロを見据えた。


 そして問う。


「パオロ、娼館に行ったことはあるか ? 」


「はぁ ? え ? いや……その……まあ……あると言えばありますが……」


 さきほどの歯切れのよい挨拶とは打って変わって、パオロはしどろもどろになる。


「『千夜の夢』という店は知ってるか ? 」


「えっ !? ……知っていると言えば知ってますが……」


「その店に行って……旦那をニ、三人くらい殴り殺してそうな受付のおばさんにこれを渡してくれ。『ジョンからエリスへ』と言えばわかるはずだ」


 そう言ってコウは両手に収まるくらいの黒い革袋をパオロに手渡す。


「……了解しました ! 」


 おそらく「エリス」という娼奴が御使い様の密偵か何かなのだろう、とパオロは頭の中で算段をつけて、部屋から出て行こうとする。


「待て……これも持って行け」


 振り返ったパオロの左手に、金貨が八枚握らされる。


「駄賃だ。好きに使え」


「えっ ? いいんですかい ? 」


「ああ、遠慮なく使え。領主に没収させた部隊長の今月分の給金の一部だからな」


 そう言ってコウは右手をひらひらと振って、笑った。




(お駄賃は八万ゴールド……ちょうど「千夜の夢」の料金……つまりはお使いの後は遊んできていいってことだ ! なんて良い御使い様だ ! )


 いけ好かない部隊長の給金で娼館遊びができると思うと、パオロの口角はついつい上がってしまう。


 歓楽街でも賑やかな通りを過ぎると、辺りは暗くなる。


 そして娼館であることを示すピンク色の(あか)りがいくつか見えてきた。


 彼は暗闇こそが最高の化粧だ、と闇夜で出会った女性と一夜を共にし、朝日とともに逃げ出そうとして叶わず、今は既婚者となった同僚のことを思い出す。


 警備兵である彼は昼間にこの場所に来ることもあるが、その時は薄汚れた大きくて古びた建物が並ぶ、ゴミの多い通りに過ぎない。


 だが闇夜の今は、まるで魔法がかかったかのように、どこまでも魅力的な場所であった。



 やがてパオロは目当ての店へと辿り着く。


 そこは門前に灯された桃色に光る魔法具が無骨な黒い鎧戸を少しだけ魅力的に照らしていた。


 彼が太い両腕で軽く押すと、観音開きに左右の戸は別れていく。


 そして目の前には白い壁。


 左手にもう一つ鎧戸がある。


 鎧戸からの出入りで店内の様子が見えないようにする娼館ならではの工夫だ。


 その戸を開くと細い廊下の先にまた扉。


 そして右手の壁は人間の腰から上あたりの高さで大きく長方形に空いており、その中は受付カウンターとなっているようだ。


 パオロは慣れた様子で受付のおばさんに話かける。


「……今日は混んでるみたいだな。ジェニファーは空いてるか ? 」


 受付に預けられた武器の数から、おおよその客の数がわかるくらいには通い慣れてはいるようだ。


「運がいいねぇ。ちょうどキャンセルがあって、空いているよぉ」


 受付のおばさんの金色の眼鏡の奥の瞳が細められ、皺が濃くなった。


「フフフ、やはり運命的なものを感じるな…… ! 」


 彼はニヤリと笑うと、金貨八枚を彼の鍛えられた腕よりも太い丸太のような腕の先にあるゴツゴツした手に引き渡す。


 ああ、それから、と廊下を進みかけた彼は反転し、慌てたようにおばさんに黒い革袋を手渡した。


「『ジョンからエリスへ』だそうだ ! 」


 その言葉を聞いたおばさんは一瞬、なんとも言えない顔になる。


「……わかったよ」


「頼んだぜ ! 」


 そう言って彼は意気揚々と扉の先へ向かう。


 その先の待合室には壁に沿うように黒いソファーが置かれ、すでに数人の男が座っていた。


(ククク……どいつもこいつも()えない野郎ばかりだな。俺が一番いい男だ ! それに俺はジェニファーと本当に恋仲になる予定だしな……。こいつらとは根本から違うってもんよ ! )


 人は自分に甘い点をつけたがる。


 現在待合室にいる性欲を(たぎ)らせた愚かな男ども全員が同じようなことを考えているとは、(つゆ)とも思わず、パオロはソファーにどっかりと腰を下ろした。



ここまで読んでいただいてありがとうございます !


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