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異世界アイテム無双生活  作者: 遊座
第八章 やがて神へ至る獣
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第28話 愚かな男たち



 いくらこの群島が暑いとはいえ、その建物は風通しが良すぎた。


「……なんでこんな所に廃屋があるんだ ? しかも相当でかいぞ…… ? 」


 大きな斧を肩に担いだフィリッポが首をひねる。


「さあな……だが気をつけろ。その先の木陰に隠れてる奴らがいる」


 ロレットは剣の柄に手をかける。


 帰りの遅いサンドロを心配したルチアナに命じられ、フィリッポとロレットは彼が勇者一行と行動を共にしていると推測し、この群島では目を引く勇者達の後を聞き込みながら追ってきていた。


 ロレットの警告に頷きつつ、二人は歩を進める。


 そしてその廃屋の中を窺い、見知った顔を発見した。


「勇者様 ? それに…… !? 」


 ネリー達は戦闘終了後、戦闘前は建物としての役割を果たしていた廃屋を物色し、倒れた薬品棚の中から発見した回復薬を使用し、休憩していたところであった。


 薄い壁を背もたれとし、ネリーの隣には人狼族のレイフ、その隣には土妖精(ノーム)のドナと人間のキャス、そしてタオ。


 火妖精(サラマンダー)のサラは陽光から逃れるため、タオのフードの中に避難しているようだ。


 そしてシャロンとサンドロが並んで座り込んでいた。


 回復薬は傷を治療してはくれるが、使い切った魔力の回復は効果の埒外(らちがい)


 よって魔力を使い果たし、爬虫類人族(リザードマン)の恩寵である「変身」を維持することのできなくなった二人は、本来の姿をこの群島に少しの遠慮もなく降り注ぐ陽光の下に晒していた。


「サンドロに……シャロン…… !? お前ら……爬虫類人族(リザードマン)だったのか ? 一体何が…… !? 」


 フィリッポは大きく目を見開き、驚愕の表情。


 魔力切れで息も絶え絶えな二人に代わって、ネリーが簡単に彼らに事の経緯を説明する。


「……バカな…… !? そんなことが……」


 フィリッポは信じられない顔で、黒く焦げた肉塊を見やる。


「あれが……トレイだと……クソ ! なんでだ…… ? 『恩寵』が弱くなったって……お前には……俺達にはダニーロ警備隊長に鍛えられた根性と気合があっただろ……。そんなわけの分からない薬になんかに頼りやがって…… ! 」


 男は友であった肉塊の前で、肩を震わせる。


 相も変わらず、太陽はギラギラと降り注いでいるのに、その場にいる者達はどうしてか時折髪を揺らす微風の冷たさが強く感じられた。


 森の中にはたくさんの生き物がいるはずなのに、どうしてかこの瞬間は静かで、ただただ男の背中だけが何事かを語っていた。


 やがてフィリッポはゆっくりと振り向く。


「……後でちゃんと墓に埋葬してやらねえとな。それにしてもお前……俺に爬虫類人族(リザードマン)であることを隠してやがったな」


 フィリッポはギロリとサンドロを見やる。


「……正確には爬虫類人族(リザードマン)とのミックスですけどね。隠してて……すいません……」


 頬に緑色の鱗を生やし、瞳が黄金色となったサンドロは珍しくも素直に頭を下げた。


「いや、いいんだよ ! サンドロ君 ! 」


 フィリッポは打って変わって笑顔で、どこか泣き顔のようなサンドロの肩をワザとらしく何度か叩き、続けて言う。


「いやあ、これでキミはルチアナ様のお相手候補から外れるなぁ ! 我々一般人からすれば些末な問題だが、『貴族』であるルチアナ様のお相手が爬虫類人族(リザードマン)というわけにはいかんからなあ ! 」


「え…… ? いや、まあそうっすね」


 サンドロは困惑した顔だ。


「まあ安心したまえ ! 私が盛大にルチアナ様にフラれるキミの残念会兼励ます会を開催してあげようじゃないか ! それに『御使い』様は異種族に寛容な方針を示しておられる。だからキミが爬虫類人族(リザードマン)であることを理由にルチアナ様のパーティを首になることはあるまい ! 」


 フィリッポはこれ以上なくムカつく顔でサンドロに笑いかけた。


(……この口調……たまに俺が失態を犯した時にフィリッポさんが慰める(てい)をとりながら煽って来る時のやつっす……。傷心の俺に……なんかムカついてきたっす。でも……)


 フィリッポの言動はサンドロに爬虫類人族(リザードマン)の血が流れているという本人にはどうしようもない事実をあげつらう、これ以上ない卑劣で差別的なものであった。


 「お前達は人間と何も変わらないんだ ! 俺はお前達を心から愛してる ! 」と言いながらも、彼と彼の母親を捨てて同じ人間の女の元へ走った父、そして「爬虫類人族(リザードマン)はきっとお前を受け入れてくれるわ ! 」と母は言いながらも、結局のところ爬虫類人族(リザードマン)の村でも陰湿な嫌がらせを受け、人間に「変身」して人間の街で生活せざるを得なかったサンドロ。


 それでもいまだに村で暮らす母のため、爬虫類人族(リザードマン)に様々な点で協力を強いられてはきたが。


 そんな彼にとって、どうしてかフィリッポの卑劣な言動は、いっそすがすがしかった。


(俺はどうしたって……純粋な人間じゃないし、純粋な爬虫類人族(リザードマン)でもない……それは変えられない事実っす。そのことを失態みたいに言われるのは腹が立つけど……俺が純粋な人間じゃないと知っても……フィリッポさんは変わらない……普段と同じ最悪の人間っす ! )


 魔力切れのふらつく頭で、何かやりかえせないかと思考を巡らせ始めたサンドロの前に、不意に一切れの紙が差し出された。


「……いろいろと大変だったみたいだな。こいつをくれてやる。楽園に……行って来い…… ! 」


 ロレットだ。


 いつもと同じ、整った顔でポケットに長い間仕舞いこんでいたことが丸わかりの、くしゃくしゃの紙切れをサンドロに渡す。


「ロレットさん……なんすかこれ ? ……王島の高級娼館の……割引券 ? 」


「ああ、その店は俺が行った中でも最高の店だ……。お前を癒してくれることだろう……」


「……せめて割引券じゃなくて無料券はないんすか ? 」


 贈り物に使うと送り主の評価も割り引かれてしまうことが確定している、贈る品としてはこれ以上なく不適切な紙切れをヒラヒラと振りながら、サンドロは言った。


「どうやら貴様は数字に弱いようだな。いいだろう、教えてやる…… ! その高級娼館の料金は大体八万ゴールドだ。その割引券を使うとどうなる ? 」


 そんな無礼をかましながら、何故かロレットは彼の髪と同じ色の青い軽鎧に覆われた胸を張る。


「三割引きだから……五万六千ゴールドになるっす」


「そうだ。二万四千ゴールドが浮くわけだ。そして王島の中級娼館の相場は二万ゴールド強……つまりはその割引券によって一回中級娼館が無料となるわけだ ! どうだ !? 」


「『どうだ !? 』と言われても……」


 サンドロは娼館の割引券という女性からの視線が限りなく冷たくなる呪いの品を手に、ちらりとシャロンを見ると、どうやらその効果は遺憾なく発揮されているようであった。


(まずいっす ! このままだとシャロンさんに誤解されるっす ! なんとか話題を変えないと…… !! )


 サンドロはフィリッポに向き直る。


「……フィリッポさん、俺がルチアナ様のお相手候補から脱落しても……今やあんたのライバルは俺やパーティのメンバーじゃないっすよ ? 」


「なんだと !? どういうことだ !? 誰がいるってんだ !? 」


「……御使い様っす」


「何を言ってやがる ! 確かにルチアナ様は御使い様に尊崇の念を抱いていらっしゃる ! だがそれは愛情とは別だ ! 」


 フィリッポは呆れたように首を振った。


「……いや、一理ある。尊敬の想いが愛に変わるってのはよくあることだ」


 だがロレットが腕を組み、したり顔でサンドロの援護射撃を行う。


「なんだって……クソ ! どうすればいいんだ !? ……そうだ、何か御使い様を貶める情報はないか !? 例えば誰にでも股を開く淫乱な女と関係を持って、性病にかかってるとか !? 」


 ネリーの美しい顔が、少し歪む。


 御使いと、コウとそういう関係である彼女にとってみれば、そんな彼を貶めるような噂は、彼女を貶めることに直結するからだ。


「……そんな情報あるわけないっすよ。それにそもそもあの人は爬虫類人族(リザードマン)の親愛の刻印を三つも撃たれてるんすから、性病なんかにならないっすよ」


「……待て、爬虫類人族(リザードマン)の親愛の刻印にはそんな効果もあるのか ? 」


 ロレットがフィリッポを押しのけ、サンドロに問うた。


「ええ、毒が効かなくなるだけじゃなくて、病気にも……つまりは状態異常に強い耐性を持つようになるんすよ」


「そうか……サンドロ、その親愛の刻印とやらを俺に撃て…… ! 」


「は ? 」


「早くしろ…… ! 間に合わなくなっても知らんぞ !? 」


「何にっすか !? ロレットさん……ひょっとしてこんな大事件が起きたのに、今から王島の娼館に行くんすか !? いくら明日はあんたの休暇日とはいえ……」


「そんなことはどうでもいい ! とにかく御使い様のネガティブな情報を探るんだ ! 」


「フィリッポ ! お前は黙ってろ ! 俺には時間がないんだ ! 定期船の出発まであと一時間しかないんだぞ ! 御使いの奴の情報は俺がくれてやるから、落ち着け ! 」


「なに !? なぜお前が情報を持ってる !? 」


「……そもそも俺はあいつが『御使い』として現れる前から知ってたんだ……王島の高級娼館の待合室で会ったことがあってな」


「ほう……続けろ ! 」


 ロレットの情報は、少々不機嫌になっていたネリーの身体に雷を纏わせ、ドナとキャスの顔を青褪めさせることに成功する。


「あいつは……半年ほど前に大陸から売られてきたエルフの子がお気に入りでな。贈り物として大量のお菓子や……珍しい花蜜まで抱えて待合室にいたんだ。そしてその子を大金を出して店から買い取ろうとして……いわゆる水揚げってやつだな。それをしようとして拒否されたそうだ」


(大陸から売られたエルフ……そして……花蜜…… ? )


 ドナとキャスは顔を見合わせる。


「でもそれって娼館の女の子にしたら喉から手が出るほどありがたい話じゃないんすか ? ……なんで断ったんすかね ? 」


「それだけ嫌われてるってことに決まってるだろ !! ククク……いいネタを持ってるじゃねえか !! これをさりげなくルチアナ様にお伝えすれば……」


 フィリッポはがっしりとした顎に手を当て、卑劣な笑顔を浮かべる。


「あ、あの ! 悪だくみの途中にすみません ! ……そのエルフの女の子の名前……セレステじゃないですか !? 」


 誰が悪だくみをしてるだと、というフィリッポの怒鳴り声を無視して、ロレットがその問いに答える。


「いや……そんな名前じゃなかったな」


「そうですか……ひょっとして大陸で行方不明になった友達かと思ったんですが……」


 ドナはがっくりと肩を落した。


「まあ待て。娼館で働く子が偽名を使うのはよくあることだ……。行って確かめてみるといい。店の名は『千夜の夢』で……エルフの子の名は……確かエリスちゃんだったな……」


「……とりあえず確認しに行かなきゃならないようだな。王島への定期船は一時間後か……まあ……あまり気は進まないがな……」


 葉巻の煙を吐き出しながら、元気良く立ち上がったキャスを女達はこれ以上ない冷たい視線で見た。




ここまで読んでいただいてありがとうございます !


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