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異世界アイテム無双生活  作者: 遊座
第八章 やがて神へ至る獣
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第27話 女の回想



 この世界の母なる創造神が(ことわり)の世界へと(かえ)っていった。


 自らの意志で。


 その魂の行方は、残された者には知り様がない。


 まだ消えない寂しさを胸に抱え、それでも次の主神を選ばなければならないため、彼女の娘である十二柱の女神達の神域はどこか落ち着かない。


 初めてのことだ。


 仕方がなかったのかもしれない。


 しばらく主神の座が空位となれば、その間、神域のセキュリティが甘くなってしまうことを失念していたのは。


 ようやくそれぞれの女神の代理人が参加証を奪い合う「ゲーム」のルールが決まった後、十月の女神ミシュリティーは彼女の代理人を神域に迎え入れた。


 元々、彼女は自らが生んだ種族である人間を愛していたし、時にそれが特定の一人へと注がれ、その寵愛を受けた人間に「御使い」とし、しばらくの間神域に招くこともしていた。


 さて、今回招かれたのは黒い髪を後ろに撫でつけ、綺麗に整えた顎髭が特徴の甘ったるい顔の男。


 勇者の男だ。


 かつて彼女が神域に招いた人間は、彼女を(おそ)れ敬い、すぐに跪いた。


 だが男は違った。


 堂々と女神と正対し、微笑んでみせた。


 文字通り、神をも恐れぬ不遜な男に、どうしてか彼女は惹かれた。


 それが男に憑いた「魅惑」を司る悪魔の力とも知らずに。


 やがて彼女自身のセキュリティに開けられた穴から、悪魔は侵入する。


 女神の中に。


 気づいた時には遅すぎた。


 咄嗟に分霊を作る要領で、支配されていない部分を切り離し、防壁を張る。


 それはどこまでも続く暗闇の中、ポツンと建つ小屋として顕現した。


 彼女の無事な部分はその中で、混乱し、後悔し、懺悔する。


「いくらなんでもおかしい…… !? 悪魔に気づかないなんて…… !? 」


 その疑問はすぐに解消される。


 彼女の神域に招かれた九月の女神、人狼の女神ワーブドリード。


 「直感」に優れた彼女ですら、悪魔に気づかず「魅惑」に囚われミシュリティーの、悪魔の両腕に捕われていく。


 そして接触し、繋がった唇から、悪魔がワーブドリードの中に侵入していく。


 「隠匿」を司る悪魔が。


 一人に憑りつく悪魔が一体とは限らない。


 そして「ゲーム」が始まる。


 彼女の、悪魔の指示により、ルール内での最大限に残酷な手段を用いて、人間は勝利した。


 母の後を継いで、彼女は、彼女に憑りついた悪魔は主神となる。


 そして世界は少しずつ狂っていく。


 彼女の正常な部分は、小屋の中でその様をずっと見せられていた。


 時にそこから脱出を試みたこともあるが、小屋の外に出た瞬間、暗闇の中に大きな二つの黄色い光が瞬き、その下の空間が大きく上下に割れた。


 その空間の中は、汚らしい液体が糸を引き、細く長い黄色い歯が数えきれないほど並ぶ。


 彼女は小さな悲鳴を上げ、すぐに小屋に戻った。


 また時には小屋全体が震えるような大声で、罵倒の声が聞こえる。


 彼女の失態を(わら)い、責める声だ。


 そして時には小屋のドアがノックされる。


「ミシュリティー姉さん ! 助けに来たの ! ここを開けて ! 」


 姉妹の声が聞こえる。


 そんなことはありえない。


 すべて悪魔の娯楽だ。


 時折、外に向かって、彼女の姉妹に向かって、救いを叫んでも、当然届くこともない。


 彼女の正常な部分は、どんどん疲弊していく。


 そして百年近くが過ぎた時、彼女の姉、四月の女神エイプリルの変わり果てた姿と(まみ)える。


 それは全て彼女の失態のせい。


 小屋の中で、膝をついて赦しを乞う彼女の声は、当然届かない。


 そんな時、この百年近くの間、一度も起こらなかったことが起きた。


 光だ。


 小屋の中の不安定な薄暗い明かりとは違う。


 外の暗闇を切り裂いて、小屋の小さな窓から注がれる光。


「え…… ? 」


 彼女は放心したように、導かれるようにドアをそっと開けた。


 そこにはいつもは目と口しか見えなかった黒い怪物が、光の元にその姿を晒していた。


 オオカミと羆がまるで配合を考えずに不細工に融合したような巨大な怪物。


 それが光の鎖に捕われ、もがいていた。


 罠かも、という思いが一瞬よぎる。


 だが、それを考慮するには、彼女は疲れすぎていた。


 彼女は走る。


 光の元へ向かって。


 しばらくして、彼女は、彼女自身の本体から飛び出した。


 久しぶりの神域の大広間。


 そして椅子に座り、ピクリとも動かない本体。


 その理由は明らかだった。


 変わり果てた彼女の姉を追って、この神域に来た男の行った悪魔祓いのおかげだ。


 彼女は走る。


 彼女の数万回に及ぶ叫びに、まるで気づかなかった姉妹の元ではない。


 初めて彼女を悪魔から解放した男の元へと。


 ネリーの兄の剣に降臨した彼女は、ネリーによってついに男の手に渡る。


 その時の彼女は、力を使いすぎたためにスリープモードとなっていたが、その眠りは百年ぶりに心地のよいものであった。


 ようやく少しずつ注がれた男の魔素により、彼女が目覚めたのはバートを倒した後。


 彼女は、男に百年分の感情をぶつける。


 それは理不尽な怒りであったり、号泣であったり、懺悔であったり。


 男はそんな不安定な女に対して、無責任な優しさを発動して、優しく受け止める。


 せっかく「魅惑」の悪魔の呪縛から逃れた女は、別の鎖で自らを縛り始めた。


 それは絆というよりも、(しがらみ)というべきものだったのかもしれない。


 『百年戦争』の大勢が決まりつつある中、今度は他種族連合体とでも言うべき集団内部からの裏切りに気を配らねばならない男は、この頃、少し自暴自棄気味でもあった。


 だからか十月の女神ミシュリティーが「主神」の座から陥落する前に、以前と違い、まるで油断していない彼女に対して悪魔祓いをかますという死が確定した無謀な作戦を実行することになる。


 「主神」の座から陥落することが確定して、それから実際に陥落するまでの間に彼女に憑りついた悪魔がどのような行動をとるかわからない、だからその前に討伐しなければならない、というのが理由だったが、それは背負わされたものからの無意識の逃亡だった。


 悪魔さえいなくなれば、どの女神が主神となっても、全てが元に戻る。


 そう信じて、男は「ゲーム」の途中にも関わらず危険を犯して彼女の神域へと赴く。


 剣に宿った彼女から、「御使い」の資格を授けられて。


 その前夜。


「ねえ、コウ……私のこと面倒な女だって思ってるでしょ ? 」


 依り代の剣から、浮かぶ半透明の肢体(したい)でミシュリティーが否定されることを前提の問いを投げかけた。


 全くもってその通りであるにも関わらず、男はそんなことをおくびにも出さず、笑って否定する。


 この頃、いや最初から二人の関係は、歪であった。


 決して自分の失態を責めず、全てを受け止め、しかも悪魔の束縛から部分的にではあるが解放してくれた男に、女は依存していた。


 本来、感謝してもしきれないはずの相手に女は素直になれない。


「……どうせあなたは全てが終わったら……どうにかして地球に帰るつもりなんでしょ ? この世界の全てを捨てて…… ! 本当に無責任な男…… ! 」


 男はまた否定する。


「じゃあそれを証明して ! 私にあなたの想いを見せてみて ! 」


 女は稲妻のような金切り声を上げる。


 男はそんな女をじっと見つめた。


「……想いは目に見えない。でも二人が想い合った時、それが形になることもある……。その形は一晩ですぐに消えてしまうかもしれないけど……それを作った想いはきっと永遠にあるよ」


 そう言って男は爽やかに笑った。


「……どうせエイプリル姉様にも似たようなことを言ってるんでしょ…… ! 」


 女はそう言ってその笑顔から逃げるように顔を逸らした。


 男は笑顔を苦笑に変えて、女との距離を縮める。


 そして女と男の二人の想いは一つの形となる。


 女の言った通り、男は無責任であった。


 けれど、そうでなければ有限なる人の身でありながら、永遠を生きる女神を愛することなどできはしなかった。



ここまで読んでいただいてありがとうございます !


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