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異世界アイテム無双生活  作者: 遊座
第八章 やがて神へ至る獣
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第26話 こいねがうもの


 どういう仕組みなのか、グリルの力によってライノの束の間の思い出が神域に大きく映し出されていた。


 それを見て、あれだけ(かしま)しかった女神達は沈黙していた。


「……グリル……ちゃん……ひょっとして彼が迫られる選択……そして『(ゆる)し』というのは先ほどの爬虫類人族(リザードマン)への仕打ちではなく、過去のことだったのですか ? 」


 ようやく「知性」を司る五月の女神マイアルペリが問うた。


「おや ? わかりましたか。私くらいの位階となると、少し先の未来も読めるのでね。あの竜人(ドラゴニュート)の少女があのシーンを回想するとわかっていたものですから」


 グリルは相変わらず大理石のテーブルの上に胡坐をかいたまま、顔だけマイアルペリに向けて言った。


「……ならば……彼が(ゆる)した……赦し難きものとは……」


「そうです。どれだけ愚かであっても、今はまだ(・・・・)この世界に不可欠なあなた達ですよ」


 その瞬間、ミシュリティーは走り出す。


 自らの固有神域に向かって。


 そして不自然にその動きを止めた。


「……どこへ行こうというのです ? 」


「決まってます…… ! コウに依り代を用意させて……再び降臨して……彼の助けとなるのです…… ! 私自身でなくても……せめて分霊を……だから放して…… ! 」


「なるほど、確かにそうすれば彼の戦力は大幅にアップするでしょう。彼が全ての悪魔を駆逐する前に、この神域が落される危険性と引き換えにね。つまりあなたのやりたいことは自己満足にすぎないのです。自らの過ちを少しでも償って、すっきりしたいというね」


「……ッ ! 」


 ミシュリティーはようやく自分の意志で動きを止め、不可視の拘束が解かれた。


「……あなた方が今できることはこの神域の護りを万全にすることだけです。それが最も彼の助けとなります」


 グリルは硬質な声でそう言うと、自らの権能で創り出した菓子にかじりつく。


(いけませんね……。監察官に徹するなら放っておかねばならなかったのに……。どうにも彼に肩入れしたくなってしまう……。私が、私の世界を救った時も……最も手を焼いたのは……敵ではなく愚かな女神だったから……)


「おや ? 」


 不意に広間に大きく映し出されていた地上の映像が消えた。


「どうしたのです ? 」


「いえ……まあ彼にもプライベートな時間がありますからね……。私だけは監察官として見物……いや監視させてもらいますが……」


 マイアルペリの問いに、頭をかきながら答えたグリルは目の前に浮かぶ小さな画面を食い入るように見つめた。



────


「…… 229 …… 230 ! 」


 約束の時間となり、ライノはウエストバッグ型のアイテムボックスの口を広げる。


 そこから飛び出したのは炎と、火だるまの男。


 竜人の鎧はすでに消えた生身の状態だ。


「うあちちちぃぃぃいいいい !!!! 」


「コウ !? 」


 スマホも時計も無い時にカップラーメンを作ろうとして、暇つぶしがてら、出来上がりまでの秒数を数えることがある。


 だがどうしても人間が数えると正確性に欠けてしまう。


 カップラーメンの時間を計り間違え、規定の時間を超えてしまったとしても、麺が()びるだけだ。


 この場合は逆だ。


 時間を超えてしまった場合は縮むのだ。


 命が。


 コウはリボ払いを選択した者が課せられる終わらない返済の義務の如くに纏わりつく炎から逃れるために床を転がりまわる。


 その床が滑らかで平坦ならば、それは妥当な判断であったろう。


 だが普段は塵一つないほどに清掃されている礼拝堂の床には、大量のガラス片が散らばっていた。


「イデデエエエェェェェエエエエエエ !!!!!!!! 」


 身体に大量の切り傷を作り、鮮血を出しながら、男は床を転げまわる。


 彼が転がった床には綺麗に赤が塗られていた。


 その様は燃える人間ペイントローラーのよう。


 ようやく炎が消え、焼かれ、切り刻まれた瀕死の人間が出来上がる。


 そんな憐れな者に、今更ながら液体が降り注いだ。


 回復薬だ。


「ゴ、ゴメン…… !! チャントカゾエタツモリダッタンダケド……」


 彼女は仰向けに横たわるコウの脇に膝をついて、彼の顔を覗き込む。


「……いや、助かったよ。ライノ、ありがとな」


 真っ黒こげの顔で、コウは爽やかに笑った。


「……コウ。コウダ…… ! ホンモノノ…… ! ズット……マッテタ…… ! シンジテタ…… ! ドコカデイキテルッテ…… ! 」


 竜人の少女は、男に跨り、その胸を顔をうずめる。


 男の胸が再び濡れた。


 彼女以外の全ての者が男を忘れた世界。


 少女はその寂しさに膝を屈することはなかった。


 かつて少女に膝を折らせたものが、そうさせなかったのだ。


 もう離さない、という意志が原因なのか、少女は無意識に「重力操作」を発動させる。


 すまなかった、と言いかけて果たせずに男は息を吐いた。


 彼の上に重なる少女が、とんでもなく重くなっていくからだ。


「……ライノ……ちょっと……重たい……」


「エッ…… ? オモタイ…… ? ボクノコト……ソンナフウニオモッテタノ…… ? 」


 ライノが身体を起こし、先ほどまでとは違った目で男を見つめる。


「いや……そうじゃ……なくて……」


「ソンナノ……ユルサナイ…… ! ボクガ……ドレダケ……コウノコトヲオモッテイルカ……ワカラセテヤル…… ! 」


 そう言い放つと、少女は再び男に重なった。



────



 黄金の波がうねる。


 陽光を反射して輝く、小麦の海だ。


 その生命力あふれる海の中、寂寞(せきばく)たるものが一つ。


 女だ。


 この固有の神域の主、十月の女神ミシュリティーだ。


 中央の大広間から帰還した彼女は、どこを見るでもなく、風に揺れる麦を眺める。


(あの竜人の記憶……あれは私の神域にコウが来る前だった……)


 同じく風に揺れる小麦色の長い髪を少しだけ煩わしげにかきあげ、女神は思いにふける。


(私達に……私に赦しがたい思いを持っていたのに……悪魔に憑りつかれた私の本体を破壊することはなかった……。現にワーブドリード姉さんに憑りついた悪魔に対峙したマイアルペリ姉さん、イルシューア、そしてドヌマリコーリー姉さんはそうしたのに……)


 人狼の女神の本体は悪魔ごと破壊され、今現在はかつてリーニャとしてこの世界に再び生まれ変わっていた分霊が九月の女神を務めている。


 だが分霊の力は本体に比べて弱い。


 その弱さはそのまま神域の壁の脆弱性に直結していた。


(あの時……コウが他の女神の助けを借りずに私と一人で対峙したのは……そうなるのを避けるため…… ? そして……その後のことも……打算があってのことだったの…… ? )



 女神の心は過去へ飛ぶ。





ここまで読んでいただいてありがとうございます !


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