第17話 マナー違反のおもてなし
御使いであること正式に認定する儀式とやらを受ける前に、五杯目の紅茶を飲み干したコウは応接室を出る。
即座に、裂帛の気合と叫び声が混ざり合い、振り下ろされた剣が震えたままの空気ごと彼を切り裂いた。
(殺ったああぁぁあああ !! )
来客にドアを開けさせて、自らはまだ室内にいるという日本のマナー講師が見れば、くどくどと SNS 上で嫌味ったらしい長文を投稿して逆に炎上しそうな事例ではあるが、そんなことはお構いなしに、『聖女』イマコラータは心の中で歓声を上げる。
大型モンスターですら一杯飲めば死ぬ量の毒が混入した紅茶を五杯も飲みほした男の死を確信して。
彼女の大きな身体にかくれるように付き従う二人の若い『聖女』達はその様を光のない眼で、見ているのか見ていないのか、なんの反応も示さない。
そのさらに後ろで、メイドのハイーナは小さな悲鳴をあげた。
御使いの認定式のため、久々にウッドリッジ群島の小島からこの王島に来た『聖女』達は、女神様の託宣に逆い、その御使いを殺害するという神をも恐れぬどころか、舐めくさっているとしか思えない行為を黙認する。
そんな状況で、まるでイマコラータを祝うクラッカーでも鳴らされたのか、炸裂音が鳴り響く。
「……この島の治安はどうなってんだ ? 教会の中ですら暴漢が出るとは……」
呆れたような声。
イマコラータが慌てて暗殺者を確認すると、コウの前に跪くように倒れた黒焦げの男。
傍らには両刃の剣。
微かに呻き声がすることから、死んではいないようだ。
「……え、ええ ! そうなんですの ! 最近は治安が悪くて……教会の中でも強盗・詐欺・放火・誘拐・強制性交・婦女暴行等々の事件が頻発してますのよ ! 」
「どんな教会なんだよ !? スラム街より危険じゃねえか !? 」
なんとか取り繕おうとするイマコラータの無理やりな説明に、思わずコウがツッコみをいれた。
(……信じられない。あの暗殺者は幸運にも恩寵の弱体化を免れたこの群島最高の剣士……。最高の剣技スキル「絶対切断」を行使したはずなのに……)
確かに暗殺者の剣は、コウを切り裂いた。
剣は石造りの堅牢な床をも切り裂いていることから、スキルもしっかりと発動したはずだ。
本来ならば文字通り、真っ二つになっていてもおかしくないのだ。
ハイーナは、これ以上ないほどに緑の瞳を丸くして、傷一つ付いていない純白の鎧を見つめた。
「……ともかく礼拝堂へ向かいましょう…… ! この暴漢の始末は教会の者が行いますので」
取り繕ったぎこちない、油の浮いた笑顔でイマコラータはコウを先導する。
のしのし、と思わずオノマトペをつけたくなるような身体を揺らして、イマコラータは歩く。
そのすぐ後には二人の聖女そして、一歩遅れてハイーナ。
少し離れてコウが鎧を纏っているとは思えないほど、静かに歩む。
(この先の階段……。もし扉の前で殺せなかった時は、そこを降りている時に背中から射る手筈になってる……。間違って私達に当たらないでしょうね……。でも……もしそれでも殺せなかったら……。そもそも……私達がやっているのは明確にミシュリティー様からの託宣に背く行為……。本当にこれが正しい行いなの…… ? )
ハイーナはすぐ目の前の大きな背中を、少しばかり疑念の籠った目で見つめた。
だが正しさと、暗殺の大好きな彼女の機嫌を損なうこととを天秤にかけて、彼女は言葉を飲み込む。
いつものことであった。
尖塔の天辺という見晴らし以外の全ての利便性を犠牲にした応接室から、一行はようやく地上へと降り立つ。
「……儀式が終わったら、まずはこの島の王に治安対策の根本的な見直しを進言しなければならないな……」
降りてくる間に、矢で撃たれ、槍で突かれ、炎で焼かれ、鞭で打たれるという、年会費14万円以上のプラチナカードを持つ者でもなかなか受けることのできない命を対価としたスペシャルでエグゼクティブでラグジュアリーな天国行きのコースによる接待を受けた男は、その余韻のままに独り言ちる。
ぬか喜びと落胆を繰り返し、もはや言い訳の言も尽きたイマコラータは、無言で少々乱暴に重厚な両開きの扉を開いた。
ドーム状の円い天井には、大陸とは一風変わったこの群島の民が好む極彩色を多用した天井画が、賑やかしく、それでいて荘厳に描かれている。
モチーフはもちろん、十月の女神であるミシュリティーだ。
大陸であれば豊穣を表す麦畑を背景にしているのだが、この天井画の彼女は青く白波の揺れる海、そして群島原産の果実をバックに両手を広げている。
そこから視線を少し下ろすと、砲弾を縦にしたような形の大きなステンドグラスが三つを一組として、ドーム状の礼拝堂を囲むように、どこからでも陽光が入るように、備え付けられていた。
その極彩色に組み合わせたガラスを通過した日の光は、この群島の生命力を表しているかのように、力強かった。
そして向かって正面の壁の前には白い大理石の上に、これまた白いミシュリティーの像。
像の意匠までは、さすがにこの群島の独自性を出すことは憚られたのか、大陸と同じく一束の小麦を抱く彼女。
礼拝者のための重厚な木製のイスが、整然と並んではいるが、そこに座る者はいなかった。
皆、立って、臨戦態勢であったからだ。




