第11話 理不尽に怒る女と、その女のために怒る男
裂帛の気合と共に、一呼吸の内に数回、鈍色の穂先は空気と血肉を切り裂いた。
だが、毒への防御に特化しただけの防護服を装備した相手は止まらない。
「チッ ! 」
短い舌打ちをして、キャスは低い天井の中、器用に槍を回転させると穂先とは真逆の石突で突進してくる相手の顎を下から跳ね上げた。
短い呻き声を発して、相手はようやく崩れ落ちる。
「気をつけろ ! こいつら斬撃に耐性があるみたいだ ! 」
「打撃にもよ ! 一発で意識を刈り取らないとすぐに立ち上がってくる ! 」
キャスの警告に、さらにレイフが付け加えた。
爬虫類人族に生成させた薬で痛覚を遮断した警備は、不殺を前提とするならばそれなりに厄介ではあったが、彼らの最強のカードがすぐに対応する。
空気を震わせる炸裂音と閃光が走り、数人が崩れ落ちる。
彼らは起き上がることなく、細かく身体を痙攣させていた。
「……雷魔法で痺れたら立ち上がれないのは通常の人間と同じみたいね」
ネリーが雷光を纏わせた剣身を振るう度に警備は地に伏していく。
そして倒れた者はずぶずぶと底なし沼に沈むように身体が地面に飲み込まれ、頭だけを出した状態で拘束される。
「……安普請にもほどがありますね。床がないなんて……」
両手を地面につけたドナの大地の精霊魔法の効果であった。
やがてモレーノ以外の警備達は全員、身体が埋まり、十ほどの頭が地面から生えているような異様な光景となる。
日本のオカルト好きが見れば思わず「犬神でも作る気か !? 」とツッコみたくなるような光景だ。
ちなみに犬神の作り方は、首から上が出るようにして犬を土に埋め、その目前に餌を置き、決して与えずに10日程放置し、飢餓状態にする。
そして犬が死んでしまう直前に、背後から犬の首を切り落とす。
すると、犬の首は餌に向かって飛ぶ。
その首を祀る、もしくはその首を焼いて骨を祀り、呪いをかけていたという。
「……やれやれ、こんな事を仕出かして……後から後悔しても知りませんよ」
そんな中、モレーノは冷静だった。
彼がキャス達を見る目は怒りでも恐怖でもなく、憐憫であった。
例えるなら、感染症に苦しむ者を悪霊に憑かれたと思い込み、投薬による治療ではなく祈祷を行う愚かな者を憐れむ文明的な知者の目であった。
地球の人間が、動物を保護するためにテロを起こす者を見る目だった。
それはこの群島では珍しい、かつてミシュリティーが主神の座にあった時に目指した人間の在り方をこれ以上なく体現した者の目だった。
コン、と軽い音を立てて分厚い脂肪に守られた顎が槍の石突で打たれると、重たい音を立ててモレーノは倒れる。
「……こいつら……異常な耐久力だったな」
「クラムスキー商会の薬の効果っすね。痛覚と恐怖がなくなるんすよ。……状況から見て爬虫類人族にその薬を作らせてたっぽいっすね」
サンドロは懐から取り出したナイフで、椅子に拘束された爬虫類人族の縄を解きながら言った。
爬虫類人族達は拘束を解かれても、立ち上がる気力もないようで、小さな声で、涙を流しながら礼を言うばかりである。
その魂からの声を、すこしばかり後ろめたい思いで聞き終えた彼は、続いて扉ではなくカーテンで仕切られただけの壁の向こうへ進む。
そこは牢屋。
薄い壁に先っぽだけが入っている釘に掛けられた鍵を取ると、サンドロは次々に牢屋にかけられた南京錠を開けていく。
そして最後に開けた牢屋の中にするりと入り込み、そこに倒れていたシャロンの傍に膝をついて、ゆっくりと抱き起した。
「シャロンさん ! 大丈夫っすか !? 」
「……私が……大丈夫に見えるなら……目薬をさした方がいいですよ……」
息も絶え絶えなのに、シャロンが皮肉を吐く。
「おっしゃる通りっす。今、回復薬を……」
「それよりも……水を……数日前……水道の魔法具が故障したとかで……水を飲めてなくて……」
「わかったっす ! 」
そう言ってサンドロは牢屋から飛び出していき、しばらくすると大事そうにコップを抱えて戻ってきた。
彼女は口元に寄せられたそれをむしゃぶるように飲み干した。
「もっと……もっとください…… ! 」
彼女が生に意味を見いだせず、それを放棄しようとしていたとしても、彼女の身体は生きることを渇望していた。
それは今、シャロンが感じている水の甘露のごとき美味さとして表れでていた。
「……よくこんなに水がありましたね」
何度かサンドロがコップを運んだ後、ようやく落ち着いたシャロンは傷だらけの身体を起こした。
「ここへ一緒に来たパーティーの人達が水筒型の魔法具を持ってたんすよ。ごくわずかな魔素を込めるだけですぐに水が一杯になるんすよ。どうやら過去にコウさんが創ったらしいっすけど」
「そう……」
牢屋に入れられていた他の爬虫類人族にも水を与え、介抱しているネリー達を見て、シャロンは小さく溜息を吐いた。
「……あいつがここにいないのに……あいつに助けられたんですね……あいつのせいでこんな目にあったのに……」
虚ろな金色の瞳に、何か情念の炎を燃やして、女は呟いた。
「……あいつって、コウさんのことっすか ? こんな所に捕まってたのはコウさんのせいだって言うんすか ? 」
サンドロがシャロンの首に巻かれた隷属の首輪の鍵穴に小さな鍵を突っ込みながら問う。
「……ただの逆恨みにもならない八つ当たりです。……でも……あいつ以外の誰にこの怒りをぶつけたらいいんですか ? あいつならきっと私のこの理不尽な怒りも受け止めてくれるはずです」
「……何なんすか ? その鬱屈した信頼感は…… ? 」
呆れたように言って、それから彼女の心の琴線を揺らすためにサンドロが多少の下心混じりで続けようとした言葉は、警報によって塞がれた。
「気を付けて ! 誰か近づいてくる ! 」
窓から勢いよく飛び込んで来たサラの警報だ。
「何人だ ? 」
この作業場に回復薬がなく、彼らの持ち合わせも重傷者に使用してしまったため、慣れない手つきで爬虫類人族の女の腕に包帯を巻いていたキャスが顔を上げて問う。
「一人よ ! でも筋肉の神に全てを捧げた結果、脳みそまで筋肉に浸食されたような肉体をしてるわ ! 」
それを聞いたシャロンから表情が消えた。
そしてサンドロは、何故用心深い彼女の正体がバレて拘束されたのかが、なんとなく理解できて、その彼女が真に怒りをぶつけるべき相手に、彼女の代わりに怒った。




