第7話 捜索の依頼
「……とにかく御使い様に直接会ってみないと……彼は今どこに ? 」
タオが心の混乱がそのまま現れ出たような顔でネリーに問う。
「今日からウッドリッジ群島の中心の王島へ出かけたわ。そこの貴族や大商人達から色々と寄付を求めるために。しばらくは帰らないそうよ」
「そう言えば……なんで金銭やアイテムを徴発してるんだ ? 大陸に戻って戦うのに必要なのは戦闘員だろ ? 」
まだ怪訝な顔のキャスが問う。
「創るのに必要だそうよ。大量の戦闘用魔法人形を」
「戦闘用魔法人形……ですか ? 戦闘用アイテムじゃなくて ? 」
ドナが可愛らしく小首をかしげた。
「ええ、ハイラムに憑りついているのは『洗脳』を司る悪魔……。人間や他の種族のものを戦闘員として率いて進軍しても、逆に悪魔の駒になる可能性があるわ。だからコウは一人で大陸に渡るつもりよ。アイテムボックスに大量の戦闘用魔法人形を格納してね」
そう言ってネリーは寂しそうに溜息をつく。
コウの戦略では自分達も大陸での戦闘に参加できないからだ。
「魔法人形のように人間を操る悪魔を討ち果たすのは、確固たる不屈の意志を持った戦士ではなく、他者の命令を受け付けない別の魔法人形というわけですか……。理屈ではわかりますが……」
タオも無念そうに天井をあおぐ。
「まあいいじゃねえか。結果的に俺達の行為は無駄足だったわけだが、あとは御使い様に任せて、この群島でバカンスと洒落込もうぜ ! 」
キャスが二本目の葉巻に火をつけて、口内で甘い煙を転がす。
ドナはそれを窘めることもなく、強い意志を宿した瞳で、どこかなげやりな彼を見つめて、言う。
「何言ってるんですか ! 昔、ハイラム様が、つまりは入れ替わられた御使い様がよくおっしゃってたじゃないですか ! 『勝利に至るために無駄なことなんてない。たとえ失敗でもそれがなければ次の成功がないなら、それは必要なことだった』とか、『どんな小さなことでもそれが勝利の一端を担っているなら、それがなければ勝利はなかった』とか ! きっと私達がこの群島にいるのも何か意味があるはずです ! それにこの群島で何か起こった時、いくら御使い様でも一人対応できるとは思えません ! 私達がお役に立てる機会はありますよ ! 」
土妖精のドナは大地のように力強く微笑む。
この世界に転移する前、コウのニートの姉が、現在の引きこもり期間は未来の成功に必要なことである、と強弁していたセリフを彼がそのまま借用したものは、それなりの効果をもっていた。
「……そうだな」
「いくら御使い様でも一人でできることは限りがありますからね。それは『百年戦争』の時に嫌というほど理解していたつもりだったんですが……いけませんね」
キャスとタオは苦笑して、しばらく昔のことを語りあう。
そんな彼らを少し離れた席から見ていたレイフもまた過去のことを思い出していた。
(昔のあいつは……とにかくバランス感覚に優れていた。十人ほどの違う種族で形成されたハーレムを瓦解させなかったし、多種族による連合軍もうまく運営してた。でも……その心労はすさまじかったはず……あいつは……果たして幸せだったのだろうか…… ? )
笑顔で思い出話の輪に加わっているネリーを見ながら、レイフはそんなことを思う。
(ううん、きっとそうに決まってる。ネリーをハーレムに加えれるなんて……どんな男でもそれだけで一生分の幸運を使い切るほどのことなんだから…… ! )
そして彼女もまた今はこの地上にはいない彼女の大切な人狼族のリーニャの思い出を語ろうとした時、静かに宿屋の扉が開いた。
それは視力を矯正する眼鏡としての役割を果たしているのか、と見るものが不安になるほどの小さなレンズを二つ、鼻の上に載せて、この群島特有の銀髪は少し癖っ毛の線の細い男が入ってくる。
「あなた達が勇者様のパーティーっすね ? 俺はルチアナ様のパーティーメンバーの一人で、『魔法使い』のサンドロと言います」
男はにこやかに挨拶する。
「……気を付けて ! 」
レイフの発した短い警告を受けて、キャス達はすぐさまに腰を浮かして臨戦態勢に入る。
彼ら以外にまだ客のいない昼前の酒場に緊張が走った。
「どうしたんすか ? 」
「……あなた人間族じゃないでしょ ? 姿を偽って近づいてくる相手に対して警戒するのは当然じゃない ? 」
レイフは高い鼻をひくつかせながら、赤みがかった瞳でサンドロを睨みつけた。
「……さすがっすね。確かに俺は爬虫類人と人間とのハーフですし……そのことを周囲には明かしてないっす。本当の姿は……あまり気持ち良く思わない人間も多いみたいですしね。ですが敵意はないっす。今日来たのも、ルチアナ様の命によってっす」
そう言ってサンドロは困ったように微笑んだ。
生粋の爬虫類人であれば、自らの姿が人間族にどう思われても、あくまで生活や交流の中心は同じ容姿の爬虫類人同士であるのだから、それほど深刻にはならないのかもしれない。
だが彼のように人間の街で、完全な人間に『変化』して暮らすハーフにとっては重大な問題であった。
ちなみにこの世界の異なる種族同士の間に産まれた子はそれぞれの種族の恩寵を同時に授かることが可能である。
よってサンドロは人間の魔法も使えるし、爬虫類人の変化や毒も使えるのだ。
「……嘘は言っていないみたいね」
レイフが言うと、パーティーは警戒を解く。
「で、その姫さんの命令っていうのは ? 」
キャスが気を使ってか、甘い煙を控えめに吐き出しながら問い、すぐさまドナにその元である葉巻を取り上げられる。
それが人の話を聞く態度ですか、とのお小言付きで。
サンドロはそんな二人を一瞬だけ眩しそうに見て、彼に改めて向き直る。
「……実は人探しを手伝って欲しいんすよ。そのための人員を……信頼できる人を借りようとしたんですが……ルチアナ様は『ちょうどこの島に来ている勇者様のパーティーに人狼族の方がいらっしゃったから、彼女にお願いしてみなさい』って言うんすよ」
そう言ってサンドロはレイフを見つめた。
「人探し ? そんなものは警備兵の仕事だろうが…… ! それに俺達はこの島に昨日着いたんだぞ。不慣れな街で捜索なんか非効率にも程がある」
「……この街の警備兵は別件で忙しいんすよ。それに……信用できないっす」
「警備兵が信用できない…… ? 」
ドナが小首をかしげた。
「ええ……誘拐されて行方不明になっているなら……そして加害者が人間なら……土壇場で加害者の味方をするかもしれないっすから」
サンドロは絞り出すような小さな声で言った。
「……つまり被害者は……」
「ええ、人間じゃあないっす。名はシャロン。俺と同じ……爬虫類人と人間のハーフっす」




