異世界無人島生活 第55話 彼の背中は遠くに
「ソフィア、ここは任せたぞ」
コウは右隣の魔法人形にそう言って、一歩前に出る。
「……待ちなよ。私も行く。あんた一人であのアンデッドどもの壁を突破できるわけないだろ ? それに悪魔憑きの肉体を破壊するのは勇者でも至難の業だって言うじゃないか。でも二人なら……」
そう返してソフィアはコウに並ぼうとするが、彼は振り向いてそれを制した。
「……思い出したんだ。力の使い方を。だから一人で大丈夫だ」
コウは微笑んだ。
それは頼もしいセリフを言っているはずなのに、どうしてかソフィアは存在しないはずの心臓を掻きむしられるようだった。
彼女が動きを止めている間に、コウはゆっくりと腐死の化け物どもへと歩みを進めていく。
「……創着」
次の瞬間、コウの身体を虹色の光が包み込む。
視認できるほどの濃密な魔素だ。
そして全ての物質やエネルギーへと変換可能な奇跡の粒子であるそれは形をとっていく。
内皮に、衝撃吸収機構に、ギミックに、外骨格に。
記憶を失っている時も可能ではあったが、それは身体が覚えていることを漠然と行っていただけであった。
しかし今は知識と経験、そして魔力をフル活用して、緻密に、高密度に、それを編んでいく。
光が収まる。
そこに現れたのは白い竜人であった。
かつてソフィアが瞬跳蜻蛉の生息地で見たのとは色も違うし、細身であったが、感じる圧力は桁違いだ。
白い竜人は、コウは腰のウエストバッグ型のアイテムボックスに左手を突っ込むと、いくつかの魔石を取り出し、胸に空いた 3 つの穴に 1 つずつ白い魔石を嵌め込む。
すると 3 つの魔石は白く輝きだした。
それはその魔石を通った魔素が人工筋肉を動かすエネルギーと外骨格を強化する力に変換されている証であった。
「危ない…… ! 」
竜人の放つ圧に動きを止められていたシャロンが叫んだ。
同時に上空から直径 3 メートルは下らない腐った甲虫がコウに向かって落ちてくる。
それはまるで大岩に人間がつぶされるようであった。
「ヒッ…… ! 」
ルチアナが思わず両目を覆う。
だが、人間であれば簡単にぺしゃんこになりそうな、少なくとも数トンはありそうな化け物を白い竜人は両手で巨大な風船を持ち上げるように、何でもないように支えていた。
胸の魔石が一層輝きを増していく。
凄まじい量の魔素が力へと変換されて、その巨大な甲虫は再び宙を舞う。
迫る腐死の波に向かって。
地面が揺れて、ひっくり返って腹をみせている化け物の背の下敷きになった小型のゾンビがわずかにビクビクと動いていた。
コウはそれを一瞥すると再びウエストバッグ型のアイテムボックスに左手を入れる。
竜人の右手の拳、第三関節、つまりは誰かを殴る時に有効活用される部分からは四本の爪が飛び出しており、甲から肘にかけて 4 つの穴が空いていた。
コウはその 4 つの穴全てに取り出した黄色い魔石を嵌め込むと、竜人の右腕は空気を炸裂させ始める。
魔石によって魔素を変換させた、はじけ飛ぶ稲妻によって。
そして白い竜人は腰を落とし、構えをとる。
それは遠い悪魔憑きに向かって、拳が届くはずもない距離を超えて殴りかかろうとするようであった。
右腕の魔石はどんどん輝きを増していく。
それに伴って竜人が纏う稲妻も増えていく。
やがて竜人は雷の化身となり、悪魔憑きに向かって放たれた。
雷鳴が鳴って、ルチアナは再び目を閉じる。
恐る恐る瞼を開けた彼女の瞳に映ったのは、変わらずに迫りくる腐死の化け物と、黒焦げになって動きを止めている腐死の化け物であった。
「……一体どうなったの !? コウは…… !? 」
「アンデッド達の壁を雷でぶち抜いて、悪魔憑きに到達したようです」
シャロンが目を細めて遠くを見ながら、短くルチアナに報告した。
そして杖をまだ健在である腐った死骸へと向ける。
「まだ 20 体は残っています…… ! 」
「皆、コウの言った通りに撤退しながら時間稼ぎを ! 」
腐った化け物の焦げた何とも言えない臭いの充満する中、ルチアナの声に従って一団は改めて武器を構え、迫りくるアンデッドを見据える。
ただフィリッポだけが魔法人形の背中から目を離せなかった。
黒い髪と黒いワンピースが風にわずかに揺れ、雪のように白い肌を少しだけ余分に晒したり、隠したり。
そしてかすかに右手を伸ばしかけた体制のまま、ソフィアは止まっていた。
あれだけ強く、あれだけ不遜な魔法人形の背中が無性に儚く、寂しかった。
それは主であるルチアナに対して叶うはずもない想いを持っている彼だから、そう見えたのかもしれなかった。
────
パキッパキッパキッパキッ !
小気味よい四拍子で 4 つの魔石が割れた。
ほんの少しの間とは言え、膨大な魔素によって女神に近しい出力で稲妻を生じさせたのだから当然の帰結であった。
雷の衣を脱ぎ捨てた白い竜人の矢は、そのまま凄まじい速度で腐死の軍団の壁がぶち破られたことで唖然としているミーノへと到達する。
「……地獄に帰れ。直帰でな」
出先のサラリーマンが上司から言われて嬉しい言葉ランキング第一位であろう言葉を履きながら、コウは悪魔を仕事からではなく、この世界から追放するための行動をとる。
右拳からすらりと生えた柳葉包丁を思わせる細い四本の爪が、何のためらいもなく悪魔に憑りつかれた男の心臓へと突き出され、そして枯れ葉のように散った。
「何 !? 」
「ケケケ…… ! 残念 ! 俺は『腐食』も司ってるんでね ! 」
ミーノは、彼に憑いた悪魔は、黒く変色してバラバラと零れ落ちる竜人の爪と、全身を隙間なく覆う竜人の鎧によって表情は見えなくともその動きであからさまに動揺していることがわかる男を愉快そうに眺めた。
「さあ ! どうする !? 俺に触れたものは全て腐り落ちるぞ ! どうやってこの器を破壊するつもりだ !? 」
ミーノは両手を広げ、余裕たっぷりにコウに近づいていく。
この男の、スクリーンに大きく映し出される繊細な表情を役者に求める映画監督がもっとも嫌う舞台役者のようなオーバーリアクションの演技に引っかかって。
「……そうかお前は『死』と『腐食』を司っているんだな」
「ああそうだ ! 喜ぶがいい ! こんな高位の悪魔に殺されるんだからな ! 」
まったく有難くもないことを言いながら、悪魔は両腕を大きく広げた。
まるで抱擁でもするように。
「……お前がとんでもない美女に憑りついてるんなら、抱きしめられても良かったんだがな……。今回は遠慮しとくよ」
そう言うとコウは再び左手をウエストバッグ型のアイテムボックスに入れると、金属の立方体を取り出した。
次の瞬間、立方体の表面は波打ち、そこから幾条もの触手が飛び出していく。
それは海に潜むクラーケンが襲い掛かってきたかのようであった。
その速度に対応できなかったのか、それともする必要がないと判断したのか、悪魔憑きはあっさりと金属製の触手に縛り上げられる。
「ほう、『錬金術師』の真似事もできるのか ? だが……」
まるでコイルのように螺旋状に身体を縛られた筋骨隆々のミーノに憑りついた悪魔はご機嫌で「腐食」の能力を発動しようとして、果たせなかった。
「な !? そんなバカな !? 」
「……そいつはこの世界の女神の神気がたっぷりと染み込んでる。ちょっとやそっとじゃ抜け出せねえよ」
「ケッ ! それでも俺を拘束しただけだろうが ! これからどうする !? 悪魔祓いでもやる気か !? 」
そんな悪魔の言葉にコウはアイテムボックスから新たに取り出した真鍮と思しき黄金色の金属に魔素を通して、十字架へと形を変えることで応えた。
眠いのを我慢して、深夜に投稿してみました。
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