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異世界アイテム無双生活  作者: 遊座
第七章 憐れな魔法人形ども
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異世界無人島生活 第54話 死の訪れは春のように



 (うごめ)く。


 この漢字は見ただけで春の訪れとともに虫などがもぞもぞと動きだすイメージが湧いてくる。

 


 だが今、彼らがいるのは亜熱帯を思わせる気候の密林で、目の前でぐちゃぐちゃと動いていたのは巨大なモンスターの腐乱死骸どもであった。


 その光景は春の訪れなどではなく、死の来訪をこれ以上なく彼らに伝えていたのだ。


 バサバサという羽音に粘着質な音を添えて、腐ったジャイアントバットがまるで命の光に誘われるように三人に向かって降下し、誘蛾灯に飛び込んだ羽虫のごとくに吹き飛んだ。


 ぐちゃり、とぬめりのある墜落音に被さって、女の声がする。


「ジョン ! 大丈夫かい !? 」


 この死があふれる場において、彼女が纏う黒いワンピースはこれ以上なくふさわしく見えた。


 そしてこの湿度の高いジャングルの中でシードラゴンの革製というこれ以上なく通気性が悪く、よってどのような美人でも汗臭さというデバフから逃れられない素材を使用したワンピースを平然と着ているということは彼女が魔法人形(マジックドール)であることを間接的に示していた。


「ああ、ありがとうソフィア…… ! それから……少し説明を省略するが、俺はジョンじゃない。コウだ」


「いくらなんでも省略しすぎじゃない !? なんで改名してるんだい !? 朝から昼までの間に何があったの !? 日射病 !? 頭は大丈夫かい !? 」


 空からコウの隣に舞い降りた魔法人形(マジックドール)は数時間の間に婿入りしたわけでもないのに改名した男を心配そうに問い詰める。


「……記憶が戻ったんだ」


「……最初にその一言を言いな ! それだけで理解できるんだから……。無駄に心配しちゃったじゃないか。でも良かったじゃない ! 」


「良くねえよ ! 」


「なんで怒ってんだい !? ……何か恥ずかしい過去でも思い出しちまったのかい ? 女の子に、つきまとい行為を繰り返して警備兵のお世話になったとか…… ? 」


「そんなわけないだろうが ! だが……これから大陸に渡って、つきまとい行為をする ! 」


「海を渡ってまで何をしようとしてんだい !? 」


「俺のことを思い出させてやるんだ ! 」


「完全に被害者に逆恨みしてる加害者の言葉だね……」


「だからちがうって……」


 コウが否定の言を発しようとした時、後方から別の声が響いた。


「ルチアナ様…… ! ご無事でしたか…… ! 」


 どういうわけかゆっくりと彼らに迫る腐死の化け物どもの速度は、二人に後ろを振り返る猶予を与えた。


 コウとソフィアの視線の先には走るインラン・ピンクの髪の女を先頭にサンドロ・ロレット・レオの三名、そして十数名の警備兵。


 ルチアナの捜索をしていた者達が、先ほどの雷の爆発音に惹かれて集まってきたのだ。


「あの化け物達は…… !? ともかく急いで撤退しましょう ! 」


 午前中休んで、そこそこ魔素が回復したサンドロ達がルチアナを守るように陣形をとる。


 それを横目にシャロンは最前列で腐死の波に対峙する二人の元へ。


「ジョン…… ! 逃げますよ ! 」


 コウは小さく息をついて、本日三回目の名前の訂正を開始する。


 先ほどの経験を踏まえつつ。


「シャロン、俺は記憶が戻ったんだ……。俺の本当の名前はコウだ」


「本当ですか !? では過去のことも思い出したんですね」


「ああ、俺は十月の女神ミシュリティ様の御使(みつか)いだったんだ。ちょっと前にミシュリティ様が降臨して俺の記憶を戻してくれたんだ」


「…………わかりました。ジョン……いえコウと呼べばいいんですね ? コウ、大丈夫ですからね。私達がちゃんと守ってあげますから……。街に帰ったらお医者さんに行きましょうね」


 シャロンの冷たさを感じさせる理知的な灰色の瞳がどういうわけか、この亜熱帯の密林の中で、春のように(あたた)かかった。


「……俺があのアンデッドの群れに対する恐れで一時的に発狂したと思ってるだろ…… !? 」


 シャロンが優しく否定しようとした時、援軍が到着して落ち着いたルチアナが彼を擁護する声をあげる。


「シャロン、コウの言うことは本当よ。ミシュリティー様は降臨なされ、私の病を癒してくださり、託宣をなされた。コウとともに悪魔を滅ぼせ、と」


「……ルチアナ様まで…… !? 」


 シャロンは少しだけいつもの無表情を崩して、素早く周囲を見渡す。


「警戒しなくても人間を錯乱状態に陥れるモンスターなんて潜んじゃいないよ」


 ソフィアが呆れたように言った。


「ですが…… ! ありえません……。だって……ジョン……コウは人間以外の種族と……その……良い関係なんですよ ? 」


 シャロンの疑問はもっともなものだった。


 異種族の少ないウッドリッジ群島ではそれほど実感のないことだが、ミシュリティ―が主神として君臨した百年の間、人間族は他の種族を奴隷のように扱ってきた。


 その間に現れた十月の女神の御使いは当然、そのような人間を本格的なデミグラスソースを調理するために三日間かけて煮詰めたような人間至上主義者であり、コウのように異種族の異性と良い関係どころか、深い仲になる者など認められるわけがなかった。


「……ミシュリティー様は主神の座を下りてから考えを改めたんだ。これからは他の 11 種族と協調してこの世界を守っていくように、とのことだ」


 コウはもっともらしいことを言う。


((そんなバカな…… !? こいつが御使いだなんて…… !? ))


 中には疑いを抱く者が二人ほどいたが、「貴族」であるルチアナがコウを「貴族」・「王族」よりも格上の「御使い」と認める以上、それに従わねばならない。


「……わかりました。それでは今からどうします ? コウ様」


 シャロンはその人間の序列に従って、コウに対応し始める。


「コウでいい。今から皆はルチアナを守護しつつ、アンデッドどもを惹き付けておいてくれ。その間に俺はあの悪魔憑きを始末する。そうすればあいつらもただの腐乱死体に戻るはずだ」


 腐乱した化け物の壁の向こうで、こちらのやり取りが終わるまで待ってくれているお優しい悪魔憑きの男をコウは親指で指し示す。


 全員が「悪魔憑き」という言葉に恐れと疑いの混じった目で動く腐乱死骸の最奥に陣取る青年を見やる。


「……伝承通りだ。瞳が……青く輝いてる……」


「蟲人を従えてはいないのか ? 」


「悪魔憑きの器は他種族の戦士達と協力しなければ破壊できないというが……勝てるのか ? 」


「あれは……ミーノ ? 」


 警備兵のざわめきの中にただ一つ有益なものが聞こえた。


「あいつのことを知ってるのか ? 」


「あ、はい、あいつは『テイマー』のミーノという男で、パンケーキ団というパーティーに所属していました。そのパンケーキ団は数年前のポイズンドラゴンの駆除の際、ミーノ以外のメンバーが全員、モンスターによって殺されています。……そして最近、私の街の墓地でパンケーキ団のメンバーの墓があばかれ、遺体が持ち去られていたことから彼にも事情聴取をする予定だったんですが……」


 若い警備兵がコウの問いにおずおずと答えた。


「そんな……じゃああの男の周りにいる 5 体のゾンビは…… ? 」


 ルチアナが口元を両手で覆って、悲痛な表情となる。


「ミーノが最初に名乗っていた通り……パンケーキ団のメンバーの遺体だ。きっと自分だけが生き残ったことを悔んでたんだろうな……。そこを悪魔に付け込まれたんだ」


 コウは誰に言うでもなく、呟き、やりきれない顔となった。


 そしてその情報が伝わるのを待っていたかのように、巨大な腐った死骸どもは急に速度をあげて一心腐乱(いっしんふらん)に生者達に向かって動き始めた。



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