異世界無人島生活 第53話 たとえあなたが嘘つきだとしても
「ルチアナ様 ! 今、我らパンケーキ団がお助けいたします ! 」
昼下がりの今でも、薄暗い密林の奥から救いの声が腐死者の群れに囲まれたルチアナに届けられた。
彼女がホッとしたようにその発声源を見やると、遠くの鬱蒼とした樹々の合間に 6 人の影があった。
「……パンケーキ団 ? なんだその寿命を再生数に変換している大食い系 YouTuber の血糖値並みに甘ったるいふわふわした名前は ? 」
コウはこの死臭まみれの地獄のような状況に現れた日本語的な意味でファンシーなパーティーに不思議そうに首をひねる。
「そんな可愛らしい名前のパーティーが今回の駆除に参加してたか ? 」
フィリッポが不審そうな顔で呟いた。
ふらふらと左右に大きく揺れながら、太陽の元に躍り出た彼らパンケーキ団を見て、せっかく病が癒えて血色の戻ったルチアナの頬が再び青白いものとなる。
それはカワイイ名前にそぐわない異様な一団だった。
一際大柄な青年が狩人のように深い緑のシャツの上に同系色のポケットがたくさん備え付けられたベストを装備し、不安定な足場でも対応できるようなしっかりとした作りの濃い茶色のブーツを履いていた。
まともなのはその男だけであった。
青年が正常であることが、このパーティーの異常さをより際立たせていた。
残りの 5 人は、著しく腐敗の進行した死体であった。
このウッドリッジ群島出身者特有の銀髪は、ほぼ頭蓋骨から直接生えているような状態であり、黒い眼窩の奥はどこまでも暗い。
顔にわずかな肉がこびりついてはいるが、わずかに残った肌はどうしてか生前のように日焼けした小麦色を保っている。
唇など当然なく、むき出しの歯茎はおそらく彼らが口づけを交わせば、歯と歯とが衝突してしまうであろう有様。
それなのに彼らの纏う装備はどれもが新しかった。
輝く鉄の胸当て、綺麗なピンクとグリーンのローブ等々。
その不釣り合いな空気がなお一層、不気味であった。
まるで誰かが腐乱死体を懸命に飾り付けたようで。
そしてそこから始まったのは滑稽な茶番であった。
ルチアナ達を取り囲んでいた腐死の化け物どもはゆっくりと包囲を解いて、どう見ても彼らの同類としか思えない 5 人に向かっていき、そして彼らのただの一撃で地に伏せる。
数十体の腐乱死骸が横たわる中、胸を張って 1 人の生者と 5 人の死者が横に並んで近づいてくる。
「……ルチアナ様、もう大丈夫です…… ! さあ、私の仲間に……パンケーキ団にお褒めの言葉を…… ! 」
生者は、懇願するようにルチアナに語り掛ける。
だが、それに対する領主の娘の反応は彼の望むものとは程遠かった。
「い、いや ! 近寄らないで ! どう見てもあなたの連れているのもアンデッド……腐った死体じゃない ! 一体何を企んでいるの !? 」
そう叫んで、病が癒えたことで逆に少しだけ臆病になった彼女はフィリッポの背に隠れる。
コウではなく自分の後ろにルチアナが避難したことに、フィリッポは小学生男子のように笑んだ。
「そ、そんな ! 何を言うんですか !? 皆が腐った死体だなんて…… ! 皆は復活して……え !? ……だが……そうか……わかった……」
青年は途中から急に目に見えぬ誰かと会話し始め、何かを決めたようであった。
「……皆、ルチアナ様にもこちら側に来てもらう…… ! そうすればわかるはずだ…… ! 皆のことが…… ! 皆がちゃんと生きてるって…… ! 」
その声に従ったのか、 5 体の腐乱死体は各々武器を構え、倒れ伏していた巨大なモンスターの死骸どもも起き上がる。
「あ、あ…… ! 」
ルチアナが引きつった声をあげるが、それは腐った死体のせいではない。
「悪魔憑き…… !? 」
青年の瞳はいつの間にか、黒から青い蛍光色へと変化して、妖しく輝いていた。
それは古い伝承を元にした勇者の物語によく登場する悪魔憑きの様相、そのものであった。
「そんな…… !? 大陸の方で『百年戦争中』に悪魔憑きが出たって噂は聞いていたけど……このウッドリッジ群島にまで……でも託宣に従って悪魔を滅しないと……ど、どうすればいいの…… ? 」
フィリッポの背に隠れてブルブルと震えだすルチアナ。
彼女がそこまで悪魔を恐れるのは、悪魔がただ単に強いからだけではない。
悪魔は享楽のためになんでもする。
それは甘やかすことを可愛がることと勘違いした親に育てられた幼児がオモチャやペットで残酷に遊ぶように人の心と身体を弄ぶのだ。
「……悪魔祓いの教え、その二、悪魔は人間の恐怖を吸収してその力とする。よってどのような悪魔にもけして恐怖を抱くべからず…… ! 安心するんだルチアナ。お前の前に立っているフィリッポはあれだけ不利な状況で一歩も引かなかった根性のある強い男だし、俺は十月の女神ミシュリティー様の御使いで悪魔の対処には慣れている。だから怖がらなくていい」
コウはオカルト雑誌の裏表紙で紹介されていた悪魔祓いセット( 39,666 円)の教本の一節を暗唱して、ルチアナを安心させるように微笑んだ。
そして文字通り悪魔的な地獄耳でそれを聞き取ったミーノに憑いた悪魔は、いやらしく片頬をあげる。
悪魔にとって見当違いの悪魔祓いを行う者は道化であり、それにまるで効果がないとわかった時のエクソシストの絶望は最高の娯楽の一つであった。
だが神への信仰を否定し愚弄するこの悪魔は気づいていない。
時に何かへの信心が力を持ち、奇跡を起こすことを。
たとえそれが情報商材詐欺師すら呆れるほどのインチキな品物に対する盲信だとしても。
そしてそれを起こすだけの膨大な魔素をこの男が持っていることを。




