異世界無人島生活 第48話 昼食はサンドイッチ
獣道の先に少し開けた場所が見えてきて、さらにその先は巨大種が暴れまわったかのように樹々が粉砕されて倒れていた。
「何なの…… ? ポイズンドラゴンの仕業…… ? 」
ルチアナが銀髪の下のこの群島出身者にしてはやや白い肌の顔を引き攣らせた。
「いや……これはソフィアの……魔法人形が攻撃した跡だな」
ジョンは軽く肩をすくめて言った。
そう言われてルチアナは今朝、見舞いに行った際のパーティーメンバーの言葉を思い出す。
「……そう言えば、サンドロとロレットがベースキャンプ付近で襲われたのを機転を利かせたフィリッポが魔法人形を派遣して救助してくれたって言ってたわ。……ということはここがその襲撃場所ね」
「ああ、ソフィアも言ってたが……。二人を救助したのは死体を発見した後だそうだ」
「……殺人犯に謎の襲撃者……ひょっとして同じ奴なのかも……」
「……確か襲撃された奴の一人には毒を吸った症状が出てたそうだ…… ! 殺害された二人も毒を吸わされてから殺されたなら……同一犯の可能性はあるな」
「でも……予想通りに毒を扱う新種のスライムが犯人なら、サンドロが風魔法のようなもので襲われたって言ってるのがおかしくない ? 毒に加えて風まで操るなんて……いくらなんでもスライムにしては高性能すぎるわ」
「……それもそうだな」
しばし密林の中で二人は押し黙る。
しかしこれ以上、捜査の進展は期待できないようだ。
「これ以上は進展がなさそうだな……。今とれる対策は夜間の警備強化と、冒険者達も天蓋の中で最低一人は見張りとして起きている……くらいか」
「そうね……」
ジョンは大きく伸びを一つすると、昨晩、魔法人形によって無慈悲に倒された木の一本に腰かけた。
そして臨時の助手に手招きする。
「付き合ってくれた礼に昼飯くらい食わせてやるよ」
そう言って、男は笑った。
ルチアナは最初、きょとんとしたようにジョンを見て、それから笑いをかみ殺しながら近づいていく。
「……そんなに面白いことを言ったか ? 」
「そんなことない……けど……」
ルチアナが病床で読み終えた数多くの物語の中には貴族の令嬢と平民との許されざる身分差の恋物語もあった。
「あなたが……物語の登場人物と同じセリフを言うんだもの…… ! 」
ジョンの隣に腰かけて、満面の笑顔で彼を見やるルチアナ。
「よくあるセリフだろ ? 」
「そうなんだけど……でも…… ! 」
(ヒロインの身分を知らず無礼に昼食を誘うシチュエーションまで今の私達と一緒だなんて…… ! )
まだ笑いの収まらないルチアナを呆れたように眺めながら、ジョンは腰のウエストバッグから紙の箱を二つ取り出し、一つを彼女に手渡した。
ルチアナが興味深げにそれを開けると、中には綺麗にサンドイッチが並んでいた。
白いパンにマヨネーズと緑の葉物、そして照り焼きにされた魚の切り身が窮屈そうに挟まれている。
「これあなたが作ったの ? 」
「まあな。ただのサンドイッチだが、不味くはないはずだ」
「ふーん」
疑り深げに観察した後、ルチアナはそれを口へと運ぶ。
そして彼女の舌の上で爆発が起こった。
凝縮された海のうま味が、この瞬間を待ちわびたように一斉に広がったのだ。
「これ……黄金マグロじゃないの !? 信じられない !? サンドイッチに使うなんて…… ! 」
「ん ? 不味かったか ? 」
「不味いわけないじゃない ! やってることはマズイけど……。素材がすごすぎて……極論すればどんな素人でもこの黄金マグロを調理すればプロの料理人に勝てるけど……もったいないというか…… 」
「じゃあいいだろ。言わば俺は戦略型の料理人だ」
「どんな料理人よ !? 」
「戦記物でよくあるだろ ? 将軍でも野戦に強い戦術型の将軍と戦闘が始まる前に戦略で勝利をものにしている戦略型の将軍が。俺は素材を調達する段階ですでに勝利を確定させていたんだ……」
「……その素材を普通に技量のある料理人が調理すればもっと素晴らしい料理が生まれたってだけの話を無駄に、劇的にややこしくするのね……」
溜息をつきながらも、ルチアナの手と口は止まらない。
貴族である彼女でも黄金マグロは数年に一度、食卓に上がるか上がらないかの貴重な素材なのだ。
彼女の膝の上の箱はあっという間に空となる。
「……どうやって手に入れたの ? 黄金マグロを……」
「別に難しいことはない。海人族にもらったんだ。海人族の……特に鮫タイプの人魚にとったらそれほど狩るのに難しくないみたいだ」
「海人族とつながりがあるの !? この群島の人間とは交流が絶えて久しいのに !? 」
「……まあな」
ジョンは首筋の噛み傷の跡をさすりながら言った。
それは先ほど戦略がどうこうほざいていた彼が爬虫類人の女によって胸に打たれたハートマークについて海人族のシーラに釈明する戦略において大失態を犯した証であった。
「……あなたって見かけによらず有能なのかもね。あのソフィアっていう人間にしか見えない魔法人形もあなたが作ったんでしょ ? 」
「ああ、身体はな」
「身体は ? それ以外に何かあるの ? 」
ルチアナは不思議そうに大きな黒い瞳でジョンを見つめた。
「あいつの……魂石に宿った心はソフィア自身が作り上げたものだ。俺は一切それに手を加えていない」
そう言ってジョンは右手をひらひらと振った。
「……見かけによらず随分とロマンチストなのね。魔法人形に心があるなんて……」
どう見ても戦闘以外に享楽がなく他者の心の機微などに微塵の興味もない「狂戦士」のような外見の男にルチアナは返す。
「あるさ。だからたまに言うことを聞いてくれないこともあるし、喧嘩になることもある」
「それって……魔法人形としてはダメなんじゃないの ? 」
「いいんだ……。俺はソフィアに何でも言うことを聞く人形であることを求めちゃいないんだ」
ジョンが少しだけ俯いて言った言葉は、ルチアナの胸に鈍く刺さった。
彼女が人形のように命令を聞くパーティーメンバーや臣下の者どもに囲われているがゆえに。
「それから……さっきはソフィアの魂石に……心に手を加えてはいないとは言ったけど……あいつの心に影響は与えてるかもな。お互いに……一緒に生活して……素材集めに冒険して……時に喧嘩して……気づかないうちにな……」
いつの間にか蒸し暑いジャングルに穏やかな風が吹いていた。
そんな風に少しだけ黒い前髪を揺らしながら、ジョンは顔を上げてルチアナに笑いかけた。
「……きっとあなた達はお互いに思いやっている相棒なのね。なんだか羨ましいわ。私の周りには私の顔色を窺って……私の言うことを聞く魔法人形よりも人形みたいな人間ばっかり……」
「そうか……でも人形みたいに振舞ってる奴らの中には、ルチアナともっと仲良くなりたいと思ってる奴もいるさ」
「なんでそう思うの…… ? 」
「だってルチアナは……すごく綺麗だし……頭もいいし……良い奴だからな……」
「……ひょっとして口説いてるの ? 」
「そ、そんなつもりは…… !? そもそもお前はまだ 16 才くらいだろ !? そんな年齢の女の子に手を出すなんて犯罪的行為はできない……」
焦りながら全身で否定するジョンのひょうきんな仕草に思わずルチアナから笑みがこぼれた。
そしてふと思った。
(ジョンは……異世界人なのかもしれない。黒髪黒目で……この世界とは違う性道徳をもっている……)
それを彼女が口に出そうとした時、穏やかな風が不穏なものを運んできた。
腐臭だ。




