異世界無人島生活 第44話 襲撃者
「おかしいっすね……」
「何がだ ? 」
ようやく見えて来たベースキャンプ地に対するサンドロの呟きに、彼に肩を貸して歩くフィリッポが問うた。
「ああ、ベッドの上で『初体験』と言いながら手慣れたテクニックを次々と駆使してくる女並みに奇妙だ」
フィリッポの隣を肩で息をしながら行くロレットも眉をしかめた。
「だから何がだよ !? 」
彼が飛沫感染する病気を持っていれば、確実に感染させるだけの唾をサンドロの顔に飛ばしながら、フィリッポは怒鳴った。
「うわ !? だから汚いっすよ ! もうちょっと静かに怒鳴れないんすか !? 」
「やかましい ! お前らがはっきり言わないのが悪いんだろうが ! 」
いつの間にかフィリッポに課された説明責任を果たしてくれたのはロレットだった。
「気づかないのか ? もう真夜中なのにベースキャンプが明るい……。何かあったのかもしれん」
「なんだと !? ルチアナ様が危ないかもしれん ! 今行きますぞ !! 」
そしてフィリッポはサンドロを地面に投げ捨て、勢いよく走り出した。
「……あいつも魔素がほとんど尽きてるはずなのに……」
呆れたようにその背中を見送るロレット。
「……まあフィリッポさんは元近衛兵で、ダニーロ警備隊長の地獄の訓練を乗り越えてきてますからね。品性はなくとも、根性だけは一級品っすよ」
廃棄処理のコストを惜しんだ経営者よって山奥に不法投棄されるゴミのように投げ捨てられたサンドロは、ふらふらと立ち上がりながら伊達眼鏡の位置を直した。
「おい !! 何があった !? ルチアナ様はご無事か !? 」
「ひぃ !? 」
ベースキャンプ外周を見回っていたまだ年若い警備兵は、得体のしれない化け物に遭遇し、「威圧」のスキルでも浴びたかのように悲鳴をあげた。
それほどまでに血まみれの彼の圧力は凄まじかったのだ。
「何事ですか ? ……フィリッポさん」
「おう ! シャロン、ベースキャンプに何か異常が起きたんだろ ? ルチアナ様は大丈夫なのか !? 」
たまたま近くを見回っていたシャロンが震える警備兵に変わって応対する。
彼女は直属の上司トレイの友人でもあるフィリッポのことをよく知っていた。
彼が本当は「戦闘狂」ではないというくらいには。
「もちろんご無事ですよ。……ただベースキャンプ内で不審な死者が出たものですから、今警備隊で全員の安否と警戒を行っているところです」
「そ、そうか ! 」
それを聞いて安心し、身体がようやく疲労を思い出したのかフィリッポはその場に座り込んだ。
「……疲労困憊のサンドロとロレットの奴らを置いてきちまった。滅多なことはないと思うが……念のため警備兵をやって護衛してくれ」
身体が疲労を思い出したと同時に、頭も置き去りにした二人のことを思い出したようで、フィリッポは彼が来た密林を顎でしゃくりながら言う。
しかしそれに対する彼女の答えは、にべもないものであった。
「……対応しかねます。現在私達警備隊はベースキャンプ内の警備と安否確認の任を警備隊長から仰せつかっています。それを投げ出すわけにはいきません」
「相変わらず融通の利かない奴だ…… ! ひょっとしてお前も魔法人形なんじゃないのか ? 」
ベースキャンプにさほど遠くない場所とは言え、もはや戦闘不能な二人を置き去りにしてきた自らの非人道的行為を棚に上げて、フィリッポは毒づいた。
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「……まったく、魔素が尽きた俺達を残していくなんて……」
ふらふらと歩きながら、サンドロが毒づいた。
「ルチアナ様のこととなると、あいつは歯止めが効かなくなるからな……」
そう言って、同じように彼の隣をよろよろと歩むロレットが苦笑する。
ベースキャンプまでは 1 キロもない。
大抵のモンスターは大勢の人間の気配を警戒してか、この周辺からは消えていた。
今夜、二人が体験してきた危険を思えば、もう安全地帯と言っても差し支えない場所だ。
「……なんか寒くないすか ? 」
自称霊感持ちが心霊スポットで言いそうな言葉に応えたのはロレットが地面に倒れる音だった。
「え ? ロレットさん ! どうしたんすか !? 」
「あ……が……」
端正な顔を歪め、白目を向き、口から泡を吹き出すロレット。
「これは…… !? 毒…… ? 」
暗闇の中、周囲を見渡すも、サンドロが頭に思い浮かべたモンスターは影も形も無い。
「そうっすよね……。夜とは言えポイズンドラゴンみたいな巨大なモンスターに気づかないわけないっすよね……。だとすると……」
次に導き出したのは、様々な薬を女神の恩寵によって生み出す爬虫類人の襲撃、という推測であったが、それもすぐに切り裂かれた。
物理的に。
「うわ !? 」
空気を切り裂き、何かが飛ぶ音を聞いて反射的にサンドロは頭を下げる。
そのすぐ上を、頭の動きについて行けずに宙を舞った髪の毛の幾ばくかを簡単に刈り取って何かが通りすぎていった。
(今のは……「風魔法」 !? なら襲撃者は人間 !? )
それが発射された位置、すなわち襲撃者の位置にあたりをつけてサンドロは密林の茂みに向かって杖を向ける。
魔素がほとんど残されていない彼にとっては威嚇以上の意味はない。
それでもやらないよりはマシだった。
そしてロレットの手から転がり落ちた筒型の発光アイテムを手探りで拾い、その光を茂みに向けた瞬間、今度は空気を切り裂く音が二回聞こえた。
「ぐっ…… ! 」
サンドロが身を屈めて、迫りくる斬撃に備えようとした時、また音が聞こえた。
パン ! パン !
空気を震わせる破裂音。
それは不可視の刃を粉砕した鞭の音だった。
続けて、炸裂音が間断なく襲い掛かる。
夜空に連続して広がる花火のような、まるで爆発のようなその音は密林の一部をグシャグシャに粉砕して、ようやく止んだ。
「ふう……いいストレス解消になったね」
振り返ったサンドロの目に映ったのは暗闇に浮かぶ白い顔……。
黒革のワンピースを纏っているためにそう見えたソフィアだった。
「た、助かったっす ! ありがとうっす ! でも……どうしてここに…… !? 」
「礼なら私に依頼した奴に言うんだね。こんな近距離にいる人間を安全にベースキャンプ連れてくるだけで 10 万ゴールドもくれるって言うんだからね」
「フィリッポさん……」
先ほど二人を置き去りにした卑劣漢の顔を思い浮かべて、心の中で感謝を述べるサンドロ。
そんな彼の目の前に、ソフィアの白く嫋やかな手が差し出された。
「手を貸してくれなくても立てるっすよ……。それよりもロレットさんを……」
「何言ってんだい。違うよ」
「え ? 」
「私に依頼した奴は……匿名を希望していたけど……あんたから報酬の 10 万ゴールドをもらうようにってね」
「な、なんですって !? そんな…… !? 」
一瞬、そんな当事者の預かり知らぬ所で結ばれた依頼契約など無効だ、と叫ぼうとしたサンドロだったが直前でその言葉を飲み込み、それによって胃は破裂寸前だった。
万が一、この目の前の魔法人形が機嫌を損ねて帰ってしまった場合、一刻も早く治療せねばならないロレットを誰が運ぶというのだろうか。
それに襲撃者も本当に退散したかどうか確認できない。
「わ、わかったっす。でも財布はベースキャンプに置いてあるっす。だから着いてから支払うっす」
「……しょうがないね。ちゃんと払うんだよ」
片頬を歪めて、軽く溜息をつくソフィア。
(フィリッポさん…… ! 自分が金を払いたくないからって、俺に支払いを押し付けるなんて…… ! 後で絶対フィリッポさんの財布から 10 万ゴールド抜いてやるっす ! )
山よりも高く上がったフィリッポへの評価は、そこから墜落死した。
(でも……)
よいしょ、と軽々とロレットを肩に担いでベースキャンプに向かって歩き出すソフィアを見てサンドロは不意に思った。
(……魔法人形がお金を欲しがるなんて……作者にそう設定されてるんすか ? )
だとすればこの魔法人形の作者は自らを想わせ、さらに自らに貢がせるための金貨をも稼がせるような恐ろしく歪んだ思考の持ち主となる。
サンドロはまだ見ぬ美しき魔法人形の作者を想像して、再び身震いした。




