異世界無人島生活 第38話 天蓋(テント)の明かり
「……ギド、少し待ってよ」
ヴァレリアが夕暮れの密林を走る背中に声をかけた。
「ああ、悪い悪い ! ヴァレリアに合わせてもっとゆっくり走れば良かったな ! 」
ギドが振り返って、笑った。
暗がりの中でも、彼の白い歯は夕日を反射し、時間に関係なく爽やかであった。
「まったく……あなたが皆のことも考えずに走り出すから、バラバラにはぐれちゃったじゃない…… ! 」
「しょうがねえだろ ! ミーノが『走れ』って言ったんだから ! 」
ちょうど都合よく長椅子の代わりになりそうな太い倒木を見つけた二人は、並んで腰かける。
「あのモンスター、不意を突かれて面食らっちまったけど次に遭遇したら、ぶった切ってやるぜ ! 」
腰に差した剣の柄を軽く握りながら、ギドは勇ましく言う。
(……あれ ? ギドがモンスターから逃げるなんて、いつ以来だろ…… ? )
ふっとそんな思いがヴァレリアの頭をよぎるが、久しぶりに二人だけとなった状況が、ささいな疑問を圧倒的な力で押し流した。
ヴァレリアが少しだけ空いていた二人の距離を、ゆっくりと詰めると二人の身体が触れ合った。
「お、おい、どうしたんだ ? 」
ギドが驚いた声をあげるが、その身体を動かして、彼女が無くしてくれた距離を再びつくることはしない。
(言わなきゃ……どうしてかわからないけれど……今、言っておかなきゃならない……)
「ねえ、ギド……」
ヴァレリアは彼の大きく見開かれた瞳を見つめながら、自分の想いを伝えるために、それを声とするために、息を深く吸い込む。
「私、昔からあなたのことが…………」
「お、俺だって…… ! 」
しばらくして、密林に何か硬質なものがぶつかった音が小さく響いた。
「……歯がぶつかっちゃったね」
「し、しょうがないだろ ! 初めてなんだから ! なんか焦っちゃって……」
一気に甘い雰囲気が霧散しかねない失態に慌てるギドを愛おしそうに眺めながら、再びヴァレリアは二人の距離を詰める。
今度は柔らかく、音も立てずに歯と歯が衝突した。
それは長い時間を経て、ようやく辿り着く、誰よりも近かったのに、どこまでも遠かった場所だった。
────
「……二人とも酷いっすよ。情報収集を俺だけに押し付けて…… ! 」
密林の中にぽっかりと穴が空いたような草原。
今、そこは多くの天蓋が並ぶベースキャンプ地となっていた。
その冒険者達の天蓋を回って、サンドロは未だ帰還していないパーティーの目撃情報を集めていたのだ。
「しょうがねえだろ ! 俺の情報収集の手段は『脅迫』と『拷問』しかねえんだから、夕食後の穏やかな時間にそんな物騒なことされたくねえだろ ! 」
「……そんなのフィリッポさんの匙加減じゃないすか ! 別に普通に聞けばいいだけっすよ ! 」
「『戦闘狂』の設定を守るためには仕方のないことだ」
ただただ面倒な仕事を押し付けただけなのに、どういうわけか腕を組んで、ふんぞり返るフィリッポ。
「……昼間もその設定を守るためにトラブルを起こして酷い目にあったくせに。もっと臨機応変にやってくださいよ ! それにロレットさんも ! こういう時に女の冒険者から簡単に情報を得るような役回りじゃないんすか !? 」
不自然な紺色の髪のスカした美青年にサンドロは苦情を述べる。
「フッ……物を知らんお前に教えてやる。いいか、女というのは満腹になって食欲が満たされると、どうしてか性欲が減退するのだ ! だから夕食後のこの時間、いくら俺ほどの男が言い寄っても成功する確率は低くなるんだ ! 」
性欲旺盛な中学生が仕入れた翌日にはクラスで得意げに披露しそうな知識をもっともらしく講釈するロレット。
「……二人とも……本当に戦闘以外は何の役にも立たないんすね……」
ワザとらしく大きな溜め息を吐くサンドロ。
「とにかく帰ってこない二組のパーティーが向かった場所がだいたいわかったっすよ。幸い……と言っていいのかはわからないっすけど、ほぼ同じ場所っす」
「そうか……仕方ねえ、行くか」
「ああ、無事帰還して、明日レオのクソ餓鬼をぶん殴ってやらねえとな」
適当に時間を潰して、成果無しで帰るわけにはいかない。
それは彼らの主の期待に大きく背くことになり、今の立場を失うことになるからだ。
それはそれぞれの理由でルチアナのパーティーの所属していたい三人にとっては、望まない結果だった。
多数の白い天蓋の中から、ランタンかもしくはその役割を果たすアイテムの光が薄く漏れていて、天蓋自体が大きく仄かな優しい明かりに見えて、どこか不思議な懐かしさにも似た思いを抱かせるその場所から、三人は出立するため、歩き出した。
「……今から森に入るのかい ? やっぱり『戦闘狂』は一味違うね」
女の声だ。
ソフィアの声だ。
それは頭上から聞こえた。
三人が上を向くと、背の高い木から張り出した枝に腰かけ、煙管から紫煙を燻らせる美しく、されど蓮葉な黒い革のワンピースの女。
「……そうさ♪邪魔するならキミからやってもいいんだよ ? 」
フィリッポは瞬時に「戦闘狂」として振舞う。
ルチアナ様のパーティーメンバーが演技をしているなどと、彼女自身の耳に入ろうものなら大変なことになるからだ。
「あんた、本当は『戦闘狂』なんかじゃないんだろ ? 無理しなくていいさ」
「……どうしてそう思うんだい ? 」
「日中の戦い方を見たらわかるさ。あんたの戦い方は堅実そのものだった。連携も上手くやってた。最後のトドメもそっちの剣士に譲ってた。あんたはよく訓練された戦士だよ。戦いに酔って、狂ってなんかいない」
ソフィアは煙とともに答えを吐き出した。
それにフィリッポは舌打ちを返す。
「……戦闘スタイルまで『戦闘狂』っぽくやっちまうと隙が大きくなる。万が一モンスターを討ち漏らしてルチアナ様を危険にさらすわけにはいかねえからな……。このことは誰にも言うんじゃねえぞ ! 」
そして日中、痛い目にあったのを忘れたのか、ソフィアに素の口調ですごむ。
「別に言いふらしやしないよ。……でも可哀そうだね」
淫靡な真っ赤な唇の両端を微かに上げて、ソフィア表情を変えた。
「テメエ ! 魔法人形が俺を憐れむんじゃねえよ ! 」
「あんたじゃないよ。貴族のお姫様の方さ」
「なんだと ? ルチアナ様のどこが可哀そうだって言うんだ !? 」
「だってそうだろ ? お姫様の逆ハーレムパーティメンバーのあんた達は皆、あの子の望むままに振舞ってるだけなんだろ ? 小さな女の子に父親が買い与えてくれたお人形遊びのお人形みたいに。そして女の子が紡いだと思っている人形達との絆は全て偽り。それが露呈するのは女の子がその絆にすがるしかないような逆境に陥った時なのさ。そして真実に気づかされた女の子は深い……深い絶望に落ちる……」
ソフィアは遠くを見つめるように、笑いながら泣くような、そんな顔でフィリッポを見つめた。
それは彼女が持つ人間ソフィアの記憶が、彼女が病に倒れ、去っていったパーティーメンバーの記憶が作らせた表情なのだろう。
「……ッ…… ! 」
魔法人形の言い知れぬ迫力に、思わずフィリッポは言葉に詰まる。
「……そんなのは要らぬ心配っす。領主様の娘様であらせられるルチアナ様がそんな逆境に遭遇することなんてありえないっすからね。それにしてもあんたはそんなとこで何してたんすか ? 」
そんなフィリッポの代わりにサンドロが割って入り、木の枝に腰かけるソフィアに問うた。
「……星を見ようと思ってね。私は星の光が大好きなのさ。でもキャンプ地の端に来て、この散らばってるたくさんの天蓋の明かりを見てると……なんだか不思議な気分になってね。天蓋の明かりを眺めてたんだ」
高い枝から見下ろせば、開けたキャンプ地に散らばる天蓋の明かりがよく見える。
ソフィアはそのためにわざわざ上っていたのだった。
「不思議な気分 ? 」
「ああ、そうさ。あの天蓋明かりの一つ一つの中にはそれぞれ冒険者達がいる。きっとその中で今日のクエストのことを話してたり、共に夕食を食べたり、喧嘩したり、ひょっとしたらこんな状況でも愛し合ってたり……ね。あの明かりはそんな人間達のつながりの輝きなんだ」
「……魔法人形が何を言ってやがる…… ! 人間様が羨ましくなったか ? 」
「羨ましい ? そんなことはないさ。私は私の心の中に自分の天蓋をちゃあんと持ってる。人間だった頃の記憶の中にも……そして今も…… ! エミリオを思い出せば私の心は温かくなるし、明るくなる ! こんな暗闇の中でもね ! そしてもうすぐ家にジョンも帰ってくる ! 私はもう自分の光を持ってるんだ ! 羨ましくなんてないさ ! 」
そう言って、ソフィアは先ほどとは違って、にっこりと微笑んだ。
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