異世界無人島生活 第36話 パンケーキ団登場
「……今日一日の成果は今のところ 5 体か。冒険者が 200 人、警備兵が 50 人もいて、寂しい結果じゃな……」
戦時の陣中を思わせる天蓋の中、短く刈り込んだ白い髭に下半分を覆われ、上半分には深い皺が刻まれた四角い顔で老人が溜息を吐いた。
身長はそれほどではないが、鍛え上げられた肉体が軽鎧の下で窮屈そうにしていることがわかる。
この島の歴戦の警備隊長、ダニーロだ。
「……やはり十月の女神様が『主神』ではなくなったことが……『恩寵』が弱まったことが影響しているのでしょう」
「何を言っておる !! それを自らの鍛錬で補うことができない方に問題があるのじゃ !! 」
天蓋の中に雷が落ちた。
(さすがトレイ部隊長を鍛え上げた方ですね。筋肉が全てを救ってくれる神だとしたら、あの方々にとっては筋トレは神に信仰を捧げる行為なのかもしれませんね。……どんなに鍛えた所で「恩寵」がなければ単純なパワーで人間がモンスターに敵うわけがないのに……)
インランピンクの髪の下、理性的だけれども、どこか爬虫類を思わせる冷たい灰色の瞳でシャロンはダニーロと叱責される警備部隊長を眺めていた。
この島には五つの街があり、それぞれに警備部隊長が配属されている。
ポイズンドラゴンの駆除には、その五人の警備部隊長も、彼らの上で警備隊全体を統括する警備隊長も出陣することが通例となっていた。
とは言っても彼ら警備隊は実際に駆除に当たるというよりは裏方的な役割であったが。
(……トレイ部隊長がいればうまく仲裁してくれたのでしょうけれど……)
まるで何かの「スキル」を発動したのではないか、と思うほどにダニーロの雷はもはや嵐となり筋肉圧は天蓋を中から吹き飛ばさんばかりとなっていた。
現代日本社会のように退職代行業者など使おうものなら、業者ごと物理的に首を斬られかねない封建的な老人だ。
この場にはいない、人懐っこい笑顔の筋肉ダルマを思い浮かべながら、シャロンは気づかれないほど小さく息をつく。
ポイズンドラゴンの駆除の数日前、彼女の街で惨劇が起きた。
教会関係者 10 人が一晩で殺害され、普段はそれほど警備隊の捜査に口を出さない教会が「この事件に関しては通常の業務を差し置いても最優先で捜査しろ」と言ってきたのだ。
そのため部隊長であるトレイはこの場に来ることができなかった。
ふいに、あと数十分は忍耐力と鼓膜を鍛えるための修行となるはずの天蓋に救世主が飛び込んで来た。
「……報告いたします。日が完全に落ちましたが、まだキャンプ地に帰還していないパーティーがおります ! 」
────
同日。
昼過ぎ。
「……何か見つけたようだ」
身長 2 メートルを超える大柄な男が肩に乗った小さなリスの頭をその無骨な太い指で撫でながら、言った。
「ようやくかよ ! 」
まだ駆け出しの冒険者、といった風の革の鎧を纏い、背中に長剣を背負った少年は少々不満そうだ。
「ギド、焦りは禁物よ。ミーノはいつも通りにやってくれてるじゃない」
薄手で七分袖のピンクのローブを少しばかり暑そうに羽織った少女、ヴァレリアが逸る少年を窘めた。
「ギドはここで活躍してルチアナ様にアピールしなきゃならないもんな」
槍を担いだ少年、ヴァスコがニヤニヤしながら言うと、一瞬ヴァレリアの顔が引きつった。
「ああ ! A 級冒険者になるには貴族様の覚えが良くないとダメだって言うからな ! 」
屈託のない笑顔で返すギドに、ホッとするヴァレリア。
「……全くもって、わかりやすいというか……じれったいというか……」
「ホントだねー」
女性武道家特有の二つお団子を頭につけた髪型の少女ジャスミン、そしてヴァレリアとは色違いのグリーンのローブを纏った少女イラリアがこっそりと笑い合う。
今回のポイズンドラゴン駆除への参加冒険者の中でも新参の彼らのパーティー名は「パンケーキ団」。
皆、この群島生まれで銀色の髪に褐色の肌。
結成に当たり、冒険者養成所で同期だったメンバーがそれぞれに考えた名前を譲らず、くじ引きで決めた結果、イラリアの案が採用されたのだ。
ちなみに他のメンバーの案は以下の通り。
ギドの「灼熱の剣」という亜熱帯のウッドリッジ群島をさらに暑苦しくしそうなもの。
ヴァスコの「一夜の夢」という童貞感溢れるもの。
ミーノの「アニマル団」というパーティーメンバーに知性が無さそうなもの。
ヴァレリアの「純潔の乙女」という逆に汚されることを望んでいそうなもの。
ジャスミンの「鉄血の拳」という全ての問題を鉄と血で解決するプロイセンの宰相のようなもの、であった。
ミーノに充分に撫でられて満足したのか、リスはおもむろに彼の肩から下り、皆を先導し始める。
「……案内してくれるようだ。行くぞ」
ジャングルに開かれた獣道は大型のモンスターが通った跡か、先人が開いたルートか、ともかく一行はリスを追う。
そして一人、また一人と異変に気付いていく。
「……何、この臭い…… ? 」
ヴァレリアは鼻を抑える。
「腐臭だ。モンスターの死骸でもあるかもな」
慣れているのか、ミーノはすぐに答えた。
「もしそれがポイズンドラゴンだったら、戦わなくても魔石を手に入れて駆除した証にできるな ! 」
「何を情けないこといってるんだ ! 戦って経験を積まないと強くなれないぞ ! 」
軽口を叩くヴァスコに熱くなるギド。
それを微笑んで見るジャスミンとイラリア。
いつもの「パンケーキ団」だった。
いつもの明るい冒険の風景だった。
そのすぐ先の開けた場所に出るまでは。
鬱蒼と空を覆う木もないそこは大量のハエがブンブンと大合唱で飛び回っていた。
何か巨大なものの死骸の周りを。
「……ヴァスコ、お前の望み通りのポイズンドラゴンの死骸だぞ」
わずかに残った特徴的な鱗皮の色から、ミーノはそう判断を下した。
「あ、ああ……」
まだグリーンドラゴン亜種や大ガエルなどの比較的小型のモンスターとしか対峙した経験のないヴァスコは、死してなお威圧を放つ巨体に気圧されているようだ。
「少なくとも死後数日は経っているようだ。他のモンスターにやられたか…… ? 」
「魔石はある ? 」
一定の距離を保ちながらヴァレリアが、死骸を検分するミーノに問う。
「……いや、ないな」
「……他の冒険者に先を越されちゃった ? 」
「……それにしては魔石を摘出した後が荒すぎる。こいつを食ったモンスターが勢い余って魔石まで食ったのかもな」
「こんな大きなポイズンドラゴンを食い殺すなんて……同じポイズンドラゴンかしら ? 」
「いや、ポイズンドラゴンは基本的に自分より小型のモンスターに舌を長く伸ばして巻き付けて捕食する習性がある。こんな食い方はしないはずだ」
「じゃあどんな化け物が……」
ぶるりと身を震わせたイラリアに、大丈夫よ、とジャスミンが女性にしては長身の身を寄せた。
ガサリッ。
開けたこの場を囲む密林から何かが動く音がした。
キン、とギドが反射的に背中の剣を抜く音が、それに応えるかのように鳴った。
それを合図にパーティーは戦闘態勢に入る。
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