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異世界アイテム無双生活  作者: 遊座
第六章 ウッドリッジ群島
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異世界無人島生活 第28話 オークション前の一週間 その2

「なるほど……(おす)(めす)の背に乗って、尻尾の先と先を交わらせて、交尾するのか……」


 恥ずかしげもなく屋外で交わる二体の瞬跳蜻蛉(テレポートンボ)の姿を溢れだす性欲衝動(リビドー)を抑えきれず蟲型モンスターの交尾にまで興奮してしまう異常性欲者のように、ジョンは双眼鏡越しに、じっくりと観察していた。


「そんなの観察してどうすんのよ ? 」


 隣にいる魔法人形(マジックドール)ソフィアは不審者を見る冷たい(まなこ)そのもので問う。


「まともに捕獲するには手が足りないからな。(からめ)め手を使わせてもらう」


 そう答えた半裸の男は草原地帯から下りて砂浜に置いた背負子(しょいこ)の元へと戻っていく。


 その後に木製デッサン人形を思わせるのっぺりとした 1 メートルほどの魔法人形は続く。


 そして背負子から木の棒と空の酒瓶、絵具セット、薬瓶と小さな魔石を取り出して、ジョンはどっかりと砂浜に座り込む。


「何か手伝うことある ? 」


「しばらく作業に集中するから、周囲を見張っててくれ」


「……わかったわ」


 そう応じたものの、瞬跳蜻蛉(テレポートンボ)はこちらから手を出さない限りは、人間に何の興味も示さないようで、ソフィアには警戒する必要性がまるで感じられなかった。


 ソフィアはぶらぶらと白い砂浜を歩き、波打ち際に辿り着く。


 太陽に熱せられた砂の熱さも、寄せては返す波に洗われる脚の冷たさも、今の彼女が感じることはない。


(砂浜も久しぶり……エミリオと一緒に海にくることなんてなかったし……ううん幼い時にあることはある。子どもの私はエミリオを海に投げ飛ばして泣かせてたっけ……。でもそれは人間のソフィアの記憶。私が実際に体験したわけじゃない……)


 ソフィアは静かに腰を下ろす。


(私は──人間ソフィアの続き(・・)なんだろうか…… ? )


 この島に来る途上、空中から興奮気味に見た海は、今の彼女にはその果ての無さが漠然とした不安を思わせた。


(エミリオがいた時はそうだった。エミリオが私にそう求めたし、オリジナルもそれを望んだから。でも……今は違う。人間の記憶を持った魔法人形……なんて中途半端な存在なんだろう……)


 彼女は魂石の中の記憶を参照する。


 ところどころ喪失しており、エミリオが死んだ理由も、自分が壊れかけの状態で別の錬金術師の工房の地下に居た理由もわからない。


 だが、エミリオの銀色の髪、島の住民にしては珍しく白い肌、特有のはにかんだ笑顔はしっかりと記録されていた。


 人間の記憶と違って少しも色あせない代わりに、美化されることも、その逆もない笑顔。


(この笑顔を向けられているのも……私だけど、私じゃない……。エミリオが生きている時は少しもそんなことを思わなかったのに……)


 ちらりと振り返り、ソフィアは彼女がこのようなことで悩まなければならないはめになった原因の背中を見る。


 壊れかけの魔法人形に過ぎないソフィアを護るために、彼女の前に立った背中だ。


(あの時、魔素の供給は途絶えていたけど、まだ意識はあった。私のために国と戦うなんて言っちゃって……なんなのよ……あいつ…… ! )


 実際、魂石のすり替えがオークションが終わり、エミリオの遺産が正式に処理される前にバレればジョンはただでは済まないだろう。


(私には心臓も……心もないはずなのに……状況に合わせて人間ソフィアだったらこう思うっていうのが再現されるだけのはずなのに……これが……ひょっとして……)


 ふいにジョンがこちらを向いた。


 ソフィアは慌てて前を向いて、彼から視線を逸らす。


「こっちに来てくれ ! 手伝ってもらうぞ ! 」



────



「…………こんなことさせるなんて……覚えてなさいよ…… ! 」


 ジョンが抱きかかえる瞬跳蜻蛉(テレポートンボ)が恐ろしい顎から恨み言を吐いた。


 彼の瞬跳蜻蛉(テレポートンボ)を捕獲する秘策は、アユの友釣りにヒントを得たものだった。


 アユは縄張り意識があり、自分のテリトリーに入ってきた別のアユを攻撃する習性がある。


 それを利用して釣り糸の先に(おとり)のアユをつけ、さらにその囮に掛け針を下げて、攻撃してきたアユを釣り上げる方法があるのだ。


「まあまあ、ソフィアの身体を取り戻すためだから……手順はさっき言った通りにな」


 ジョンは彼女を草原から顔を出している大岩の上に置く。


 瞬跳蜻蛉(テレポートンボ)魔法人形(マジックドール)に魂石を移されたソフィアを。


「こんな方法で本当に上手くいくの ? 」


「大丈夫だ ! 最高に魅力的な瞬跳蜻蛉(テレポートンボ)の女に仕上げたから ! 」


 酒瓶のガラスで再現された大きな輝く二つの複眼と透き通る(はね)


 木製の身体と脚は絵具で美しく着色されている。


 そして彼女の意志で淫靡(いんび)に動く尻尾。


(この短時間で瞬跳蜻蛉(テレポートンボ)の魔法人形を作成する「錬金術師」としての腕はさすがだけど……ひょっとしてこいつはバカかもしれない……)


 草むらに隠れてこちらを窺う男を見て、ソフィアは少々疑いの心を持った。


 さりとて他に妙案があるわけでもなく、仕方なしに彼女は言われた通りに岩の上で尻尾を動かす。


 男を誘う毒婦の如く。


 やがて一匹の瞬跳蜻蛉(テレポートンボ)が彼女の上を旋回し始め、徐々に高度を下げてくる。


(マジかよ……こんな模型に引っかかるなんて……)


 (おす)瞬跳蜻蛉(テレポートンボ)は戸惑う彼女の上に降り立ち、脚をしっかりと彼女の身体に食い込ませて、自らの尻尾を彼女の動き回る尻尾と交わらせようと必死に悪戦苦闘しているようだ。


 彼がそれに集中している時、彼女は静かに頭部に内蔵された機構を発動させた。


 ジョンが毒を自在に扱うという爬虫類人(リザードマン)から入手した、モンスターに効果抜群の毒を噴射する機構を。


 ぷしゅ、と湿り気をともなった音がして、数舜(すうしゅん)、やけに静かな時間があって、ドサリと彼女の上から、岩から草原に転げおちる瞬跳蜻蛉(テレポートンボ)のオス。


「……男って……」


 男の愚かさ、そして(かな)しさをこれ以上ないほど間近で体験したソフィアはどこかやりきれないように呟いた。


────


「これくらいにしておくか……。毒液も無くなったし、あまり狩り過ぎてオスがいなくなったら大問題だ」


「こんな罠に引っかかる無能で性欲だけが旺盛な劣等のオスなんてみんな滅んだ方がいいのよ……」


 砂浜で五匹の瞬跳蜻蛉(テレポートンボ)の死骸を並べる男の脇で、元の人型の魔法人形に戻ったソフィアが行きつくところまで行ってしまった女性フェミニストのようなことを言う。


「なかなかできない体験だったろ ? 」


「……できればしたくない体験だったわ。(めす)蜻蛉のモンスターの身体になって、(おす)蜻蛉のモンスターに性的に襲われそうになるなんてね…… ! 」


 じろりとデッサン人形の、のっぺりとした顔の二つの大きな目がジョンを睨む。


「しょうがないだろ。こうでもしないと瞬跳蜻蛉(テレポートンボ)の魔石を手に入れることなんてできないんだし……それにソフィアの身体を強化するのにもこの魔石が必要なんだから」


 ジョンは苦笑しながら取り出したばかりの、まるでオパールのように虹色に輝く魔石を掲げてみせた。


「それが……時空間を操作する魔石 ? 」


「そうだ。これでアイテムボックスも(つく)ってるんだ。それに魔法人形の身体に使えば、内部空間を拡張して外見からは想像もつかないほどの人工筋肉や魔素タンク、それに機構(ギミック)を組み込むことができるぞ ! 」


「……あんたは私を兵器にでもする気 ? そんな過剰な性能は必要ないでしょ ! 私は……少しだけ冒険したり……自由に出歩ける普通の人間並みの身体があれば十分なんだから…… ! 」


「……そうか。ソフィアがそうなりたいんなら仕方ないな……」


 男は残念がるでもなく、優しげに笑った。


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