異世界無人島生活 第20話 勘違いする男とインラン・ピンクの魔法使い
「その光……服の中まで浸透して、露出してない肌までをも洗浄したような感じでしたが……一体どういう仕組みなんでしょうか…… ? 」
珍しく狼狽した表情のシャロンをトレイはニヤニヤと見つめた。
「なんかもう実際に光を反射して輝いてるぞ ! 美人に磨きがかかったな ! このまま酒場に行けば十人や二十人の男は楽に引っかけられるんじゃねえか !? 」
ガハハハッと笑うトレイを睨むシャロン。
「……そんな調子だから女性警備兵の間で『今年一番殺したいこの街の警備隊部隊長第一位』に選ばれるんですよ」
「『この街の警備隊部隊長』って俺しかいねえじゃねえか !? 俺ありきの賞だろ ! それ !! 」
ジョンが二人がじゃれ合っているのをニヤニヤと眺めていると、すごい勢いで彼に詰め寄ってくる光輝く者がいた。
「なあジョン !! そのアイテム、メチャクチャ便利やん ! 譲ってくれへんか !? もちろん無料とは言わん ! 」
その効果に感動したのか、ピカピカの緑の鱗を纏った爬虫類人の女、リンが血走った金色の眼で獲物に襲い掛かる蛇のごとく、ジョンに迫った。
「……これは非売品だ。自分用に創ったんだ」
「そんな殺生なこと言わんと…… ! お願いや……」
ふっと、リンの姿が変わった。
黒く長い髪は金色となり、金色の瞳は碧眼に。
緑の鱗は肌は雪のように白い人間族のものに。
そして少しだけ幼さを残していた顔立ちも、成熟した女のものに、まるで別人のものになる。
身に纏うのは真っ赤なドレス。
露出が扇情的で、貴族の夜のパーティー出席者のようであった。
「擬態」を発動させた彼女は、人間族の美女となり、ジョンにしな垂れかかる。
「ええやろ…… ? ジョン」
「だ……だめだ…… ! 」
拒絶しながらも、男は女の大きく開いた胸元を凝視する。
リンは両腕をそんなジョンの背に回しながら、彼が絶対に断れない条件を提示した。
「もしそれをくれたら……大陸の爬虫類人に問い合わせてやるで。胸に同胞の印を持つ若い男について知りませんかってな」
「……そんなことができるのか ? 」
「できるで。二週間はかかるけど……もし自分で大陸まで行こうとすれば、今の時期の航路は巨大種どもに占拠されて半年先まで使われへんし、再開しても二カ月以上かかる船旅や……。どうする ? 」
その豊満な胸を見つめたまま、ジョンは少しの間、逡巡したが、やがて視線だけは外さずに肯いた。
「……わかった。もう一つ創ってやる。だけど明日だ。大ガエルの魔石を今からもう一度取りに行くのは……」
「大ガエルの魔石があればすぐに創ってくれるんやな !? 剣借りるで ! 」
リンは男の返事を待たずに、彼の背負った剣を鞘から抜いて、外へと走り去った。
「……お前、相当な女好きだろ ? あれだけ遠慮もなく胸を見続けるとは…… ! 」
トレイが呆れたように、されど親近感を持って、言った。
「あんなに見せつけられたら……見ないと逆に失礼だろうが…… ! あんたは展示されている美術品の前で、それを鑑賞することもなく目を閉じるのか…… !? そんな無礼なことは俺にはできない…… ! 」
「……なんだかよくわかりませんが、この近辺で婦女暴行事件があった時はまずここに来ればいいことだけはわかりました」
熱量を持って語るジョンを氷のような冷たい目でシャロンが見つめた。
「……そう言えば、あの隠してあった地下室に入ってみてもいいか ? なんかワクワクすんだよな。ああいう隠し部屋ってのは」
そう言って、トレイは石造りの床に空いた四角い穴を下りていく。
「さて……彼女が無事に帰ってきたら私達はお暇しますよ。いつの間にか夜も更けてきましたしね」
「……待て ! リンと二人だけで一つ屋根の下はまずいだろ…… 」
(あんな痴女的なことをしてくる女だ。何か間違いがあったらダメだ…… ! シーラが島で待ってるんだ…… ! )
「確かに襲ってくる可能性がないとは言えませんが……男ならそれくらい受けて立ってくださいよ」
(リンを襲ってた二人組が今夜再び襲来してくるかもしれないけど……正直その可能性は低いと思う……)
「そ、そんなわけにはいかないだろうが ! それにしてもこの島の爬虫類人はみんな、ああいう風に『擬態』してくるのか ? 」
「そうですよ。だから人間の中には爬虫類人を危険視している者もいますね。何せさっき見たように自由に人間の姿になれるんですし、容貌や体形、年齢、性別すら変えることができるでしょうから。それに壁に張り付いて『擬態』すれば、その姿も視認できなくなるそうですよ」
「確かに危険だ…… ! 」
(外見に限って言えば、完璧に相手の理想の姿になれるってことじゃねえか…… ! それで迫って来られたら……)
「ジョン、さっきから随分不安そうですが……。自信がないんですか ? 」
(やっぱり「錬金術師」だから腕っぷしには自信がないのかしら ? )
「ああ……そうだ」
(もっと破廉恥な姿で迫られたら……我慢できる自信がない…… ! )
「そうですか……。良かったら私が少し手ほどきをしてあげましょうか ? 」
(警備隊で習得した護身術を少し教えてあげよう。そうすれば少しは自信もつくかもしれないし)
「て、手ほどきって…… !? ど、どんな…… !? 」
(ひょ、ひょっとして誘ってるのか…… !? )
「とりあえず私に襲い掛かってきてください」
(実戦形式でジョンの関節を極めてから、その動きを教えてあげよう)
「そんな……地下にはトレイもいるし、リンだってもう帰ってくるだろうから、時間がないだろ !? 」
(やっぱり !? 完璧に誘ってる ! )
「いえ、すぐに終わりますよ。まあ 3 分ってところですかね」
「いくらなんでも早すぎるだろ !? 」
「そうですか ? あなたなら、それくらいで十分だとは思いますが……どうします ? 無理にとは言いませんが……」
インラン・ピンク色の髪の美しい女の挑発的な視線を受けて、ジョンは完全に勘違いをしたまま、決意する。
「……せっかくだからお願いしようかな……」
(ああ……ダメだ……俺は本当にダメな男だ…… ! それにしても……「ピンク髪は淫乱」っていうのは本当の話だったんだ…… ! )
ジョンは自分を罵倒しながら、ゆっくりと付け髭をとる。
(口元がモサモサしない方がいいし……ひーちゃんが誤作動でもしたら危ないからな……)
「……なんで急に付け髭を…… ? …… !? 」
(あの間の抜けた付け髭をとったら…… ! もしかして認識を阻害する効果でもあったの……ジョンって、すごく……)
すっとジョンはシャロンの間合いに入り、彼女の頬に左手をあてた。
本来であれば、こうなる前に男は腕の関節を女に極められて、情けなくも彼女に許しを乞うているはずであった。
しばし見つめ合った後、男と同じように頬を赤に染めた女が何かを言おうとした時、派手な音を立てて、ドアが開いた。
「獲ってきたで ! 大ガエルの魔石を ! 解体した肉もおまけや ! 」
上機嫌のリンだった。
ブレイクショットで弾かれたビリヤードの玉のように、二人はすごい勢いで別々の方向へ飛んだ。
「ん ? どうかしたんか ? 」
「いや、なんでもない。それにしてもお前、泥だらけじゃねえか ! 待て ! それ以上入るんじゃない ! 」
ジョンは慌てて「洗浄マグライト」の光をリンに当てて、彼女を綺麗にしてからその手に抱えた生肉と魔石を受け取り、生肉を食材冷蔵用の箱へ、そして魔石を作業台へと置く。
それから念入りにリンが勝手に持って行った剣を洗浄し、背中の鞘へと納め、ようやくジョンは落ち着いた。
「さあ ! 早く創って ! 」
「わかった、わかった……。その代わり、大陸への問い合わせを頼むぞ」
男は作業台で先ほどの工程を再現する。
「……『錬金術師』ってのはみんなこんなアイテムが創れるんか ? 」
「似たような設備はありますよ。『錬金術師』達が建造した下水を浄化して海に流す処理場とか。そこは確かポイズンドラゴンの魔石を百個以上使ってたはずです。でも……あんなに小さな魔石であれだけの効果を出せるアイテムを創れる『錬金術師』は……そうそういないはずです」
「そうか……。ならジョンにうちらの国に来てもらえば、うちらの生活も便利になるかもなぁ」
ポツリと言ったリンの言葉に、シャロンは引っかかるものを感じた。
(最近この街で……いいえ、この島全体で『錬金術師』の失踪事件が続いてる……。まさか……いやでも……)
出来上がったばかりの「洗浄マグライト」を大はしゃぎで受け取るリンを探るように見つめながら、シャロンは色々と考えていたが、それは他人の家の階段を遠慮なく大きな音で踏みしめて上り、地下室から戻ってきたトレイによって中断させられた。
「いや~なかなか面白い場所だったぜ ! 昔、実家の屋根裏で秘密基地をつくった時のことを思い出して、つい長居しちまった ! シャロン、そろそろ帰るか ! というか俺は勤務中だったのをすっかり忘れちまってた ! 」
ガハハ、と笑いながらドアに向かうトレイについていくシャロン。
「またな ! 工房を営業し始めたら、開店祝いで警備隊がらみの仕事を一件回してやるよ ! 」
「……失礼します」
軽く片手を上げるトレイと、頭を下げるシャロンに応えるように手を振るジョンとリン。
そして人間の男と爬虫類人の女は二人きりとなった。




