異世界無人島生活 第19話 ゲテモノ料理に賛否両論
工房の一階は仕切りのない学校の教室くらいの大きさの一つの空間で、出入り口以外にあるドアは奥の左隅、トイレの扉だけだった。
向かって左側には様々な金属の素材が丁寧に置かれており、右奥には 2 メートル× 3 メートルほどの作業台があり、そのさらに奥には二階へつながる階段があった。
部屋の中央には四人ぐらいが食事できそうな丸テーブルと椅子がおかれ、今も三人が座って、何事か話している。
おそらく現代の地球から転移した者が大まかなデザインを描いて、それを錬金術師が作り上げたのであろう現代的と言っていい作りのシンクの水場が向かって右側の壁にあり、蛇口もある。
どうやら魔素を通すとそれが魔石によって水へと変換される仕組みのようだ。
そしてその並びに魔石を用いたガステーブルもどきまでもがあった。
(……この工房の持ち主だった錬金術師は料理が趣味だったようだな。料理器具や調味料もあるし……)
三人が何事かを話し合っている間、ジョンは我関せずとばかりに、破壊された工房の修繕と掃除、素材のストック確認を終え、そして今は裏の沼で狩ってきた獲物を調理していたのだ。
外で解体したそれを一口大に切り、地下室で見つけたワインに 15 分ほど漬け込み、さらに下茹でしてからフライパンで炒めて、香辛料まで振りかけて、臭いをとった。
(味付けは塩と香辛料のみか、この際、贅沢は言えないな。……とにかく生活を安定させるまでは……)
ちらりとテーブルの方を見ると、地下から出て来た酒瓶がすでに一本犠牲になっている。
ジョンは小さく溜息を吐いてから、フライパンから大皿に炒めた肉を移してテーブルへと運ぶ。
「……見事にお肉だけですね」
「この島に畑以外で野菜が自生している場所があるなら教えてくれ……。採集してくるから。……いや、畑でもいい……。嫌われ者の豪農でもいないか ? そこが盗難被害に遭ったら村中が祭りになるくらいの……」
「盗むんじゃねえ ! 市場で買えよ ! 」
「金があれば買うに決まってるだろ ! 無いから困ってんだよ ! 」
「うわ !? この肉、めちゃくちゃ美味いわ ! 」
リンの声に反応したトレイも皿に手を伸ばす。
ジョンが止める間もなく。
「どれどれ……。おおっ ! なかなかいけるな ! 」
「あ……」
続けてシャロンもリンが使わなかったフォークを手に取り、肉を口へと運んだ。
「確かにものすごく美味しいですけど……何の肉ですか、これ ? 鳥に近い味ですが……」
「…………鳥だよ」
少し間をあけて答えた男の歯切れの悪い答えに、シャロンは何か不穏なものを感じた。
「鳥 !? 何いうてんの !? うちにはわかるで ! うちのためにわざわざ狩ってきてくれたんやろ ? 爬虫類人の好物、大ガエルを ! 」
大興奮のリンは、ジョンが言葉を濁した意味をまるで考慮せずに、誰も求めていない正しいけれど、間違った答えを出した。
ぴたり、と皿に伸びかけたトレイの手とシャロンのフォークが止まった。
大ガエルと言えば、沼地や池に生息する体長一メートルほどのカエル型のモンスターで、全身にイボのようなブツブツがあり、毒を持つという、とても食用に向いているとは思えないものだった。
「……何の肉か言う前に食べたのはお前らだからな……大ガエルの毒は過熱すれば消えるから、その点だけは心配しなくていいからな」
ジョンはゆっくりとフォークを肉に突き刺し、食べた。
「いやあ、満腹やわ。大ガエルがさらにこんなに美味くなるとは……人間の工夫はすごいなぁ」
「最初は食うのに抵抗あったが、慣れちまえば鳥肉とそんなに変わらなねえな」
「……」
三者三様の感想だったが、三分の二は満足げであったので、多数派を重んずる民主主義的には成功であったのかもしれない。
しかしながら少数派であるシャロンの恨みのこもった視線は、多数派の指示を得ていたとしても、そんなことに関係なく恐ろしいものであった。
ジョンはその視線から逃れるように奥の作業台へ赴き、地下室から見つけた魔石を何やら加工していく。
「地下室に何か他にお宝でもあったか ? 」
トレイが興味深げにジョンに聞いた。
「……魔石がいくつかと、酒が何本か……それと壊れた魔法人形に折れた剣……。俺にとっては十分すぎる宝だ…… ! 」
さきほど解体したばかりの大ガエルから取り出した濃い紫色の魔石と薄い青色の魔石。
ともに一センチほどの二つを重ね、魔素を浸透させて、融合させていく。
するとジョンの手の中に三センチほどの濃い青色の魔石が誕生した。
それを知能を持つアイテムの付け髭型万能ツール「ひーちゃん」が綺麗な球形に研磨している間に、ジョンは鉄塊の形を棒状に整え、その先に魔石をとりつけることを想定して加工していく。
「……少し形は変えたが……こいつは日常的に使ってたような気がするな」
現代の日本人が見れば、細い鈍色のマグライトにしか見えないそれに魔素を通すと、先端から青い光が照射され、それを浴びた壁の汚れが光によって分解され、洗われていく。
そして次に料理に使用した皿と調理器具等に青い光を当てると、すぐに汚れが消えて、これもまたピカピカとなる。
「……これで陸に来た目的の一つは達成した。島の清掃や水質の維持に使うか…… 」
「ジョンって『錬金術師』なんやろ ? すごいなぁ。『魔法使い』よりもよっぽど魔法使いみたいやわ ! 」
ピカピカになった室内を見渡して、ピンク頭の職業『魔法使い』の女を一瞥してから、リンが感嘆の声をあげた。
「ふふ、このアイテムはこんな効果もあるんだ」
「ぐあっ ! まぶしい !! 」
いきなりマグライト型のアイテムのブルーライトを浴びたトレイは顔を手で覆う。
「なるほど ! 光による目つぶしやな ! 」
「ちがう…… ! 」
光に包まれたトレイの着古されて薄汚れたシャツとズボン、その上のくすんだ銀色の軽鎧、革製の古びた靴までもが下ろし立てのようにピカピカとなる。
「おお !! これはすげえ !! 洗濯の手間がはぶけるじゃねえか !! 」
はしゃぐトレイを驚愕の目で見る女性二人。
「……衣服だけじゃありませんよ。部隊長の皮膚も土汚れが落ちてますし……女性警備兵の陰口の的になっていた汗臭さも消えてます…… ! 」
「お前……裏でそんなこと言ってやがったのか…… !! 」
山賊も裸足で逃げ出しそうな凄まじい迫力でトレイはシャロンを睨んだ。
「なあジョン !! うちにもその光を !! 」
「……わ、私は汚れてなんていませんけど……で、でも試しにやってみてもいいですよ…… !! 」
サウナのロウリュタイムに大きなウチワなどで熱風を客に届ける熱波師に熱風を懇願する親父客の如く、女達は男に光を求めた。
男はその求めに対して、笑みを浮かべながら、その手に握りしめたマグライトの先を女達にそっと向ける。
あっ……とどちらかの吐息が漏れた。
光を浴びた瞬間、爽快としか言いようのない感覚が彼女達を包み、身体の表面から何かが染み出し、それが消えていったのがわかった。
やがて光がおさまり、そこには艶々の鱗となった爬虫類人の女と、シミ一つない美しい白色のローブを纏った女がいた。




