異世界アイテム無双生活 第1話 奇跡のアイテムボックス
コウはゆっくりと大学前から続く緩い坂道を下りていた。
本来ならば午後も講義があるのだが、急に休講となったためにサークルにも所属していない彼は家路をぶらぶらと歩む。
そんな降って湧いたような持て余し気味の時間だったからか、普段ならば絶対に入らないような店にも冷やかしで行ってみようか、という要らぬ冒険心も出てくる。
昔ながらの温かな佇まいを残しながらも、下ろされた冷たいシャッターが増えて来た商店街の一角、「古道具屋 没多久利堂」と書かれた看板を掲げる古びた店が見えて来た。
何か価値がありそうで、かつ安いものがあれば、購入してネットオークションに出してみるのも面白いかもしれない、などと考えながら、ぼろぼろの暖簾をくぐる。
ラジオ放送が流れる薄暗い店に並ぶくすんだ品々。
大きな花瓶や茶碗、日本画、わけのわからない像、そしてそれらと同じくらいに古びた老婆が奥の小あがりの畳の上の長机の後ろに鎮座していた。
おそらく店主だろう。寝ているのか、微動だにしない。
コウは念のため軽く目礼してから、改めて店内を見渡す。ふと目が止まった。疲れはてた道具達の中で、それだけが異様な生気を放っていた。
染められたのか、白い革製のウエストバッグだった。横30センチ、縦15センチくらいで、マチはほとんどなくて薄ベラだが、スマホとカギと財布を入れるにはこれくらいあれば充分だ。コウはそれを手にとってみる。革はクロコダイル製に見えるが、普通のよりも鱗が大きいように思える。
(よっぽどデカいワニだったのか ? )。
バッグの両端から伸びる二本のベルト部分も同じ革製だったが、それらを繋ぐ金具のようなものはない。金具がとれてる、というより最初からついてないような感じだ。コウはレザークラフトが趣味である弟の顔を思い浮かべ、購入を決意する。
(あいつにいくらか払ってつけてもらえばいいか)。
そんなことを思いながら、コウは奥の老婆の元へと向かう。
「すいません。これいくらですか ? 」。
漬け過ぎた梅干しのような老婆の顔がゆっくりとその白いウエストバッグを見て、歪んだ。
「や、やめときな ! それは良くない品だ ! 」。
「いや、これ結構良い革を使ってますよ」。
「そうじゃない ! それは最初うちに持ち込まれた時はボロボロだったんだよ。それが珍しい革だからって買われていく度に綺麗になって戻ってくるんだ ! いつの間にかね ! 最近は近くの大学の教授だかが止めたのに持っていったけど……」。
「……呪いのカバンってわけですか ? 」。
「そう言ってもいいかもしれない。一度神社にも引き取ってもらったんだけど、知らないうちに戻ってきてからは諦めたよ」。
俯く老婆。
買われても買われても自動で戻ってくるなんて、店からしたらすばらしい永久機関のような商品じゃないかと思うコウ。
彼はふと実家の引きこもりの姉がユーチューバーになる ! と子どもがオモチャを実際に遊んで紹介する動画にインスピレーションを受けて、大人のオモチャを実際に使ってみる動画を投稿したが、アップ後、五秒で通報されてアカウント剥奪処理をされて発狂していたことを思い出した。
(まだ「呪いのカバンに有名神社のお守りをパンパンに詰めてみた」とかのオカルトマニア向け動画でも作ってた方が無害かもしれないな……)。
地縛霊の如く実家に取りつく姉のことを思っていると、腰に違和感があった。
手に持つウエストバッグのベルトが蛇のように蠢き、意志を持つかのようにコウの腰に絡みつき、締まった。
「ヒッ ! 」。
目の前の老婆が短い悲鳴を上げ、手を合わせて念仏をとなえている。
「なんだこれ !? ガチものじゃねぇか ! 」.
心霊スポットやお化け屋敷が楽しいのは、本物の悪霊がいないからだ。
今体験している超常現象に、心霊現象を信じないコウもさすがに焦った。
「婆さん ! ハサミかなんかないか !? 」。
どうやっても外れないウエストバッグのベルトを切ろうと決心した時、声が聞こえた。
──ようやく──帰れる──
「え ? 」。
まばゆい光が、広がっていく。
コウは思わず目をつむった。
そして、再び瞼を開けた時、瞳に映るのは古びた店内ではなく、鬱蒼としたジャングルだった。
「こ、ここは…… !? ひょっとしてアマゾンかどこか ? 」。
周囲に生い茂る見慣れない木や草花を見て、混乱するも、ポケットに入れていたスマホを取り出し、現在位置を確認しようとするコウ。
「ダメだ……使えない」。
その時、落胆する彼の耳にどこか無機質な声が聞こえた。
「転移、成功シマシタ」。
「しゃ、しゃべったあぁぁぁぁあああ !! 」。
ウエストバッグから、確かに声がした。
海外旅行中の日本人観光客がスリ対策をするようにバッグ部分がお腹の前にきている。
「状況ヲ説明シマス。地球カラ別ノ宇宙ノ別ノ星、『ガーデニア』ニ転移シマシタ」。
簡潔にもほどがある説明を受けて、コウが納得できるわけがない。
「……夢だ。それ以外に説明がつかない。いや、もし今俺が起きているなら……。そうだ。庶民に悪趣味な悪戯をして喜ぶユダヤ系の金融の大金持ちがいたと仮定しよう。そいつの命令で寝ている俺をアマゾンまで空輸して、ここに寝かせて、ウエストバッグにマイクを仕込んで、起きた俺に「異世界に転生した」なんて設定の音声を流して、その驚き慌てふためく様を隠しカメラで見て、同じような金持ち連中とワインとかブランデーを飲みながら大爆笑しているに違いない。待てよ……。そうすると奴らを喜ばせるリアクションをとった方が得策か ? 」。
仮定に仮定を重ねて、結論づけたコウは、それに沿った行動をとる。
大地にその身を投げ出し、大声を出しながら頭を抱えて、転げ回り始めた。
「うおおおおお !! ここは !! どこなんだ !? 異世界なんて嘘だあぁぁぁぁああああ !! 神様ぁぁぁああ !! 助けてくださいぃぃぃいいい !! 」。
(フフッ ! どうだ、俺のリアクションは !? これだけやればカメラの向こうの守銭奴共も満足して俺を日本に帰してくれるだろう)。
しかし、何も起こらない。
(……まだ足りない !? いや、違う ! 言語だ。日本語を母国語にする人間は一億人を超えるが、世界ではマイナーな言語ッ ! それに比して英語人口は17.5 億人 ! 母国語ではない人間までもが使用している ! 鍵は英語ッ ! )。
「Wooooo ! ホエェェェエアァァアアア イィィィィィイイズ ヒヤァアアアア !! イセカイ イズ ラァァァァァアアイイイィィィィィィイイイイ !! 」。
(……これで !! どうだっ !? )。
「気ハスミマシタカ ? ソンナニ疑ウナラ、アノ木ノ裏ニイキマショウ」。
グイっと、ウエストバッグを引っ張られるような感じがして、コウはその方向へフラフラと歩きだした。
何か濃密で鉄臭さと焼け焦げた空気を徐々に感じる。
茂みをかき分けたその先には、あらぬ方向に長い首が曲がった体長三メートルほどの恐竜と、黒焦げのゴリラが倒れていた。
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もう一つの作品『異世界サスペンス劇場』も良かったらどうぞ。
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