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蔵で会った幽霊との恋の話

その蔵は、夢に出てくる蔵そのものだった。


 年月を感じさせる太い柱に、少し汚れた白い漆喰の壁。ところどころに鉄格子のはめられた窓がついており、入り口には、どっしりと重そうな扉が立ちはだかっている。

 手帳から古びた写真を取り出す。幼い母と祖父母が映った白黒写真。

母が亡くなって荷物の整理をしている時に、偶然この写真を見つけた。そしてすぐに、母方の祖父の家のある、この山に囲まれた北の町に来ることにしたのだ。今まで何度も夢で見た、この蔵の映りこんだ写真を見て。


 その夢の中ではいつも、爽やかな、甘い香りがした。


何の香りだろう?


その香りをかぐと私は、ああ、またあの夢を見るんだ、と悟る。緑の中、薄靄に包まれてたたずむ、白い壁に黒瓦の大きな蔵。


眠りの中で、その蔵を見るたびに、なぜか胸が痛んで苦しくなって、目を覚ますと、いつも泣いている。


「この蔵を開けるのも、何年ぶりだろうなぁ。穂村家代々の蔵だが、使ってなくてな。鍵が壊れてなきゃいいんだけどよ」


 出迎えてくれた叔父はそう言って、蔵の前に立った。手には木製の大きな鍵。蔵は、夢の中で見るものよりも、ずいぶんと古びている気がする。


「それにしても雪ちゃん、こんな田舎に旅行に来るだけでも珍しいのに、蔵の中が見たいなんて、物好きだねぇ。たしかに古い蔵だけど、高価な物は戦争の時にあらかた売っちまったらしいから、宝探ししてもなーんも見つからねえよ?」


「いいんです。大学の授業で、昔の家や道具について調べる課題があるので、高価なものがなくても助かります」


 私は適当に作った理由を口にしつつ、蔵を見上げる。周囲には豊かな森があり、目の覚めるような青い空の底に、緑が広がっていた。鳥の声とともに、葉擦れの音が聞こえる。


間違いない、夢に見る場所はここだ。


ガコガコと硬く重い木のぶつかる音が聞こえ、「おっ?」という叔父が言ったかと思うと、大きな鍵は外れていた。私は叔父と一緒に錆びて硬くなった扉を開け、中に入る。

 埃と、カビ、そして木と錆びた鉄の匂い。期待していたあの甘い香りは、しない。


……蔵の匂いではなかったのだろうか?


「やっぱり、古いことは古いけど、昔の農具とか、そういうもんしか置いてないみたいだなぁ」


 叔父は私に鍵と懐中電灯を渡すと、好きなだけ見ていいと言い残して、母屋へと帰って行った。

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