第十七話『運命なんて甘くない』
読みに来ていただきありがとうございます。
今回の話も楽しんで読んでいただけたらなと思います。
そんなはずはない。貞子はあの時にいなくなった、霊力の可能性なんて言ってはいたがそんなことが無理なことくらいわかっていた。
そんな認め始めていた現実すら覆してしまいそうなほど縁側に腰をかける少女は貞子に似ている。
「翔……あの人……」
「ああ、似てる……と言うより同じだよな?」
メリーは息を呑むように頷く。
「霊力が貞子先輩と似てる。でもちょっとだけ違う、なんか混じってるみたいな違和感がある」
「混じってる?」
霊力の似てる似てないは俺にはさっぱりわからない。しかし、似ている。全く同じとは言えない、歳をとり大人っぽくなったといのとはまた違う。
「お、おい! 他人の家で何してんだよ?」
少女は俺たちの存在に気づいていなかったのか俺が声をかけると目を丸くして固まった。
「お前、名前は? 家はどこら辺にある?」
「名前? ああ、分からないんですよ」
それが当然であるかのように気にもしてないような口調で答える少女。この口調が俺の中で気持ちの悪いほどに貞子とかさなった。
「分からないって、家はどこだ?」
「分かりません」
「じゃあどこから来たんだよ」
「あそこです」
少女が指をさした方向にはここらの地域で一番でかい山だ。しかもその山は俺のじいちゃんの山だ、実際ここら辺の人は山を持ってる人も多いらしい。
田舎だから土地も安いし売らずに持ち続けてるからだろうな。
「山から来たのか?」
「はい」
「記憶喪失なのか?」
「はい」
「いつからこの家にいたんだ?」
「四日前です」
思ったより前から住み着かれていたことに驚きが隠せない。
「あら、ななしちゃん今日も日向ぼっこかい? 後でうちの野菜の選別手伝ってもらってもいいかい?」
「あ、お婆さん!」
突然話しかけていたおばあちゃんはさっき野菜をくれると言っていたおばあちゃんだった。
「親戚と会うのは久しぶりでしょうからおじゃまにならないうちに帰るわ。ななしちゃん後でお願いね、あと、はいこれお野菜」
「ありがとうございます。後で行きますね」
手を振りながらにこやかに帰っていくお婆さんの小さな背中を眺めたあとななしとおばあちゃんに呼ばれていた少女を睨む。
「親戚ってどういうことだ?」
「そうでも言わないと怪しまれてしまうので。ちなみに食料はこうやって貰った野菜やお米を食べていました」
なんて行動力のある記憶喪失だ。
この数分間でものすごく疲れた。なんかこの二年間感じてなかった疲れをこの数分で一気に持ってこられた気分だ。
「はぁ……そうか。とりあえず家の中に入ろう、疲れた」
「私はお婆さんの手伝いに行ってきますね」
そう言って小走りに出て行く。
俺とメリーは家に入りとりあえず一息つくが頭の中ではななしと呼ばれていたあの少女のことでいっぱいだ。
「やっぱりあの人って……」
「似てるよな、色々と」
怖いくらい一致する点が多い、あいつが貞子で帰ってきたとしいてもそれを知るすべがない。あいつの記憶が戻るのを待つものバカバカしく思ってしまう。
「仮にあいつが貞子で記憶もちゃんとあったらこんな面倒臭いことにならねぇのにな。世の中甘くねぇな」
「貞子先輩じゃないにしろ記憶があればいいのに無いからね……流石に私たちじゃどうしようもない」
日もだいぶ落ちてきた頃にようやくあの少女がが帰ってきた、それも大きな鍋を抱えてだ。
「お婆さんが晩御飯にって肉じゃがくれちゃいました。ご飯炊いてたべましょう」
「その前にななしってお前の名前なのか?」
「ああ、それはお婆さんが名前が無いと呼びにくいからってななしって呼んでくれてるんですよ」
つまりあのお婆さんはこいつが記憶喪失ってことを知ってるのか、だったらなんで俺たちのことを親戚っておもったんだ。
「ちなみにあのお婆さんは私は名前の記憶をなくけど部分的に記憶があるって思ってますから」
「そんな都合のいい記憶喪失なんてよく通じたね」
メリーはここで初めてななしに話しかけた。
「意外といけちゃいますね。それより私はあなた達の名前を聞きそびれていたので貰ってもいいですか?」
「確かに言ってなかったな。俺は御船 翔だ」
「御船 メリー」
俺たちの名前を聞いたななしはなにかが引っかかるような表情をしながら俺とメリーの名前をブツブツ言っている。
「翔……メリー……なんか聞いたことがあるような…ないような気がします。んー、分かりません」
ななしは潔く諦めて台所へ向かう、じいちゃんの家の台所は何十年前のだよって言いたくなるような台所、つまり釜戸だ。
ななしは手際よく薪を入れ釜戸に火をつけた。随分慣れた手つきだなずっと前から釜戸で料理してたんじゃないかこいつ。
「あ、私も手伝う」
「ほんとですか? ありがとうございます」
メリーは自ら立ち上がりななしのそばへ行く、メリーとななしの横に並ぶ後ろ姿。貞子にメリーが晩御飯がなにか聞きに行ってたのを思い出すな。
「あ、翔さんはゆっくりしておいてくださいね。料理は私たちに任せてくだい、これでも料理は得意なんですよ」
「翔……さん? なんでさん付けなんだ?」
「この家の家主ですから借りてる身分の私はさん付けするのが当たり前なんですよ」
そう言ってななしは鼻歌を歌いながら料理に戻る。ななしにさん付けで呼ばれるのは何もかもが重なってしまい心が痛い。
数十分後、炊き上がった真っ白で綺麗な米に味のしみた肉じゃがそれに副菜がいくつかか作られていた。
美味かった、3人で会話も弾み賑やかな食事になった、本当に何もかも昔に戻ったみたいだった。
寝静まった夜、ふと尿意を感じトイレに行った。都会に比べ夜はなんとなく涼しく、パーカーを羽織って丁度いいくらいの夜だった。
トイレを済ませ布団に戻ろうとすると縁側にななしが座っていた、月明かりに照らされた黒く長い髪と白い服。
「貞子……」
またしても口から無意識言葉が漏れる。
「あれ? 翔さん起こしてしまいましたか?」
「い、いいや、トイレで起きただけだ。お前もこんな時間にわざわざ起きて何してるんだ?」
少し微笑んでまた同じ方向を見つめるななしの目線の先には大きく丸い綺麗な満月がある。
「月が好きなんですよ」
「そうか、確かに今日は晴れてるし綺麗な満月だな」
俺はあまり今日みたいな綺麗で大きな満月の日は好きじゃない、思い出したくないが忘れなくない過去が蘇るからだ。
今日はそんな思い出したくない過去のことばっかりだ。
「月を見るとある夢を思い出すんですよ」
「夢?」
「はい、こんな満月の夜に私と男の人が横で座って話しているんですよ。何を話してるかはわかりませんが笑ったり懐かしんだりしながら話してるんです」
静かに話すななしの姿はまさにあの日の貞子と一致する。
「それで、最後になにか男の人が言おうとするんですけどそこから思い出せなくて」
「それって」
お前のなくなる前の記憶なんじゃないのか? やっぱりお前は貞子なんだな? そんな言葉を言いそうになった。
でもそれは違う、それは俺が求めているだけの答えだ。ななしにそれを、俺の理想を押し付けていいわけがない。
「それって?」
「……いや、なんでもない」
「そう、ですか……」
俺は立ち上がり布団に戻る。
「俺はもう寝るな。風邪ひくなよ」
そう言って俺は着ていたパーカーをななしの頭の上にかける。
「は、はい」
ななしはパーカーに袖を落とし再びじっと満月を眺める。その後ろ姿はやっぱり貞子そのものだった。
「そういえば、夢に出てきた男の人翔さんに似てような…まぁ気のせいですね」
翔の姿が見えなくなってからポツリと呟いた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ななしの名乗る少女の登場により新展開となりました。記憶喪失、これから3人の関係はどうなるんですかね。
そしてついに4月に入り新生活ですね。新しい職場、学校、バイト先、隣に引っ越してきた人、いろんな出会いがありそうですね。自分は全く変わらずなんですがね…
それでは今回はこれくらいで次回も楽しみに待っていただけたらなと思います。
ありがとうございました。




