第十一話『バレンタイン』
最近不定期な投稿ですが楽しんで読んでいただけたらなと思います。
「どうしましょうか……?」
メリーが学校閉鎖のため凛の家に遊びに行き一人でいる平日の午前中。
「よし、今日はこのスーパーで特価になってる豚肉で生姜焼きでもしましょうか」
机に手を付き立ち上がると、目の前がぐにゃりと曲がり膝から力が抜ける。
なんとか倒れずに踏ん張るがフラフラととても気持ちが悪い。
「ほんと、嫌になります……」
靴に履き替えスーパーへ向かう。
「あ、翔さん。早いですね学校はどうしました?」
貞子は学校から帰る途中の俺を見つけ嬉しそうに話しかけてきた。たしかに普段ならまだ学校がある時間帯だ。
「今日が受験前日で半日授業なの忘れててな」
「そうだったんですか。あ、私買い物に行くんですが一緒にどうですか?」
「了解。荷物持ち任されてやるよ」
どうせ帰ったところで暇なのは明白なんだ、貞子の手伝いをする方が時間も潰れていいだろう。
「今日の晩飯はなんだ?」
「豚肉が特価なので生姜焼きでもしようかと」
「いいね、生姜焼きは最近食ってなかったからな」
他愛もない会話をしながらスーパーへ向かっていると貞子の携帯の着信音がなった。
「あ、奈々夏さんだ」
着信画面を見てポツリをつぶやく。
「もしもし?」
『もしもし、貞子? 今すぐ私の家に来なさい』
「え?」
唐突の電話の内容に貞子は素っ頓狂な声を出す。
「でも、晩御飯の用意が……」
『あんたねぇ……今日はバレンタインなのよ? 貞子の事だからチョコとか用意してないんでしょ?』
「ああ、そう言えばそうでしたね。確かにそうですけど……」
『そんなの翔くんに任せなさい』
そう言って電話はプツリと切れた。バレンタインということをすっかり忘れていた貞子。
「奈々夏がなんか用事あるって?」
「はい……そうなんですが……」
「行ってこいよ。下ごしらえは俺がしといてやるよ」
「ですが……」
「つべこべ言わず行ってくる」
俺は貞子から買い物カバンを取り上げ背中を軽く押してやる。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「おう」
そう言って奈々夏の家に向かう貞子の背中を眺めてから歩きだすとすぐにスーパーが見えた。
スーパーの前にはバレンタインと書かれた旗が上がっていた。
そういや今日はバレンタインデーか確かにイチャついてる男女もいたし、賢斗がやけに嬉しそうだったし、勇のカバンはパンパンだったな。
「あれぇ? 俺一個も貰ってない」
よくよく思い出してみれば賢斗といつも通りうろうろしながら話して教室戻ったら甘い匂いしてな。
ちくしょう、俺そんなにモテないのか。涙が出てくるな。
スーパーの自動ドアが慰めのようにゆっくりと丁度いいタイミングで開いた。
奈々夏の家にチャイム音がなる。
「お、やっと来たわね」
「あの、来たのはいいんですが私あまりバレンタインというものが分かっていないんですが」
貞子の言葉に奈々夏は目を丸くするがすぐに説明に入りだした。
「バレンタインって言うのはね、女の子が好きな男の子にチョコをあげる日なのよ」
「すすす好きな人……好きな人……好きな……人……」
顔を赤くして貞子の頭からは今にも煙が出そうだった。
「でも最近は友チョコとか言って日頃お世話になってる人とかにも渡すわよ」
「すすす好きな人……」
完全に聞いてない。というより聞こえてない。
すごいテンパってるわね。まぁいいわ、ほっとこ。可愛いし、とあたふたする貞子を微笑ましく眺める。
奈々夏は貞子をキッチンに連れていきせっせと準備を進めていく。
テーブルには卵、塩、砂糖、アーモンドパウダー、ココアパウダー、粉砂糖、チョコレート、牛乳が並べられている。
「えっと……何を作るんですか?」
「マカロンよ」
「え? マカロンって難しんじゃないんですか? それに私お菓子とか作ったことありませんし」
貞子は不安そうな表情を見せる。
「私がいるから大丈夫よ」
ケロッと答えられ貞子は少し唖然としてしまった。
「じゃあ、私がアーモンドパウダーとココアパウダーと粉砂糖ふるっとくから貞子は卵を卵白と卵黄に分けてメレンゲ作って」
「わ、分かりました……!」
「ハンドミキサーはそっちの棚に入ってるから」
貞子は言われるがままハンドミキサーを取り出しボウルに入れた卵白をメレンゲにしていく。
「そろそろ角が立ってきた?」
「はい、次はどうするんですか?」
「三回くらいに分けて砂糖入れながらさらにハンドミキサーで混ぜて」
貞子は言われた通り三回に分け混ぜていると、
「うん、いい感じね。じゃあハンドミキサー止めて」
そう言って奈々夏はふるっていたものを全てボウルの中に入れた。
「じゃあここからはゴムベラで気泡を潰しながら粘りとツヤが出るまで混ぜて」
「わかりました」
くるりくるりとボウルの中の混ぜていると奈々夏が絞り袋を持ってきた。
「気泡は潰れた?」
「はい、かなりツヤと粘りも出てきました」
「よし、じゃあ絞り袋に入れて二センチくらいでクッキングシートに出していって」
奈々夏と貞子は2つの絞り袋に分けてクッキングシートにどんどん絞り出していき、全て出し終わったあと二時間から三時間ほど乾燥させる。
「ここまでは意外と簡単なんですね」
「まぁね、でも難しいのは焼く時なのよ。割れないように見とかないといけないしね」
そこから二人は乾燥するまで他愛もない会話を続け、適当なタイミングでオーブンを温めだした。
「オーブンを一六〇度にしてそこからマカロンのピロ、つまりヒダヒダの部分が出来たら一回消して一五〇度に下げて三分くらいで完成よ」
数分後にオーブンが設定温度に達した知らせの音がキッチンに響く。
「よし、じゃあ行くわよ」
「は、はい!」
乾燥させたマカロンの生地をオーブンの中に入れ小さなオーブンの窓を二人で覗く。
「あ、周りが少し変わってきましたよ!」
「あと数秒ね」
奈々夏は宣言通り、オーブンを一度止め設定温度を変更し、オーブンの扉を閉めた。
「よし、完璧ね」
「凄い!ちゃんとマカロンですよ!」
「だから失敗しないって言ったでしょ。あとは牛乳を少し入れて柔らかくしたチョコを挟むだけよ」
せっせと2人でマカロンを完成させていくと五十個ほどマカロンが完成した。
「思ったより出来ましたね」
「そうね」
積まれたマカロンに二人は少しばかり笑ってしまう。
「さてと……」
奈々夏は可愛い紙袋を二つ用意してその中にマカロンを詰めていき貞子に渡した。
「はい、メリーちゃんには私達からってことで。こっちは貞子からってことで翔くんに渡してきなさい」
「うへぇ!? あ、え、はい……」
赤く染まった頬を隠しながら紙袋を二つ受け取る。
「俯いてないで早く渡してきなさい。賢斗くん情報だけど翔くんバレンタイン一個ももらえなかったらしいから」
奈々夏の勢いに負けて貞子はそのまま家を追い出されてしまった。
「喜んでもらえるんでしょうか……?」
とぼとぼと家まで帰り、扉を開けるといつも通りメリーと翔の声が聞こえる。
「やっと帰ってきたか、生姜焼きの準備は済ませたからあとは焼くだけだぞ」
「あ、ありがとうございます。じゃあ後は私がやりますね」
「おう、任せた」
貞子はぱぱっと生姜焼きを作り上げて食事にしたが落ち着かないのかずっとソワソワしては俺のほうをちらっと見る。
食事を終わらせ風呂に入りもう寝る前になるまでずっとこの調子だった。ソワソワしてはちらっと俺の方を見る。
これはほんとにもらえないまま終わる感じだな、なんて一人で考えながら俺はベッドに向かった。
「じゃあ、俺寝るわ」
「あ、うぅ……しょ、翔さん!」
貞子に呼ばれ、振り返ると顔が朱色に染まっている。
「あの……その……こ、これ! バレンタインなので!」
紙袋を俺の胸に突き付けてくる。
「お、おう。サンキュ」
義理とは分かってはいたものの渡されるとなると少し気恥しく感じる。
「奈々夏さんにバレンタインは好きな人に渡すって聞きまし」
「おお! スゲー! マカロンじゃん。作るの難しかっただろ?」
貞子の顔を見ると顔がさっきまでよりさらに赤くなり、口元はなんか怒ってるようにも見えるが目元は若干涙目だ。
「ん? 貞子?」
「何でもないです」
口調はかなり不機嫌だ。なぜだ。
それに、涙目で真っ赤に染めた顔を俺の目から逸らす。
「なんか怒ってる」
「怒ってません。何でもないですし何も言ってませんし何も言おうとしてません」
問い詰めたら怒られそうだからこれ以上は聞かないでおこう。
それにしてもかなり出来のいいマカロンだな。買ったて言われてもわかんないな
「翔さんの……バカ……」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少し時期が遅れたバレンタインデーのお話でしたがどうでしたでしょうか?
そういえば最近はマラソン大会の時期なんですかね?集団で走っている学生を希に見かけます。本当にあれだけはやりたくないですよね。
それでは今回もこれで終わらせていただきます。
次回の話も楽しみに待っていただけたら嬉しいです。