第22話スパイと実践と引っ越し
「セイッ!!ハッ!!イャァァ!!」
冒険者たちの汗が飛び散り、声が響き渡る。
「次は二人一組になって打ち合い!打たれたら死ぬという気持ちでやり合うように!簡単に打つんじゃないぞ!隙を探せ!」
「「おう!!!」」
真剣に剣に向き合っている非常にいい事だ。
日頃から鍛錬していないと、咄嗟には出ないもので、偶然や奇跡は積み重ねの上に出るものなのだ。
「上手だねー。腰をこう。そうそう。胸を張って背筋を伸ばす。」
イッチーが弓を教えていた。女性が多く、イッチーの鼻の下がすごく伸びているのが気になるが…
「やー!!…凄い!!命中率が格段に上がってきました!!」
「私もです!!」
大丈夫のようだ。教えるのも上手みたいで、みんなメキメキ腕を上げている。
「…破!…掌!…擊!」
向こうでは亮子ちゃんが体術を教えていた。
「ハッ!!ショウ!!ゲキ!!」
なんか少林寺見てるみたいだ。みんなが勢いよく同じ動きをする様は壮観である。
「亮子ちゃん。俺と打ち合いお願いしまぁす!」
ニヤニヤしながら若者が名乗りあげてきた。舐めた真似しやがって、しかし、見たことない顔だな。
「…了承。準備万端。come on。」
「余裕かましやがって!オラァァァ!!」
若者のもの凄い一撃が顔面に迫る!!
「…崩撃」
拳をスレスレで前に避け、懐に潜り込み掌打を叩き込む。
「ガハッ!」
「…雲身」
素早く相手の背後に周り、背中で体当りをする。
「ゴホォォ!!」
「…双虎掌」
後頭部に両手での掌打を叩き込む。
「っ!!」
若者は吹っ飛び、倒れ込んだ。多分二発目で意識飛んでたで亮子ちゃん。
「…スパイの匂い。ガラムマサラ…」
亮子ちゃんが珍しくぼけている!?こ、これは突っ込んどかないと!!いっ、イッチィィィィイイ!!と、振り向くと、まだ、教え子の女の子に夢中である。
「スパイスやないかぁぁぁぁい!フフフ」
先輩!!それっすよそれ!楽しそうな先輩はさておき、スパイだろう若者に近付き、活を入れ、意識を回復させた。
目を覚ました若者は周りを見回し、バツの悪い顔をしている。
「見た来ない顔だね。名前は?どっから来て、どんな用事があったのかな?」
俺は、できるだけ優しく話しかけてみた。
「通りすがったら、面白そうなことをしてるから混ざってみただけさ。」
「亮子!もう一回お願いしていいか?」
「あっ、嘘です!!隣村からスパイしに来ましたヴォンドです。!!俺も5本の指に入るくらいの格闘家なんですが、ちょっと次元が違いますよね。彼女が一番の使い手ですか?てか、いま鍛錬している人たちも、うちより全員レベル高いんですけど!」
最近の若者は簡単にゲロるから困る。もうちょっと尋問的なものもやりたかったのに。
正直スパイされたところで困ることは何もないので、返してやることにした。
「帰っていいぞ。」
「え?尋問したり、殺したりしないんですか?」
「尊い命をそんなに簡単に奪ったりしないよ。安心して。うちは割と平和主義な村なんだ、争いごとしたところで、失うものの方が多いしね。」
「まじっすか、なんかこの村いいっすね。村中の人が笑顔で生活してますし、なんつーんすか?活力がありますよね。」
若者はキツネにつままれたような顔をしながら、村の感想を話した。
「ヴォンド、よかったら、うちの村で暮らしてってもいよ?冒険家になればモンスターのドロップをここの建屋で一律の値段で買い取ってるし、食い物も安いし、税金は安いし、今みたいに訓練も受けれるしね。気が合うやつは一緒に冒険に行けばいいし。」
「ドロップ品を全品買い取ってくれるんですか?しかも訓練や仲間探しまで。至れりつくせりじゃないですか!俺もここで生活させてください。ほかのやつにも知らせたいです。」
「来るもの拒まずさ。最初に簡単な登録はさせてもらうけどね。一旦帰るならちゃんと報告しておいでよ。ワードナ―にケチつけられても嫌だし。」
「はいっ!また来ます!!」
なんか、最初の感じとは違い、好青年だな…
「名前とはかけ離れたへっぽこスパイだったわね。タケル、本当に帰してよかったの?でも、なんか懐が広い感じでカッコよかったわよ。プラチナはこのシーンを見れなくて残念ね。フフフ」
「タケルさん!やっぱり百叩きくらいしといたほうがよかったんじゃないですか?」
「みんなの意見はもっともなんだが、俺は剣道の竹刀を持っているときは、なんかまっすぐになっちまうんだよ。あんな感じになってすまん。」
「いや、逆に僕が恥ずかしくなってきました。騎士になりたいのに修行がたりない…」
エイ君が一人反省会を始めてしまった。俺もなんか申し訳ない。
「んじゃ、改めて、特訓開始ぃぃぃいい!!」
「セイッ!!ハッ!!イャァァ!!」
午前の特訓が終わると、午後は実践の狩りをみんなで行くことにした。
やはり、実践の経験が一番のスキルアップに繋がるが、当然訓練で学んだことが実を結ぶ。
各々、モンスターを次々と狩っていき、自分の成長に驚いていた。
「すげぇ、楽勝だぜ。マジか。」
「俺、こいつ倒すのに1時間かかってやっと倒せてたのに、あっという間に倒せちまった。」
「当たります!!与一先生!!私の矢が面白いように当たります!!せんせーーーいぃぃ!!」
まだ自分の成長を信じられない者、過去との違いを定量的に感じている者、泣いてる者、みんな自分の成長を喜んでいる。最後の子泣いてるじゃん。イッチ―に抱き着いてるし…亮子がビキビキしてるし…
「まぁ、こういうことだ。成長したのを実感できたでしょう。訓練ってのは積めば積むほど自分に返ってくる。ただし、さぼったときも同様に返ってくることを忘れないでほしい。あと、決して油断はしないように。相手も生きることに必死だから、隙を突かれたら一気に窮地に立ちます。慢心するべからず。」
「「はいっ!!」」
「んじゃ、各自チームでも作って、後はまかせます。解散。」
「タケル、最後のカッコ良かったわよぉ。フフフ」
俺の頬を指でなでながら先輩が褒めてくれた。近いんすけど…
生徒たちの成長を目の当たりにし、満足感の中、俺達は村に帰った。
門の手前で、ヴォンドと20人くらいの老若男女と5台の馬車が視界に入った。
どうやら、村を抜けてきたみたいだ。結構行動力あるな。
「あっ!タケルさん!!みんなを連れてきました。よろしくお願いします。」
「ヴォンド、ずいぶん早いな。流石に驚いたよ。村の中にどうぞ。」
門でそれぞれ記帳させ、村に招き入れた。一緒に来た人たちは凄く暗い表情だ。まぁ、夜逃げ同然で来たわけだし、不安がいっぱいだよな。
「何家族くらいいるんだい?」
「3家族です。空き家とかあると助かるのですが。」
「あるよ。丁度新居に引っ越した家が3軒あいたので、そこに入るといいよ。一か月お試しで、借家にするか持ち家にするか決めてください。一応両方の金額をあとで提示するよ。わかんないことはギルドに聞きに来て。」
「何から何まですいません。心機一転頑張らさせていただきます。あと、一騎打ちの日なんですけど、一週間後にイリヤの遺跡で行うみたいです。」
「聞いたことないな。どんなところなの?」
「平原のまんなかにポツンとある、闘技場のような作りの空間です。隠れる場所がたくさんありますので、お気を付けください。」
「明日早速下見に行ってくるよ。ヴォンドありがとう。」
お礼をいい、スパイを抜けたヴォンドと別れ、ギルドに戻ることにした。3家族の笑顔が早く見れるといいなと思いを残し。
さて、明日は下見に向かうかな。待ち伏せや、迎撃のポイント。逃げる場合のルートも確保しておきたいし。みんなと合流し、晩御飯を食べながらにぎやかに今日の出来事を話し合った。一日の終わりも笑顔で迎えることができて良かったなと思いつつ、この笑顔を絶やさないよう、一週間後の一騎打ちの必勝を誓った俺であった。




