名は体をあらわす?
こちらの作品は他サイト企画(お題:「ごめんなさい」)参加作品です。
1.倫理=人としての道を守る?
『あんたさ、バカじゃないの?』
ひとしきり私の話を聴き終えたところで、まぁちゃんはあきれたようにそう言った。
「ぶぅぶぅ。バカ言わないでよ」
『だってバカだもん』
うう。そりゃあバカだって自覚してるけどさー。バカも連発されるとそれなりに傷つくんだからねー。
ん? ウソウソ。
そんなことで傷ついてたらキリないもーん。へへ。
『だいたいさ、名前のまんまの優しい旦那になんの不満があってフラフラしてる訳?』
「優しいだけじゃつまんないんだよねー」
『はぁー』
うっわお! 心の中で鼻ホジホジしてるところに冷や水を浴びせるような、まぁちゃんのため息。
『私さ、忙しいんだよね』
言ってるそばから、まぁちゃんの娘ちゃんがギャン泣きしてるのが聞こえてきた。
『はいはいはいはい、ちょっと待ってね~。……スーパー暇な子なし専業主婦の戯言をきくほど暇じゃないんだよね、私。もう切るね』
娘ちゃんに話しかける優しいママの声色から一転、つれない声でそう告げると電話を切った。
あーあ、つまんないの~。
まぁちゃんとは高校時代からの付き合いで今年で丸十年。
その当時からお互いの好きな人や彼氏の話で毎日のようにメールや電話で語り合った。高校を卒業してからも、まぁちゃんと私はそんな関係を続けてきたんだけど。
まぁちゃんが結婚してから少しずつ変わっていった。
旦那さんの両親と同居してるし、まぁちゃんはフルタイムで働いている。
家事に仕事に旦那さんの親戚付き合いで、私との時間はどんどんと減ってきた。
そこへきて、去年のまぁちゃんの出産。
ママになったまぁちゃんは元々姉御肌だったけれど、もっとおねえさんっぽくなって、私に付き合ってくれなくなった。
電話したってさっきみたいに適当にあしらわれて終わる。メールだってめったに返信くれない。
うん、私だってわかってるんだ。私のつまんない話より、自分の家族のことが大事だってことぐらい。
でもさ、さみしいじゃん?
うん、私に子供でもいたらさ、そのコも一緒に会ったりできるし。
でもなー、私はまだまだ子供なんて欲しくないしなー。
ホント、だいたい結婚しなきゃよかった。
独身だったら、不倫にならないのになーーーー。早まったぜ、私!
スマホを再び手にとって、通信アプリを立ち上げるとさっき届いたメッセージを眺める。
“倫子ちゃんは彼氏いるの?”
返事をできずにいるメッセージ。くれた相手は高校時代ずっと好きだった直くん。
倫子か……。
私の名前はおばあちゃんがつけてくれた。
倫理からきている。つまり、人としての道を守る人間になってほしいということらしい。
よく名は体をあらわすって言うけれど、確かに私は倫理に基づいた人生を送ってきたほうだと思う。
だけど、最近それを揺るがすことに出くわした。
きっかけはその通信アプリで直くんの連絡先が仲間入りしたこと。
“もしかして倫子ちゃん?”
直くんがメッセージをくれた。
直くんは高校生の頃はサッカー部の主将をしていて、生徒会長、成績優秀。もちろん、イケメン。
こんな完璧な王子様にはファンクラブまであって。
彼女もいたんだ。それもほとんど切れ目なく。時々彼女がいない時期があったけれど、その時には告白する女子が殺到。
私は指をくわえて見てるだけだった。
うん、それにタイミング悪くって、直くんに彼女いない時に限って彼氏いたしね。
まぁもっとも、本当に王子様って人だったから、仲のいい男友だちっていう存在でいてくれるのがすっごい嬉しかったっていうか。
ほら女子ってさ、すぐ格付けすんじゃん?
彼氏もそこそこだったし、それで男友だちもめっちゃイケメンってマジやばくね? みたいなノリだよねー。アッハー。
うん、とまぁ、そんな感じ。お気楽極楽な私の人生。
うん、結婚もさ、ちょうど彼氏がいない時期だったワケ、旦那と知り合った頃って。
私、結婚する前、個人病院の受付やってたの。
そこの職場さ、みんないい結婚に恵まれるっていうジンクスが短大時代まことしやかにささやかれててさ。
実際、きれいどころそろえてたんだよね。
だから当然だよね、むしろ。もちろん、私もきれいだから入社できたんだよね。
……自分で言っちゃうしね。フハ。
それで、先輩の彼氏の紹介、うん、つまりは合コンで知り合ったのが旦那。
外見は悪くないよね。まぁそれなり?
でも、性格はね、いいと思う。ま、正直物足りないけどね。
今の時代専業主婦させてもらえるぐらいの収入稼いでて真面目で言うことなしじゃね?
うん、そう。結婚相手ならね。
そう、結婚したかったのだ、私は。旦那だから結婚したかった訳じゃないのだ。
うわ、我ながらひどい女~。でも事実だからしょうがない。フフ。
だから、そう。
それがここにきて、「倫子さん、人生最大のピンチです!」ってヤツに絶賛遭遇中。
天国のおばあちゃん!
あなたにつけてもらった名前に反するようなことをしてもいいでしょうか?
……うん、いいって言ってくれてるっぽい。
ん? うん、まだ死んでないんだけどね。
無駄に長生きなんだよね、ウチの家系。
ひいじいちゃんなんて百歳余裕で超えてまさしくピンピンコロリしたしね。大往生だらけなんだよね。フハハ。
憎まれっ子世にはばかるだよねー。
ってことで。
“直くんは?”
とりあえず質問返ししてみた。ヒヒ。
あ、すぐに“既読”マークがついたんですけど。
うう。でも、返事がこない。
ヤッバ。恋人アリか、はたまた既婚者かーーー!?
あ、返信きた!
“ううん、いないよー(‘∀`)b だから倫子ちゃんが結婚してなかったり彼氏いないなら嬉しいなーと思って(照)”
マジか! マジキタコレ!
私の時代、ついにキターーーーー! よっしゃ!
“そうなんだね! う~ん。実は最近うまくいってなくって”
へへ。ウソついちゃった~。
いーけないんだ、いけないんだ。倫子ちゃんはいけないんだー。
えへへ。
だって~。あの直くんだもん。
それにほら、彼氏はいないじゃん。うん、彼氏はね、彼氏はね。
だから、ウソじゃあないよね。厳密にいえばね!
へへ。
“マジで? そっかー、じゃあ俺でよかったら相談に乗るよ?”
キタキタキタ。うんうん、これよこれ。
あるあるだよね。女のコが相談してるうちに、そのコが相談相手に乗り換えるパターン。
ん~。まぁ乗り換え、つまり離婚はしないかなー。フフフ。
でもなんていうの? どっちも好きなのー、みたいなヒロインぶりたいじゃん?
だって、あの直くんだもの。
あ、やべ。”だもの”だって。
うん、あれだよ。習字で詩を書いてた人の代表的なヤツの語尾だよ。
あーヤバイヤバイ。テンションあがるわーーーー。
“ホントに? じゃあ、相談に乗ってもらおうかな…“
“OK! 久々につのる話もあるし、せっかくなら会わない?”
よっしゃーーーーーー!
オーライオーライ! 会いますとも、会いますとも。
このチャンス逃すまじ! ヒヒヒ。
天国のおばあちゃん。ごめんなさい。
あなたの孫はあなたがつけてくれた名前にこめた願いを反故しちゃいます!
ん? うん、おばあちゃん健在だってば。ピンピンしてるよね。
2.人は優しいだけでは物足りないのです
「明日、まぁちゃんとご飯行ってくるね」
直くんに返信してから数日が経った。明日は土曜日。
夕飯を終えて、洗い物をしてる旦那の後ろ姿に話しかける。
ん?
ウチはね、私の手が荒れちゃかわいそうだからってほとんど旦那が洗い物はしてくれてる感じ。
うん、でね、私はというと。リビングでスマホいじりながらせんべい食べてるよ。
草加せんべい、マジチョーうまいよね!
え? 専業主婦だろって?
うん、そだよ。だから?
だって手荒れしちゃかわいそうだって旦那が言って率先してやってくれてるんだもん。
それでよくね? プププ。
「お昼?」
「ううん、夜。だから適当にすませてもらえるかなと思って」
世間の主婦は大変だよね。自分が夜出かける時は旦那のご飯のしたくしてあげなきゃいけないんでしょ?
それぐらい自分でしろっての。てめガキじゃねぇだろ、妻はメイドじゃねーぞって思うんだよね。うんうん。
その点、ウチはラクだよね。そんなこと一度も言われたことない。
自分のことは自分でが基本の旦那。むしろ、私のことまで気遣ってくれる。
ん?
うん、そういう至れり尽くせりがダメなんだよね。アハハ。
「あぁ、それは全然かまわないけど。真亜子さんは大丈夫なの?」
ギクリ!
「なにが?」
倫子という名前は体をあらわしてると思うの。
嘘をつくのがとっても苦手なのだ。だから倫子さん、訳もなくドッキドキー!
あードキが胸々。ってしょーもないわっ!
「いや、むこうはまだ小さい子どもさんいるし、義理のご両親と暮らしてるから夜抜けるのって難しいんじゃないのかなって思って」
うっ! するどい! ごもっとも!
ヤバイヤバイ、焦るな倫子。
「う、うん。まぁちゃんところのお義父さんたちやさしいみたいで、たまには羽のばしてきたらって言ってくれたみたいだよ?」
うん、まぁちゃんところの義理のご両親は確かにやさしいらしいから、実際そう言ってくれるみたい。でも、まぁちゃんがそれをしたくないらしい。
あー背中ヒヤヒヤ。うん、めっちゃ涼しい顔で旦那を見てるけどね。
まるで白鳥みたいよ。白鳥の湖踊っちゃうぞ~。ヒヒ。
「そうなんだね。よかったね、最近倫子ちゃん、真亜子さんとあまり会えなくてさみしそうだったから、僕もうれしいよ」
うぅ。あなたの仏様のようなそのやさしさに胸が痛む。
「うん、ありがとう」
でも、私は欲望に勝てない!
ニッコーーー。
めちゃめちゃいい笑顔全開。リンコスマイルビーム光線出しまくり。
旦那はどう見てもだまされてる。うれしそうに私を見てる。
うう、申し訳ない。
という気持ちよりもやっぱり欲求が強い!
洗い物を終えた旦那が隣に座る。そのままぎゅっと抱きついてきた。
う~ん。久しぶりに夜のお相手してやるかな~。
ん? うん、ちょっとごぶさたなんだよね。
私さ、あっちのほうもオラオラ系の人が好きなんだけどさ、旦那は性格のま~んま。
ホント、やさしいの極み。うん、物足りない。
わかってんだよ、私だって。ないものねだりだし、ワガママだってことぐらい!
でも! でもなんだよね……。
3.優という字に込められている意味
待ちに待った十年ぶりの再会まであと残り三十分を切った。
倫子嬢、ただいま待ち合わせ場所の某駅に電車で向かっておりまーす!
天国のおばあちゃんごめんなさい。あなたの願いむなしく今日はついに倫理にそむきます。
ん? うん、おばあちゃんピンピンしてるってば。アハハ。
うん、めちゃめちゃテンションあがってるわー。
もう朝から落ち着かないのなんのって!
旦那はさ、ホントいい人すぎるんだよね、「倫子ちゃん、真亜子さんと会えるの本当に楽しみなんだね。ソワソワしてる。楽しんでおいで」って言ってやさしく見送ってくれたんだよね、ニコニコしながらさー。
マジで、私、クズだろ。
フフン。クズでもなんでもいいのだ。
ついに、ついに。直くんと再会!
うん、あの返信から毎日何通ものやりとりをしてさー。
マジやばいって。今日ぜったい襲われるわー。アハハ。
ヤバイヤバイ、浮かれすぎ~。
あ、やっば。窓に映ってる私、ニヤニヤしすぎだっつうの。
さぁって! いよいよ待ち合わせ場所に着きました!
待ち合わせ場所は○駅東口改札。待ち合わせ時間まであと十分足らず!
緊張しすぎてヤバイし。
ということで。スマホをいじって紛らわす!
「倫子ちゃん?」
え、え?
声は多分直くんだ。
ん? ……待って。なんかヤな予感。
だって、私の目線が今ちょうど目の前の男性のおなかあたりにあるんですが。どう考えても、デブっぽいんですが……。
おそるおそる視線を上げていく。
ん~……。帰っていいかな~。
「あ、やっぱり倫子ちゃんだ!」
曖昧に笑い返すしかない……。
おっかしいなー。
自撮り画像を交換し合ったはずなのに。その時は確かに昔の直くんを大人にしたカンジだったのに。
目の前の人はどこをどう盛ったらそうなるのかってくらい変わり果てた男。
でも、確かに面影はあるんだよな。声も間違いなく直くんなんだよな。
だけど、私の知ってる直くんじゃないんだよな……。
「うわー変わってなーい! てか、むしろめっちゃきれいになった! すげぇ」
直くんですよね?
うわー変わったー! てか、むしろめちゃめちゃ劣化した!
ある意味すげぇ。
……さっさと適当に切り上げて帰ろうっと。
うわっ! 直くんが肩に手をまわしてきた。鳥肌立ったし! マジか~!
「いや、こういうのはちょっと……」
作り笑いをしながら、さりげな~く手を払いのける。
「あ、倫子ちゃんかわいい! 照れ屋なのはあいかわらずなんだね」
おいおいおい。どこまでおめでたいんだ、お前!
あー私の清い心と青春を返せ、このヤロー。
あぁ天国のおばあちゃん。やっぱり悪いことはできないものですね。
うん、おばあちゃん生きてるよ? フフフ。
まだね、冗談言える余裕はあるってことだよね、うん。
……はぁ~。
直くんは楽しげに鼻唄まじりで予約しておいたお店へ向かう。その後ろをどよよ~んとした気持ちでついていく私。
うん、こんなツレと一緒だなんて思われたくないんだよ……。はぁ~。
どこまでも失礼な私が連れてきてもらったのはこの界隈じゃワリと高級なステーキハウス。
うひょお。うん、お店に来たらやっぱりテンションあがるわ!
うん、肉堪能はしっかりさせてもらうし! うん、もちろん直くんのおごりっしょ。フフフ。
「あ、緊張ほぐれたカンジ?」
ん?
席についてメニューを自分でもわかるくらいニタニタしながら見てたら、ふいにそんな言葉をかけられた。キョトンとして見返す。
「いや、俺と久しぶりに会って緊張してるっぽかったからさー」
ニヤニヤしてやがる!
うん、ある意味めちゃめちゃ緊張したし。ある意味ね、ある意味……。
あー、牛さん味わったらとっとと帰るべ!
直くんに注文はおまかせした。
うん、きっと自信だけはムダにあるんだろうから、こうやって色んな女の人つれてきてんだろうな。めちゃめちゃ注文慣れてたし。
あーもうマジで私のバカー! 想い出は想い出のままでいるべきだった……。
直くんのマシンガントーク、適当に聞き流しながら過ごすこと十五分。
そろそろ牛さんやってくるかな~。ワクワク。
うん、これだけが今の私の支えだわ。
「ちょっとあんた」
ん?
背後で声がする。
振り返ると同世代と思しき女性が般若みたいな顔して立ってる。目の前の直くんをにらんでるみたい。
で、当の直くんはガクガクブルブルしてる。
へ? どういうことだ?
「ミ、ミチヨ!」
直くんの声が震えてるんだけど。
え、これってまさかの修羅場?
そのミチヨって呼ばれた女の人が私を品定めするように見下ろしてくる。カンジわるっ!
「誰よ、この女」
いやいやいや、あんたこそ。名を名乗れ!
ケンカ上等。売られたケンカは買ってやんよ!
つうことでにらみ返す。
「人の夫に手ぇ出すんじゃないわよ!」
は? イミわからんわ!
へ?
直くんを見ると青ざめてるし。え、直くんまさかの既婚者かよ!
「ごめんなさい!」
ひょええええええ。まさかまさかの土下座。
直くん、その場でその女にスライディング土下座した!
うええええ、見たくない……。
「ちっ」
その女性は小さく舌打ちすると、直くんをひっぱりあげて立たせた。
「てめぇ、マジで次浮気しようとしてみろ。タダじゃおかねーかんな!」
直くんはひきずられるようにして店内をあとにした。
「お待たせいたしました……」
注文したステーキを持ってきた店員。トーゼン困ったような顔してる。
っていうか、色んな人の冷た~い視線。
……うん、ハリのムシロってヤツ。
痛い出費だけど、私は食べずにお金を払って店を出た。マジ、せめて代金払ってから帰ってほしかったわーーーー。
あーお肉食べられなかった上にこんな結果……。チョー悲惨!
自業自得といえばそれまでだけどさ!
ショボボボーンとした気持ちで最寄駅へ着いた。
え!?
なぜか旦那が私の帰りを待っていた。
しかも、なんか怒ってないか!? なぜだ!
「倫子ちゃん」
ん? なんだなんだ! なぜ仁王立ちになる!
「倫子ちゃん、今日誰と会ってたの?」
え!
冷や汗が……。
旦那、笑ってるんだけど、目が笑ってない……。
「え、まぁちゃんと?」
ニッコリ。倫子スマイル!
「へぇ~そう。真亜子さんと今日スーパーで会ったんだけど。家族でいたけど、倫子ちゃんと約束なんてしてないって言ってたけど」
ぎゃあああああああ。倫子スマイル、瞬殺で封印させられた。
「ねぇ、まさか浮気しようとしてないよね?」
ひぃ! 旦那の目がマジなんですけど。
「そ、そんな。めっそうもございませんことよ。オホホホホ」
「ウソだ。知ってるんだからね、倫子ちゃんがウソつく時はね、目が泳ぐんだからね」
ひょっ!? マジか!
「正直に謝ってくれたら許してあげてもいいけど?」
「……ごめんなさいっ!」
「やっぱり浮気しようとしてたんだ」
へ!?
「ごめん。真亜子さんに会ったのも全部ウソ! ……倫子ちゃんがウソつく時に目が泳ぐのは本当だけど」
マジか!
旦那がスッと私のそばに立つ。
そして。
「悪いコはおしおきが必要だよね」
耳元でささやいたあと、旦那はニッと笑った。
うっわああああああああ。
マジか。お前、そんなキャラだったのかよ!
なんだよ、私の旦那サイコーじゃん。
優しい人って書くけど、それだけじゃなかったんだ。うん、優秀な人と書いて優人だ。
「さ、帰ろう」
今まで見たことのないような色っぽい笑みを浮かべてる。
あぁ、ヤバイ。この人の奥さんでよかった。