表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Feマン  作者: 馬宮茂
8/9

第8話 「Vs W(タングステン) 人間」

金属人間団体『レアメタル』との戦いを決意したテツは漣博士と雇用契約を結ぶ。あっさりと自分の向かう先を決めてしまった彼の態度に疑問を覚えたカガク。彼らの前に現れたリリーという名の少女と初任務を行うことになったテツ…。


高校一年生、漣 カガクの朝は8時丁度に始まった。彼女の家から学校まで徒歩15分ほどかかり、さらに始業のチャイムが鳴るのは9時丁度。それを逆算して彼女に与えられた時間の猶予は45分ほどということになる。彼女は手早く着替えを済ませ、身だしなみを整えた後、母に用意された朝食をもぐもぐ食べきったのが8時35分ごろ。それから雑用を済ませた後、8時40分には彼女は玄関で靴を履いていた。


「忘れ物、無い?」

「うん、大丈夫。行ってきます」

「気をつけてね」


母に見送られ、玄関の扉を押したカガクは眩い朝の光に包まれる外へ一歩を踏み出していく―――。




「や、おはよ!」

「…お、おはよう」


玄関を飛び出したカガクを出迎えた、快活な笑顔の主は顔の横で軽く手を振った。


「カガク、今から学校?」

「うん…何か用なの?」


カガクは驚いた表情を沈めた途端、その言葉を鋭いものとして飛ばしていた。

突然の来訪者リリーは苦笑を浮かべ、


「テツに会いたいんだけど」


と続けた。カガクはそれを聞いてますます不機嫌な顔つきになったが、踵を返して、玄関の中に戻った。

落ち着かない心をそのままに、カガクは乱雑に靴を脱ぎ捨てると2階へと駆け上った。


「忘れ物ー?」


呼びかける母の声を無視し、彼女はその中の一室の前まで足を運んだ。


「ねぇ、昨日の娘、来てるけど」


カガクは中に居るであろう、居候の少年テツを呼んだ。

しばらくしてガラガラと引き戸が開かれた瞬間、カガクは息が止まる思いであった。


「どうした」

「なっ、なんで裸なの!?」


上半身裸で、下にひざ下までのダボダボしたズボンを履いたテツが現れたからだ。


「ああ、今着替えていたところなんだ」


カガクはにべもなくテツを室内に押し返すと、思い切り引き戸を閉めた。


「だったら着替えてから出てきなさいよ、バカ!」

「苛立っているから急いでいるのかと思った。すまなかった」


再び引き戸がガラガラと開くと、中からよれよれのTシャツ一枚を着たテツが現れた。

眼を擦りながら、のそのそとカガクの横を通り過ぎた。


「リリーが来ているんだな?」

「そーよ。早く降りてきなさいよ、全く。私だって急いでんだから」

「すまない」


カガクは階段を下りながら、先を行く足音に心をかき乱されるようだった。

まったく、と心の中でため息を吐いて、カガクはとにかく学校へ向かうつもりだった。この朝の煩わしさを一刻も早く忘れてしまいたいと思ったからだ。




外に出たテツとカガクを、リリーが笑顔で出迎えた。


「二人の声、聞こえてたよ。仲良いんだ」

「そんなわけ」

「そんなことは無い。事実、彼女は俺を嫌っている」


抑揚の無い一本調子の声がカガクの耳を通り過ぎた瞬間、不機嫌な顔が一気に浮き出たカガクは僅かに舌打ちをして、乱暴にテツとリリーの間を通り過ぎた。

ぐんぐん遠くなっていくその背中を見送って、テツは首を傾げた。


「何を怒っているんだ」

「……さ、準備は出来てる?」

「ああ。特に持ち物も無いんだろう?」

「そうだけどね。調査場所まで須見に車で送ってもらうことになってるの」

「わかった」

「…にしても、テツ?さっきの態度は無いと思うな」

「さっきの…カガクのことか」

「そう。どんな女の子だって傷ついちゃうよ」


テツは無表情に明後日の方向を見た。


「どうでもいいって顔ね」


苦笑したリリーに、テツは頷いた。






Feマン 第8話 「Vs Wタングステン 人間」






古いタイプの白色のワゴン車はところどころが軽く汚れており、相当年季の入った車だと思い知らせてくれる。その車は現在、漣研究所の前に停められていた。


「おっす、おはよー」


車の運転席に座り、窓から身を乗り出している短髪の快活そうな男は須見だ。

その隣の道路に立つ白衣に無精ひげの男、星野も軽く手を振ると、テツの隣のリリーが大きく手を振った。


「連れてきたよー」

「ご苦労様。おはよう、テツ。気分、体調は大丈夫か?」

「問題ない」


事無げもなくそういって見せたテツはすでに眠気も失せ、無感情無表情に落ち着いていた。

星野は頼もしげにうなずくと、テツに近づいた。


「結構だ。テツ、これを」

「これは?」

「『マグネシウム』。金属の一種だ。あとこれも」

「…これは、ライターか」

「いいか、この金属をライターの火で熱すると…」






「テツ、これから行ってもらうのはごく単純な任務だ。なに、誰にも気兼ねしないで胸張ってやればすぐ終わるもんだ。リリーの案内で資料室に向かってもらう。で、そこにある資料を取ってくるだけでいい。資料の目印は赤い表紙だ」


冷たく暗い印象を醸し出すコンクリートの壁に間じ切られた研究所内は須見が押した電灯のスイッチでほんのりと浮かび上がった。

電灯が切れ掛かっているのか、時折暗闇へと引き戻される部屋の中。しかも完全に電球の死んでいるところは真っ暗のままだ。


「まだ電気が通っているんだな」

「そーね。比較的最近まで使われてたって話だし」


二人は周囲を見回しながら、リリーが先を、ハルシュが後ろを歩いて進んでいく。


「今回の任務、ま、緊張してないみたいだけど…簡単な任務って言うか、子供だましみたいなものなの」

「子供だまし?」

「お宝探しみたいな…危険もないし」


電灯の光が届かない暗闇に蠢くのは虫の類か、時折テツの耳に羽音のような音が聞こえていた。


「あなたはどうして博士と協力している」

「…なんで気になるの?」

「俺は今、どういう経緯で皆がこうして金属人間になったのかを知りたい」


テツはそれを自分の糧として、新たな知識として、生かしていくつもりだった。情報は多いほうがいいという自分の考えを表に現した形になる。

リリーは薄く笑って、次に困ったような笑顔になった。


「う〜ん…あんまり話したくないんだけど」

「無理にとは言わない。話したくなければ話さなくて良い」


付け足したテツの言葉に彼女は目をまん丸にして、それからにこりと微笑んだ。


「うん、ありがとう……何か、聞いてたのと全然違うね」


テツは自らを指差した。


「俺のことか?」

「うん。いろいろ聞いてたんだよ?君は感情が全く無いだとか、まるで機械みたいだって」

「しかし俺を除いた金属人間はたいてい感情を有している」

「それは製法の違いなの」

「製法?」

「聞いてないなら教えられないけど、つまり金属人間へのなり方の違いって事」

「……」

「もー、そんな顔しないで。金属人間へのなり方は大まかに二つに分けられるの。私達と君に分けると、私達は普通の人間がリングを飲み込んだものってことなの。君はどろどろに溶かした金属の中に2つのリングを投げ入れることで生まれる」


この2種類を大別して、人間がリングを飲み込む第3類金属人間、溶解した金属の中にリングを投げ込む第2類金属人間とする。


「なるほど」

「わかってくれたかな…説明苦手なんだ」

「製法の違いというよりは、人間により近いのはどちらかということだな」

「ま、まぁ、そうなんだけどさ」


リリーは、思案に耽っていたテツの肩をぽんと叩いた。


「もー、元気出して!あんなに綺麗な陽子さんと可愛いカガクちゃんに囲まれてるんだから、充分勝ち組よ?」

「かちぐみ…」


テツが一言つぶやいた。その瞬間、リリーの腕を引きT字路の陰にテツは隠れた。


「隠れて」

「な、何?どうしたの?」


鋭く尖ったテツの瞳に息を飲んだリリーに、テツは真っ直ぐ、壁を切り取るようにしてそこに存在する真っ黒な扉を指差した。


「あの扉の向こうに金属人間が居る。誰かは分からない」

「!…わかった。ちょっと見てくるね」

「しかし危険だ」

「心配しないで。私これでも『アルミニウム』の金属人間よ?」


彼女が言うや否や一歩踏み込むと、猫のように軽やかな動きでその扉に近づいた。

テツの目線の先に、リリーが姿勢を低くする扉の前の近くに崩れた壁とそこから僅かに零れる光が見える。

爪先立ちでちょこちょこ歩いてそこに近づいたリリーはこっそりと中の様子を伺っている。

しばらくして舞い戻ったリリーは声を潜めた。


「噂では聞いてたけど…あれは『タングステン』の金属人間ね」

「『タングステン』」

「最強の金属よ」


原子番号74、タングステン(元素記号:W)。

融点約3400℃、沸点約5000℃以上!全ての金属の中で最も融点が高く、その恐ろしいほどの硬度は鉄を砕くことなど容易い!

最強の金属の名に恥じぬ一撃必殺の力!それが、タングステン!


リリーは先ほどまでの軽い笑顔を完全に消し、口に細い人差し指を当てながら眉を顰めた。


「いい?絶対に戦っちゃダメよ。私たちじゃあいつには勝てない」

「しかし、向こうもこちらに気づいているはずだ」

「……そう。だから逃げなきゃ」


かつん、と足音が一つ沈黙の中に木霊した。

機敏に振り返ったリリーの後ろ、首を伸ばしたハルシュは、真っ直ぐに視線を飛ばしてくる一人の少女が居ることに気がついた。

生気の薄い灰色の眼がこちらを見つめる。暗い灰色の髪が肩ほどまでで切り揃えられ、左右対称の顔はテツとよく似て、際立って美少女と言うわけではないがとにかく整いすぎている顔である。

そんな黒衣に身を包んだ少女はテツの姿を見て、僅かに頷いた。獲物を見つけた肉食獣のように。


「女の子…?」

「……あなたがFeか」


その一言とほぼ同時、殺気がテツの皮膚をしびれさせた。一歩飛び退いたその場所に腕から伸ばした灰白色のハンマーが振り下ろされていた。

轟音とともにはじき出された石片がテツの顔に当たる。その威力はコンクリートの床を陥没させることなど容易かった。石片に切り裂かれたテツの皮膚に真っ赤な血が滲んだが、すぐにその傷は鈍色になった。傷口が金属化して出血を抑えているのだ。


「あなたのリングを貰う。それが私の任務だ」

「テツ、こっち!」


思わず振り向いたテツの視界に、先を行くリリーの背中。テツは走った。シュルルという蛇の這うような音が背後から追ってきたことに気づいた瞬間、地面を蹴って天井の電灯に飛びついたテツの足元を薙いだWのハンマー。それを見たテツは何かが割れる音を聞いて、瞬間宙に放り出されたテツは強かに腰を地面に打ちつけた。テツの体重に耐え切れなかった電灯が天井から外れてしまったのだ。

その隙を見逃すまいと駆け寄るタングステンの少女がいったん右腕を身体に引き寄せると、そこに巻きついたハンマーがぐにょぐにょに伸びていき、再びその右腕が前に突き出されたと同時に触手がテツを捕らえようと空を切り裂く。テツは姿勢を崩したまま、地面を転がってその触手をかわしたが、当然逃げ切れるものではない。空中でテツのほうに先端をじろりと曲げた触手が、さらに伸びようとしたとき。

通路の陰から風のごとく飛び出したリリーがその触手を蹴飛ばすと、方向を変えられた金属の手が壁に激突した。


「ぼさっとしないで」


厳しい物言いをしたリリーは、対面する少女を睨んだ。


「私が惹きつけるから、逃げて」

「大丈夫か」

「要らない心配」


駆け出したリリーに、即座に反応した少女の腕から伸びた金属のヤリが飛ぶ。それを上回る速度でリリーは一歩、それだけで金属のヤリも少女の上をも飛び越えてしまった。


「速い」


原子番号13、金属人間の中でも異質、アルミニウム(元素記号:Al)!

全身の筋肉、骨、内臓といった部分をアルミニウムに変換することで、強靭かつ軽量な身体が出来上がる!その速度は目眼で捕らえきれるか否か!


「あんまり直接攻撃は得意じゃないんだけど…それっ」


少女が振り向く前に、その背中にリリーが蹴りを叩き込む。しかし。

少女は微動だにしない。


「や、やっぱし?」


振り向きざまに少女は右腕の触手を分裂させ、逆袈裟がけに空を切り裂いた。

リリーが跳ねた着地点、そこから左に跳んだ後、着地点はトゲで貫かれ、抉られていた。

Wの少女から発せられる殺気が部屋の中を静かにうごめいていく。

彼女がリリーへと向き直った瞬間、彼女は両手を横に広げた。各手からそれぞれ5本、指ごとに金属の針が延びていく。それはリリーが動く間もなく、リリーの行動範囲をWの線で部屋の隅に囲んでしまった。

少女が一歩、リリーに近づくごとに壁が金属の爪で抉られる。壁には5筋の跡が残されていく。

少女はなおもリリーに近づいていく。

その背後に、拳を振りかぶったテツの姿に気づかずに。


ゴギャアアアアッッッ


金属同士が派手にぶつかる音が響いた。テツの一撃で前のめりにバランスを崩した少女の上をリリーが一息に飛び越え、天井を蹴ってテツの傍に降り立った。


「…Fe」


無表情だが、声に怒気が篭る。テツは一歩引いて身構え、真っ直ぐに少女の目を見つめ返す。


「俺はテツだ。リリー、大丈夫か」

「どうして」


半ば呆然としたリリーの声を掻き消すように、テツは一歩二歩、踏み出していった。


「テツ!」


テツはさらに地面を後ろに押した。

対する少女は伸ばした爪を一本にし、腕に巻きつけたまま一歩も動かず待ち構えている。テツは拳を握り、動かない少女の顔面に一撃を叩き込んだ。


グワキィィ


地面を削り、ようやく止まった少女が仰け反った顔を戻した。その顔は、テツの拳が直撃したところを中心に銀色に光り輝いていた。反対に、殴ったテツの拳は肉が裂け、流血を抑える金属の蓋が輝いていた。


「効かない。あなたの金属では私の身体を破壊することは出来ない」

「……」


少女が腰に溜めた拳が銀白色に輝いた。

少女に真っ直ぐ放たれたその拳を、右手を鈍色にしたテツが真っ向から打ち返した。拳と拳がぶつかり合い、空気を鈍器で殴ったような衝撃が空間の塵芥を一掃していく。WとFeの拳同士は、互いにヒビ一つ入らずその硬度を誇りあっていた。

両者の表情は違うものになり、少女は驚愕を、テツは苦渋を。


「なに」

(部分硬化、なら対抗は可能!だが…)


各残存金属

Fe:68.4%→57.9%

W:92.2%→92.1%


テツが痛みに痺れる拳に力をこめた瞬間、少女はそれを利用し後ろに跳んだ。距離をとった二人は互いに動かなかった。


(やはり効率が悪すぎる…俺のは欠片を弾き飛ばしたに過ぎない!)

(Fe、まさかWと同等の力を持っているとは。迂闊には攻め込めない…)


タングステンの少女は意外に慎重だった。このまま攻め続ければ彼女の勝ちは揺るがないのだが、事前情報、そして彼女が砕いた経験を持つFeという金属が自分のWと同硬度を誇っていることが彼女の足を止めていた。そしてテツもまたこちらから攻め込むとあっという間に金属欠乏に追い込まれることは目に見えていた。

しかしこの勝負の決着はすでに見えている。長期戦であれ、短期戦であれ、どう転んでもテツに勝ち目は無い。


(Fe、何故動かない?それなら、少しずつでも様子を探りながら…)


少女は触手を伸ばし先をぐるぐると団子状に固めた。テツが思わず跳んだその下を全力の一撃が薙いで行った。


「ぐっ」


すぐに帰ってきた一撃が空中のテツを弾き飛ばす。凄まじい勢いで壁に激突したテツの身体は壁を2枚ほど突き破り、3枚目の壁に弾かれてテツは地面に落ちた。


「っ…くそ」

「……畳み掛ける!」


一歩、あえて踏み込んで頭上に招きこんだテツは全力の拳を細くなったその触手にぶつけた。一筋、走ったヒビが触手をへし折ってしまった。それが地面にゴスリと落ちた。


各残存金属

Fe:57.8%→38.0%

W:92.1%→75.1%


「しまった」

「ぐっ……」


触手攻撃を諦めて、少女は拳を灰白色に固めて直接戦う意思を見せた。すぐに跳ね起きたテツだが劣勢は相変わらず、そして残存金属の欠乏を彼自身が強く感じていた。

テツは常に3割ほどの金属を身体に収めておかなければならない。


(どうする…どうする)


頭を一瞬のうちに駆け巡る考えの中でも、一際大きくなる願望にテツは気づいていた。


『戦え』


戦いを渇望する自分の頭。心。身体。勝てぬ戦いを理解しながら、それでもテツは目の前の少女に戦いを挑むつもりだった。

テツは片目を閉じた。

少女がテツに向かう瞬時にテツも駆け出した。テツのその無謀な前進が少女の心に、得体の知れない恐怖を生み出した。彼女から見れば、力も互角に近いはずなのに。臆した気持ちが一瞬、少女の足を完全に止めてしまった。その一瞬、一筋の光芒が横から少女の横面を思い切り弾き飛ばした。


「ぐっ」

「リリー!」


思わず足を止めたテツが叫んだ名前の少女がふんわりと地面に降り立つ。Wの少女は大したダメージも無いが、彼女の心には確実に消耗が存在していた。


「無事?まったく、無茶しちゃって」

「リリー、ありがとう」


テツは片目を硬く閉じながら、リリーにお礼を言った。


「…何故、目を閉じている」


身構えながら、テツに言葉を飛ばした少女に、彼は何の答えもしない。開かれた右目の輝きがゆらゆらと揺らめいている。


「何故片目を閉じていると聞いている!」


苛立つ少女の前で、同じくリリーもテツと同じ左目の目蓋を下ろした。苛立ちも頂点に達して、地面を押した瞬間。

テツがポケットから二つの物を取り出した。一つは5センチ四方の銀色の金属板。もう一つは、青色の100円ライター。それはまさしく瞬きをする暇も無い時間。テツは、その金属片をライターで燻した。その瞬間。


「うっ」


眩い白い光が金属片を燃やし尽くしながら広がり続ける。そのあまりの眩しさに、Wの少女は全ての視界を失ってしまった。


(目…が!見えない!見えな……真っ白…)


その隙にこの場を遠ざかる足音。少女はその音を聞き逃さなかった。






「上手く行ったね!」

「ああ。星野さんのおかげだ」


脱出に成功したことで心が安らいでしまった二人は、接近する金属の細い触手に気がつけなかった。


「きゃっ」

「リリー、だいじょう…!」


絶句したテツは、リリーのふくらはぎ辺りからの血に滲む金属の細い触手を発見した。


「…逃がさない。音は聞こえている…!」


呻くようなWの少女の声と共に、彼女は壁に片手を付きながらじりじりと歩き寄ってきた。


「くそっ」


テツはこの触手を切断するためには部分硬化しかないことを理解していた。

すぐに拳を握り、全力の部分硬化をしようとしたテツの視界がぐらりとゆがんだ。


残存金属

Fe:38.0%→33.3%→


(しまった……金属が足りない…!)


テツの拳を鈍色に鋭く輝かせる部分硬化もそれに合わせゆらいでいく。テツの拳全体を覆っていた鉄が瓦解しようとしたのを、テツは自らの意思で何とか押さえ込んで、部分硬化を維持することに成功した。


(振り下ろすだけなら、問題無い、大丈夫。奴らの狙いは、俺だ)


そんな考えが頭を過ぎる。瞬間、


「無理すんな、テツ!」


突然のその一言でテツの右手の部分硬化が解除された。膝を付き顔を上げたテツの目の前に、不適に笑う青年。


「須見」

「須見!」

「間に合って何より」


軽く手を上げた彼の右手に、薄く透明の刃が煌めいた。その右手が振り下ろされた瞬間、リリーの足に絡みついていた触手がすぱっと両断され、リリーは自由を取り戻した。


「よ、かった…」

「ああ」


奥歯を噛むWの少女に、須見がすたすたと近づいていく。無防備な前進だが、先ほどのテツの前進とはまるで訳が違っていた。


「手を引けよ、姉ちゃん。俺と戦えば怪我じゃすまねえぜ」

「……そういうわけにもいかない」

「そっか。残念だ」


須見は真っ直ぐ一直線に、Wの少女の傍まで前進する。

Wの少女が振るった触手を寸分動かず、須見の腕から生えた透明の、光を受けて乱反射する輝きの腕が受け止めた。


「ダイヤモンド!須見の得意技!」


原子番号6、炭素(元素記号:C)!

黒鉛に代表される、有機物として全ての生物の身体を構成する基本元素!

結晶構造をとることにより、人体組織をダイヤモンドへ変換することができる!万能、臨機応変!


須見は軽く腕を振るった。弾き飛ばされたWの触手が壁にめり込んだ瞬間、動きの取れなくなった少女に須見が肉薄した。

一撃、鈍い音を残して少女は瓦礫の山に突っ込んでいった。すぐに少女は身を起こしたが、劣勢は明らかだった。


「……っ」

「ちょっと出てくるのが早かったな。もう少し訓練してからのほうが良かったんじゃないか?ま、うちも人のこと言えねーけど」

「?」

「あなたのこと」

「ああ」

「…どうも外野がうるさいな…」


いまいち雰囲気の乗らない戦いに不満げの須見だが、彼の表情が一変した。その理由はテツにも知れていた。


「須見」

「…ああ。分かってる」


廊下の陰の暗闇から、すぅっと姿を現したのは、年若き一人の美麗な女性であった。


「離れて」


Wの少女の傍に立った、黒に近い灰色の長い髪を電灯の下に晒して、女性は厳しい表情で須見を睨みつけた。


「いったん引くわ」

「でも、任務が…」

「テンス」


食い下がろうとした、テンスと呼ばれたWの少女は、無表情のまま頷いた。


「…わかった」

「そー簡単に逃がしてたまるかよ。タングステンなら、こっちは喉から手が出るほど」


そう言い掛けた須見の目の前に、テンスを背中に守る女性の強い視線。


「ごめんなさい。この子、大切な子なの」

「はぁ?」


彼女が軽く、足元を踵で叩いた。


ゴバッ


瞬間、足元の床が畳み返しのように持ち上がった。

須見は瞬時に反応し、右腕から伸ばした透明の腕を石板に叩きつけた。


グシャアアア


一撃で爆砕した床の向こうに、すでに二人の姿は無かった。

慌てて少し走って周囲を見回す須見だったが、ちょこまかと動き回る様子なので何も発見できなかったようだ。


「あっさりと逃げられちゃった…」

「しかも怪我ですんだな」

「そーよねー、嘘吐きよねー」

「こらぁ!」


テツは、須見がけらけら笑うリリーに食って掛かる間にもずっと考えていた。

決意の表情をした女性が残した言葉の意味を。


「大切な子…」


呟く言葉は、その疑問の矛先。


「テツ。騙されてんじゃねえ。大切な人を戦いに向かわせる馬鹿なんかしらねえよ」


須見はそう言って、彼の怒りがテツには見えた。


「それを平気で出来ることは、あり得ないことじゃないと思う」


テツはそう思っていた。


「そいつが人間じゃないならな」

「レアメタル達は金属人間だ」

「やめて」


悲痛な声が二人の視線を釘付けにする。リリーは、泣き出しそうな顔だったからだ。


「私たちは人間よ!私も、須見も、レアメタルも、あなただって!」

「……すまない」


金属人間は人間とは違う存在だと思うテツ。だから命を粗末にすることなどどうとも思っていないのではないか?自分がそうであるように。

金属人間も人間であると言うリリー。彼女はだから、人間の良心は誰もが持っていると確信しているようだった。そしてそのことを、確信的に信じているかのようだった。

そのことを悟ったテツは素直に謝った。


「…いや、こっちもむきになっちまったな。あははは、大人気ねえや」


須見は軽く笑って、二人の先を歩き出した。


「とにかく、帰るぞ。テツは金属補給もしっかりしなきゃな」

「ああ。…赤い表紙の資料はどうする」

「いいの。どうせ、ご苦労様しか書いてないんだよ」


答えたのはテツのみ。

押し黙るリリーは先を行く須見の後ろを離れてついていく。

先を行く須見の隣に追いついたテツに、須見が小声で話しかけた。


「一度へそ曲げるとなかなか直らないからな、あいつ」

「…なぜあそこまで怒っているんだ」

「あいつな、自分の意思で金属人間になったわけじゃないからな」

「そうなのか?」

「あいつは人間になりたいんだ」




金属人間が人間でないものと認めてしまえば。

自分は人間ではなくなってしまう。

金属人間であるものは、その自我を守らなければならない。









「じゃあな、今日は二人ともゆっくり休めよ」

「ああ」

「…うん」


リリーとテツは、二人で帰路に着いた。

金属欠乏寸前まで追い込まれていたテツは須見に与えられた鉄材を大量に摂取して内臓金属は90%を超えていたが、金属人間には金属欠乏に近くなると、不意に気を失うといった事象が存在している。だからリリーがテツを見守りながら、彼の家まで送り届けるということだ。

直接須見の車が漣家まで向かわなかったのには、もちろん理由がある。


二人は夕方を通り過ぎた時間の住宅街を歩いていく。影はぐんぐんと伸びていき、次第に消えていくのだろう。テツの頬にはガーゼが貼られ、醜い傷跡を隠していた。

彼の隣を歩くリリーは、いつもの明るい表情を潜めていた。


「リリー、すまなかった」

「…もういいよ」

「もういいなら、いつも通りのあなたに戻っているはずだ」

「……」


図星を突くテツの物言いに、リリーは微かに顔を上げた。


「人間になりたいというのは本当か?」

「…須見ね」


ぶすっとした顔で、一度テツをじろりと睨んでから、リリーは前を向いた。


「私は赤ん坊の頃、父に無理やりこの身体にさせられたの」


言葉が深く深く彼女の口から漏れ出していく。テツはそう感じていた。


「私の人生選択は初めから存在しなかった。だから、私は私の意志で本当の人間になる」


拳を握ったリリーの横顔は、言葉通りの強い意思と、そして相反する危うさを併せ持っていた。


「どんな手を使ってでも」

「……」

「…ま、こんな話、あなたにしてもしょうがないけど」

「確かにそうだ」


ふぅとため息を吐いたリリーに、テツは真っ直ぐな答えを返した。


「そういう言い方してると、女の子に嫌われちゃうよ?」

「…あなたに嫌われるなら、改めるように努力する」

「え…ふふ、ありがと」


予想外の言葉に少し慌てたような顔、微かに赤らんだ頬を微笑ませてリリーは笑った。


「この、天然タラシ」

「?」


肘で小突かれた理由が分からず、首を傾げるテツは、家の前で座り込む一人の少女を見つけた。

彼女のことをカガクだとテツがわかったとき、彼女はゆっくり立ち上がった。


「テツ」

「カガク」

「お邪魔だろうから、ちょっと離れてるね」


そそくさとテツの後ろ側に移動したリリー。それを見やってから、テツはカガクに向き直った。

カガクはかなり不機嫌な顔つきで、傷ついたテツの顔をじろりと睨みつけていた。テツの頬のガーゼの下には、テンスとの戦いでついた鈍色に輝く傷跡がはっきりと残っていた。目立った傷は他にもいくつかあり、その何れもが出血を抑えるためだろう金属のふたに押さえられていた。


「また戦ってきたのね」

「ああ。戦いでボロボロになったんだ」


けろりと言い放つテツの態度に、カガクは激昂した。


「あんたね、何考えてんの!?あんたにうろちょろされて、迷惑するのはこっちなの!変な噂だって流れるかもしれないし、それで私や母さんも同じ見方されたらどうしてくれるの!?」

「すまない」


テツは素直に謝ったが、カガクの怒りは簡単には収まらない。


「さっさと出て行ってくれたらこんな心配しなくたっていいんだけど。ったく、どうしようも無いわね。…で、何かわかったの?」


テツは首を振った。


「特に何もわからなかった」

「無駄足、ってわけ?ばっかみたい。そんなことだったら行かないほうがずっとかまし」

「ちょっと」


カガクは思わず言葉をとめて、テツの横に立つ静かに怒る少女の顔を見つめた。


「テツの苦労も、テツの気持ちも、何の関係も無いって言いたいの?」

「……」

「テツが自分のことが知りたいから戦って、求めることでそこまで文句を言われる筋合いは無い。向かおうとする意思を否定なんか絶対にさせない。あなたみたいに、関係の無いところから嫌味を言うような人には」


リリーの強い瞳がカガクの意気を完全にへし折ってしまった。


「テツが何も言わないと思って、バカにしないで」

「わ、たしは…そんなこと…!」

「リリー、止めろ」


テツが二人の間に割って入った。


「ありがとう。でもいいんだ。カガクの言っていることは全て事実だと思う」

「……ふ〜ん、それでいいの?」

「ああ」

「そっか、わかった」


リリーはさっと踵を返して、二人の傍から離れていった。テツは、複雑な表情を浮かべたカガクを見た。


「カガク、何も気にすることは無い。俺が悪い」

「……」

「当面はまだ安心できないが、俺はしばらくしたらこの家から離れるつもりだ。もう少し辛抱してくれ」


俯いていたカガクは、その言葉に返事を返すことができない。

しばらくそのまま黙ったままで、歩き出そうとしたテツをカガクは呼び止めた。


「テツ」

「何だ」

「……ごめん」

「気にすることは無いと言った」

「…………」

「テツ君、カガク」


呼びかける声も柔らかな、陽子の姿がそこにあった。


「カガク、ほら。早く入らないと、風邪引いちゃうわよ。今日は冷えるわねぇ」

「…わかってる」


気落ちを隠せないカガクの事を、陽子は何も言わなかった。彼女は気がついていたのだ。

閉まる扉を見送った後、陽子は小さな声で真剣にテツに語りかけた。


「なるべく普通に接してあげて。あの子、あれで意外と自分を責めちゃう子だから…ね」

「…しかし、俺は普通に接していたつもりだったんだが」

「だったら、簡単に家を離れるなんて言わないで」

「何故だ?」

「あの子、あれでも君のこと気に入ってるのよ?あの子のせいで君が責任感じてたら、あの子は傷ついちゃうから。それに、一度、あの子は君を…利用して見殺しにしようともしている」


陽子の口から紡がれた物騒な言葉をテツはしっかりと受け止めた。


「…わかった」

「そう。よかった」

「さ、家に入りましょう?お疲れ様」

「ありがとう」


笑顔の陽子はテツの背中をポンポンと軽く叩きにっこりと笑った。テツはそれだけで今日の疲れが取れていくようだった。


「しかも、何と!」

「しかも?」

「晩御飯はハンバーグよ!」

「そうか」

「もっと喜ばないの?」

「どうやって」

「わぁーいって」

「わぁーい」

「そう!」

「さっさと入ればいいじゃない!外で何やってんのよ!?」


三人は傍から見れば、家族に見えたとか。見えなかったとか。



リリーとテツの会話、カガクとリリーの会話、須見とテツとリリーの会話。そしてテンスとの戦い。女性、コバルの登場。今回は大体それぐらいでしたね。また次回!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ