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Feマン  作者: 馬宮茂
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第6話 「Vs Au(金) 決意」

前話までのあらすじ


少年、テツの訪れによって不協和音の生じ始めた漣家。タリウムを倒したテツは自分の存在の意味に近づく。一方、漣 カガクは襲撃の理由を漣博士の責任だとし、怒りが頂点へと達していた。





今日は雲も千切れちぎれな晴れの天気だ。

漣博士の研究所、玄関から庭を突っ切り門まで走る石畳を、竹箒で掃いていたのは、研究者の一人、星野真男ほしの まさお。白衣で身を包んだ彼は際立って特徴の無い顔つきをしている。無精髭が口の周りを黒く見せ、あまり清潔感のある顔ではない。研究者らしいのか、ぼさぼさの黒髪である。

彼は正門が力任せに開かれたような、大きな音を聞いて注意をそちらに引かれた。

その音を立てたのは、彼にも見覚えのある、漣博士の孫娘だった。


「あれ、博士のお孫さん?」

「通してください」


その表情は鬼気迫るものがあり、星野は何を尋ねるでもなく言われるままに彼女に従った。







研究者の星野に案内されて、一室に通されたカガクの目前に、机の脇に立って書類を眺める、白髪の老人。皺だらけの彼の顔を睨み付けながら、カガクはある種の殺意を持って彼に近づいていった。書類の文面から顔を上げた漣博士は睨むカガクを見返し、深く息を吐いた。


「何の用だ。病院には行ったのか?」

「そんなこと、どうだっていい。今日はあんたと話をしに来た」

「…聞こう」


孫と祖父の関係とは思えない、ある種冗談のように凍りついた空気の中、立ち尽くしたままの星野に博士は顎で出て行くように示した。それに従い、星野は部屋を後にした。沈黙の中、部屋の中にはカガクと博士の二人きりになる。


「お母さんと私に二度と関わらないで。あんたとは血縁を切って別人になる」


いきなりの本題、その内容は漣博士の表情を変えるまでは至らなかった。


「もう何だっていい。あんたと家族で居ることがたまらないの」

「……血縁を切る、つまり、全く関係がなくなると判断していいのか」

「……そうよ」

「…陽子から、お前の学費の話は聞いているか?」

「!…な、何よそれ」


予期せぬ会話の方向。


「お前はまさか、陽子の収入だけで生活が成り立っていると思っているわけではあるまいな?」

「…何が言いたいの」

「支援しているんだよ。私が。お前たちの生活を」


まさに晴天の霹靂、カガクは完全に虚を突かれ、一瞬は全てを忘れていた。


「仮に今。私がお前たちから手を引いたとして…お前は学校を辞めざるを得なくなる。生活が成り立たないからな…大学などもっての外だ……わかるか?父親の居なくなった今、お前は私に頼るしかない。お前が決めることで陽子もまた、な」


虚ろだったカガクの思考が、父親と言う言葉で瞬時に蘇った。

しかしその裏で、カガクは自分の立場を認識し始めていた。


「…だったら、何よ!またあの化け物が来るって事なの!?また私もお母さんも危険な目に晒されるって言うの!?」


カガクは半ばむきになって反論したが、漣博士は真っ白な髭を生やした口元に微かな笑みを浮かべるのみだった。


「確証は無いがな。さぁどうする?…自立の出来ない子供の居る母子の家庭など行き着く先は見えているようなものだがな」


皮肉たっぷりの博士の言葉に、カガクは頭をがんと殴りつけられたような得も知れぬ衝撃を感じた。

まだ子供といっていいカガクにはその言葉はあまりに現実的で、切迫していた。

博士は椅子を回転させて、青ざめた顔で黙り込んでしまったカガクに背を向けた。


「言っておくが、資金だけ頂こうなどという甘い考えは持たぬことだ」


そこまで聞いて、跳ね立つようにカガクは踵を返した。それは胸を張った凱旋ではない。敗北感と焦燥、そして徒労、その全てがカガクの心を締め付けていた。

言い返すことは出来ない。しかも現状はなんら改善されない。自分が無理を通せば母に迷惑がかかる。全ての出口を塞がれた気がして、喉から言葉も出ない。


カガクはそのまま自宅の自室まで足早に帰り、部屋のドアの鍵を中から閉めて、勉強机の椅子に腰掛けた。部屋には陽子の姿は既に無かった。


彼女は声を出さずに泣いていた。


(畜生ッ……畜生!)


葛藤が心の中を駆け巡り、カガクの心を内側から痛めつけていく。

だが心の中でこの葛藤が一匹の魔物を生み出していたことは、カガク本人ですら知る由も無かった。









それからどれだけの時間が経っただろう。

青く晴れ渡った空も赤色に染まり始めた頃、机に突っ伏し続けていたカガクの、部屋の扉を鈍い音が叩いた。


「入ってもいいだろうか」


扉の向こうから通り抜けてきた低い声。


「入らないで」

「下で陽子が話したいことがあるそうだ」

「行かない」

「どうしたんだ?」


カガクはどうか、扉の向こうの男がこれ以上関わってこないことを望んだ。

しかし気配は沈黙を守ったまま、いつまでもそこに居る。


「あんたみたいな化け物、私は見たくも無い」


吐き出した言葉は震えていたが、確かに扉の向こうには届いたようだ。


「見なければいいのなら、このままでも構わないだろう?」


揚げ足取りのようなこの言葉に激昂したカガクは机を叩いて立ち上がると、部屋のドアを乱暴に開け放った。

その一瞬、二人の目が合った。

氷のようなテツの瞳と、炎のようなカガクの瞳が絡む。


「陽子が待っている」


先に口を開いたのはテツのほうだった。それと同時、カガクの目線が下がる。


極限まで高ぶった憎い気持ちがこの時、カガクの意識をある地点まで導いていた。

それは不完全な復讐点。

それがどろどろと渦巻くようだったカガクの頭を透き通らせたのは、悪魔のささやきとでも言おうか。普段の彼女ではけして到達し得ない場所に、引きずり込まれていたのだ。


カガクは口元を吊り上げていた。

それを不審に思ったテツが伏せ目がちの表情を覗き込んだその瞬間。


「協力して欲しい」


痛烈な憎悪の感情がテツを威嚇した。


「何をだ」

「…あいつを、漣博士を、社会的に殺す」

「どういうことだ」

「協力するの!?しないの!?」


カガクの顔は憤怒に染まりきっていた。


「わかった。協力する」


テツは無表情にそう答えた。

逆に呆気に取られたのはカガク、だったがすぐにその表情を隠すと、努めた怒り声で続けた。


「それなら、これを頭に叩き込んで」


カガクの語気はテツが感じた平生の物と一変した、感情を剥き出したものとなっていた。

テツが受け取ったものは、田間ベッドタウン周辺の地図。

漣家から記された手書きであろう赤色の道筋をたどると、大邸宅の並ぶ高級邸宅地にその線は伸び、一軒の家に終着した。


「…金田…」

「その家に、私の目的がある。これを見て」

「これは?」

「あの男に資金援助をしている会社の名前」


その通り、カガクがテツに手渡した名簿のリストには(テツには分からないが)有名な大企業に赤の下線が敷かれていた。


「株式会社“ゴルドーリング”。主に鉄鋼、自動車業を生業とする大企業の名前」

「…それとこの金田、何の関係がある?」

「ゴルドーリングの社長、シルバー・A・ゴルドの姉がこの家に住んでいる。主に彼女があの男に金を渡している」

「それで?」

「彼女の家を探して、資金援助の確固たる証拠を掴むの。そうすればどうとでもなる。あの男を…警察に突き出すことだって出来る」

「確固たる証拠とは?」

「だから、そういう書類。きっと彼女の部屋の何処かにある筈」

「よくわかった。俺はそこに忍び込んで、それを見つけてくれば良いんだな」

「…忍び込む方法は私が考える。1日、時間を頂戴」

「ああ」

「それから、このことはお母さんには絶対内緒よ」

「わかった」


流れるような説明にテツは一言も疑問の態度を示さず、鵜呑みしていた。


「それから、お母さんのこと呼び捨てにしないで。むかつくから」

「陽子…さん」

「うん」







Feマン 第6話 「vs Au 決意」








漣家の一人娘、カガク。

現在の彼女の家族は母親である漣 陽子、そして彼女の生活する家から少し離れた場所に研究所を構え、そこで生活するさざなみ まなぶ博士の二人である。


彼女は10歳になるまでは、父親と母親に囲まれていた。


10歳を迎えた日。彼女の人生の転機となるこの日、ある事件が起こった。

殺人事件である。

犯人は彼女の幼馴染。10歳の少年。梅木 轍。


この事件の犯行の現場を一部始終見てしまった彼女の心には深い傷が残され、しかもその同時期に彼女の父親が失踪してしまっていた。


幼少の彼女に残った心の傷の深さはいかほどのものか?


そして彼女は、そのときの苦労で痩せ細った母の姿を知っている。

そんな時。博士は彼女に何もしなかった。研究に没頭していた。



彼女は思った。


あいつは、私達に興味が無い。












翌々日、夜10時を回った頃か。

テツとカガクはコンビニの駐車場にいた。三日月が輝く暗黒の空の下、肌寒い風が吹きすさぶ。


「いい?あの家には3人、お爺さんの執事と若い女の人のメイドさんと、それからスローネ・ゴルド」

「家族は居ないのか?」

「…まぁ、そうみたい。もう大人なんだろうから、親元から離れてるのかも」


二人は行動の目的を整理していた。

コンビニの傍には川が流れており、その対岸に目的の家はあった。相当大きな家らしく、塀が長く続いておりその敷地は相当な広さだった。

カガクは昨日、実際にこの家に足を運んでいた。偵察役を自ら務めたのだ。

スローネ・ゴルドが在宅していない時間帯を選び、祖父の使いとして差当たりの無い書類を、陽子とカガクの家にある父の書斎から抜き出してきた。これを口実に屋敷の中を案内してもらった。

若い女性メイドは陽気な性格でカガクに色々な情報をべらべらとしゃべったのは好都合だった。

カガクは家の簡単な間取りと、そしてスローネ・ゴルドの書斎を聞いた。


『お嬢様って、秘密主義なの!大切なものは全部あの部屋のどこかにしまっちゃうのよ』










いよいよ侵入、ということになっても、テツの表情は微動だにしない。そのあまりの動きの無さにだんだんカガクは苛立ちを覚えていた。


「もうちょっと、緊張でもしたほうがいいんじゃないの?」

「極度の緊張にはデメリットしかない」


テツのクールな言い様に面白くなさそうな顔になる。


「それより、スローネ・ゴルドのことをもう少し教えてくれ」

「あの人…スローネには気をつけたほうがいい」

「どういうことだ?」


カガクの脳裏に過ぎる、メイドの言葉。


『でも不用意に書斎に入ったら、私生きてられないもんね。怖い怖い』


人懐っこい笑顔で笑うメイドの姿はけして恐怖など抱いては居なかったが。


「……化け物かもしれない」

「つまり、金属人間だと?」


カガクは一つ頷いた。


「俺はその相手が傍にいれば大体金属人間であるか無いかが分かる。あなたの考えは頭に入れておく」


テツの言葉を聞いて、カガクは眉を顰めた。


「…やっぱり、そんな馬鹿みたいな力もあるのね。仲間意識って事」

「そうかもしれない」


カガクのほんの邪稚にもテツは構いもしない。


「…疑わないの?」

「?何を」

「もしかしたら私が嘘を吐いているかも知れない」


テツは少しだけ目を見開いた。


「そうなのか?」

「い、いや…違う」


見開かれた明緑色の瞳が再び縮まった。


「違うならば気にすることも無い」

「……」

「俺はあなたの力になりたい、それだけなんだ」

「どうして」


搾り出すようなカガクの声に、テツは一つ頷いて、


「あなたが真剣だから」






一つだけ鳴ったインターホンに導かれ、金田家のメイドは早足に歩いていった。


「お嬢様、遅かったですね!って、わっ、わっ、わぁっ!」


玄関の大きなドアを力強く開け放ち、彼女が思う主の姿を思い描きながら、メイドが一歩目を外に踏み出した瞬間、何かにつまづいて玄関の床に強かに顔を打ちつけた。


「いったぁ〜……何よもう……」


鼻頭を抑えながら、彼女が周囲を見渡すが、ドアの周りには人影一つ見当たらない。


「……あれ?誰も居ない…なんだったのかしら…いたずらか…ゆ、幽霊とか」


自分の妄想で背筋が震えてきたメイドの後ろ、屋敷の中、メイドの死角となる、2階へと続く階段の影に爛々と光る明緑色の瞳が二つ。




(召使いがもう一人居るが、これだけ広ければ動きも分かりやすい。問題ないな)


廊下に飾ってある1メートルほどの壺台の影に身を潜めたテツはゆっくりと歩いていく白髪の年老いた執事をやり過ごし、周囲を見回しながら慎重に歩いていった。

廊下には端々に電灯が設けられ、石の床をじんわりと照らし出している。頼りない明かりが微かに廊下を浮かび上がらせていた。


「ここか」


ごく微かな声で呟いたテツはその扉を静かに押した。滞りなく扉は部屋への道を開いた。

四方のいずれの壁も本棚になっていて、その中のいくつかには引き出しがあった。豪華な装飾のなされた本はいずれも厚く、気軽に読むことの出来る類の本は一冊も置かれていない。

テツは部屋を見渡し、中に誰も居ないことを確認するとその部屋に足を踏み入れた。

そしてドアを閉じると、しっかりと鍵をかけた。

これでテツは部屋の中に一人、きょろきょろと周囲を見回しながら、さながら泥棒のように(ように)いくつかある引き出しを見て回った。そのうちの一つに金色の林檎のシールが貼ってあった。だからテツはそれに興味を引かれ、その引き出しを開いた。


そしてその中身はいきなりテツの捜し求めているものであった。

横書きに連なる文章の一番上に、『漣博士への援助金額』と銘打たれている。その書類には数々の領収書がホッチキスで同じく留められていた。


(これか…?これだろうな)


テツがその紙の束を根こそぎ持っていこうとした、その時。

テツは『存在』を感じていた。

思わず振り返った先のドアの鍵が静かに、外側から開いた。


「こんばんは」


その向こうから現れた年若き女性。

腰まで伸びたサラサラの絹の糸のような金髪に、麗しく整った顔立ち、そして金色に輝く瞳。

細部まで金の刺繍が入った身体のラインが浮き出るタイトなドレスに、首から提げた真紅のルビー・ペンダントにテツが目を留めた。


「初めまして、Feマン」


ガラス玉のような大きな目を細めて、彼女は軽く手を振った。


「俺を知っているのか」

「同類なのよ?分からないわけないじゃない」


色っぽい口元に微かな微笑を表して、女は妖艶な腰つきをしていた。


「同類…やはりあなたも金属人間なのか」

「そういうこと」


二人はお互いに、『特有の感覚』を抱いていた。それは細い細い糸のようなものを胸に感じているに過ぎないが、二人の間の糸はお互いの存在をしっかりと感じていた。


「あなたがスローネ・ゴルド」

「そうよ。初対面はもう少し公的なところでしたかったけど…残念ね」


長く伸びた睫毛の向こう側、細められた瞳が冷たく輝いている。

同時に部屋の空気が凍り付いていく。テツが寒気すら覚えるほどに、スローネの瞳は透き通っていた。


「あなた、名前はあるの?」

「テツ」

「テツ、覚悟は出来ているわね」


瞬間、そのスローネの右腕から金色の布が延びた。

バン、と空気の鳴る音が聞こえた。

思わずテツが飛び退いた場所の轟音とともに地面が深く抉れる。


「これは」

「紹介しましょうか」


今度は左腕から同様の布がテツ目掛けて伸びてくる。テツは後ろ斜め上方に跳ね、その2撃目もかわした。


「布の跳ね返りか」

「そうよ。タオルを放って、思い切り引っ張ると音が鳴るあれ。鞭と同じね」


ただその布はタオルの何倍もの長さがある。さらに金色に輝くところも違う。


「金属?」

「紹介するわ、これが私の金…Au」


スローネが微動だにせぬまま両腕の布がふわりと持ち上がり、翼のように広がった。

空気の塵を巻き上げ、それが布の表面をきらきらとチラつかせた。

彼女の姿は一瞬の神々しささえ備えていて、


「書類を置いて、おとなしくなさい。そうしなければあなたが死ぬまで続く」


テツは拳を固めると、腰を下げ、どの方向にも動くことが出来る体勢を取った。


(もう時間が無い、が。カガクは問題無い筈だ。後は俺次第…)



金属人間は体の外に出現させた金属を体内に戻すことは出来ない。

だがこの時、スローネの体の何倍にも見えるこの両の金の触手の体積はスローネが保有する金のおおよそ3割程度にしかならない。

この尋常ならざる体積を可能にする原因は、スローネの操る金属、金の特性である。

金は金属の中で最も展性、延性に優れ、1グラムあれば1平方メートルまでのばすことができ、長さでは3000メートルまで伸ばすことができる。加工しやすい変幻自在の金属!








「…遅いなぁ」


コンビニを道路越しに対面に望めるベンチで、カガクはテツの帰りを待っていた。

テツがこの場を離れてから、カガクはここからまったく動いていなかった。それは何故だか、カガクのテツ一人を窮地に行かせた後ろめたさではないだろうか。


「……」


カガクは折り畳みの携帯電話を開いた。時刻は23:34を示している。

ため息を一つ吐いてから、カガクは携帯電話を閉じた。5月の夜は肌寒く、カガクは身の震えるのを実感していた。


(早く帰ってきなさいよ、全くもう〜…何やってんだろ…)


堀の向こう、豪邸に目立った変化は無い。無いゆえにカガクは待つことしか出来ない。

彼女は祖父を恨んで、今回の行動に至った。しかし彼女にはテツを見捨てることが出来ない。

テツが彼女のことを純粋に助けているから。そしてそのことに、彼女は心のどこかで感謝してしまっているから。


カガクはそれに気づかない。









布がテツの腕に絡みついた。

途端、スローネは左腕の金布を動かすことをやめた。会話のための休息だと、テツは理解した。


「あなたはただ人間に利用されているのよ。それが分からないの?」

「わかっている。それを理解して俺はここに居る」

「…何のために、そのカガクって娘に肩入れするの?気を引きたいから?漣博士に頼まれたから?」

「…俺はカガクのことはよくわからない。会ってまだ一週間しか経っていない」


テツが力を込めて布を引っ張るも、スローネは微動だにしない。


「だが彼女は現状に苦しんでいる。心の底から何とかしたいと願っていると俺は知っている。俺は彼女の為に何かをしたい。それだけだ」

「あなたに何のメリットも無くても?」

「ある。満足がある」


その言葉を聞いて―――スローネは表情を和らげた。


「もっと合理的な性格だと思っていたけど」

「勝手な想像だな」


スローネは口元に笑みを浮かべた。


「何がおかしい?」

「残念だと思って。あなたは履き違えている」

「何?」

「あなたは自分しか見てはいけないの」


その言葉と同時、スローネの左側の金布が宙に浮いたかと思うと、4又の触手に分離した。

同時、テツの右手を捕らえていた布が膨大していなす間もなくテツの顔に張り付いた。

テツがそれを引き剥がす前に、分離した4本の触手がテツの両手足に巻きつき、その身体を宙に持ち上げた。

テツの顔に張り付いた布がだんだん太くなり、首のほうへ移動していく。


「本気を出せば、鉄の角材一つねじ切れる。その首だって例外じゃない」

「……」

「許して欲しいなら、そう言いなさい。命だけは助けてあげる」

「言えば開放してくれるのか」

「ふふ…まさか」


冷笑、それがテツの視界に見えたとき、スローネの右手がすっと持ち上がり、空を強く握り締めた。

それが合図であった。







時計の時刻は12時34分、いまだカガクはベンチに座っていた。


「……」


非情に徹することが出来ない、それは不自然なことではない。カガクはまだ高校1年生の少女に過ぎないからだ。しかし、テツを送り込むと決めたときの彼女は今とはまるで別人であった。

彼女の心を支配した悪魔はどこぞに消え去り、今の彼女はただの女の子なのだから。


(どうして見捨てられないの…私は……どうして……)


意を決してベンチをたっても、数分もしないうちにカガクはベンチに腰掛けるのだ。

そんなことを繰り返しながら、自己嫌悪に苛まれ、彼女は今、テツの帰りを待っていた。









金の布はテツの首を絞め続けるが、


「……これが」


テツを窒息させるどころか逆に首がスローネの触手を押し返していた。


「首が鈍色に…!」


金布の隙間から見えるテツの首が鈍色に輝いていた。


(部分硬化、始めてみる!)


スローネの脳裏に浮かぶその単語。



部分硬化…金属人間が内部の金属を一箇所に集中させることで、通常の純粋金属の3倍以上の硬度を持たせることが出来る技術。



「今度はこっちの番だ」


テツの凍りついた言葉がスローネの耳に届いた瞬間、テツの自由を奪っていた布が縦横に引き裂かれた。

自由を得たテツの身体が重力に従い、落ちる。

絶対的優位に立っていると確信していたスローネは自らの読み誤りに速やかな思考が出来なくなっていた。その僅かな隙を目指して、地面に降り立ったテツがその地面を後ろに力の限り蹴押した。

一跳ね、テツは迎え撃つ金の布の束を撥ね退け、さらにもう一歩、床を蹴った。

その一歩で漸くにテツの拳がスローネまで届く距離まで辿り着いた。その足元を襲う金色の布をテツは踏んづけ、思わぬ反動でバランスを崩したスローネの視界に、腰に溜めた拳をはなたんとする殺気が見えた。

全力の拳は鈍色に光り輝き、腰元から異常な速度を持って放たれた。

金の布がその拳から守ろうと瞬時に巻きついたが、意に介さぬまま鉄拳は、


(殺される…!)


スローネの頬を掠めた。

掠めたのだ。


(外した…!?)


一番驚いたのはスローネ、全身から冷や汗が噴き出していた。


(いや、外れたの?!)


頬から垂れたものは冷や汗と、一筋の流血。


そしてスローネが振り向いた先に、胸元を押さえて倒れ付すテツの姿。


「!……」

「……もう変化できなくなっているようね…」


スローネが頬を拭うと、上質な服の袖に鮮血の跡が滲む。


「が、は」

(金属欠乏に陥っている…)


金属人間は食事によって取り込んだ金属を内部のリングに貯蓄することが出来る!

条件1:貯蓄する分は各々の金属の純粋なものに限る(酸化物などはそれに含まれない)!

条件2:100%金属を貯蓄することは不可能!その日の体調如何によって100%に限りなくすることは出来る!

条件3:日々の新陳代謝で内臓の金属は減り続ける!これが1割を切ると、心身の状態に異常が生じ始める!

条件4:内臓金属が無くなれば金属人間は死ぬ!(無論その前に死ぬこともある)


(通常の三倍以上の硬度を誇る部分硬化は皮膚周辺に存在する鉄分を凝縮して達成される!おそらく彼は内臓の金属が不十分(およそ70%)、部分硬化は内臓のエネルギーを異常に消費する。これは彼がまだこの部分硬化になれていない証拠!)


スローネの推測は大体のところで当たっていた。


(おそらく慣れない部分硬化の多用、だから空っぽになっている)


スローネは北側の部屋の扉に向かい、戦いを覗いていたメイドの一人にある指示を出したようだ。


「お嬢様、ご無事で…!そ、それ、お怪我をなさっていませんか!?」

「心配ないわよ。大丈夫。それより、すぐに今から言うものを持ってきて」





滲んでいた視界が鮮明になる。

ふと気づくと、口の中になにやら硬い異物が入り込んでいるのが分かる。無意識のうちに、テツはそれを噛み砕いて飲み込んでいたようだ。


「鉄くず…?」

「そうよ。気分はどう?」

「…駄目だ」


テツは指さえ動かせない身体を恨んだまま、目だけを動かして頭上のスローネを見上げた。穏やかな表情の彼女の後ろから、不審そうに眺めるメイドの姿も見える。


「…俺を助けたのか…」

「そういえば理由を聞いてなかったと思って。話してくれるかしら」

「……」

「口止めされてるの?案外用心深いのね」


スローネは僅かに微笑んだ。


「じゃあそれを当てて見せましょうか」

「……」

「漣博士の下から逃げ出したくなった、もしくは状況を変えたかったあなたのお友達のカガクちゃんが、私の家にあなたを送り込んで書類の一つも持ってこさせようかって考えたのね?」

「…当たりだ」

「もしくは。…この事件をだしに、あなたを警察に突き出させるつもりだったとか」

「……それは聞いていない」

「安心して。私達は同属を無碍に売り飛ばしたりしないわ」


戦闘中の表情とは、お互いに全く違っていた。


「人を信じる時は考えることをお勧めする。このままじゃ長生きできないわよ」

「……肝に銘じる」

「よろしい。さぁ、食べて」


若干わくわくしたメイドの差し出した鉄くずをテツが咥えようとしたとき、そのメイドの腕にスローネの金布が巻きついた。


「わっ、な、何ですかお嬢様!手を使ってください、びっくりするから!」

「その前にもう一つ。漣 カガクは自宅かしら?」

「12時を過ぎていれば、その予定だ」









時計の針が深夜12時40分を過ぎた頃。

腰に不意の振動を感じ、


「やっと…来た」


その相手がテツだと確信して何故かほっとしたカガクはポケットの振動を続ける携帯電話を取り出し、開いて耳に当て通話ボタンを押した。


「遅い!今何処!?」

『屋敷の中だ』


電話の相手は予想通りだったが、反応が予想外だったカガクは勢いを失った。


「な…なにしてるの!?」

『スローネ・ゴルドに負けて、言うことを聞かされている』

「……」


絶句したカガクはしばらくの間、言葉を発することが出来ないで居た。


『お電話代わらせて頂きました。漣 カガクさんね』


急に変化した、電話主はしっとりとした女性の声だった。その声の持ち主が誰なのか、カガクには分かっていた。


「……はい」

『今何処に居るの?』

「……そこから、近くのコンビニの前…のベンチ…」

『いい返事よ。真実じゃない場合は、テツ君の命は無いものと考えて。分かっている?』

「………はい」


カガクは身体の全ての力が抜けて、ベンチの上で頭を垂れた。彼女は彼女の計画全てが破綻したことを知ったのだ。





「彼女はあなたを見捨てなかった。前言撤回、させて頂くわ」

「ほうは(そうか)」

「わぁ、ほんとに食べてる…」


物珍しそうな様子でテツが鉄片を頬張るさまを、メイドが眺めていた。









「カガク」

「……」


テツを先頭に、その斜め後ろにうつむいたカガク、さらにその後ろにスローネが漣博士の部屋に入ってきた。

部屋の中にはスローネからの連絡を受けた陽子、漣博士、須見、それに星野が迎え入れる。

周囲からの視線で身が縮む思いのカガクと対照的に、テツは真っ直ぐと立ち周囲を見回している。


「よぉ、お前ら!捕まっちまったな、あっはっはっは」

「そうだな」


明るい須見の声と応じるテツの声が場違いに聞こえるほど、張り詰めた空気の中、テツの陰に隠れたカガクに向けて、漣博士の低い声が飛ぶ。


「随分とたいそうな家出だったな」

「……」


カガクは下唇を噛み、ずっと下を向いたままだ。


「お父さん、カガクはとても疲れています。どうか、今日のところは…」


そんな彼女を庇うように陽子が博士に許しを乞う。博士は深々とため息を吐いた。


「…まぁいい。陽子、二人で先に帰るんだ。私はこいつに話がある」

「わかりました。…さ、カガク」


カガクの肩を抱くように陽子はカガクを部屋の外まで運んでいった。


「お前がけしかけたのか?」


一段と低く張り詰めた博士の声に首を振ったテツは、答えた。


「違う。彼女の意思を俺が手伝っただけだ」

「…そうか」

「博士。あなたがカガクを追い詰めた」

「そうだな。否定はせん」

「否定はどうでもいい。状況の改善が必要ではないのか」

「考えておこう」


どうにも掴みきれない博士の態度に、テツが更なる追求をしようとしたとき、その肩を須見がぽんと叩いた。


「まぁまぁ、そんなに熱くなるなよ。お前、にしてもなんだこのアザ。どこのゴリラ女に襲われたんだ?」


須見が指差したテツの首筋には、赤黒いアザが痛々しく残っていた。


「…須見、後ろの」

「なぬ?」


一瞬早く屈んだ須見の頭上を金色の棍棒が通り過ぎていった。

すんでのところでテツも身を引いてかわす。


「あ、あぶね!」

「惜しい」

「げぇっ、スローネかよ」


嫌悪をむき出しにした表情で、スローネが須見の顔先に作り上げた金の刃を突きつけた。


「気安く呼ばないで。虫唾が走るわ」

「なんだ、お前、こんな化け物にやられたのか?そりゃあ無理ないな、あっはっは…うおっ!?」

「そこに直りなさい!一撃で仕留めてあげる」

「やめんか馬鹿共!!ここには大事な資料もあるんだぞ!」


博士の一喝で、スローネは金の刃を布状にして自らの腕に巻きつけた。

須見はいまだ身構えたまま、そっぽを向いたスローネを睨んでいる。


「ちっ」

「このアマ…」

「…で。そろそろあなた達がどういう団体なのか、教えて欲しいんだが」


テツの無表情も呆れ顔に見える。


「金属人間を増やそうという連中を、『レアメタル』という。奴等は最終的に全ての人間を金属人間へと進化させる…そんなつもりでいるようだ」

「金属人間、か。俺のような?」

「そうだ。金属を内蔵し、意のままにそれを操る…さらに、自分の主金属ならば摂取しても無害という特性を持つことが出来る」

「主金属?」

「お前ならば鉄。そこにいる須見ならば炭素。スローネならば金。それぞれに与えられた、『リング』の材質による特別な金属のことだ」

「おうよ」


合いの手を入れる須見を毒々しい目つきでスローネが睨み付けた。


「俺のところに来たタリウムも…」

「おそらくはタリウムが主金属だろう。運が良かった。奴は人を殺すことなど意に介さない」

「ふむ…つまり、あなた達は奴らの意思を否定する団体だということか」

「そういうことだ。つまり私達は金属人間を絶滅させるために存在している」

「だが、俺達は金属人間だ」

「矛盾と思うか?」


漣博士は右拳を握った。


「力には力を。奴らは強大で根深い。根絶やしにする方法を知るには、やはり研究は必要なのだ。そして我々はお前の力も欲している」

「……」

「今すぐというわけにはいかんだろう。明日、もう一度話がしたい」



二人の話の間に、スローネは一人部屋を立ち去っていた。









深夜を回りもう月も沈んでしまった。


「くっそ、いいか。スローネは簡単に信用すんなよ。あいつの狙いは底が知れねえ」

「資金援助をしているようだな。何故だ?」

「ああ。なんでも、人探しだと。それが一番の近道なんだとさ」


須見は心底どうでもいいといったような顔でそのことを話した。


「にしても、今はお前のことだろ?」

「……金属人間として戦うか」

「あんまり急だからな。ま、俺はお前は誘いに乗ると思ってるけどな」

「何故だ?」

「考えてみろよ。お前にはメリットだらけじゃないか。例えば…なんだ、まだ言えねぇけど、色々あるんだぞ」

「……」

「ちょっとハードだけどな。ま、気楽に考えようぜ」

「そのほうがいいだろうか」

「あったりまえだろ」


気楽な声をあげる須見の言葉通り、テツは何事も気楽に考えたほうがいいかと思い始めていた。

カガクの家の前に辿り着くまでは。







この家の二人はまだ起きていた。

電灯の明かりがカガクの顔に暗い影を落とす。


「落ち着いた?カガク」


彼女の傍らには、洗濯物を畳む陽子の姿。二人は同じソファーに腰掛けていた。


「……お母さん、ごめん」


その謝罪の言葉は微動だにしないカガクの口から漏れ出していた。陽子は穏やかな笑顔を消して、口をへの字に曲げた。


「まったく、そんな顔するぐらいなら。どうしてこんなことしたの?…まさかとは思うけど」


言い終わる前に、カガクは頭を振った。


「私があいつをけしかけたの。私が全部悪いから」


袖を握り、カガクはテツを庇うような言葉を口にした。

陽子は素直に驚き、そして本人もいまだにその言葉が信じられないようだ。


「わかってるよ。テツ君のことじゃない」

「え…?」

「……ううん。きっとカガクは、私のために頑張ってくれたんでしょう?」


顔を上げたカガクの目には、いつしか大粒の涙が溜まっていた。


「ありがとう、カガク。私のことを心配してくれたのね」

「…何も知らなかったし、何も出来なかった…ただ、あいつに頼って…利用して」


悔やむ思いがカガクの拳を握らせる。


「私は…っ!!!」

「カガク…」


溢れた思いがカガクの頬を涙となって濡らしていく。その涙を誰にも見せまいとするように、陽子は娘を胸の中に抱きしめた。


「カガク、ごめんね…ごめんね…」

「うぅ、うっ…う、ううう、ううううううぁぁぁぁぁ」










須見はドアに手をかけたまま、動けなかった。テツにはその理由が知れていた。


「ちょっと時間潰すか。近くにコンビニあるんだ」


須見は笑って、テツはうなずいた。


「コンビニというと、あの明るい建物のことだな」

「そうだ。ほれ、行くぞ」


須見の後ろに従い、テツは歩いた。


テツは一度だけ、振り向いた。


「お〜い、何やってんだ?」

「すぐ行く」




(俺は金属人間。疑問は数え切れないほどある)


(とりあえず、カガクと陽子さんは俺が守る)


(二人で孤独なんだ。だから、俺が守る)



Feマン、テツはそんな決意をした。




遅くなりました。ようやくFeマンの第1部が終わったようです。長かった…。

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