表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Feマン  作者: 馬宮茂
1/9

第1話 「てつとてんこ」



いつか見た光景は、悲鳴に彩られたものであった。

川沿いの道路に座り込んでいた自分。腰が抜けて立てなくなるほどの衝撃が目の前に広がっていた。

顔に返り血が飛んでいた。握られた拳にべっとりと血が付いていた。制止の声など気にも留めずに、彼はそいつを殴り続けていた。

その時の彼の顔を何と言うのだろうか。


震えが走る手を必死に握り締めた。

冷酷な瞳の彼が…微かに、笑っているようだったから。






Feマン 第1話 「てつとてんこ」






「お疲れ様です」

「おう、お疲れさん」


ざんばらの黒髪の、長身の少年が古ぼけた工場を後にする。

その少年を見送った、若い男に声をかける者が居た。


「よう、おつかれ」

「おう」

「言われてた装置は出来上がってんだな?」

「ああ、もうばっちりよ。にしてもとんだ物好きだよな。こんな古ぼけた工場を買い取ろうってんだから」

「仕掛けもごろうじろ、ってな。…さて、明日からどうっすかな」

「仕事探せよ。と、あの坊主も同じくな」

「あいつ、新入りか?高校生ぐらいの」

「ああ、何でも高校を中退して働いてんだと」

「中退か。問題でも起こしたのかな」


彼の背は普通の16歳と比べて頭一つ分、おおよそにして30cmほどついと高い。一見すると背ばかりが高く見えるのだが、その実は彼の身体は頑健に出来ていた。

高校中退もこの高い背が原因であり、やけに目立つ上外見は弱そうなものだから同年代の不良にケンカを売られることも度々ではなかった。その度に彼は相手を病院送りにしていた。その素行が学校側にばれて、彼は退学処分を言い渡されている。


「……」


普段の素行に問題があるわけではない。ただ、彼は少し頭のネジが緩んでいるところがあると言うのか、常人とは何か、精神に違いがあった。

その証拠に数時間コンビニの角に座り込んでいることもあった。

大きな身体を縮こめるように座っている彼の姿は非常に不気味であった。


線路沿いの道を独り歩き続ける彼の背後に、一人の人影…そして。


足元に二つの死体。









てつ


先刻の彼の名を読んだのは女性の高い声だった。

彼、轍を呼び止めた目の大きなロングヘアの少女が深い青色の制服に身を包んで轍を見上げている。轍は振り向いて、僅かに眉を吊り上げた。


「元気にしてた?」

辿子てんこか」


少女の名は京葉けいよう 辿子。

夕方の線路沿いの道、その道の至る所にタンポポの黄色い花が咲いている。


「今から何処行くの?」


再び前を向いた鉄に従うように辿子は笑った。


「今から飯だよ。ラーメン屋」

「またラーメン?相変わらず偏ってるね。野菜も食べなきゃ駄目だよ」

「別にいいだろ」

「だーめ」


辿子がくすくすと笑うと、轍は先ほどまでとは打って変わって柔らかい表情を浮かべていた。

どうやら二人は友人関係にあるようだ。


「あれは…」


そんな二人の様子をふと見とめた、辿子と同じ制服の、眉のきりりとした女の子。


「梅木…」


梅木とは轍の苗字のことだ。

目を細めて、背の高い轍の背中を追ったこの少女は何ともいえない表情になっていた。

彼女は震える右手で震える左手を握り締めている。それは何かを押さえ込んでいるようにさえ見えた。


「カガクー、何やってんの?いこ」

「え、うん」


カガクとはこの少女の名前である。あまりに現実離れした名前だと笑ってくれればいい。

ともかく、そのカガクは友人に従って、もう一度視線だけを、駅の方向へと歩いていく轍の背中を追った。

だが、その時には轍と辿子の姿は何処にもなかった。








そのラーメン屋は駅前の道沿いにあった。

テーブル席二つとカウンター席の店内にはまばらな客、端のカウンター席には轍がしょうゆラーメンを味わっていた。その隣、先ほどまで辿子が座っていた…と、言っても今辿子は店のトイレを借りているのだが。その席に、誰かが座る。


「おっちゃん、味噌ラーメン」

「あいよ」

「…ところで、なぁ、君」

「……」


轍は生気の無い瞳を声の主に向けた。

主の男は人懐っこい笑顔を浮かべている。切れ長の目がさらに細く、日に焼けた顔が眩しい。細面の顔だが優しそうな好青年と言っていいだろう。


「いいバイトがあるんだ。俺と一緒に、ある場所に来てくれるだけでいい」

「……」

「まぁ、気持ちは分かる。信じられないもんな」


彼は自分の頬を指で掻きながら、苦笑を浮かべた。その表情にやましいところは轍から見ても微塵も無い。


「わかった。で、金は?」

「おお、話が分かるな。これだ」


彼はジーンズの右ポケットに強引に納められた財布を取り出し、くしゃくしゃの1万円を轍の前に差し出した。


「とりあえず前金で1万円。仕事が終わったらもう1万円だ」

「そんなに?」

「ま、気にすんなよ。大事な時間を買おうってんだからそれぐらいはするさ」

「大事な…」

「時間は取り返せないぞ。その為にも、楽しむにゃ金が要るんだろ」

「……」


男は黒の短髪を撫ぜながら、目の前に運ばれてきた椀のラーメンに手をつけ始めた。


「にしても、美味いなあここのラーメン」

「ありがとよ、兄ちゃん」

「……」


肥えた店長が嬉しくてしょうがないといった様子で笑っている。

しばらく、二人はラーメンにかかりきりになった。








「て、轍。誰この人…」


か細い、おずおずとした声が轍と男を振り向かせた。


「誰、彼女?」

「ただの幼馴染だ」

「あっはっは、照れんなよ」


男はふと、何かに気づいたような顔になった。


「あ、そういや名前もまだだったな。須見すみだ。よろしくな」


轍と辿子を交互に見ながら、へらへらと笑った須見は最後に辿子を見据えた。


「ちょっと悪いが、この兄ちゃん借りてくぞ」

「え、どこに?」

「そりゃ秘密だ。君のようなお嬢さんには刺激が強すぎる場所だからな」

「……」


憮然とした顔で辿子が須見を睨む。睨んだかと思うと、須見の隣に腰掛けて外見にも分かる膨らんだ胸を精一杯そらした。


「私も行きます!」


その言葉を発した途端、須見の目つきが極端に冷え切った。


「…ん、まぁいいか。だけどお金は払わないぞ」


ふと視線を外した須見の横顔を轍は疑念の表情で見ていた。

その轍のほうをぎょろりと須見が見咎める。


「俺はさ、ある人に頼まれてんだ。お前を連れて来いってな」

「…誰だ」

「それは言えない。義理もあるんでね、悪く思うなよ」


スープまで飲み干した須見が袖で口元を拭って、コップの冷水を飲み干す。


「さ、行こうぜ。着いて来いよ」





5月の夕暮れの風は涼しくも何処か肌寒い。

轍と辿子が肩を並べて歩き、その少し前を須見が先導していた。

ふいにポケットから取り出した携帯電話を開いて、名前を確認した後通話ボタンを押し、耳に運んだ。


「…情報通りだ。このままで行く」

『決心しろ。それが必要だ』

「わかってるよ」


微々たる会話のみで須見は携帯電話を切った。その顔には陰りが見える。

携帯電話を折り畳んで、須見は乱雑にポケットにしまい込んだ。ポケットから青い四角形のストラップがはみ出ている。

その様子を眉をひそめて轍が見届けている。

須見の表情に何かを感じ取ったのだろうか…ふと後ろを振り返り、付いて来ていた辿子を睨んだ。


「辿子、お前は帰れ」

「ううん、一緒に帰ろうよ。なんか怖いよ…」

「そういうことじゃない。これは…」

「…お前らは仲がいいんだな」


轍の言葉を遮る様に、振り返った須見が声を張る。轍を見据えて、


「だが、お前は世間から疎まれている」

「……」

「え…」

「お前さえ居なければ…そんな視線をあの街の至る所から感じたぜ」


踵を返した須見の背中を睨みつけたままの轍の傍で、辿子が戸惑ったように二人を交互に見る。


「さ、ついたぜ。ここだ」


路地裏道に面した入り口から見上げる錆だらけの壁。

トタン製の壁を切り取るように窓が一つ二つ、それからこちらも古ぼけて錆びている扉が待ち構えている。


「轍が働いてる工場?」

「……」

「ここは製鉄所だってな。小さな工場だ」


須見が二人の前に立ち扉を押した。

すんなりとそれに扉は従い、道を空けた。


(鍵がかかっていないのか…)


規則として、仕事の終了後はこの工場では工場長が鍵をかけて帰ることになっていた。

しかし今、須見はすんなりと扉を開けた。


「ほら、来いよ。お金が待ってるぜ」

「お金?」

「そーいうこと」


須見と辿子が先に中に足を踏み入れていく。

轍が無言で後を追うが、その表情には暗雲が垂れ込めている。







25メートルプールに、液体状の鉄が満タンに満たされている…と言えば分かりやすいだろうか。

異常な熱気に包まれた工場内の気温は異常に高くなっている。

辿子がそのどろどろの鉄の上の鉄橋から下を恐る恐る覗き込む。


「うわぁ、あっつい」

「あんまりそっち行くと危ないぜ。なぁ」

「ああ…」


轍は曖昧にうなずいた。


「でも、こんなところで何のようなの?」

「そーだなぁ、お嬢ちゃんのブラ紐が空けることかな」

「え!?ど、何処見てるのよ!」

「あっはっは、眼福眼福」

「おい、そんな話を気にきたわけじゃないんだろう」

「そーだな、じゃあそろそろ本題に入るか」


へらへらした須見の顔がふっと引き締まった。


「お前は一つ、殺人を犯している」

「えっ…」

「……」

「教えてやろうか?まぁその必要も無いか。理解しているんだろう?」


あまりの突然の言葉にがらりと変わる空気。張り詰める息苦しさが充満している。


「お前はスリの現行犯を捕まえた。その時、…殺した。制止の声も聞かず、ただ殴り続けてな」




それは、轍と辿子が10歳の頃。


商店街の一角で悲鳴が上がった。

出口から右の道へと逃げていった男を轍は躊躇することなく追いかけた。

その当時少年、といえる体格ではなかった轍は瞬く間に追いつき、後頭部を殴りつけた。

たまらず崩れ落ちた男の上に馬乗りになった轍は、有無を言わさず顔面を殴り続けた。


じきに男の体が全く動かなくなっても、轍の身体は止まらない。

制止の声は届かない。それどころか止めに入った人が殴られる始末だった。

殴って、殴って、殴り続けて…血溜まりが出来るほどに、その時、駆けつけた警察に捕縛されたのはスリの男よりも轍のほうであった。


その後スリの男は病院で亡くなった。喉が血で塞がってしまったことが原因らしい。


轍は、少年法に守られ、スリを捕まえようとした、そう解釈されて3ヶ月ほどで解放されていた。

彼に対する風当たりが強くなったのはこの頃からだ。



須見が両手を横に広げる。


「さぁ、罪に報いる気は?」

「…何が言いたい」

「過去の自分と決別して生まれ変わる気は無いか?お前の力を貸して欲しい」

「断る」


絶え絶えに言葉を紡いだが、須見の言われぬ迫力に足が勝手に後ずさる。

腰に当たるものを感じて轍は背後を振り返る。眼下に、どろどろの鉄が大量に蠢いている。

鉄柵が今、鉄の命を助けたのだ。


「まぁそう言うだろうな…まぁどの道…お前はここで終わりだよ」

「やめてっ」


辿子が声を張り上げた。


「いい加減にしないと、警察呼ぶわよ!」

「へえ、助けるのか?こいつを」


須見は皮肉めいた笑みを口元だけに浮かべた。


「こいつのために、俺を止めるだけの価値があるのか」

「止めるだけの価値…!?」


轍の顔がゆがむ。その顔が辿子の彼に対する信頼を破壊していくのだった。嘘がばれたとき、轍はいつもこんな…苦しそうな顔をしていたから。






『俺は…殺してない…』

『そうだよね、やっぱり!きっと、病気とかなんだよね』


幼いころのその嘘を半ば、考えるのを止めたように飲み込んでいた。

その考えのすぐ先に足を伸ばせば…轍と辿子は今、共には居なかったはずだ。

事実は絶対だ。その真実に辿子は足を踏み入れてしまった…。


(価値なんて無い)


そう思うことは自然だったといえる。


(轍は嘘をついて…)

『殺してない…』

(嘘を…)


殺していない、と言う事に非は無い。

轍の数少ない理解者、辿子が自分から離れていくことを何度も考えたのだろう。

失いたくない、そんな思いが轍の心にあった。


「てんこ…」

「……」


轍は顔を酷くゆがませたまま、鉄橋の一部、床の赤く塗られた場所まで後ずさった。


「嬢ちゃん、このボタンを押してみな」


言われるがまま、須見に投げ渡されたボタンに指をかける。

今の辿子に言葉は通じない。

妄信ともいえる感情の中、裏切られたその事実だけが彼女の胸を強く締めつけていた。

だから、押す。

押した。

何かがはめ込まれるような金属音が連続的に鳴り響いた。轍の足元が動く。赤い床の部分が地面に対して傾いていく。急激な速度に宙に放り出された轍の体は…


「てん」


震えた声が遠くの辿子の意識を取り戻した。


『てん、ありがとう。俺…信じてくれて』

『何言ってるのよ、当たり前じゃない』


あの日。

轍が笑っていたことを辿子は思い出した。あの時の声がよみがえる。安心した声、震えながら、伝わってきていたこと。


辿子が顔を上げる。

放り出された、轍の瞳が辿子の瞳と絡む。

絶望の瞳が辿子を見ている。荒んだ、冷え切った、そして震えた轍の瞳…


「てつ」


刹那の事であった。

再び辿子が我を取り戻したときには、肉の焼ける音が響いていた。


須見が身を乗り出して底の液状の鉄を見下ろしている。


「……」

「あ、ああ…あああああ」


ボタンが手のひらから滑り落ち、からからと音を立てる。


「人殺しの末路…俺も気をつけよう。さて」


辿子が喉をぐるると鳴らした。目の焦点は定まらぬまま、震える口が絶え絶えの言葉を紡いでいる。


「違う…私じゃ…私なんかじゃない…」

「ボタンを押したのは誰かな」


須見はそう呟いた。


「それは……あなたが…」

「お前は人殺しだ。誰に言われてやったとしても、これは消えない。消すことは出来ない…」

「あ、あ……」

「失せろ」


辿子はかすれた叫び声を発しながら、狂ったように走り去った。

それを気にも留めず、須見はジーンズのポケットから指輪の箱を取り出した。

その箱を開くと、中身に輪が二つ紡がれた金属のようなものが収められている。

須見はそれに手をかけた。


「…あれもつけとくか」


思い立って、須見は財布から一万円札を取り出してその中に金属を包み込んだ。


「今度こそ、上手く行ってくれよ」


それを、先ほど轍が落下した場所の上に手を伸ばし、指を離した。


一万円札に包まれたまま、二つの輪は落ちていく。

かすかな水音を立てて、落ちた。
















「15秒…ふーん、ちょっと遅かったか」


時計の針は進む。起こらない物事に関わりあいを見せることは無い。


「失敗か…もう何度だ」


須見の口元には苦笑が広がる。


「Feマン、生まれてくれないのか…?」



どくん


「ん」


心臓の鼓動のような音が周囲に響く。須見はもう一度身を乗り出す。

真っ白に熱を持つ液体の鉄が気泡を吐き出し始めた。


「来た!」


転瞬、須見は身を引いた。その瞬間、輝く光と共に薄緑色の煙が立ち上る。

立ち上った煙の中で目を凝らす、須見が見たもの。

全身を金属に覆われた、人型の、


「Feマン」


確かにそれは、人間ではなかった。


初投稿ですね、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ