褒美
「宗谷よ、玉麗と結婚し、私の商店を継ぎなさい」
呼び出された宗谷は、旦那様からのこの一言に目を白黒させていた。
「え?しかし私は貧農の出ですし、玉麗お嬢様はもっと大店の若旦那に嫁ぐのでは?」
この時代、自分の所よりも大きな商店や官僚等に嫁がせていくのが普通だったので、宗谷の疑問はもっともである。
「玉麗では何か問題があるのか?」
「いえ、滅相もないです。ただ、お嬢様も本当によろしいのでしょうか?」
「はい、こうなると解ってましたので」
いつになく旦那様が威圧してくるので、お嬢様に水を向けてみたが、どうも了承しているみたいだ。
本当に俺で良いのだろうか?
「確かに嫁探しができるならもっと相応しい相手を見つけてやりたいのだが、昨今の事情ではそうも言ってられんのだ」
そういって、楊旦那はため息を吐いた。
それは、帝国暦266年にさかのぼる事になる。
宗谷が出す新商品によって空前絶後の利益を得ていた時だった。
その年これまで大過なく治めていた太守が、隠居して新たな太守が任命されることになった。
前任の太守は良くも悪くも凡庸であったが、その人柄が良かったため、部下が良く働き、ゆっくりではあったが昌を発展させることができていた。
その太守の後釜になる次の太守は、余程優秀な者か前任と同じような人柄の良い者を据えるのが普通だったのだが、今の帝都はそんな事が出来る状態ではなかった。
昨今の帝都の状況は非常に荒れていた。
その最たる原因として名を挙げられるのは、宦官の李鐸と宰相の松延である。
李鐸は、幼帝に自堕落な生活を教え、自らの意のままに操れるようにしていき、子飼いの部下に甘い汁を吸わせていた。
方や宰相の松延は、何とか李鐸派の影響力を削ごうと四苦八苦しながら地盤を固め、対立する姿勢を固めていた。
この2人の人物を中心に宦官派と宰相派で、時に陰謀で、時に暴力で相手を追い落とそうと都中で謀が横行していた。
また、先年の地震からの復旧もこの2名の対立のせいで思う様に進んでおらず、都の下層市民は、人々の垢の臭いだけでなく、下水や人の腐った臭いを我慢しながら生活しなければならない状態だった。
特に酷かったのは、人が腐るまで放置されていたことだ。
死人が放置されたことで下層から中層では流行り病が蔓延し、より多くの人が命の危険にさらされていた。
この流行り病の対処にしても、宦官派と宰相派が率先して処理する形で競ってくれていれば良かったものの、お互いに相手にミスをさせようとたらい回しにしたものだから事態は悪化の一途を辿っていた。
また、両派閥で積極的に囲い込みが行われ、以前からあった賄賂などの動きがより活発化してしまい、官職は事務処理能力よりも集金能力のあるものだけで占める様になってしまった。
その一端が南の城塞都市である昌にもやって来たのだ。
太守の名は、石奉と言い、宦官派の官僚だった。
この石奉元々は、地方の小役人だったのだが、帳簿を誤魔化す才能に長けていた。
その才能を使って私財を蓄え、李鐸に取り入ったのだ。
この石奉が来てから昌の治安も悪化してきていた。
特にこの石奉が勤しんでいたのが、街の美女集めである。
奴隷から市民から街の至る所で気に入った女が居れば半ば無理矢理連れ去り、手籠めにしていたのだ。
このような状態を鑑みて、楊旦那はある決断をせざるを得なかった。
このままで行けば幾ら世間から不美人と言われている娘も、東西を問わず女を集めている石奉に連れ去られるのは目に見えていた。
しかも石奉は、集めた女を大切に扱うならまだしも、乱暴に扱い、自身の欲望の捌け口としていた。
しかも身籠ってしまった女性は、別の家に入れられたり、家族の元に見舞金もなく返されるのである。
流石に自分の娘がこのような不憫な目に合うのは忍びないと考えた末に、以前約束していた褒美として、宗谷に店の後を継がせることにしたのだった。
宗谷はこの年15歳、玉麗はこの年14歳だったので、後1年待つことにして、婚約と言う形で内外に知らせを出すことにしたのだった。
この結婚が決まった時、店員たちは「そうなるか」と納得し、関勝に至っては大声をあげて嬉し泣きをしたくらいである。
ただ、街の反応はあまり良いものではなかった。
特に楊旦那の娘が当世の不美人として有名だったこともあり、「楊旦那は、体よく不美人を嫁に出して、優秀な宗谷を囲った」と噂されたり、「宗谷の嫁入りを真似するな」と揶揄する者が居たと言われていた。
しかし当人たちは、そんな心無い噂や揶揄に全く動じず、生涯仲睦まじく過ごしていたと言われている。
そんなこんなで宗谷の婚約話で街が盛り上がっているとき、その話を面白がらない者がいた。
誰あろう石奉その人である。
彼は街で偶々見かけた玉麗をいずれ自分の物にしようと画策をしていた。
ただ、玉麗が不美人だと街で噂されているのを知っていた石奉は、すぐには行動に移さないでいた。
この時代、官僚や大店の若旦那は世間体を気にする事が多く、嫁を取りでも器量よしを探すことが多かった。
それは、不美人と噂のある玉麗にとってかなり不利な要素になっていた。
そういった事もあり、まだ余裕があると考えていた石奉だが、この婚約話が出た事で行動に出なければならなくなってしまったのだ。
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