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劉皇国戦記  作者: リューク
第一部 反乱
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青巾党

今日から第一部です。

帝国暦262年11月

 帝国の東でごく小規模な農民反乱が起こった。

 事の始まりは、夏に起こった洪水で麦畑が全滅したことに始まる。

 この洪水で、殆どの畑で収穫が困難な状態にあった。この現状を憂いた各村の代表者達は窮状を太守に訴えに出たのである。

 しかし、太守は代表者達の訴えを聞こうともせず門前払いをしてしまった。

 しかも、各村に派遣された徴税官は例年通り税を持って行こうとするので、一人の農民がカッとなって徴税官を殴ってしまったのだ。

 殴られた徴税官は当然激高し、その場で殴った農民を切り捨てたのだが、この対応に反発した村人が徒党を組んで反乱を起こしたのだ。

 

 最初は、農民たちを抑え込むことに成功していた太守だったが、ある男が農民反乱に参加してからは徐々に状況が悪くなっていた。

 その男の名を宋沢という。容貌魁偉な大男で、腰まである立派な髭を蓄えている。

この男、どこの村でいつ生まれたのか正確な記述が無く、現代でも謎とされている男である。

 

 この宋沢が参加してから、反乱軍は近くの村から戦えるものを集め始め、徐々に巨大化し始めたのである。

 しかも全員が青い巾を身に着けていたので、「青巾党」と呼ばれた。

 青巾党が巨大化してからの展開は急激に変わっていった。

 最初、太守軍は巨大化した青巾党を烏合の衆と決めつけて力押しで鎮圧しようとして中央突破を試みた。

 この動きに対して、青巾党は中央部分だけが徐々に下がりながら太守軍を引き付け、太守軍が伸びきったところで、両翼の反乱軍が太守軍を包囲しようと迫ってきたのである。

 

 この時、太守は慌てて後退を命じたものの、突出してしまった部隊は、半包囲されてしまい、狂乱の坩堝と化していた。

 しかもそこに、長刀を肩に担いだ宋沢が精鋭部隊と共に突っ込んできた事で、部隊は壊走し、後衛の太守の居る部隊とぶつかり、罵り合うという醜態を演じる事になってしまったのだ。

 反乱軍は、この好機を逃さず、太守軍を追い打ち州都である燕城を攻略する事に成功する。

 こうして、青巾党は、自分たちの足場を得る事に成功するのであった。

 ただ、これ以後青巾党は燕城に立て籠もり、全く動かなくなってしまうのであった。

 後の歴史家たちは、「継戦能力の限界点だった」という者も居れば、「足場固めの為に必要以上に打って出なかった」という者もおり、今でも真偽のほどは明らかとなっていない。

 それから歴史が動き始めるのは、6年後の事だった。

 




帝国暦268年4月

 昌城の中央は一際目立つ大店があった。

 宗谷が来た時に比べてその店は、高さ4階建て、横40メートル、幅50メートルという巨大な店兼工房に改築されていた。しかもこの店先には古今東西の珍しいものから、日用品までありとあらゆる物が並んでいた。

 その店の番頭席に一人の若い男が座って帳簿をつけていた。

 背はひょろ長く、他の者よりも頭一つ大きいく、目には知性が溢れ、宮仕えをしている官吏だと言われたら納得してしまいそうな風貌をしていた。

 そう、この男が劉宗谷である。この年で、数えで15歳となり、店の仕事を一手に引き受けていた。

 

 そんな彼に店の奥から大柄な男が声をかけていた。

 「兄貴、この商品はどこに運んだら良いんだ?」

 この大柄な男の名は、関勝である。元々体格に恵まれる可能性の高い「関帝病」の人間だったが、身長は宗谷よりも頭二つ高く、顔は整った顔に赤髪赤眼の美丈夫に育っていた。


 「あぁ、その荷物は工房に持って行ってくれ。後、兄貴って言うなって何べん言ったらわかるんだ」

 そう文句を言いながらも宗谷の顔は笑っていた。この6年間毎日のように繰り返してきたお約束のやり取りなのだ。

 それを聞いた関勝は、返事もそこそこに指定の工房へと荷物を持って行った。

 

 この何年かで楊商店もかなり巨大化してきた。

 特に恩恵をもたらしたのが、宗谷が作った紙のせいである。

 この紙を作ってしまったが為に、宗谷は製造方法の指導と販売の帳簿付けで忙殺されかけてしまったほどである。

 ただ、この紙もどこからか製法が漏れたのか、他の商店も真似をするようになると、需要が満足し始めて価格が落ち着いてくる。

 落ち着いてくるころに宗谷は、余った紙を使って本を作って販売し始めたのである。

 この時代は、基本的に木簡、竹簡で記録を残し、式典の時に巻物として紙を使うのが一般的であった。

 その為、紙の使い方は巻物という非常に管理のしにくい形だったのだが、これを冊子にしてまとめてしまったのである。

 この発明も飛ぶように売れ、余り気味だった紙を全て高値で売りさばくことに成功したのだった。

 その後も、色々な物を作っていた。ある時は千歯こきを作り農業支援をし、ある時は算盤を作って計算をしやすくするなど、その発明は多岐にわたっていた。

 そして、発明が完成するたび商店は儲かり、大きくなっていった。


 そんな順調な日々を忙しく過ごしていた宗谷に一つの褒美が取らされることになった。

 以前、紙を発明した折に旦那様から「15になったら褒美をやる」という約束が果たされるのだった。


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