一騎打ち
帝国暦270年4月3日の早朝、晴れ渡る空の下、遼帝国軍9万と宋沢軍10万が睨みあっていた。
会戦の時間まで後半刻と迫り、両陣営からはこれから始まる激戦への緊張と熱気が渦巻いていた。
そんな異様な雰囲気の中で普段通りの動きを見せている2人が居た。
遼帝国軍総大将の呂延と宋沢軍総大将の宋沢である。
彼らは自分の得物を携えて、両軍の中央に当たる場所へと一騎で進み出た。
「これは宋沢殿、1年ぶりくらいですかな?愛馬はお元気か?」
「そうですな呂延殿、貴殿が1年前に我が領土に忍び込んで以来です。あいにくとこの子はその息子でしてな、親馬は亡くなりましたよ」
言葉とは対照的にゆっくりと春の温かい風が二人の間を吹き抜けていった。
「「では、互いの武器で雌雄を決さん!」」
そう言うと、2人はそれぞれ自軍の陣営に戻っていった。
二人が陣営に着くと、それを合図に両軍から突撃の銅鑼が鳴り響いた。
その音と同時に両軍合わせて約20万の大兵力の足音が地面を揺らした。
それはまるで、大きな怪物が地団太を踏んでいると錯覚するほどの地鳴りだった。
「全軍!鶴翼の陣をはれ!敵を1人として打ち漏らすでないぞ!」
宋沢がそう指揮すると、全軍が1個の生物の様に両翼を大きく広げて敵を誘い込もうとしていた。
「全軍!鋒矢の陣を取れ!敵の左右の翼を真っ二つにするのだ!」
対して呂延は鋒矢の陣を取り、前衛を厚くして敵の分断を図ってきた。
そして、その陣形のまま両軍は激突した。
最初の衝突の衝撃で、両軍の前衛が何人か宙を舞っていた。
そして、次の瞬間には盾と槍が激しくぶつかる音が響いた。
「敵を押しとどめろ!ここで踏ん張れば両翼が助けてくれるぞ!」
「敵を押し込め!ここを突破すれば後は各個撃破できるぞ!」
両軍の前線指揮官は大声を張り上げ、味方を鼓舞していた。
それから数刻の間は両軍とも敵の防御を突破できず激しい乱戦の様相を呈していた。
「ご報告いたします!敵軍と混戦となり鶴翼の陣が崩れております」
「う~む、流石は呂延。こちらの目論見通りにはしてくれないか、両翼は一旦後退させろ!追撃に気を付けながらゆっくりと後退するのだぞ!」
宋沢は決め手に欠いていた。10万の兵を確かに集める事は出来たのだが、大半が去年獲得した狼賊出身の騎兵隊なのだ。
また、その全軍を指揮できるほどの人材が居らず、本来の機動力が発揮できないままでいたのだ。
そして、この事は呂延に取って嬉しい誤算だった。
彼の最大の懸案事項は、機動力のある騎馬兵が縦横無尽に攻めてくる事だ。
流石にそんな事をされれば、呂延でも負けてしまっていただろう。
「乱戦していた敵が後退の動きを見せ始めました!」
「よし!後退する敵を追撃する。噛みついたからには離すなよ!」
後退する宋沢軍を追って呂延は左翼に防御の兵を残し右翼へと軍を動かし始めた。
「敵軍!右翼を追撃してきました!」
「左翼に残った敵を包囲殲滅する様に指示しろ!」
呂延の動きに合わせて宋沢は左翼の前の敵を包囲する様に指示したが、右翼を攻撃してくる呂延の猛攻に徐々に形成が悪くなってきているのだった。
また、包囲殲滅を目指していた左翼も敵を上手く囲めず苦戦するという誤算も生じた。
「ちっ!流石に呂延を止められんか・・・俺が出る!護衛隊は続け!呂延を押し返すぞ!」
宋沢の号令により、馬廻りの護衛隊数千名を連れ押されている右翼の後詰に回った。
「宋沢様だ!宋沢様が助けに来てくれるぞ!ここで踏ん張れ!」
この宋沢の動きを見た右翼の兵達はここぞとばかりに踏ん張りを見せたが、前線に居る怪物だけは止められなかった。
「呂延ここにあり!誰ぞ骨のある奴は居らんのか!?」
一喝しては槍を薙ぎ、一喝しては槍を突きその度に呂延の目の前の兵は屍を築いていた。
「呂将軍!宋沢が動きました!恐らくここの後詰に回ると思われます!」
「宋沢が動いたか!奴が来るまでに敵兵をできる限り殺せ!」
「「「おぉーーー‼‼」」」
呂延の一喝と共に苛烈な攻めが宋沢軍を襲った。
そして、呂延の周りに数百の屍が築かれた頃に宋沢は彼の元に辿り着いた。
「呂将軍!先年の決着をつけようぞ!」
「おう!宋沢やっと来たか!いざ!勝負」
二人はお互いの姿を認めると、猛然と騎馬を駆っていった。
互いの間合いに入ると間髪入れず武器をぶつけ合った。
呂延が払えば、宋沢が弾き、宋沢が突けば、呂延が叩き落しと互いに譲らず夕刻まで数百合は打ち合いを続けたが、勝負はつかなかった。
その日は退却の銅鑼がなり響いたのでお互いに武器を納めてそれぞれの陣営へと帰っていった。
初日の戦いでは、遼帝国軍1万の損害に対し宋沢軍約1万2千の損害とほぼ互角と言って良い状況だった。
「・・・流石に宋沢は強いな。この私と百合を越えて打ち合える敵はそうは居らんだろう。それだけに惜しい、部下にできていればどれだけ頼もしかった事か・・・」
呂延が呟きながら会戦の被害報告を読んでいると、一人の男が入ってきた。
その男は右手の無い隻腕の中年だった。
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