新しい商売
この話でやっと現代知識活用します。
プロローグ終了です。次回から第一部です。
玉麗との出会いから1か月が過ぎ、そろそろ夏も終わりに近づいてきた。
あれから毎夜俺が井戸水で体を拭いていると近づいてきて話しかけてくる。
美少女という事もあり、俺も嬉しいのだが、次の日の朝に毎度の様に旦那様にお小言をもらうのは勘弁してほしい。
関勝もあれから皆に受け入れてもらえたみたいで、今では仲良く過ごすことが出来ている。ただ、俺の事を「兄貴」と呼ぶようになったのは、正直恥ずかしい。
そんな日々の中俺にも転機が訪れた。
手代への昇進である。
通常は、見習いから丁稚として働いてから手代という手順を踏むのが慣例だ。
丁稚から手代になるには最低3年はかかると言われるのに昇進した。
俺自身その事を聞いていたので、他の方に悪いと辞退しようとしが、旦那様は、
「丁稚でお前がする事が無いから手代にするんだ。というか他の奴らにも能力があればすぐ昇進できるってことを見せないといけないので、手代としてしっかり働け」
と全く取り合ってもらえなかった。
確かに丁稚の人たちと一緒に勉強しても高峰の知識よりも簡単な事を勉強しているし、最近では計算よりも習字や基礎武術をさせられている。
要するに、手代とほとんど変わらない事をしているのだ。
ちなみに手代とは何かと言うと、一般的には店先に立つ販売員である。
この家の手代級の店員は約30名居る。
普通の商店だと3~4人程度なので、うちの店はかなり多いと言える。
なぜ多いのかというと、30人中20人程は行商の時の護衛や各地での商品調査に派遣されているからである。
特に商品調査は手代の中でも頭の良い人にしかなれない職である。
で、俺がなる手代は、最初なので販売員らしい。
店先で商品を売り、客のニーズを覚えてから調査に向かうのが順番なのだそうだ。
そして、手代になるともう一つ特権が手に入る。
それは、新商品の開発、提案である。
もちろん、どれくらいの売り上げが望めるかを考えて提案しなければならないので、なかなか提案する人は居ないらしい。
俺は、店先で販売員をしながら、新商品について考えをめぐらすのだった。
そのためにはこの時代の基本的な技術レベルや知識レベルを知る事がまず重要な事だと言える。
これを調べずに知識の限りを尽くしてしまうと、良くて変人扱い、悪いと物理的に首が飛んでしまいかねないからである。
それから俺は、店先、店内、客層、客の買うもの、着ている物をつぶさに観察した。
その観察の中で、売れそうなものがあった。
それは、「紙」である。
この地域では、羊皮紙などの動物性の物はなく、竹簡や木簡を使って字を書いているのだ。
紙が全くないわけではないが、基本的に帝都周辺の高級品というのが現状である。
この極端に生産が少ない紙を作る事を提案すれば、きっと儲ける事が出来ると考え、旦那様に提案する事にした。
「旦那様、商品の開発を提案したいのですが、よろしいでしょうか?」
旦那様はこっちを見て、頷いた。
「提案するのは、紙作りです」
「紙?紙とはあの薄くて字を書く高級品の事か?」
「はい、その通りでございます」
旦那様は、「うーん」とうなってから疑問を口にした。
「確かに作れれば莫大な利益が上がる。ただ作り方がわからないと意味が無いのではないか?」
この当時、紙はごく少数だが作られていた。ただし、作れる量が少ないのと、作り方が公開されていないせいで存在を知っている人が都周辺の官吏や大商人くらいなのだ。
「確かに作り方は公開されていませんが、目星はついております」
俺が自信満々にそういうと、旦那様は疑いの目を向けながら聞いてきた。
「本当に作れるのか?」
「はい、作れることを証明するために試作品を作らせて頂いてもよろしいですか?」
そう、勝手に試作品を作るわけにはいかないのだ、この商店にあるものは旦那様の物なので、まずは許可を得なければならない。
「よかろう、お前ができると言うなら多分大丈夫だろう。どれくらいの期間と材料でできる?」
「期間は、2週間ほど頂ければ大丈夫です。材料は、窯と鍋と薪、後は木枠と簾をお借りしたいと思います」
「では、これから2週間は紙の開発に集中するが良い」
これで旦那様からの許可は頂けた。
後は実践あるのみである。
高峰の知識では、小学校で木から和紙を作る体験をしたそうだ。
小学生がするにはかなり厳しい体験だったようで、大分評判は悪かったらしい。
そんなどうでも良い話はほっといて、材料は、樹皮と麻くずである。
麻くずは、商品加工の過程で大量にゴミとして出ているので、それを工房から譲ってもらい、樹皮は適当に城外から削ってくる。
これをしっかりとお湯で柔らかくしながら、ほぐしていく。
木の皮がしっかりとほぐれたら、ドロドロになるまで煮詰め、煮詰めたものを水で冷やす。
冷やした後は、木枠と簾を使ってすいていき、形を整えたら、木枠を外して、庭の日向に放置する。
放置したものが乾いたら、完成である。
完成まで1週間ほどだった。
完成したものを持って旦那様の元に行くと、手に持って、透かして、最後に字を書いてみて、商品としての質を確かめながら話しかけてきた。
「宗谷よ、これは確かに紙だな。この紙の作り方を教えてくれるのか?」
「紙の作り方というよりも、量産できる工房を作ってみられては如何でしょうか?」
「工房?なるほど、確かに少し作るよりも大量に作って広めてみたいな……。宗谷はこの紙はいくらで売れると考えている?」
俺は、紙の相場を思い出しながら提案した。
「……そうですね、最初は銀貨10枚くらいではないでしょうか?たくさん作る事で価格は下がると思うので、最終的には銀貨1枚という所だと思います」
「銀貨1枚か……確かにそれくらいが妥当な値段という所だな」
「後は、量産体制ですが、大量の水と木枠が必要です。木枠は……」
その後俺は、量産体制を確立するために必要なもの、必要な防諜設備と制度が必要な事を伝えた。
全てを聞き終えた旦那様は、真剣な表情で切り出した。
「今回の報奨なんだが、本来なら番頭に抜擢すべきだと私は考えている。ただ、いかんせんお前はまだ若い。なので、成人するまで番頭の話は待ってほしい。そして、成人してからこの店で働くのが嫌だという場合は、独立しても構わないし、独立するときに資金も援助してやる。これが、今回お前がした事への私ができる報酬だ」
10歳にも満たない子供が番頭級の扱いを受けるだけでも例外中の例外なのに、独立する場合の許可と資金援助までするのは、破格の扱いになる。
とりあえず、成人(15歳)になるまで保留とはいえ、ありがたい話ではあるが、
「今回の報酬の話はお断りをします」
「それは報酬が不服だったのか?」
「いえ、報酬は破格のものだと理解しています。ただ、私がその報酬を今受けてしまったら……という事です」
そう、こんな破格の扱いを受けた場合、まず番頭、副番頭との間に軋轢が生まれる。
後6年したら番頭から降ろされるのだ。そんな状態で士気を保っていられる人間は居ない。
番頭の士気が下がれば、店の売り上げにも影響が出るだろう。
だから形だけでも断っておかなければならない。
その思いが通じたのか、旦那様は申し訳なさそうな顔をして、
「……なるほど、気を使わせてしまったな」
と謝ってきた。
「ただ、褒美が無いのは皆のやる気をなくす元だからな」
「では、あまりに大きい成果なので成人後に褒美を渡すという約束でどうでしょう?」
「それなら皆も納得する……か。ついでにできた紙で証文も作っておこう。口約束ではいかんからな」
「はい、ありがとうございます」
こうして、俺のもたらした製紙技術によって、商家はかつてない売り上げを記録していくことになった。
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