撤退戦②
そこから呂延の軍は防戦一方だった。
城を出るまでに暴徒に何度も襲撃され、少なくない被害を出しつつ脱出すると、まるで示し合わせたかのように周囲を囲む宋沢軍を相手に一点集中突破を試みていた。
「真直ぐ西に突っ切れ!敵を抜ければ後は国境まで走るだけだ!」
「敵が、敵が多すぎる!」
「ひぃ!左右からも迫ってくるぞ!走れ!早く走ってくれ!」
流石に強兵と謳われた呂延率いる帝国軍も敵に四方を囲まれては狼狽える者も少なからずいた。
「狼狽えるな!殿は私がする!お前たちはただ前と横の敵の攻撃だけを捌くんだ!後ろは振り返るな!」
呂延の一喝によって、先程まで狼狽えていた兵達は言葉を失った。
総大将が殿で自分たちを守るなんて聞いた事が無かったのと、その守ってくれる存在が天下一の猛将である呂延なのだ。
この一喝には言葉以上の重みを感じたのか、兵達はそれ以後狼狽える事無く、ただ前を見据えて走る機械にへと変貌した。
「・・・!先ほどまで狼狽えていた敵が猛然と我が軍の西側の陣に殺到しています!」
「流石は呂将軍、普通なら瓦解するところを纏めてくるとはな・・・いやはや参ったな」
そう言って宋沢は頭をかきむしりながら自分の得物を持って敵の後方へと回り込み始めたのだった。
「良いか!西側の軍には死守する様に伝えよ!呂延を俺が仕留めるまでの間で良い!呂延さえ打ち取れば我が軍の勝利が確定する!者ども続け!帝国軍を殲滅するのだ!」
「「「おぉぉぉぉぉー!」」」
宋沢の一言に触発された兵達は、雄叫びを上げながら帝国軍へと突っ走っていくのだった。
「呂将軍!敵です!敵兵が殺到してきました!このままでは押しつぶされてしまいます!・・・っ!ぎゃ!」
そう言ったかと思うと、報告してきた兵は宋沢軍の放った矢が命中して息絶えてしまった。
「後ろは気にするな!前だけを見よ!後ろは俺が!止める!」
呂延は全軍に命令しながら、自らの後ろに突っ込んできた兵に対して突き払い一瞬で3人の兵を屠った。
「怯むな!呂延は俺が抑える!お前たちは周りの兵をできる限り屠れ!」
宋沢がそう命令すると同時に、呂延に向かって一気に距離を縮めた。
「そこに見えるは呂将軍とお見受けした!我は宋沢!いざ尋常に武を競わん!」
そういって宋沢が獲物の槍を振り回しながら近づくと、呂延も強敵と見たのか、近くに居た宋沢軍の兵を2,3人蹴散らすと、宋沢に向き直って槍を構えた。
「宗将軍自らとは!この好機活かさせて頂く!その首頂戴いたす!」
宋沢が自らの間合いに近づくや否や、まず籠手試しにと一閃目にもとまらぬ速さの突きを繰り出した。
「うぬ!なんのこれしき!」
繰り出された突きを宋沢は穂先で受け止め弾き返すと、お返しとばかりに上から下へと槍を叩きつけた。
「なんと!我が槍を受ける者が居るとは!」
呂延は、叩き付けられた槍を引き戻した槍の柄の部分で受け止め、弾き返すのだった。
そこからの両者は、他の者が入り込むすきなど無いくらい激しい打ち合いを展開した。
宋沢が突けば、穂先を弾き、呂延が払えば、宋沢がいなし、打ち下ろそうとすれば、両者共に得物を相打ち、目まぐるしく攻防が入れ替わる槍撃戦を繰り返していた。
「ぐぅ!流石は呂将軍、一筋縄ではいかぬ!」
「ちぃ!宋沢がこれ程やるとは!このままではまずい」
両者が激しい打ち合いをしているものの、膠着状態に陥りかけた時、帝国軍の先頭部隊が宋沢軍を突破したのか、喚声を上げ始めた。
「しまった!突破されたか!敵を逃がすな!開いた所を無理矢理左右から締め上げろ!」
この一瞬の焦りが勝負を分けた。
呂延が宋沢の一瞬の隙をついて馬に槍を突き立て、殺したのだ。
流石の宋沢も乗馬を殺されてはどうしようにもならず、その場で倒れる馬に潰されない様に飛び降りた。
その隙に呂延は殿をしながらはるか遠くの方へと逃げていくのだった。
「畜生!あと少し!あと少しで呂延の首が取れたものを!」
宋沢が1人悔しがっていると、帝国兵は空いた穴からみるみる脱出していき、殿の呂延まで逃がしてしまったのだった。
ただ、この戦闘で帝国兵は精鋭8万のうち、約2万を死傷或いは捕虜とされてしまうのであった。
対して宋沢は、この会戦だけであれば兵は約3万のうち、1千程度の死傷者で済んでいた。
この結果から勝敗の判定で言えば、宋沢の優勢勝ちではあったが、あの状況下で総大将である呂延を逃がしたという事は、宋沢にとってかなりの痛手であったと言って良いだろう。
一方の呂延もその後の追撃を幾度も撃破しながらやっとの思いで国境の山中へと身をひそめる事ができた。
「残った兵はどれくらいになる?」
「・・・恐らく5万もおりません。逃げる時に逸れる者、諦め敵に殺される者も多数おりましたので」
呂延の問いかけに副官が申し訳なさそうに答えると、呂延が急に笑い出した。
そんな呂延の様子を気でも狂ってしまったのかと心配そうに見つめる副官に気が付いたのか、咳ばらいをして真顔に戻ると、理由を話し始めた。
「いや、なに敵としては半数も打ち取れず、俺も健在なのだ。あの状況下でこれだけの被害で済んだのなら敵は意気消沈しているだろうと思うとおかしくてな。つい笑ってしまったのだ、許せ」
呂延のその一言に近くに居た副官はもちろん話を聞いていた兵達も呆然と大将である呂延を眺めているのだった。
「ところで、許厳はまだ生きているのか?」
呂延がその名前を出すと同時に、暗がりの中から不気味な笑い声と共に許厳が姿を現した。
その姿を見るや、呂延は微妙な表情になりつつも声をかけた。
「よくもまぁそんな状態であの乱戦で生き延びられましたな」
「いひひひひ、それもこれも呂将軍が殿で敵を倒して頂いたからでございます」
「・・・。まぁ良い、今はお互いの命がある事を喜ぼう」
「いひひひひ、えぇ、えぇ、そうでございますな」
そう言うと、また許厳は暗がりの中に消えていくのだった。
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