呉麗の春
お酒は二十歳になってからです。(彼らは時代背景が違うので良い子も悪い子もマネしない様に)
山東を出発してから3週間後、ようやく昌の街に戻ってくることができた。
戻って来た俺は、すぐさま農業技術者数名の派遣を尹魁に命じ、留守中の報告を黄煉から聞く事になった。
取り立てておかしな点は無いものの、一点だけ黄煉が判断をゆだねてきた事があった。
それは、呉麗の事だ。
彼女自身の仕事ぶりなどは真面目にこなしてくれているものの、どうやら弟の劉徽に興味があるらしく事ある毎につけ回しているらしい。
当の劉徽も呉麗が城内の守備隊長という役柄なので、城内を見て回っているだけだと最初は思っていたのだが、最近は貞操の危機を感じ始めて怯えており、職務に支障が出始めているそうだ。
「・・・呉麗も恋をするんだな。しかし劉徽はまだ13歳、流石に結婚をさせる訳にはいかないしな・・・どうしたものか」
俺が一人悩んでいると、丁度劉徽が報告に執務室へとやって来た。
ただ、入ってくるまでもキョロキョロと周りを気にしており、どこか怯えた様子が見えるので、気の毒としか言いようがない。
「・・・とこのままですと、秋の収穫まで兵糧が持ちませんので、今後の軍事行動は控えてください。また国力差もほぼ0です。今が内政を充実させる時だと進言いたします」
「・・・。やはり兵糧がもう持たないか、致し方ないな税が上がるのを待って行動しよう。内政政策は尹魁達と相談して追って通達する」
最初は怯えていたものの、報告を始めると堂々とした様子で進言までしてきた。
「しかし、大変だと聞いていたが大丈夫そうだな?」
「大変とは?」
俺が少し話題を振ると何の事かと全く気にしてない様子だったので、「呉麗の事だ」というと、劉徽は突然挙動不審者になってしまった。
「ひぃ!呉麗さん近くに居るんですか?」
「おいおい、お化けじゃないんだからそんなに怯えなくても・・・」
「兄さんは付きまとわれてないからわからないんだ!あの人、人が登れない場所まで登ってきて僕を窓越しに、柱越しに見ているんだよ!それも自分の手が空いたらずっとだよ!それがどれだけ怖いかわかる!?兄さんにはわからないでしょ!?」
と俺がなだめようと言葉を発しようとすると、怯えた様子でまくしたてて来た。
普段冷静で賢い劉徽がこれだけ怯えるのは余程怖かったのだろう。
「お、おぉ、わかった、わかったから落ち着け、俺から呉麗に話してみるからな?」
俺がそう言って助け船を出すと、劉徽はパッと明るい表情になって「ほんとに?流石兄さんだ」と言って何度も念押ししながら執務室を意気揚々と出て行った。
余程怖いんだろうな・・・。
それから俺は、呉麗に仕事終わりに執務室に寄る様に言うと、その日の夕方に姿を現した。
「・・・宗谷、呼んだ?」
「おぉ、呉麗、良く来た。そこに座ってくれ、話があるんだ」
俺がそう言って椅子を勧めると、呉麗は立ち止まってジッと俺を見つめると、一言言ってきた。
「・・・劉徽との事は私と彼の間の事だからね」
「・・・」
見事な先制でしかもこちらの発言全てを封じてきやがったな。
しかもかなり頑なになっている。
これは劉徽にも呉麗にもいい結果をもたらす事は無いだろう。
「まぁそんな事は良いから座れ座れ、仕事頑張ってくれてるみたいだからな、良い酒が手に入ったんだちょっと飲んでいけ」
「・・・まぁそれなら少し付き合おうかな」
どうにか席に座らせる事に成功した。
正直彼女に力で対抗など出来るはずがない。
ここは俺の知恵の出しどころと言えるだろう。
それから1時間ほどお互いに取り止めのない話をしながら酒を飲み交わし、ほろ酔い気分になってきたところで話を切り出した。
「・・・なぁ呉麗、さっき言ってた劉徽とお前の事ってなんだ?」
「・・・なんでもない」
あ、こいつ頬膨らませて視線反らしやがった。
「まさかお前付きまとってるんじゃないだろうな?」
「・・・」
今度はだんまりかよ。
「お前は劉徽をどうしたいんだ?遠くから愛でたいだけなのか?それとも恋人や夫婦の様な関係になりたいのか?」
「・・・」
今度は顔を赤くして俯いた。
って事は恋人もしくは夫婦になりたいのか。
「恋人や夫婦になりたいなら今の行動はハッキリ言って逆効果だぞ。色恋沙汰に疎いお前がそこまで思ってくれるのは兄として嬉しいが、正直やり方が悪いとしか言えない」
「・・・そんな事ない、劉徽も喜んでいる。手だって振ってくれている。ただ、最近は忙しいのかあんまり見てくれないけど・・・」
あぁ、こいつは最初ので、誤解してしまったんだな。
呉麗はその特徴から昔、男から恐れられ好意を抱かれる経験が少なかった。
特に同年代の子には恐れられ畏怖される存在だったのだ。
それに対して劉徽は呉麗を恐れずに笑顔を向けてくれる初めての異性だ。
その異性に対してどう行動したら良いのかわからなくなって暴走したのだろう。
ちなみに、俺と関勝は呉麗を男友達の様に扱っていたので、異性と言うよりは単なる友人として捉えていたのだろう。
「そうか、ただ、それは怯えられているぞ。お前が恋愛経験もろくにした事の無い女だってのは俺も知っているが、付きまとうのはダメだろ?なんだって付きまとう様になってしまったんだ?」
「・・・だって、玉麗が好きなら黙って見守りなさいって後、気づいてもらえる様にするものだって言ったから・・・」
「・・・そうか、それはまた極端なのに話を聞いたな・・・」
旦那の俺が言うのも何だが、玉麗は時々突っ走る癖がある。
俺の事に対してもそうだ。
今思い返してみると、彼女も事ある毎に俺に話しかけてきていた。
当時の俺は女性に免疫もあまりなく、彼女の事も気になっていたので気づかなかったが、よくよく考えるとあいつも結構付きまとっているのだ。
「あのな、呉麗。お前のは見守っているのでも、何でもない。それに行動が極端すぎると相手に恐怖を与えるものだ」
「・・・」
「もう少し、もう少しだけ付きまとわない様にしろ。後、黙ってみているだけじゃなくて話しかけろ。お前が話下手なのは知っている。だから天気の話とかちょっと気づいた事だけでも良いから話すんだ。それだけで印象は変わるからな?」
俺がそこまで話すと、下を向きながら呉麗は頷いた。
「俺から劉徽には呉麗が付きまとっていたのでは無くて話したかっただけだと言っておいてやるから、そこから先は自分で頑張れ。分からない事があったら、俺にでも相談しに来い。と言うか俺以外に相談するな。まともな奴が居ないからな」
俺の必死な語り掛けが面白かったのか、呉麗は少し笑顔になり残りの酒を飲みほした。
「・・・うん、ありがとう」
「お前、今物凄く良い顔しているから、その笑顔を劉徽にも見せてやりな。そうすりゃ劉徽の気持ちも変わるさ」
俺が言い終わると、呉麗は立ち上がって、一礼してから部屋を出て行った。
去り際に「参考にしてみる」と言っていたので少しでもましになる事を祈ろう。
数日後、劉徽がまた相談にやって来た。
どうやら相変わらず劉徽の前では緊張するらしく、笑顔も微妙で無言の様で怒らしたのではないかと不安になっているそうだ。
季節は春をもうすぐ迎えると言うのに、呉麗の春はまだまだ遠そうだ。
これで山西編終了です。
次回は遼国滅亡編です。
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