北伐の準備
宋沢回になります。
時は少し遡り、劉宗谷達が潘氏の領地に向けて出発した頃、東から遼帝国を圧迫していた宋沢は、依然として中央部に進出できない事に苛立っていた。
「くそっ!忌々しい狼賊どもめ、毎回毎回我らの留守を狙いおって……」
そう、彼らが西進できないのは、狼賊による度々の侵略があったからだ。
これは、後に遼帝国が滅んだ後にわかった事だが、帝国は狼賊との間に秘密協定を結んでおり、東部での略奪に関して一切の関与をしない事を約束していた。
それもあって、西に進めば北から、北に進めば西から攻撃される状況になってしまったのだ。
しかもこの状況で、外交の不手際もあり、南進できなくなってしまうという詰んでしまった様な状況が出来上がっているのだった。
この状況がどれだけ危うい状況かわかる宋沢が苛つくのは、自然の流れというものだった。
宋沢としては、西からの進軍を抑えられる人材を探していたのだが、これまでついぞ見つからなかったのだが、帝国暦268年10月、ようやく宋沢は一人の人材を見つけ出したのだ。
その人物は、かつての政争で敗れた松延の家臣だった馬鍾という人物である。
この馬鍾、攻める事は非常に苦手としているが、守る事に長けており、先の政争でも敵方の攻撃はほぼ完全に抑えていたのだ。
ただ、先にも言った通り、攻める事は全くと言って良い程できず、その事に松延がもう少し気を使っていれば、政争で惨敗する事も無かったと言えるだろう。
そんな彼だが、どうにかこうにか生き残る事ができ、無事帝都を脱出して宋沢の支配する東部地域にまで逃れてきた所を宋沢の兵に捕まってしまったのだった。
宋沢の前に引き出された馬鍾は、これまでの逃亡生活の悲惨さを全身から滲ませる様な悪臭とボロボロの衣服、乱れた頭髪をしていた。
そんな彼を宋沢も最初はどこかの乞食かそれに扮した間者かと疑ったのだが、本人の口から、「馬鍾」という名を聞いた途端、態度が一変して身支度をさせたのだ。
風呂に入って垢を落とし、頭髪と髭を整えた彼は見違えるような偉丈夫だった。
「改めて、お初目にかかります。私は馬鍾と申します。都では帝都防衛長等を拝命しておりました」
そう言って馬鍾は宋沢に深々とお辞儀をした。
その姿を遠目から見た事のある宋沢は、彼が馬鍾本人で間違いが無い事、そして守備の名手として名高い事を知っていた。
「これはこれは、馬鍾殿ようこそおいで下さいました。帝都からの一件さぞお辛い目に遭われたであろう。ここでごゆるりと旅の疲れを癒されよ」
「はっ!ありがたきお言葉、感謝の念に堪えません」
この様に形式的な挨拶から始まった彼らの会話は、帝都の状況や政争の経緯、事後の状況の話と、主君である松延がどうなったかの話へと広がりを見せていた。
「して、ご主君の松延殿は現在どうされておられるのかな?」
宋沢が何気ない調子で話を振ると、馬鍾は、表情を曇らせながら話し始めた。
「主君である松延様とは、帝都脱出まではご一緒できていたのですが、その後追っ手を撒くために二手に分かれてからは、どこへ行かれたのか皆目見当もつかないのです……」
「それは、それは大変だったでしょう。松延殿の行方については私の方で部下に探すよう手配いたしましょう。後の事は任せて、まずはゆっくりしてください」
その後は、政争や主君の事に触れず、とりとめもない話を2人でしていたのだった。
翌日、馬鍾は昨日のお礼と報恩の為に、宋沢の元を訪れていた。
「昨日は、過分な歓待ありがとうございました。また主君も探して頂けるとの事で感謝の念に絶えません。このまま御厄介と言うだけでは居心地も悪うございますので、何か手伝わせて頂けませんか?」
この申し出に、宋沢は内心快哉を叫んだ。
だが、そこは一勢力の首領だけあって、表情には出さず、逆に申し訳ないといった表情で馬鍾に提案したのだった。
「それは、それはとても心強い申し出ありがとうございます。実は、折り入ってお願いがございまして、この東部地域を守って頂きたいのです」
「守るとは、どこから守るのですかな?」
「遼帝国からです。先日まで家臣であった馬鍾殿には酷なお願いと思いますが、遼帝国が進行してきたら、追い返して頂きたいのです」
「……なるほど、追い返すだけで宜しいのですか?」
一瞬迷いを見せたものの、馬鍾は殲滅しなくて良いのか確認をしたのだった。
これは、馬鍾としても元部下を自分の手でできるだけ殺さないで済むのかという確認でもあった。
その辺の心の動きを感じ取った宋沢は、力強く頷き、殲滅ではなく追い返す事だけで良い事を約束したのだった。
「わかりました。ご恩に報いるためにも、この東部地域を守る事を誓いましょう」
こうして、宋沢は北伐を行うための準備を整える事ができたのだった。
この馬鍾の加入は、狼賊にとっては崩壊の始まりとなるのであった。
宋沢さんは無策なのではありません。深刻な人材不足で一方向にしか動けないのです。
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