新しい日々
だいたい17時予約投稿で行こうと思ってます。
裏口から店に入ると、恰幅の良い男が立っていた。
その男はこちらに気付くと、人の良さそうな笑みを浮かべてこちらに向かってきた。
「王、ご苦労様でした。例の話は目処が立ちそうですか?」
「はい、旦那様。先方も喜んで売ってくれるようです」
「それは、重畳。で、後ろに居るのが劉さんの息子さんかな?」
そういって旦那様と呼ばれた男は俺に目を向けてきた。
「劉央の息子、宗谷と言います。よろしくお願いします」
そう挨拶をすると、旦那様は俺をまるで珍獣でも見るような視線を送ってきた。
「劉さんの所は貧農だと聞いていたが、えらくしっかりした子だな」
少しやり過ぎたようだ。
いくら自分以外の知識があると言え、貧農の子がここまで丁寧な言葉遣いをしたら怪しいだろう。
「ふむ、確かに利口そうな子だ。あながち劉さんの話も誇張ではなかったのかもしれんな。これは良い人材が手に入った。宗谷、明日から本格的に働いてもらう。今日の所は、王について荷物運びや水汲みをしなさい」
そういうと、旦那様は店先の方へと戻っていった。
その後、王について行ってこき使われたのは言うまでもない。
その日の夕食の片付けが終わる頃、旦那様に呼び出された。
旦那様の部屋に着くなり、椅子に座るように勧められる。
「宗谷、今日は疲れたかい?」
そういって旦那様は優しく微笑んでいた。
「いえ、実家でも畑仕事などを一日中していましたので、まだまだ大丈夫です」
「そうか、それは重畳。ところで、話は変わるのだが、君は一体どこで礼儀作法を学んだのかな?」
そういった旦那様の顔は、口では笑っていたものの、目が笑っていなかった。
あまり変な事も言えないけど、嘘も言えない状況だな。
「そうですね、私の言葉遣いがしっかりとしているのは、地元の豪農の家に来ていた家庭教師の口調をマネたからです」
地元の豪農である劉崔は息子に家庭教師をつけていた。
そいつとの直接の面識はないものの、あながち嘘とも取れない話……だと思う。
「ほう、劉崔のところの家庭教師か……確かに丁寧な口調だったな。知り合いなのか?」
「いえ、知り合いと言うほどの仲ではありません。私が一方的に知っているだけですので」
「一方的に知っているのでは口調はわからんのではないか?」
確かにその通りである。
俺が知っていても相手が知らないならどうやって口調をマネるのかということだ。
「それは、劉崔さんの家庭教師の話を壁越しに聞いていたからです」
所謂スピー○ラーニングである。
「……聞き稽古でそこまで、そうか、わかった。今日はもう下がって休みなさい」
どうにか納得した旦那様から許しを得て雑居部屋に下がるのだった。
次の日の朝は早い。
日の出前に起こされ、洗顔などの身支度をしてから、食事の準備をする。
かまどに火入れして、瓶に水を汲み入れ、指示された食材を取ってきて、かまどの前で火の番である。
朝食の用意が整う少し前に旦那様を起こしに行き、日の出と共に朝飯を全員で食べる。
もちろん席順は力関係を表しており、上座を旦那様その左右を番頭と副番頭が、そして手代、丁稚、見習いと続くのである。
当然俺は見習い扱いで、総勢30人と言う大所帯での食事だった。
朝食の後は、それぞれ準備を始める。
旦那様は、番頭、副番頭と今日の予定の確認をしに執務室へ行き、手代、丁稚は店の準備に奔走する。
俺たち見習いは、食後の洗い物と屋敷の隅々まで掃除しなければならない。
ちなみに見習いは現在6名で、皿洗い一人、庭掃除一人、屋敷内の拭き掃除四人で当番制らしい。
朝の掃除まで終わると、次は丁稚の人たちと共に読み書き計算の学習を昼まで行う。
この時講師を務めてくれるのは、番頭もしくは副番頭のどちらかで、たまに旦那様らしい。
その朝の学習で、俺はまたやらかしてしまった。
それは、かなり簡単な計算問題だった。
基本的な足し算引き算――この世界では加算、減算というらしい――をさも当然の様に解いていると、番頭に呼び出されてしまった。
「おい、お前、確か昨日きたばかりだろ?なのになぜもう計算ができるようになっているんだ?」
番頭が戸惑うのも無理はない。
この時代は、基本的に学があるのは、商家の息子か貴族の息子である。
ごく稀に豪農の息子で、できる者も居るが、基本的にできる人間は少ない。
それなのに貧農出身の俺が、できてしまう。
明らかにおかしな存在なのだ。
「なぜと言われましても、見たら意外とできてしまいました」
こういう場合はゴリ押しに限る。
下手に言い訳をしてしまうと、ボロが出てしまう可能性があるので、自分でもわからないができてしまった事にすれば大丈夫だろう。
俺がニッコリと笑顔で答えると、番頭もそれ以上聞く気になれなかったのか、「訳が解らん」と言いながら追及を諦めてくれた。
ただ、そんな話はすぐに旦那様の耳に入るもので、学習の時間が終わった時にまた呼び出されたのは言うまでもない。
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