交渉
ほんの少し長い目です。
俺は、黄煉と尹魁に後を託すと、海賊の領地に向かって急いでいた。
間者の話では、東側が一応娘の勢力圏になっており、比較的侵入しやすいのだそうだ。
俺は、呉麗と関勝の2人を連れて馬車で街道を西に進んでいた。
「今回の目的は、わかっていると思うが、戦闘じゃないからな間違っても先に手を出すんじゃないぞ」
俺は関勝と呉麗の2人に何度目かわからない注意をしていた。
「流石に猿じゃないんだからそう何度も言わなくてもわかってるよ。兄貴」
「……いい加減聞き飽きた」
「なら良いんだけど、正直お前らがいつ手を出さないかと不安なんだよ」
そう俺が大げさな身振りで言うと、関勝は苦笑し、呉麗は頬を膨らませて睨んできた。
俺がなぜこの2人を護衛に連れているかというと、単に腕っぷしが強いからという理由だけだ。
しかもこの2人は、黄煉と尹魁が絶対に連れて行けとうるさく言うので、仕方なしに連れてきたのだ。
今さら言っても始まらないので、再三注意をして後は彼らの良心と知性に任せるしかない。
そんなこんなで馬車に揺られる事3日後にやっと海賊の街に到着した。
街の名前は、「九龍」というらしい。
ただ、周囲を見回すとかなりゴチャゴチャした感じの街並みだった。
脇道と本道が入り組んだ迷路のような道に、建物がこれでもかと狭い場所に固めて建てられ、建て増しされていて今にも崩れてきそうな状態だ。
そんな街並みを眺めながら、俺は案内役の間者に話しかけた。
「それで、海賊の娘とやらはここに住んでいるという事で間違いないんだな?」
「はい、ただ潜伏先が日によって変わるので、私でも見つけるのが難しいのが現状です」
そんな俺たちの会話を聞いていた関勝が質問をしてきた。
「なぁ、兄貴?見つからないなら呼び出せば良いんじゃないか?」
「お前なぁ、どうやって呼び出すっていうんだよ……」
と俺が訊ねようとしたその時、突然関勝が大声を出した。
「海賊の娘!昌の劉宗谷が家臣、関勝が交渉に来たぞ!出迎えろ!」
「なっ!バカ!なんで、……」
俺が叱責しようとすると、周囲から剣や槍で武装した集団が囲ってきた。
その中の代表者らしき人物が、俺に向かって話しかけてきた。
「劉宗谷様ですね?お嬢様がお待ちです。ご同行願えますか?」
そういって、剣を突き付けてきたのだった。
「……はぁ、了解した。案内してもらおうか」
俺達は仕方なく彼らに附いて行くのだった。
彼らに案内されて俺たちは一軒の屋敷に到着した。
そこら辺の雑多な建物と違い、しっかりとした石造りの2階建てで、周囲には堀と壁もあり、簡易な城という印象の建物だった。
その建物の2階にある大広間に通されて、俺たちは主人である海賊の娘を待つことになった。
「普通の屋敷で石造りとは珍しいな」
俺は好奇心の向くままに周囲を見回していた。
部屋には、絵画や壺と一緒にそこかしこに武器が立て掛けてあった。
武器は槍、剣、弓、斧など多種多様な武器で装飾品というよりも、無骨な実戦用の武器といった印象だった。
「そうですね、この辺りでは石造りはこの屋敷くらいで、他は木造の家がほとんどです。恐らくここを交渉の場としているのかもしれません」
俺のつぶやきに生真面目に間者の男が答えてくれた。
「ちなみに、海賊の娘の噂はどんな感じだ?」
「そうですね、良くも悪くも言われており、判断がつきにくい人物ですね。ただ、支配下の街では基本的に領民から慕われている感じでした」
「そうか、まぁなんにせよ会えばわかるかな?」
俺が間者の男と話していると、広間の扉が開いて一人の男が入ってきた。
「当家の主、潘紅様が到着しました」
そういって、扉の前で一礼すると、後に続いて着飾った女性が入ってきた。
彼女は一礼すると、俺たちに向かって挨拶をしてきた。
「潘紅です。この度は遠路よりのお越し、歓迎致します」
「劉宗谷です。突然の訪問にもかかわらず歓迎頂きありがとうございます。こっちが……」
「赤い髪の方が関勝様、女性の方が呉麗様ですね。あともう一人の方は、最近うちの領内に入り込んでいる間者の方ですね」
俺が3人を紹介しようとすると、先んじて名前を言われてしまった。
「よくご存じですね、関勝や間者のこいつはともかく、うちの家臣でもない呉麗をご存じとは」
「それは、隣国の情報は常に把握せねばなりませんから、特に昌の方々はこちらに興味を示すやもしれませんので」
そういって、潘紅は口元だけ笑って見せた。
これは、不味いな……。
相手にはこちらの情報は筒抜け、こちらは相手の情報をほとんど持ってない。
となると、こちらとしてはいかに不利にならない様に交渉を進めるかだな。
相手は情報のアドバンテージを最大限利用してくるだろう。
となると、こちらの切り札を何枚か切っておく必要があるな。
俺の驚いた顔を見て満足したのか、潘紅は笑顔で話しかけてきた。
「それで、今日はどういったご用件でお越しになられたのでしょう?」
「実は、近々我々は西進しようと考えているのです。そこで、どうしてもこちらの領土を通る事になりますので、まず先にご挨拶をしようかと思ってお伺いしたのです」
「それは、それは義理堅い事ですね。しかし良いのですか?その様な軍事機密をお話になっても?我らが遼帝国に告げればそちらの進路をふさがれてしまいますよ?」
そう彼女は意地の悪い笑みを浮かべながら言ってきたのだ。
「いえ、そうはならないでしょう」
俺が自信をもって断言すると、彼女は少し険悪な表情をしてこちらを見てきた。
「なに、攻め滅ぼすとかそんな物騒な事をしませんよ。ただ、領内を通して頂く際に、少し西側で暴れるだけですから」
そう、これは俺達からの援助の申し出である。
現在彼女は東側のごく一部しか領有していないのだ。
これをひっくり返すには、調略と軍事力が必要になってくる。
だが、彼女には兵力が無く、西側を攻撃する事ができないでいるのだ。
これをひっくり返すには、外部の兵力を当てにするしかないのが現状というわけだ。
「どうですかな?魅力的な提案だと思いますが?」
今度は俺が意地の悪い笑みを浮かべる番だ。
そんな俺の表情を仏頂面で見返していた彼女が口を開いた。
「その提案を受けるのは、条件によるな」
「条件は簡単です。1、我々の領土をこれから約5年は侵さない事、2、我が軍の領土内での滞在、通過を認める事、3、統一した暁には我が軍の損害の半分を補填する事です」
俺がそういうと、彼女はこちらを睨みつけながら条件の一部訂正をした。
「1と3は了解できるが、2の滞在については変更を求める。通過のみにして頂こうか」
流石に「滞在」は無理だと思っていたので仕方が無い。
この「滞在」をもし許可したら、属国扱いのスタートだったのだが、しっかりと見えている様だ。
「ふむ、2の軍の滞在が無理でしたら、この関勝のみを派遣させて頂いてもよろしいか?彼には定時連絡をさせたいと考えているのです。また、西進を始めたら彼と交代で別の武官を派遣するという事でお願いします」
俺の隣で関勝が驚いた表情で俺を見ていた。
そら、事前の相談もなく勝手に置いて行っていいかと言われたら驚くわな。
俺の提案について少し潘紅が考えた後、決断したようだ。
「良いでしょう。関勝様をこちらでお預かり致します。こちらに居る間は将として戦場に出しても宜しいのでしょうか?」
「えぇ、構いませんよ。彼には沢山の経験をして良い将になってもらわねばなりませんから」
当の本人の意思など無視して、俺たちは約束を取り交わした。
その様子を関勝は憮然とした表情で、呉麗はその様子を見て必死に笑いをこらえていた。
「では、これからよろしくお願いしますよ」
そういって、俺と潘紅はお互いの手を握った。
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