奇策
帝国暦268年 7月
この年は劉宗谷という人物が初めて対外遠征を開始した年として記録されている。
記録によると、騎兵1千、歩兵、弓兵合わせて2千の合計3千の兵での出発であった。
この遠征が成功するかどうかで彼の今後の立ち位置がはっきりする事となる。
「さて、今回の目標である凌、江中、摂南の三城のうちまずは、比較的小さい凌から攻略しようと考えている」
俺は、全軍の武官を集めて今後の方針を話していた。
「確かに、我が軍は少数ですからな、凌ならどうにか落とせましょう」
そういって張児将軍が賛成してきた。
「しかし、他の城から援軍を呼ばれでもしたら面倒ではないですか?」
反対意見を言ってきたのは王信将軍だ。
王信将軍は、今回の遠征では慎重派だったからこの意見もさもありなんだ。
「王信将軍の心配ももっともであるが、この凌は恐らく1,2日で落とす事ができる」
俺がそういうと、張児将軍も訝しむ表情で見てきた。
「それは、何か策がおありなのでしょうか?」
「あぁ、今回はさっさと終わらせたいからな、少し卑怯な策ではあるが準備しておいた」
俺の言葉を聞いた張児将軍と王信将軍は、俺の自信があるという表情を見て、それ以上言ってこなかった。
「では、明日より凌を攻める」
「「御意!」」
それから2日後、凌城の500mほど前にやってきた。
相手はどうやら籠城するつもりらしい。
他の二城に援軍を要請していたとしても到着は早くて3日後である。
今回はスピードが勝負だ。
「まず、矢が届く範囲まで移動せよ、移動したら一斉射の後、後退する」
俺の命令を伝えるなり全軍が足並みを揃えて動き始めた。
1か月前まで農民だったとは思えないしっかりとした足並みに張児将軍の調練の成果が見えていた。
兵たちが城に矢が届く距離まで行くと、相手も応戦してきた。こちらの歩兵隊が盾で弓隊を防御しているので、さほどの被害はない。
相手の一斉射が終わると、こちらの番である。
「弓兵!射撃用意!撃て!」
張児将軍の合図で一斉に矢を射てからすぐさま射程圏内から退いた。
その後、城の中から白い煙が3本、黒い煙が無数に上がり始め、場内がにわかに騒がしくなった。
「策は成功した!衝車を護衛しつつ全軍前進!城の門を突き破るぞ!」
そういうと、騎兵と共に衝車を押す兵士が前進を始めた。
慌てて敵兵が弓を射かけてくるが、盾を持った騎馬に阻まれ思う様な成果が出せないでいた。
敵兵があたふたしている間に衝車が城門前に到着し、「ドォン」という激しい音を立てて、門を叩き壊した。
「これから場内に突入する!市街地は無視しろ!一般民はほぼ味方である!手を出した者は打ち首にするからな!」
俺が怒鳴り散らすと、全軍から「おぉー!」という掛け声と共に城を目指して兵が走り出した。
城に辿り着くのは容易だった。
何せ、市街地の反乱に我らの突入である。
敵兵は混乱の極致に陥り、右往左往している者が大半であった。
たまに小規模ながらこちらの行く手を阻む組織的な反抗を試みる指揮官も居たが、いかんせん規模が小さすぎたため、こちらの軍に圧殺されてしまった。
ただ、城に辿り着いてからが大変だった。城代の顔が解らないので、全員捕まえるか殺すしかないのだ。
そこから4時間以上、場内の探索と敵の捕縛で手一杯になってしまった。
「で、城代は捕らえられたのか?」
俺は執務室を占拠して司令部として使っていた。
この部屋には城の見取り図もあり、必要な情報も集まっているので都合が良かったのだ。
「もう間もなく全て調べ終わるはずです。何せ地下道や抜け道がそこかしこにありますから時間がかかっております」
そう報告してきたのは王信将軍だった。
慎重な彼に捕縛を任せ、張児将軍には市街地の治安維持を任せている。
捕縛はまずまず順調と言える。
後は、この城の城代を捕まえ、城門を全て修理すればどうにかなるだろう。
そんな事を考えていると一人の兵が執務室に走ってきた。
「報告します!城をくまなく探したところ全員捕縛できたものと思われます」
「よし、では捕縛した者の中で城の運営に関わってきた者は大広間に集めよ。兵卒は武装解除させたのち、家に帰してやれ」
俺が報告してきた兵に次の指示を出していると、王信が質問してきた。
「兵卒を開放してもよろしいのですか?彼らが反抗する可能性がありますが」
「構わんさ、それに兵卒が好き好んで戦争している訳じゃない。いったん戦いは終了したんだ、武装さえ取り上げれば彼らは何もしてこないし、募兵は後からかければ良い」
そういって俺が肩をすくめながら説明すると、王信も苦笑しながら「わかりました」とだけ言って広間に向かった。
俺が広間に到着すると、一段下がった所に所狭しと捕虜が並んでいた。
俺は彼らより一段上の席から見下ろしながら話し始めた。
「諸君、私の名は劉宗谷である。この中に城代をして居られた方は?」
俺の発言に一人の男が立った。
男の見た目は30代後半といったところで、中肉中背の体つきに猛禽類の様な獰猛な目をした容貌だった。
「私がこの城の城代である黄煉である。この縄を解いてもらおうか、逆賊よ!」
そういって凄んできたのだが、俺は気にする事もなく兵に縄を解く様に言った。
「手荒な真似をしてすまなかったな、黄煉殿。此度の事こちらとしてもやむお得ぬ事情があって攻める事となった。許さずとも理解していただけるとありがたい」
「ふん!何がやむお得ぬ、だ!やむお得ぬなら我が城を返して頂きたいものだな」
そういって彼は俺をありったけの殺意を込めて睨んできた。
もちろん彼らの周囲には武装した兵が槍と剣を構えて威圧しているのにだ。
「ほう、黄煉殿は肝が据わっておられる。何故そこまで遼国に義理立てなさるのか?」
「知れた事、遼国に生まれ育ったからに他なかろう。祖国に弓引くなんぞ賊のする事だ!」
「なるほどなるほど、貴方が降伏しないのは祖国の為ですな。良いでしょう城は返せませんが、貴方と志を同じくする者を一緒に開放致しましょう。道中は危険もあると思うので、剣と馬くらいなら人数分お返ししますよ」
俺がそう言うと、黄煉は怪訝な表情で俺を見てきた。
「お前は俺を殺さんのか?逃がせば仇となるぞ?」
「はっはっはっ!確かに仇となるでしょう。ですが、いつか友となる事も可能なはずです。私個人としては、貴方の様な気骨のある人に仕官して頂きたいのですが、今は難しいでしょう。ならば生きて頂き、後々私の元にきて頂ければそれで良いのです」
その後、黄煉と共に行きたいという文武の官僚を開放して逃がす事になった。
馬と剣と少しの糧食を分けられた黄煉達は、振り返る事なく江中城の方へ走って行った。
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