覚醒
本日のみ2話更新です
帝国暦262年 1月
俺は、見知らぬ天井を見上げていた。
いや正確には、見知ってはいるものの、現実感のない状態だった。
自分が劉宗谷と言う名前で、数えで9歳と言う年は記憶しているものの、自分じゃない何者かが自分の中に入ってきた。
そいつは、この国、いや時代さえも違う遠く平和な所からやってきたのだ。
彼の名前は高峰宗谷、俺と同じ下の名前の男で25歳だった。
そいつの最後の記憶は、「自動車」という鉄の馬に轢かれるところだった。
ただ、そいつの視線は「自動車」ではなく、「小さな子供」を見ていた。
恐らくこいつは人助けをして死んだのだろう。
……反吐が出る。
この世界は弱肉強食だ。
強い者、富める者が大きくなり、弱い者、貧しい者が小さくなっていく。
なのに、こいつは能天気に自分以外の者を助けて、死んだ。
それが美しい事、できるならしたい事だとわかっているが、簡単には出来ないし、やりたくない。
そんな事を考えながらもう一度冷える体を丸めて目をつむった。
『ここは、どこだ?夢の中か?』
気づくと俺は、何もない真っ白な所に立っていた。
俺から少し離れた所に一人の男が立ってこっちを見ていた。
『お、初めましてだね』
そういうと男は俺を見てニッコリと笑った。
こいつが、「高峰宗谷か……」と思っていると、
『ここは君の意識の中なんだけどそこまではOK?』
高峰は、少しおどけた様子で聞いてきた。
『そのくらいは気づいているよ。で、こんな所に連れてきて俺に何の用だ?』
そうぶっきら棒に言うと、高峰は語り出した。
『ん~用と言うかなんというか、僕の最後の記憶を見た時、君はかなり鬱屈した感想を抱いただろ?なんでそう感じたのか聞きたくなってね』
と興味深そうに俺の顔を見てきた。
『そんなのお前にならわかってるだろ。俺の記憶が見れるんだから』
そう、俺たちは互いの記憶を共有している。
俺のこれまでの思い出も、高峰のこれまでの記憶も
『うん、確かに寂しい……よね。家族と離れるのは』
訳知り顔で頷いている。
本気で殴ってやろうかな……。
『おっと、殴るのは勘弁してくれよ、僕だってからかっているわけじゃないんだから』
そう、こいつはからかってない。
ふざけた様な事を言っているが俺の事を本気で心配してくれている。
それがわかるから俺もつい甘えそうになってしまう。
『甘えたら良いんだよ?僕だけじゃなくて家族にも』
それが出来たらどれだけ楽だろう。
けど、そんな事をしたら俺は、自分を抑えられなくなってしまう。
『そっか、覚悟決めているんだね。なら早くのし上がって、家族に楽させなきゃだね』
そう、俺が頑張って家族を養わなきゃ、失敗なんてできない。
『僕が言うのもなんだけど命あっての物種だからね。危なくなったら変わりなよ?』
『うん、わかっている。これからお前の知識も必要だから、よろしく頼む』
『おう、任しといて、できる限り助けるよ。おっと、そろそろ夜が明けるね。じゃあまた今度ね』
高峰がそういうと急に周りが真っ暗になった。
暫くして、朝日が燦々と家の中に降り注いできた。
今日俺は、商家に売られる。
朝から父と母が用意してくれた少し豪華な――と言っても小魚が一匹増えただけの――朝ごはんを食べた。
恐らく俺が売られる金を使っての家族最後の飯だろう。
飯を食べ終わると、商家まで付き添ってくれる人が家にやってきた。
「宗谷くんだね?準備は良いかい?」
そういって、商家の下男は優しく声をかけてくれた。
「はい、何も持つものが無いので大丈夫です」
そうそっけなく答える俺に、下男は少し戸惑った顔をしながら、「そっか」と呟いた。
俺の後ろでは父と母が涙を流しながら下男に「よろしくお願いします」と言って頭を下げていた。
俺の事を売ったのに、涙なんか流すなよ……。
俺は、決心が鈍らないように振り返らずに下男と一緒に村を出た。
村を出てから歩くこと4時間、かなり歩いたが、やっとのことで俺が引き取られる商家のある街にたどり着いた。
街の周りは城壁が張り巡らされ、その近くには水堀も作られていた。
初めて見る城壁を眺めていると、下男は街の事を教えてくれた。
「この街は昌と言う街で、南の防衛都市なんだ。南から来る海賊を幾度も撃退している難攻不落の都市と言われているんだよ。城壁は最長8メートルで簡単には攻められないようになっている。この街の中心部の市場にこれから君が働く商店がある」
下男はとても得意そうに街の事を話してくれた。
「俺が、今日から働く店はどんな商品を扱っているんですか?」
俺が質問すると、下男は目を輝かせて話してきてくれた。
「商品は基本的に乾物だね。後は海藻とかを干して海苔も作っているよ。後は、食品なら肉とか専門の業者がいる物以外は地方の特産品とかも扱っているね」
下男の話をまとめると総合商社的な事をしているらしい。
「それに旦那様はかなり良心的な方で、我々学のない者にも勉強をさせてくださったり、実力のあるものには重要な仕事も任せてくださる。お前も頑張れば田舎の両親に楽をさせてやれるぞ」
そういって下男は、俺に微笑みかけてきた。
確かに下男の話が本当なら、かなり奇特な店主であると言える。
この時代の商店は見受けした子供や下働きの下男などは、奴隷一歩手前の様なひどい扱いを受けることがほとんどである。
確かに隣に居る男の恰好は、少しみすぼらしいものの、俺が着ているほどのボロを纏ってはいないし、清潔な感じがある。
これは、もしかしたら運が良かったのかもしれない。
俺には、「高峰」という男の知識がある。
こいつの知識を使えば儲ける事が出来るんじゃないだろうか?
そんな事を考えながら歩いていると、街の中心部に立つ2階建ての大きな建物の前に到着し、下男が振り返った。
「さぁここが今日から一緒に働く楊乾物商店だ。中で旦那様が待っているから早く来な」
「え?あ、は、はい」
流石に俺も驚いてしまい間抜けな返事になってしまった。
なぜなら、目の前にある建物は、2階建てと言うだけでもすごいのに、店の出入り口が30メートル近くあり、中には所狭しと商品が並んでいたのだ。
そんな俺の事に気づかず下男は、さっさと店の裏口に入ってしまった。
俺も慌てて店に入るのだった。
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