2 初プレイは戸惑いとともに
『大聖戦争』、聖戦と大戦争をかけているのだろう。まぁ名前は陳腐なものだ。
なになに……『ゲージは5個あり、幸福度、飢餓度、経済良好度、知能度、信頼度である。
幸福度とは国民の最低限度の生活に支障をきたさないか。
飢餓度は資源的に豊富で、食料などに困っていないか。
経済良好度は、国内でのインフレデフレの動き。
知能度とは科学的技術についての向上に必要な数値。
信頼度とは、即時命令を了承するか。命令と結果が伴っているか』か。
多すぎないし、よくあるゲージだ。
『三つ以上が一定基準以下になると「反逆」「内部分裂」等といったマイナスイベントが発生する』これもありがち。
『国の種類は8種類 優劣項目は
機動力 スピード 軍隊の一定距離の移動にかかる時間が少ない
財力 金 そのまま、コマンド輸入によりパワーアップ
装甲力 防御力 兵たちの耐久力や、侵略にかかる時間が増加
征服力 攻撃力 兵たちの攻撃力や、侵略にかける時間の短縮
魔力 魔攻撃力 耐久力に左右されず、固定の損傷を与えらる
向上力 成長速度 レベルアップに必要な経験値が3%減少する
資源力 優良資本 稀少鉱物、農作物、特化人材(10人力)など
国は
貴騎族王国ユリグシア【機動力】 【財力】に優れ、【資源力】【向上力】に劣る。
破突砕王国オルベキア【資源力】【征服力】に優れ、【財力】【魔力】に劣る。
要剣塞帝国シルバニア【装甲力】【向上力】に優れ、【征服力】【資源力】【機動力】に劣る。
呪殺文大国ワレドニア【魔力】 【資源力】に優れ、【向上力】【装甲力】に劣る。
遊牧民賊国モンギニア【資源力】【征服力】に優れ、【魔力】【装甲力】に劣る
天神使奏国テルデリア【魔力】 【機動力】に優れ、【資源力】【装甲力】に劣る。
奴剛隷操国クロヴミア【征服力】【装甲力】に優れ、【向上力】【魔力】【機動力】に劣る。
平穏和朽国ヒヨヂシア【財力】 【資源力】【魔力】【向上力】がトップクラス。だがそれ以外は存在しない。(%up系は効果を発揮しない)』
……ほほう、最後の国は物理攻撃、防御が存在しないのか。つまり魔法の攻撃力と、人の質、発展のスピードで勝負する、ということだな。機動力が存在しないのは……どういうことなのだろうか。……名前が不穏すぎる。変則型なのか。
『このゲームはターン制。1ターンに行動を選択して、マップ上の兵ユニットへの指令、内政への対応、作物、穀物などの農耕。これらを「計画」すると始まる。進行は確定ではなく、農奴の場合「一揆」、兵ユニットの「反旗」などのマイナスイベントが起きる。その場合、それのためにターンを無駄にしなければならない(国の乗っ取りは絶対に成功しない)。このゲームの要素の一つとして、命令決定後、移動にまでかかる時間を町民や商人、騎士や農奴などの形で体験できる。(そのキャラクターが息絶えても、あなたが死ぬ恐れはありません。ご安心ください。最も近い同国のキャラクターに移るだけです)』……? 各部に命令を出して……モブになりきるということか? ……何の意味があるんだろう、決まったことしかできないし、移動だけだったりするのだろう。プレイ中の暇つぶし? まぁなんにせよ、この成りきりモードに興味はない。
とここまで読んだところで、時間がいい加減怪しいと感づいた。一旦説明ディスプレイを閉じると、やっぱりだ、そこには19:49という恐ろしい数列が。
私が素早くゲームから離れ、リビングにいったところで、当然そこには19分遡った世界があるわけでなし。ふくれっ面の縁の姿がそこにあった。それもそうだ。私が彼女の夕食をほったらかして20分もの時間を暇させたことなどない。あっても必ず事情を連絡したからだ。
「ご、ごめんなさい」
「ちょえ!」
チョップくらった。これでちゃららしい。痛かったが、彼女は予想外のダメージを受けた小指を労っていた。
深夜にゲームはしないたちだ。幼少期から夜にゲームをすると朝抜群に目覚めが悪い。大人になればマシになるものかなと成人後酒を飲みながらゲームをやってみたが、二日酔いがひどく、頭痛が追加されるだけだった。
日曜日、爽快に起きて10:00ちょうど。黒い椅子に座ろうとした所を聞きたくない着信音が襲った。曲名はリマスターズのヘビーウェアー。意訳で……会社の『スーツ』だ。
この部分は大した意味を持たないため、鍵括弧のみを読むことをおすすめする。
うんざりするような注文が入る。リソースだそうだ。うちの会社ではこれを『虱潰し』とも言う。いわば『プログラムの応答を一つ一つ手作業でやっていく』ものだ。近代化著しい現代社会ではあるものの、最近のプログラムソフトはいわば合成板材のようでパーツパーツのプログラムを作り、ダウンロードしたPCではそのリーダーのみをインストールする。そこにデータを送り続け、それが一つのソフトとしての動きを果たす。うちの会社ではその最終確認と、バグ潰しをやるのだ。おかしな仕組みで変な企業なのだがこれでもっているのだから口出しもできない。それで私が教育係を勤めていた『若手が盛大にやらかして』くれたおかげで、部分部分でやればいいはずのリソースを『ほぼ会社総出でやる』羽目になったわけだ。相手先は大手のゲームメーカー『グリムエンター』……って息子の会社の下請けやらされるのかマジかよ。あぁ教育係の俺が言うのも何だが、クッソ使えねぇ!
目の下にたっぷり隈を蓄えて帰る頃にはとっぷりと日も暮れて、辺りではぎゃーぎゃーやかましいカラスの一行や同じくやかましいコンビニ及びそういった部類の店舗の前に屯う高校生がいた。なんとも元気が羨ましい。老いさらばえたこの体に少しでいいからその元気を分けてくれ。元○玉なんか打たないが。
「あ……そっか連絡! ……時間は」
19:58。
「うわぁ……やらかしたぁ……」
家に帰る足取りが、疲れとこれとで余計に重たく……って重たくしてる場合でもない。鉛の体を引きずって私は急いで駅のホームを降りていった。
当然ながら家にたどり着くとアヒルの口とハの字の眉で、眉間にしわを寄せ、頬を膨らませ、そっぽを向いて、無視をする嫁の姿が。ここまで怒らせたのは自分用に買ってきていたと言う高級プリンを食べた以来である。って一時間半の怒りは高級プリン相当なのか。安いんだか高いんだか。
「ふん! です! 柚寿さんの夕食なんてぜーんぶ食べちゃいました! Yシャツも自分で洗ってください!」
「済みませんでした! す、好きなカバンでも洋服でも買うから!!」
「私はあなたにモノをせがんで怒っているわけではないのです! でも私はムーチーのセカンドバッグ(三万円相当)とリリンの化粧水(一万円相当)が欲しいです!」
なんともしっかりした答えがある(金額的にも)。こういうことを想定していたに違いない。私の言うことなどお見通しということか。私は自分がなんと単純でお決まりなことしか言えない頭の持ち主であると気づいた。
何をすれば許してもらえるだろうか……うーむ……。
私は考える間に、何が何やらわけがわからなくなり、……妻を抱きしめていた。
「ひゃ!? ほぇ!?」
縁もあまりに突然な出来事に動揺し、日本語を話すことを放棄した。どうやら私の体の方は、意外とジゴロで出来ていたようだ。えぇい、ままよ! 私はそのまま軽いキスを決めた。トレンディドラマのワンシーンかこれは。
「何するんですか! こここっこけこんなことしたってゆるゆゆゆる許しませんのよ!?」
赤面して蕩けそうな表情でぷんぷん怒る素振りをするが、まるで様になっていない。結局そのまま悶絶の一声を上げて、とてとてと寝室に走っていってしまった。
「あーあ……こりゃふて寝コースだわ……俺のせいか」
明日も仕事だ。代休? 都市伝説だろ? 私はシャワーを浴びて、疲れに任せてベッドに身を投げ出すようにしてそのまま寝てしまった。
深夜。
夕食を口にしていなかった私は、空腹に耐え切れず見事に目覚めてしまう。
目覚めてしまった。私は目覚めは良すぎるほどいいものの、寝付きは相当悪い。なので二度寝というものがおおよそできない体質なのだ。起きた瞬間から目が冴えてしまう。
腹の虫が喚くので、隣の部屋の妻を起こさぬようにそっと階段を下り、まるで泥棒のようにこそこそと冷蔵庫を漁った。中に入っていて私でも作れそうなものといえば……
「……あ」
嫁は心底私に甘い。あんなことを言っておきながら作りおきの品が二、三入っているではないか。
「愛してる……」
そっと愛の告白をしながらも、私はそれを引き出した。付箋が貼ってあって『自信作!:)」だそうだ。可愛い(・∀・)!!
食べるものを食べてすっかり満腹になった私。でもやっぱり眠くならない私、難儀なものだ。時間は……っげ、03:46。朝まで何もやらずに過ごすには少々多すぎるな、ゲームでもしよう。
私は二度目の着席をし、メガネをつけて、頭を埋め込む。そしてゲームを起動する。
早く始まらないかなー、などと思っていると画期的なことに、ハードの方のロゴもショートカットすることができるようだ。素晴らしいな。そしてどうやら設定から、前回やったソフトの前まで飛ばされる。すぐに始める。
……体の疲れがあるせいか、酷く重たく、動作が前とは少し違って見える。
『ようこそ、大聖戦争へ welcome to “Ragnarok”』
ノイズ。
『select mode A story B training C option』
ノイズ。
ノイズ。
『option SE volume 1~10 3 BGM volume 1~10 5 key code_ _ _ _ _』
自動で文字列が入力される。反応できない。体が……重い……頭がぼーっとして……
『code corruption fall 入力確認』
自動で何かが入力される。クロプション……!? 堕落……? フォール……墜落だと? 一体何が落ちるって言うんだ?
どうしてホームメニューに戻れない。どうして体を動かせない。どうしてこんなにノイズが
ノイズが
ノイズ……
『experience mode start』
『電脳の異界で、良い旅を、良い経験があらんことを』
そして世界はより深い暗闇へと陥っていった。
翌朝、07:47。
縁は隣のベッドに夫の不在を確認。娘に相談したところ、顔色を変えて家内を捜索。成果は上がらず。
代わりに、
「……君、誰?」
「あなたこそ。どうして家の中にいるのよ。居座り強盗?」
「わからない。何も覚えてない。何も……覚えてないんだ」
身元不明の白人の少年を発見する。
ネットワーク内時間、同じく07:47。
私は広く済んだ空の下、握ったこともない鍬を振っていた。
「ほらほら動きが遅いぞ201ィ! ……んぅ? 201お前そんな平たい面をしていたか? ……いかん。奴隷の顔など目が曇る。腰を入れて耕せぇ! 穀高が2000を切れば貴様も食料としてやってもこちらは一向に構わんぞ!!」
脅迫じみた罵声がムチとともに体を鞭打ち、私は途方に暮れていた。
どうしてこうなってしまったのか、意味がわからなかった。
話は三時間ほど遡る。
あの意味深な文字列はどうやら『電脳の異界』とやらに落ちたみたいで、……などと考える訳もなく、暗闇に入った瞬間冴えた頭はバグを疑い、その時の危険性を考えていた。一応のことあの説明書にはそういった解説もあった。確か脳波が観測されなくなったり、十八時間以上行動がない状態のままなら直接救命機関と本社の方に連絡が入り、救われるそうだが……さてはてその間私は何をすればいいのでしょう。この暗闇で何を。
「……01……201!」
誰の匂いが臭いって? じゃなくてこの声は何だ? どこから聞こえる? 酷くけたたましく、耳に煩い。
「起きろ201! もうすぐ見回りだ! 環視官が来る!」
誰を起こしている?
「おい! ……ってお前誰だ?」
え……全くそのままお返ししたいのですが……。目の前には黒人のような肌の浅黒い男が立っており、私を見下ろしていた。口をあんぐりと開けてこちらを皿のような目で見ている。救急隊員で黒人男性がいたのだろうか? グローバル化が進んだ日本に別段驚くこともない。だがやけに不衛生な場所に思える。周りには微かに空を見せる金網や分厚い重厚感のある石壁、そして組み木の格子があり、部屋は通路と隔絶していた。
閉じ込められている。
男は作業着のような服を着ているが、その手は肘を拘束し、手の甲が密着するような形で親指と小指を括っている。立つのにも苦労しそうだ。って、まぁ私もその状況なのだが。その上汚い麻布を口に巻かれ軽い猿轡なんだが。
まるで囚人か奴隷のようだ。
奴隷……いやまさか、でもそんな……。払っても払っても、その不安は根拠を積み上げていく。
「……」
「? お、お前は一体何者だ!? 201は……サリカムはどこだ!? なぜお前はここで……何があった?」
私は顎を引き、舌で布を押し出すようにして猿轡から口を自由にし、男に聞いた。
「わ、私が聞きたいくらいだ。ここはどこで、あんたは誰だ。201とは何の番号だ。サリカムだかポス○ムだかなんだか知らないが、この拘束を解いてくれ。私が一体何をしたって言うんだ」
「俺ができるように見えるか? 第一、俺も、201も奴隷だ。脱走などしてみろ。ただで済むはずもなかろう。残酷で見せしめのような死が待っているだけだ。お前が何をやったかなど知らん」
「……マジかよ」
「っし。来るぞ。お前は知らないだろうが201は昨日、軽反逆行動で一週間罰則として普通より多い労働を強いられる。それもこなせ。死にたくなかったらな」
「はぁ!? そr……」
口を踏まれた。慌てて猿轡を元に戻す。
「B地区第十二階層牢獄、本日の労働内容を告げる。1、次の戦闘に備えて武具の整理整頓。2、上級貴族の雑用。3、鉱山労働。4、農作業。以上だ。分担は任せる。それと201、貴様は2倍の労働をこなしさらに追加労働を与える。特別労働5、武器の被験協力だ」
一瞬近くの牢もざわめくが、まるで小波の如く一瞬で消える。
「返事ぃ!!」
「我、命は国王ミネミアの御心の下にあれ。サーヴェス!」
……なんの挨拶これ?
「201……返事をしないのか? 返事を、しないというのか?」
……どうやらこの環視官殿は私の口についた猿轡が見えていないようだ。ちゃんと咥えているというのに。挨拶だって聞きつつしゃべる素振りだってしてみせたのに。だがこういうのはわかっている。できないのにやらせる、しなかったといびる。そして傷つけ、満足を得る。俺の上司に似たようなことをした奴がいた。
「不敬罪で今すぐその首を落としてやってもいいんだぞ? 返事をしろ、さぁ!」
「我、命は国王ミネミアの御心の下にあれ。サーヴェス」
先ほどと同じ方法で猿轡を外し、言う。満足ですか環視官。だがこういうことはあまり良いことであるとは言えない。なぜならば……やはり、環視官は不機嫌な顔になった。
「誰が勝手に取っていいといった!! フン……拘束を解く。さっさと仕事に入れ」
そして時は07:47へと戻る。
土に触ることも小学校の芋掘り……いや中学校で農業の職業体験ぶりのものだ。しかしデスクワークでランニングの一つもやったことのない四十路には(主に腰に)堪えるものがある。目測で200m四方ほどの畑を二区画、ここまでやってなんと二分の一しか進んでいないと話に聞いたとき、私は思わず涙しそうになった。しかし泣けばそれこそいい的だ。僕くじけないもん。……吐き気がする。
日も傾き、……そのまま暮れても私の農作業は終わることはなく、疲れで私は倒れた。そのあとは当然覚えていないが、奴隷仲間が看救室に運ばれ……目が覚めそうになったとたん、特別任務の兵器開発部に送られた。
「おはよう奴隷くん?」
……奴隷仲間に見捨てられて傷心の私に何の用かな? 別に信頼してたわけじゃないがいくらなんでもあんまりだ。愚痴が漏れそうになるのをぐっと堪えつつそのいかにも博士ふうな口ひげを蓄えたメガネの科学者に視線を向ける。
「こんばんわ、マリリン博士」
胸にかかった名札が自己紹介している。
「おやおやぁ? どうやらやっと糞ジジイ呼びをやめてくれたようだねぇ。これは神に感謝せねばなるまい。なんせあの201号く……おや? メガネを慎重しなければなるまいな。君は201号ではないな?」
「いいえ、私は201号らしいですよ。ただしサリカムさんじゃないですが」
「おくたばりに?」
おくたばりって……。
「変な言葉ですね。死んだんじゃないですよ。私が……」
待てよ。どう言えば頭がおかしい人間だと思われない? 『謎の機械でゲームしようとしたら転送されてきました』? 何を馬鹿なことを、まずそのゲームという概念がここにあるのかすら謎だ。そしてそれは謎が謎を呼ぶことになりかねない。自分の身の上をべらべら喋れる様なものか? 損な訳はない。私はどう話せばここで納得を得られる? どうすればこのいかにも理屈っぽそうな博士を黙せる? ……
「せ、成長期だからです」
「……」
や、やってしまったー!! これはかなりの割合でやってしまっているんじゃないか? やってしまったとやってしまってないを簡単な数の比で表せば9:1くらいの割合でやってしまってるんではないのか?
だとすればこのあとどう繋がる? どうつなげるのが正解だ? こういう時にアドリブが効かない自分が何とも悩ましい! ……などと考えていると博士は大きな笑い声をあげ、こう言い放った。
「なるほど! 成長期なら仕方ないな! はっはっはっはっはっは!!」
と。
……ボケ老人め。感謝する。
しかし私は危機を回避できたわけでもなければ、問題を解決できたわけでもない。ただ単にほかの人間が納得するような理由を考えておかねばならないということと、まだ武器の使用試験は始まってすらいないということだ。
「まずはこの……薬品からだ……」
メガネが不自然に光沢を放つ。顔に異様な影がかかる。高笑いが急に含み笑いに変わる。要約すると怪しい。緑色の液体が、なんとも形容し難い汚さを持つ注射器から……垂れる。奥歯の鳴りが止まらない。いや待て話し合えばわかる。その薬品はおそらく人を軽く死に至らし「そっちの豚を出してくれ」……へ?
そこには確かに檻で睨むような鋭い視線でメンチを決める豚の存在があった。
「一人じゃ豚一匹を抑えて実験に使うのは大変苦労するんだぁこれが。ねずみやうさぎなまぁだ私一人でも押さえ込むことができるが……頼んだよぉ!」
ほっと胸をなでおろす。どうやらこの仕事、動物実験の協力とかそういった類のことらしい。危ない危ない。と思っていると、豚が口を開いた。
「やめろぉ!! 俺が何をしたって言うんだ!! 兄貴は!! 兄貴はどうしたって言うんだ!! 畜生!!! 殺してやる!! てめぇら全員畜生の餌にしてやる!! うわぁあああああ!!」
豚が……言葉を、御操りでいらっしゃられ奉りて候う。
「顎抑えて顎! 豚はおしゃべりで口うるさくて困るんだよなぁ? そう思わないかね?」
兄貴さんはどうなったので?
「今日の夜食は豚のリセーム焼きだ。環視官はうるさいから、ナイショだよぉ? はっはっはっは!」
聞きたくなかったです。ドクターマリリン。
薬品の注入、壮絶な叫び、悶絶、絶望、憤怒、憎悪、それぞれの表情。断末魔、懇願。銃声に爆音。『液体』の清掃。これ以上は言うことができない。というか思い出したくない。思い出させないで欲しい。アンナコトハ、ナカッタノダ。
胃の内容物(兄貴)が胸のあたりでムカムカとしているが、私は仕事を終え、牢獄に帰ることに。実験は……精神的な苦痛だったが、こちらに戻るのは肉体的にきつい。どちらにしてもやはり人道的でないのだが……こちらの方がいくらかマシのような気がした。精神的ブラクラというのはあれのことを言うのだろう。私は散々な仕打ち鞭打ちを受けたが、大した内容ではなくフラストレーションでしかないのであまり語ることでもないだろう。
待ちに待った夜が来た。情報を整理したり入手したり何とかして、この状況から抜け出さねばなるまい。
まずはここがどこなのか。これはおおよそあの『大聖戦争』であろう。現実世界で何か言い表せない特別ななんやかんやがあって結果ここに201のサリカムと入れ替わる形で郎に入れられたという可能性もなきにしもだが……この場合、そのなんやかんやが今年で40の古ぼけたおっさんにあるとは思えない。
次にここがどの国か、奴隷制から見てクロヴミアかとも思ったが、命令の内に『上級帰属の雑用』というのがあった。ここでユリグシアである可能性が出てくる。
ここで次の項目に入る。奴隷の層を見よう。同室のガッチリとした黒人の男、533。ほかには目の細いやせ型の白人、429。安産型であるのにスラッとした顔立ちでアンバランスな231。そして同じく女性で……常時反抗期の娘のような状態オールスレンダーKOKESI体型の606。これがB地区12階層牢獄のこの班を構成する人間だ。はっきり言ってかなり宜しくない。奴隷であるならば533のような男が大勢いて然りだ。なのにひょろりとした429や女性である231や606に力仕事をやらせるということはすなわち、『資源力』の不足を指している。これが足りないのはクロヴミアではなくユリグシアである。つまりこれはユリグシアであると見ていいだろう。
それでだ。問題はここから。もし私がここにいてNPCのような形である場合、このユリグシアを指示するのはどういったことなのか。このゲーム的に言わずもがな戦争が起こることになるだろう。ヘタをすれば……国ごと死ぬ、なんてことにはなりかねないだろうか。
……ん? 死ぬ?
十分にある。この手のゲームで負けない進め方や必勝法などありはしない。あるのは戦況の把握と、その場にあった策を考えつくことだ。
ところで……死んだらどうなるのだろうか。いや何も哲学的な自己問答をしたいわけではなく、例の説明書にあったなりきりモードの『死んだら最近の同国のキャラクターに移る』という話は適応されるのであろうか。そうだった場合、私は……。
考え込む私に、格子の外から微かに入り込む蹄達の音を聞く。牢が揺れている。相当の数だ。これはすなわち……。
「どうやら、戦争がおっ始まりそうだな。201。どうせこれから俺たちは借り出される羽目になる。おそらくは帰って来られないだろう。なら、聞けるのは今しかない。サリカムをどこへやった」
さて、どう答えるかね……。私は先延ばしにした問題に、早速ぶち当たることになった。