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9 鉄路の旅人:下

鉄路の旅人:後編です。

現れたのは何処かの駅構内。映像は運転席からではなく、乗客が座る座席より見える景色だったのでその様子がはっきりと判る。また時間が夜ということがあって、ホームに灯る蛍光灯の白い光が目立っていた。景色が動かない所なので、停車中だろうか?


向こうの世界に住む人々には先ず見向きもしない、当たり前の風景。でも廃車車両の眠るこちら側の住人である少女には貴重なもの。車両の記憶とは違って特定の部分だけを見ることが出来る。それは記憶を持つ旅人の特権だ。


ゴォォォ……。


加えてこちらは彼女の記憶なので、車内の発電機の音も投影された窓を通して聴こえてくる。その規則正しい音は元気に走っている証拠だ。しかし代わりに窓から彼女の声はない。敢えて聞こえて来ないようにしているらしい。


「これが……朝露ノ星駅?」


少女は彼女に尋ねながら、この窓に映る限りの車窓を興味深く観察する。投影の映像で知っている古き時代の駅よりも明るく、しかも置かれている機械の数が増えたような気がしていた。たが、駅自体の雰囲気は昔も今も変わってはいないように思える。


「そうよ。付け加えるとこのとき、私が乗っているのはグリーン車だったわ」


「お姉ちゃん。いくら乗客がいないからって……」


やけに優等席に乗っていることを誇る彼女に、少女は深く溜め息をつく。幽霊列車は基本、運行するときも車内は空である。しかしだからと言って、永久の旅人たる彼女が気軽に乗ることは許されない……筈なのだけど。


「気にしない気にしない♪普段は普通車に乗ってるんだから。たまにはこれくらいの楽をしたいわよ」


旅人はそう言うと、両手で湯飲みを傾け一気に飲み干す。ここに来るまで何も飲んでいなかったのか、飲むペースが早い。そしておかわりを催促してくる。


「私も人のこと言えないか……」


幽霊列車の清掃員とて、廃車車両を好きに集めて自分の家にしているのだから、文句を口にするのが難しい。なので彼女にお茶を再び注ぎながら、少女は小さく呟きつつ投影に映る景色をじっと見つめる。


乗っているのが幽霊列車なだけに、誰もいない静かなホーム。だがそれこそ夜行列車の醍醐味であり、旅をしているということを感じさせる風景であった。


それからやや間が空いてから、ホームに止まっていた景色が動き出す。発車ベルも汽笛も鳴らさずにゆっくりと夜の闇に消えていく忘れ去られた列車。そう思うと少女は少し胸が痛くなる。


駅構内のポイントを抜け、本線に入ると徐々に加速して街中を出ていく。田舎なのか灯りの数は少ない。現役の列車とすれ違うものの、その全てが貨物ばかり。なんか味気ない。


「トンネルはいつ出てくるの?」


流れ行く夜景に目を光らせ少女は彼女に念の為尋ねる。田舎だとしても街中ということなら、トンネルのある山に着くまでに時間が掛かるからだ。勿論例外もあるが。


「もうすぐ入るわ。案外山はあの駅から近いのよ」


彼女が微笑みながらそう言った途端、街中の夜の灯りが唐突に見えなくなる。代わりにグレーっぽい壁が窓全体の景色を覆い、強い風が吹くような音が記憶から聞こえてきた。それはまさにトンネルのものに間違いない。


「ここを抜けるとその景色が……」


「見えるわ。先に言っておくけど、凄いわよ」


彼女は期待していなさいとばかりに、投影された窓に注目するよう促す。なので少女も光景を見逃すまいとじっと注視する。トンネル内の灯りがこのときばかりは紛らわしく映った。


そして……トンネルを抜けるとすぐ、問題の橋に列車は差し掛かる。鉄橋は山と山との間に出来た深い谷を跨ぐように掛けられており、隣にある上り線の橋脚の土台が遥か下へ長く伸びていた。視線を空に向ければ、曇り一つない満点の星空が広がる。


ここには架線柱以外に遮るものなどない。また車両の明かりも旧型だけに薄暗い。だからこそ、車窓の先には最高の光景を創り出していた。


「うわぁ……」


少女は流れ行く車窓に映る景色に目を奪われる。もしこれが投影されたものでなければ、窓を開けて顔を出したい位だ。だがあくまで映っているのは彼女の記憶。ここからすれば幻に過ぎない。


映っていた星空を横切る流星群は、正に美しいの一言に尽きた。暗い空を切り裂くように流れ、大地に降り注ぐ幾つもの小さな白い光の線。中には一つだったものが2つ以上に四散した、青く輝く不思議なものもある。個々の流れ星は命のように強く輝き、だがあっと言う間に儚く燃え尽きてしまう。それが何度も空の上で繰り返された。


流れ星。今やここでは見ることの出来ない、向こうの世界だけに起こる奇跡だ。少女は投影で残せなくても、自分の記憶に刻もうと懸命に右へ左へと視線を走らせる。落とし物コレクションの中からカメラを持って来るべきだったらしい。


一方で鉄路の旅人はその星空に向けて祈る。人々の思いを乗せる線路が……これ以上消えないように。昔から在る美しい車窓がいつまでも残り、忘れ去られぬように……。


記憶したときは少女と同じように見入っていたのだが、今回は真面目に。願いは間に合わないけれども、そうなって欲しいという彼女の意思だった。





しかし、列車は美しい光景をずっと見せてくれない。


「あっ……!!」


車窓が再びトンネルに入ってしまい、少女は小さな悲鳴を上げた。もうあれは車窓の後ろへと消え二度と目にすることは叶わないだろう。そう思ったのか寂しさが顔に浮かんできた。


「仕方ないわ……。それが列車の車窓なのよ」


彼女は慰めの言葉を掛けて、落ち込む少女の純白に輝く長い髪が垂れる頭をそっと撫でた。トンネルを抜ければ景色は変わる。それが遠くへと繋ぐ鉄道路線の宿命だ。海から山へ、街へ……駅に着くまで止まることは許されないのだから。


「記憶はここまでよ。それに……貴方の掃除する時間が惜しいわ」


彼女は右手を壁に向けて軽く振ると、トンネルを抜ける最中の車窓が薄らいでいく。しばらくすると投影された映像は幻のように元の景色の中へ消えた。


窓の向こうに残るのは、思い出さえも朽ちた廃車車両達。彼らもまた、似たような時間ときを過ごしてきただろう。二人は今の映る光景にそんな思いを抱く。


「さて、掃除を始めましょ♪」


「えええ!!お姉ちゃん、掃除手伝ってくれるの!?」


その突然の発言に少女の目は輝く。姉妹揃っての掃除など何時以来だろうか。加えて二人なら作業がかなり楽になる。良いことだらけだ。そう心の中で思う。


「ええ。回送列車が発車するのは夕方だし、その列車を掃除するのが貴方でしょ?なら一緒にやろうよ」


彼女は嫌がる素振りもなく、寧ろ楽しみにしているようにさえ見える。本人がやりたいと言うのだ。それに断る理由もない。少女の顔にいつもの笑顔が戻ってきた。


「うん♪」


二人は掃除道具を手に列車いえを飛び出す。そして赤錆びた車両へと向かった。全ては失われた夢を掘り起こし、往時の輝きを取り戻す為に。





車窓は……ただひたすらに鉄路を走り続ける。明かりで夜の闇を切り裂きながら、朝日の上る終着駅に向けて。


幽霊列車の清掃員は……この世界の中で廃車となった列車を掃除し続ける。忘れ去られたものに再び光を与える為に。


鉄路の旅人は……流れ行く鉄路を記憶し続ける。消えていく昔の車窓を、列車が運ぶ人々の思いを絶やさないように。



そして……彼女らの車輪ときは動き出す。

感想や意見、不自然な点がありましたら投稿お願いします。


次回は姉妹揃っての協同清掃の回です。



補足資料(舞台となった少女の家5号車についての資料)


当車両の詳細


形式:12系客車 オロ12 844:秩父

車両数:1両

管理編成番号:No.9262

WSランク:A

走行区間記録1(オハ12 177):(読者の想像にお任せします)

走行区間記録2(オロ12 844):(読者の想像にお任せします)

走行予定区間:----

列車種別:----

列車名(廃車当時):くつろぎ

改列車名:----

停車駅:----

列車運行簿認証コード:----

発行:冥督府 幽霊列車専用軌道 奏橋運転所

備考:現世より博物館へ一部車両が保存されている為、半永久留置車両。寄って居住区使用を無条件に許可する。

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