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5 最先端故に……

久し振りの投稿です。今回のネタは細かく書くと長くなり過ぎるので短めに省略してあります。

ピィィィィ―――!!


霧が濃く立ち込める早朝の幽霊列車車両基地。今日もまた現世で廃車となった鉄道車両が専属の牽引機関車に引かれ、やってきた。赤錆た車両達の中を掻い潜り、指定された引き込み線に停車する。


今回引いてきた編成は、車両基地に留置された先代の車両とは全く違っていた。牽引してきたクリーム色とブルーの塗装が特徴的な流線形の機関車、(EF58)通称“死神”(廃車車両を引いてくるという意味合いから)でさえその車体の長さが廃車車両の一両分に届かないのだ。


また車両のデザインも違う。機関車は制御機器が剥き出しなのに対し、廃車編成はその殆んどがグレーのカバーで隠されて見えない。更に言えば、暗い色の塗装が特徴的な留置車両の面子とは正反対に、それは白い車体に細長いブルーの線が入った明るい色合いである。そして何よりも先頭車両は空気抵抗を考慮した流線形。その反り具合は機関車を優に超える。


そして最大の特徴はその長さと重量。編成は留置された旧型車両の最長編成すら届かず、また牽引は一両では足りない為に、最後部からは現世でマンモス級と呼ばれた茶色い塗装と二両一組設計が特徴的な、機関車EH10が補助として働いている。ここまでしないと運べないのだ。


そんな異質な光景を少女は、隣の留置線に佇む旧型客車に背を預けながら静かに見つめていた。朝のモーニングコールに引き続き、機関車の汽笛を聞き付けて直ぐ様記録簿にリストを載せよう直行したのだ。


「何よ……この編成……」


留置線に滑り込む編成を見て呟いた感想がこれだった。それは車両基地に駐留する機関車一両で運べなかったことに対する不満ではない。朝に連結器が軋むような不快な音を立ててモチベーションを落とされたことへの怒りでもない。それは……。


「どうしてこんなに綺麗なのに……廃車になったの?」


彼女が最も疑問に思ったのはそれだ。あまりに、そうあまりにも綺麗過ぎる為に。自分の見てきた廃車車両はどれも塗装が剥がれて赤錆ており、ここに送られた理由が自明なものばかりだった。だが、今目の前にある車両はそれが見当たらない。塗装はしっかりと残ってまだ走れるのではないか、と思ってしまうくらいに綺麗であった。


「もしかして……これが……夢の超特急?」


少女は思わずやってきた車両の編成に向かって呟く。夢の超特急。昔はそんな名前で呼ばれていた車両が存在していた。だが、今目の前にあるのは“初代”ではない。2代目の超特急である。ここに存在する殆どの車両の性能を凌駕し、在来線では走れない速度を叩き出す。古参の列車からすれば怪物な車両。





新幹線だった。


厳密に車両の形式名で呼ぶのであれば300系である。元々現役であった“ひかり”をよりもスピードアップを図り、豪華なサービスから如何に乗客を目的地へ運ぶかの最速時代を作り出した立役者。車両基地に眠る食堂車を付けた車両からすれば、まず恨まれる車両だ。


「今日の獲物は大物のようね。今日は……便利が詰まったその中身、拝見させて貰うわよ」


彼女は相手に圧倒されつつも、怯まない。そして最先端ということもあって興味が湧いた。それだけではない。車体が綺麗なままということは、窓などの外見上の掃除をする必要がないことを意味していた。掃除の規定は“綺麗にする”ことであって、完璧など求めてなどいない。だからこの場合は表面は不用。内装の掃除に大半を回せるのだ。


少女は早速掃除道具が詰まった倉庫から、いつもの面子を引き摺り出してトロッコに乗せ、この長大編成の前に並べていく。今回はハイテクなだけに無闇やたらと水を引いたホースなど使えない。そんなことをしたら機器を壊してしまう。


「さて、どんな内装かしら?」


マスクをして、長い髪を束ねる。次にはたきと雑巾、水を満たしたバケツを手に唯一の手動の入口である、運転席ドアの前に階段式の梯子を掛けて登る。そして準備万端だと確認すると、ドアを開けて中に入った。


中はやはり長年の放置の跡もなく埃は殆どない。しかも床は旧式車両のようにざらざらではなく、すべすべだ。ただ、代わりに年単位には届かない程度のどんよりとした空気が漂っている。換気が必要なのだが……最先端よろしく窓は開かない。またドアはよりにもよって自動ドア。


「えっと……換気扇と、電源が必要ね。電気は手持ちのバッテリーじゃ足りないから……」


少女はぶつぶつと小声で呟きしばらく考え込む。そして掃除道具をそのままにし、入ってすぐの運転席に登った。直前に階段があるのは特急ならではといったところか。


「主電源は……っと。これね」


機関車に回送されてきたのだが、運転台を操作する為の鍵はいつもの車両資料と共に見つかった。彼女は鍵を手に取って、それを鍵穴に差し込む。回すと静かな音と共に必要最低限の機器が起動した。次にスイッチを操作してパンタグラフを上げる。電線からの電気の供給が再開され、これで大分機器の操作が可能になった。


手始めに業務用ドア付近に取り付けられている乗客用ドアを、鍵で両サイドを開けた。これで換気が取り敢えず出来る。そして廃車になって時間が経っていない車両限定だが、全ての灯りをつけた。ややちらつきが見受けられるが問題はない。





これで準備万端だ。


「よし。今回の中身は期待してるわよ」


少女は、はたきと箒と今回はモップを手に客室へと足を踏み入れようとする。因みに乗降口付近には換気扇をスタンバイさせておく。掃き終わりには反対側にもうひとつ置いてこの淀んだ空気を排除するつもりだ。


そんな予定を組み立てながらドアに手を掛ける。だがその前に、客室ドアは空気の抜ける乾いた音を立てて独りでに開いた。


「……」


開けようとして手を伸ばした体勢のまま。しばらく固まる。まさかここまで最先端とは思えなかった。自動で開くなんて……。


「凄い……」


思わず驚愕の声を上げてしまう。少女はこんなハイテクな世界には生きてはいない。だから鉄道での自動ドアなど知らなかった。ドアをくぐり抜けながら、構造はどうなっているのか知りたくてしばらく狭い空間に目を向けてしまう。


「なっ……何よ。この広さは」


客室にも驚きを隠せない。座席が左右に数が違うのだ。しかも一人分のスペースも広い。明かりも今まで見てきたものと比べれば最も明るい。電球色の淡い光が蝋燭ぐらいに見える位に。特急列車よろしく格納式の簡素なミニテーブルがあるが、それも大きめだ。これなら快適な列車の旅を送れるだろう。


「わっ……!!文字が光ってる」


少女は自動ドアの上に光る液晶画面に目を留める。これも見たことがない。画面自体は回送列車だけに暗いが、端の号車番号はついていた。別で貼られている禁煙表示よりも鮮明に映るので、その性能さに感心する。


「まっ……落ちているゴミは相変わらず同じみたいね」


視線を様々な場所に向ければゴミは至る所で目にする。空き缶が窓のブラインドのストッパー代わりに挟まれていたり、ポイ捨てを隠蔽したいのか席の真下の金具との間にこれもまた空き缶が置いてあったりする。挙げ句の果てには端の席と壁の間に新聞紙が丸めて捨てられていた。


少女はそれらをいつものように回収する。飲み物は空き缶が殆ど。そして中身はコーヒーだったりする。むしろジュースが少ない。因みに旧式車両にありがちなビンなど全くなかった。新聞紙は地方新聞もあれば、薄っぺらいスポーツ記事や経済新聞もある。特にスポーツ記事は敵対するチーム同士の新聞の二つが見つかったので、両者の見解を見てしばし楽しむことが出来た。


「さて、一両目はこれくらいね」


ゴミを回収し、埃をある程度箒とモップで軽く掃除を済ませると列車から外に出て、乗降用の梯子を反対側に掛ける。そして第二の大型換気扇を自動ドア付近に置き、二つの電源を入れ稼働させた。


途端にもの凄い轟音を轟かせて淀んだ空気を吐き出していく。微量の埃がまた床に落ちてやり直す必要が出てくるが、空気の入れ換えには変えられない。掃き掃除をもう一度、次には得意な雑巾がけだ。最先端車両には似合わないやり方だが、モップよりは綺麗になる筈だ。


「さて、第二戦と行きましょうか」


少女はテンションを高めにそう呟くと、再び車両に突入した。まだ一両すら終わっていない。だがこの編成は16両も連なっている。簡単には終わらないのは明白だったが、それを少女は逆に楽しんでいた。


最先端故の掃除の難しさ、便利さ。加えて自分が乗ることの出来なかった車両を、今直に触れることが出来るのだから。その意味では彼女にとって“夢の超特急”なのかもしれない。


「今日は楽しい一日になりそうね♪」





掃除を終えた後は回送用の機関車が来るまで、少女はグリーン車の座席でゆったりとくつろぐことにする。今回やった仕事内容は、終着点で折り返す際に行われる清掃員のやることと何ら変わらないが、それを一人でこなした為に疲労困憊だった。まぁ、寝台列車のフル編成に比べれば遥かに楽なのだが。


因みにこの列車の車内チャイムは試してみたのだが、音が電子的なものだった。オルゴールならば時代を感じさせる深い音色を奏でる。しかし電子オルゴールは無機質でいつも同じ音。最先端なだけにどこか物足りなかった。それに……。


「やっぱり速いだけに景色がよく見えないわね……」


窓に現役当時の景色を投影して、それを眺めながら寂しそうに彼女は呟く。確かに超特急だからこそ速い。でも速さを追求した代わりに犠牲になったのは車窓だと思った。沿線沿いに立つ家の一つ一つに目が向けられない。小さな発見をする前にすぐに次の景色へと切り替わってしまう。ちゃんと眺めることが出来たものと言えば富士山くらいだ。そのことが寂しかった。


最先端は速さを追求した。だが代わりにゆったりとした景観が犠牲になったのだ。

意見、感想があれば投稿お願いします。


そろそろ秘蔵ネタを出す予定です。なお、この小説にはプロットがない為に完結を考慮していません。

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