2 回送列車
作者はこの小説を執筆する際に事前にインターネットで題材となる車両について調べ、使える要素を抽出しています。なお、実際に乗ったことがないので車内は写真を元にしたイメージで表現です。
幽霊列車車両基地に一日の明確なサイクルは存在しない。サイクルを決めるのはここを担当する少女が決める。
「うう……」
時刻設定されて点灯するヤード(目覚ましの音が光に変わっただけ)の光が少女の寝床にしている小屋に降り注ぎ、カーテンを掛けて広々としたベッドに眠っていた彼女を起こした。しかしまだ眠たくて二度寝をしようと再びブルーの目を閉じるが、その前に小屋に置かれた更なる目覚まし時計の音が天井のスピーカーから流れ、それを妨げる。
「♪♪~~♪~~♪」
目覚まし時計のアラーム音は昔寝台特急に取り付けられていたモーニングコール。もちろんちゃんとスヌーズ機能付き。
「はぁ……もうこんな時間ね」
モーニングコールは一回ならまだ心地よい。だが、ループすると次第にくどくなり気分は悪い方向へと向いてしまう。なので目覚めの悪い朝になるのを阻止するため、少女は青一色のパジャマ姿のまま、ベッドから体を起こした。背伸びをして気持ちのよい朝を迎える。
それからベッドに掛けられた梯子で上から降りると裸足のまま、ひたすら個室ドアが続く細長い廊下を走り奥にある小部屋の扉を開け中に入る。そしてモーニングコールの音源の電源盤に飛び付くと電源をOFFに切り替えた。唐突にメロディが止まり、不気味な程の静寂が訪れる。
「これで何度目の朝なのかしら……?」
小部屋に置かれたパイプ椅子に近い椅子に腰掛けて大きなガラス窓から外を望みながら少女はふと呟く。少女は最早生きてはいない。強いて言えば冥界にいるが冥界にはいない。そんな状況下にいた。しかし、この仕事を請け負うのならば避けられないのだ。
「もうすぐ太陽が……」
外はまだ薄暗い。だがもうすぐ目の先の地平線から太陽が昇るだろう。ここから日の出を毎日見ること。それが少女の日課であり、楽しみでもあった。
しばらく待つと太陽が昇り、オレンジ色の光が放射状にこちらに向かって差してきた。すると深く暗い眠りについていた車両基地に置かれた列車群に当たり、彼らを目覚めさせた。車体からは光によって黒い影が取り払われて、本来の姿が露にされる。
ここにあるのはどれも現役時代に走り続け、引退し廃車にされた車両である。そのために綺麗に掃除されている車両はない。どんなときでも鉄路を走り、そのまま解体場に運ばれ最期を迎えたその時間を止めた状態がこの車両群の実態だ。だから塗装の剥がれ、茶色い錆びがある。鉄道車両の墓場と言われても仕方ないだろう。
また少女の白銀の髪にも差し、わずかに赤く染める。
「さて、今日の仕事を始める前に……」
少女は小部屋から出るともう一度狭く長い廊下を歩き、寝台スペースに戻ると布団を畳んだ。次に自分の使うベッドの隣、衣服収納用の元同じくベッド区画に移る。それから青パジャマを脱いでいつもの白ワンピースに着替えた。
彼女はこのワンピースを気に入っていた。なぜなら自分がまだ生きていた頃、両親からプレゼントされた大事な宝物だからだ。命を失い、冥界に来てしまったときに唯一一緒に持って行けた自分という存在を肯定してくれるもの。
「よし♪朝食ね」
髪直しも終え、窓に立て掛けた鏡の前で自分の容姿を見て問題がないことを確かめると、今度は小部屋とは反対方向に長い廊下を歩く。彼女の使う小屋は廊下が長い。それが特徴である。
因みにどうして廊下が長いのか?それは後で分かるでしょう。勘がいい読者なら読み破れるかもしれません。
廊下の端に着くと部屋同士を繋ぐ二枚の引き戸をあけると、不意に廊下が右寄りに逸れる。彼女は逸れた後に出現するドアを開けるとその中に入った。
そこは少女一人には広い厨房だった。食器とかは彼女が使う度にしまっているので流し台には何もない。電子レンジを始めとした料理をするのに必要な設備は揃っているが、実際に稼働するのはトースター一台と二十四時間稼働の冷蔵庫だけ。他はずっと沈黙している。
少女はトースターの電源を付け、食パンを一枚中に入れてからスタートスイッチを押した。パンが焼ける間は自分の座るテーブルの上を布巾で小さな汚れを拭き取り、食器棚からマグカップと皿、スプーンを、冷蔵庫から牛乳とヨーグルト、そしてバターを出す。
チーン♪
トースターにパンをいれて三分後。軽やかな音を立てて焼いたパンがぴょんと飛び出した。焦げ目はなく、茶色くいい具合に焼き上がっている。
「じゃあいただきまーす♪」
焼けた食パンにバターをまんべんなく塗り、白いマグカップに牛乳をたっぷりと注ぎ、ヨーグルトにスプーンを添えて用意を終えると少女は手を合わせて一人で言った。誰もいないこの世界でそれに返事などないが自己を保つために毎日食事のときにするのだ。
食事中、彼女は目の前のトーストを見ながらも外の朽ちた車両群が立ち並ぶ寂しい光景をじっと静かに見つめる。車両の割れた窓の中からは真っ暗な空間が口を開けている。
数分後、食事を終え食器を片付ける。自分がやらなくて誰がやる?の精神で流し台で洗剤とスポンジを駆使して食器を使う前の綺麗な状態まで戻した。
ちなみにこの食器、車両清掃のときに食堂車から拝借した代物である。日常で使うものとは違う雰囲気で毎回慎重に扱ってしまうのが毎日の癖。
そして、日々の食料品は冥督府より支給される。目が覚めて冷蔵庫を見るといつの間にか食料がそこにあり、少女の生活を支えているのが現状だ。その運び込まれる光景を見たことはないが。
ピィィィィィィ―――!!
少女が食器を上の棚に仕舞おうと思ったときに、甲高い汽笛の音が車両基地の静寂を唐突に破った。何度も言うがこの世界にいる人間は少女ただ一人であり、彼女が何かをしなければ音すら立たない。
考えられるのはアレしかない。
「もう来ちゃったのね……。また、迎えに行かないと」
少女は数少ない食器を片付け、急いで何枚か引き戸を開けて小屋の中を走ると入り口にしているドアから茶色い革靴を履いて外に出た。
外に出ると少女はもう一度、周囲の音に耳を澄ませる。さっきは部屋の中だったので何処の方向からか分からなかった。しかも車両同士で音が反響し合うせいで余計に判断を狂わせる。
ピィィィィィィ―――!!
再び汽笛の音。少女はその方向を確かめるとその場所に向かって急ぎ足に駆け出した。一応車両基地の構図は頭に入っていて、どの線路が空いているか把握しているつもりだが、突然線路が出現することだってざらにあるので場所は具体的には不明。自身の聴覚が頼りである。
少女は細長く伸びた自分の小屋のそばを走り抜け、車両の空いた隙間から次の線路へと横切っていく。少女の小屋は全体がブルーに塗られ、そこに白い帯が引かれていた。
小屋の下部にはある一定の距離ごとに識別ナンバーが白く振られていた。これはある車両のもの。
オロネ 25 1003
こんな番台の車両は現世では今も昔も実在しない。厳密にいえばこれは少女がここに運び込まれた車両を改造して自分の住む小屋にしているものだ。ちなみに種車は……。
オロネ 25 (番号はご自由に設定して下さい)
そして、この一両に飽きたらず生活に必要な車両を手当たり次第引っ張ってきて1つの編成を作り、小屋と称して彼女は私的に使っている。私的に使うだけに車両は綺麗にされ、車両基地の中では最も目立つ。
確かに車両を全て送るのが規則だが、元々この世界は線路と廃車車両、ヤード灯以外しかない。だからといって地べたで寝ろ、というのは酷過ぎるので、冥督府からの計らいにより一部車両を泊まる場所の代わりに使ってもいいという許可が下されたのだ。勿論むやみに車両を増やすなと釘を刺されたが。
ちなみにこの少女が作り上げた編成は全て車番は塗り替え、オリジナルのものと化している。延べ8両。その詳細は次話で。
少女は一定の間隔で鳴り響く汽笛の音を頼りに無限と続くヤードを走る。これは毎日行われていて、彼女にとっての運動にも一役買っていた。そして、一日の始まりを告げる大事なことでもあった。
しばらくして、少女は汽笛の鳴るヤードの線路上にたっていた。その線路の100m先には黄色い光とこちらに近づく黒い影。始めは小さなものだが、段々と大きく迫りスピードが速く見えてくる。
ピィィィィィィ―――!!
こちらに迫ってくるのは前話のC62ではない。しかしそれはC62と同じく、少女の手によって現役時代の息吹を吹き返した機関車だった。特有の流線型の長い車体に一灯の黄色い光を灯しているので判別しやすい。
キィィィィィ―――!!
金属同士が擦れる甲高いブレーキ音を立ててその機関車は彼女の目の前で停車した。停車し、空気が一気に排出されるような音がすると、運転台の上のへッドライトの光がゆっくりと消えた。
機関車の塗色は全体が深いブルーで先頭部だけは下半分をクリーム色になっている。また、二枚窓の運転台は誇示するかのように半円を二等分し、それぞれ別方向に裏返して繋げたような銀色の線が入っていた。だが運転台には運転手の姿は崩して中が暗くて見えない。
運転台の窓下にはその機関車の銀色に塗られた車番が見えた。
EF 58 (車番は読者に任せます)
この機関車は少女が好きな形式の1つである。何故好きなのかは本人に聞いてみなければ分からないが、とにかくどこかが気に入っているらしい。
そしてその機関車の後方にはボロボロになり、当時の姿の名残すら消え赤く錆びた編成が繋がっていた。その正体は牽引する機関車とは時代が同じでも、決してそれとは連結されることはなかった列車であった。繋げられるのはEF58が双頭連結器(どんな車両とも連結できる連結器)を装備しているからだ。
この車両基地では時々朝、廃車になった列車が機関車によって牽引されてくるときがある。車両は廃車時の姿のまま、少女が掃除するまでここに留置される。
ピィィィィィィ―――!!
機関車は牽引する役目を終え、連結器を解放し汽笛を鳴らすとヘッドライトをつけ、静かに発車し線路の彼方へと走り去っていった。
車両基地に再び静寂が訪れる。少女は運び込まれた車両を眺めた。
今回は客車ではなく電車。しかも一時期は少女の小屋に使っている客車同様、夜を走る寝台特急として君臨し、昼夜共に使用可能な画期的発想で生まれた車両だっ。
この列車の車体は深いブルーにクリーム色の線が引かれた塗色で活躍していたようだが、今の惨状は先述の通り塗装は完全に剥がれ、辛うじてその色が塗られていた跡の欠片とその形だけが残っただけだ。
その朽ちた車両の編成は延べ12両。もはや旧式の客車の如く連なっていた。
先頭部のヘッドライト、テールライトは共に電球は割れ、特急を表す逆三角形のマークは光沢を失っていた。そして、肝心の列車種別つまりトレインマークには回送の文字が寂しく表示されていて痛々しい。
その先頭車両の側面には形式名が少しだけ残っていた。
ク…ネ 5…3 ………(文字が剥がれて分からない)
「……」
少女はこの光を失った編成を見て初めはやはり動揺する。この列車はどこを走り何を乗せてきたのかは知らない。しかし人々をそれぞれの望む目的地へと送り続け、最期を迎えたことは確かだ。
でも何年も走り、力尽きたその成れの果てを見るのは心が痛む。しかし、この列車を復活させることは出来る。彼女の力で。
「ようこそ、幽霊列車車両基地へ」
少女は独り言になるが、列車に向かってそう呼び掛けポケットから1つのメモ帳を取り出した。そして、黒いボールペンであることをそこに記す。
それはこの列車基地に眠る車両のリストだった。
留置車両記録簿
………
追加:583系 12両 WSランク A
追加:キハ58系 4両 WSランク C
………
上の行に新たに追加された車両をリストに記入し終わると静かにメモ帳を閉じて再びポケットにしまった。そして楽しげに言う。
「さて、掃除を始めましょっか♪」
*WSはWorst State(状態の悪さ)の略。
感想、意見があれば出来る限り答えます。
次話の更新は本当に未定です。ただ、季節ネタは最低限入れたいとは考えています。