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1 幽霊列車車両基地の少女

この小説は短編小説“幽霊列車の清掃員”の長編化したものです。メインで書いている小説とはまた違うやり方で物語を展開していきますのでよろしくお願いします。


初回は短編の本文を再編集したものすが、続編に繋げて いく構成となっています。

ガラリと列車の入り口のドアを開ける。ドアは何の抵抗もなく白いワンピースを着た少女を受け入れ中の車内へと案内してくれる。


中に入るとその当時現役だった頃の古めかしい空気と車内の静寂が五感を通じて少女に流れ込んできた。木の臭いがそれを更に強調している。


少女はそれを懐かしむことなどせずせっせと中を歩き第一両目の客室の引き戸をこじ開けた。


引き戸を開けた瞬間、さっきの古めかしい空気がより一層濃く充満しているのが分かる。でもそれはいつものこと。それよりも少女が客室で目に留まるのは埃にまみれた藍色の座席と乗客の振りをしているようなゴミの数々だった。


「あーあ、またまたこんなに汚しちゃって」


少女はそう悪態をつきながら様子を一目で軽く見ると車両から出て地面に降り立った。そして入った車両を振り返る。この車両は一両だけではない。他にも中間車とおぼしき車両が五両程連なる編成だった。そしてどれも車体を茶色い。


少女が乗った車両表面にはナンバープレートがあった。


スハフ42 ………(番号は掠れて見えない)


「掃除するかいがあるわね……」


そう言うと少女は白銀の髪を靡かせ、ブルーの瞳をキラリと光らせて車両から離れていく。


車両の隣にはまた車両。ないところには線路がある。そんな空間が広大に広がっていた。車両はどれも表面が傷んでいてその中でも茶色い客車は塗装が剥がれてボロボロで所々赤い錆がでている。もはや廃車同然の姿だった。そしてそんな車両が所狭しと並んでいる。


そんな中を少女はスキップしながら歩く。空には青い空と白い雲が流れる。


「掃除道具はどれを使おうかな」


しかしここは普通の世界ではない。かといって冥界でもない。強いて言えばこの場所は現世で役目を終えた鉄道車両が眠る車両基地であり、これから幽霊列車として再利用する為の整備場であった。


この少女は既に死んでいる。しかし冥界でこんな辺鄙な世界で清掃員をやらないか、と向こうのお偉いさんが話を持ち掛けてきたのだ。それを少女は承諾した。この場所で何十年くらい。


別名 幽霊列車専用車両基地


ここが彼女の職場であった。





「さて始めますか♪」


少女は清掃道具倉庫からホウキや塵取り、雑巾などを筆頭に引っ張ってきて客室入り口に並べた。(最初にこのスペースは雑巾で綺麗に掃除した後)水は遥か遠くの蛇口からホースで繋いで引いている。


準備万端だった。


「今日はどんな発見があるのかしら」


少女は何かを期待して作業に取りかかった。箒を手に。


まずは掃除する前に車両の窓を開ける。埃が舞ったらただではすまないから。木製の窓は堅く、少女は渾身の力でこじ開ける。多少それで埃が出るが後のことを考えれば軽いものだった。


そうして一両分開けると本題に突入する。箒で掃き掃除。思ったより埃が出てきた。とあるブルーの座席には何故か蜘蛛の巣。現世でどんな扱いだったのかな?と首を傾げた。


おっとはたきを使うことを忘れてた。少女は急いで座席真上の荷物置きの汚れを落とした。マスクを掛けて掃除しているがそれでも埃が充満するとくしゃみが出る。


でも何年分かの汚れはこの世界では当たり前。


主に床に落ちているのは埃を除いて紙切れ。時折瓶が落ちているときもあり、更にそれが有名なワインや酒だったりするとテンションが上がる。しかし中身は空がほとんどなので堪能はできないが。栓抜きがある車両特有のお楽しみの1つである。


少女はそういった珍しいものはゴミとして捨てずに大事にコレクションとして保管する。現世の情報を知る為の貴重な資料だから。特に新聞紙であれば尚更だ。


一通り掃き掃除を終えると今度は雑巾がけ。車両の端から端までを行ったり来たりする。少女は小学生の頃を思い出してそれに一生懸命努力する。その際、床に挟まっていた小さなゴミを逃さず回収する。


次はトイレ掃除。この車両にはトイレがついている。タイルが敷き詰められているのはいいが、やはり茶色く汚れ、ヒビが入っている。


まずは便器の掃除から。やはり年数を経ると曲者になるこの汚れ……。たっぷり時間を掛けてブラシと洗剤で擦って落とす。これには幸いヒビはない。


「さて……壁は取り替えないと不味いわね……」


そう呟き、持ってきたスペアパーツから白い新しいタイルを取り出して交換する。地道な作業だがこれが楽しい。トイレ掃除をしているライトは誰もいないから無視。


そうしてトイレ掃除を終えれば次は車掌室の掃除。緩急車だから当然あるが少女は掃除しながらもここで働いていた人間はどんな気持ちで座っていたのか感傷に浸る。


車内用のオルゴールがあったのでこの際掃除のリズムを上げる為にネジを回した。


車内にノスタルジックな雰囲気を漂わせる音楽が流れる。しかし綺麗な音ではなく人々から忘れられた哀しく掠れた響きだった。


最後まで聴き終わると少女は投げ出された車内アナウンス用のマイクを正位置に戻して清掃道具と一緒に次の車両へ向かった。





掃除を始めてから数時間後。その編成五両全ての掃除が終わった。しかしそれだけでは終わらない。仕上げが残っている。


少女はひとまず最初の車両に戻ると清掃道具を外に置いて今度は列車のスペアパーツを片手に作業を始めた。スペアパーツは冥界から幾らでも手にはいるらしい。理由は大体想像がつくけど。


少女は低い身長を補う為に大きな階段式の台を置いて頭上の電球を取り替える。毎回の経験だが、ここに行き着いた時点で全て壊れていると言ってもよい。一応テストする為のバッテリーを率いているが反応は薄くたとえ点灯しても風前の灯火だった。


ついでに扇風機も取り替える。劣化しているから使い物にならない。でも取り替えても新たに付けるのはやはり同じ扇風機。どこにこんなものがあったのやら。


座席のカバーも破けているので取り替える。取り替えることだらけだ。車掌室の無線もオルゴールも新調していく。


この作業もまた一両一両一人でこなしていく。古い電球はそのままゴミ箱行き。彼らはここでもやはり救われない。


そうしてまた編成を一周した。床下の部品の交換はまた別の部署が管轄しているから手が出せない。


最後は車体表面の塗装。そのままだと不味い気がするがここの塗料には時代を遡り復活させるおまじないがあるので車体をペンキで塗っていけばいく程当時の面影を取り戻していく。ここであの分からなかった番号に白いペンキを塗った。


スハフ42―――(番号は読者の想像で)


これにも数時間費やしてとうとう自分の仕事が終わった。


仕事を終えて少女は最後尾車両の緩急車でオルゴールを限界まで回して車両中に響かせ、座席に座り、この車両基地を車窓から見た。オルゴールはさっきと違って明るい雰囲気を取り戻し、電球の色は明るく車内を照らしていた。


外にはまだ暗闇に取り残された車両達が静かに沈黙している。今回のような客車のみならず電気機関車も、蒸気機関車、ディーゼル車、電車もある。電車は行先は告げず、回送という幕をこちらに出して眠っている。少女の救いの手を待つように。


太陽は傾き夕方になった。


ブォォォォォ――ン!!


遠くから蒸気機関車の汽笛の音が聞こえた。もう時間だった。少女は座席から立ち上がって最前車両の扉まで急ぐ。


ブォォォォ――ン!!


客車の先頭の繋ぎ部分の扉を開けて前を見ると彼方から黒い蒸気機関車が此方に後進しながら近付いてきた。炭水車からは黄色いライトがついて少女と車両を照らした。


プレートには機関車のナンバー


C62 ―――(番号は読者の想像で)


機関車は数メートル手前で止まり安全を確認する。それを指揮するのは少女の最後の仕事。


「大丈夫です。どうぞ」


少女の声を聴くと機関車は静かにゆっくりと後進を再開する。


ガチャンッ。


金属がぶつかる音を立てて連結器同士が繋がり、1つの編成になった。


少女はもうこの車両から降りなくてはならない。


「元気に走ってきてね」


そう言い残すと少女は車両から飛び降りた。


それを機関車が確認すると再び汽笛を盛大に基地全体に響かせた。


ブォォォォォ――ン!!


それは復活の喜びと別れの悲しみを表していた。実はこの機関車もこの車両基地から出てきた蒸気機関車だった。現世では最大の機関車と呼ばれたものも時代の流れに消えてこうして幽霊列車を引く役目になったのだ。


ガチャン!!ガタン……ガタンゴトン……。


機関車はベッドライトで前方を照らして静かにその車輪を動かして走り始めた。それに少女が綺麗にした客車が引かれていく……。一両一両明るく車内を照らしながらゆっくりと。


少女は離れる車両の傍から手を振った。少女はこの基地からは出られない。だから見送るのだ。


最後尾車両が最後に過ぎ、こちらに赤いテールランプを灯して答えながら蒸気機関車の黒い煙と一緒に線路の彼方へと消えて行った。


太陽は赤く輝いていた。また時代の中に消えた車両がこの基地に運ばれてくるだろう。そしてその度に少女は車両を掃除して見送る。


「はぁ……今日の仕事は終わりね」


線路の果てまで見送ると少女はため息をつく。関わりがあったのはたった1日だけだが、かつて自分が生きていた世界を語る大事な手掛かりなのだ。回収したビンよりも価値は高い。そのときの空気が閉じ込められているからだ。こうして毎回列車を送る度に彼女は寂しさに包まれる。


太陽が沈み、車両基地が暗くなってヤード灯に電球色の明かりが灯った。その頃になって少女はようやく走り去って行った方向に背中を向けて歩き出した。一応彼女にも帰る場所はあった。彼女はそこを小屋と称して毎日の睡眠のために使っている。


因みに小屋とはどういうものか?その話は次話にしよう。


「今度はどの列車を掃除しようかな」


ヤード灯に照らされた列車の黒い影となった姿を見つめながら呟く。その声は静けさに包まれたこの場所で大きく響いた。この車両基地に自分以外の人間はいない。だから不気味な程静かなのだ。強いて言えばヤード灯の電気が流れるあの静か過ぎる音ぐらいしか聴こえない。


少女は小屋に帰ると、シャワーを浴びてから青いパジャマに着替え歯を磨き、目覚ましをかけると部屋のふかふかのベッドに寝転んだ。横になると今日の分の疲れが一気に出てきてすぐに瞼が重くなる。それでも掃除は楽しい。自分の掃除した列車が輝きを取り戻して再び走ってくれるから。


「今はどこを走っているのかな……?」


少女は復活した列車の勇姿を思い浮かべながら眠りに落ちていった。


この仕事にオーダーはない。自分の好きなようにして構わないのだ。ただし1日一編成を綺麗にすること。それがルールだった。


そのルールに則って少女は明日も掃除を続ける。地道に一両ずつ。ここから全ての列車が発車していくことを願って……。


そして車両基地から発車した幽霊列車は少女が眠りについた後も今日もどこかの線路で当時の面影を残し、彼女の想いと共に走り続けている。人々に何かを伝えるために。列車に終着駅はない。

感想、意見がありましたら投稿お願いします。


投稿の優先順位は低いので第3話以降はいつになるかは完全に未定です。いつの間にか投稿されていることがあります。


次話からはオリジナル編集の物語です。

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