寵を争うということ
部屋に差し込む日差しで目を覚ます。
「まだ、寝ていて良いのだぞ。」
優しい声が聞こえました。
「王様?」
声の方へ顔を向けると、そこには既に身支度を整えた王様がいました。
「ごめんなさい、お手伝い…」
せっかくアイリーンさんから色々教わったのに、昨夜の晩酌のお酌も、朝の身支度のお手伝いも出来ませんでした。
「良い。疲れていたのであろう。もう少し休んでいろ。」
と、優しく髪をすいてくれる、王様。
気持ちいい。
「王様、おはようございます。」
「ああ。おはよう。」
ブルースカイの瞳が細められる。
最初はちょっと怖くて、苛立たしかったこの瞳が、今ではこの世界での拠り所のようにも感じてしまいます。
これが、所謂、好き、ということなのでしょうか?
…自分自身の気持ちなのに、まだ、私にははっきり分かりません。ですが、あんなに、泣くほど嫌だった後宮入りを果たしてしまうほどには、王様の存在というのが私の中で大きくなっていることは確かです。そして、この気持ちを、王様のお側で育てていきたくて、そして、少しでも王様の力になりたくて、この後宮に入ることに、自分で決めたのです。
そんなことを思っていると、王様が何かを思い出したように、
「ああ、そうだ。」
そう言って、腰にさしてある大小の剣のうち、小さい方を抜き、それを左の中指へ当てます。
「え?王様?な、何を!?」
私は慌てますが、王様はご自分の指をご自分で傷付けてしまいます。
「何をしているのですか!?そんな…」
取り乱しかけた私を、優しい言葉と目で、王様は制す。
「心配は要らぬ。こうせねばならぬだけだ。」
そう言って、王様はご自分の血をベットのシーツに垂らします。
「よ、良く分かりませんが、お手を見せて下さい。」
私はそう言って王様の手をとり、治癒魔法を施します。
「そんな心配そうな顔をするな。これは…そうだな、その、…王家の秘密の呪いのようなものだ。」
何故かいい淀みながら、そう、仰いました。まさか、これが…
「これが、寵、なのですね!」
「…は?」
そうなのですね!これならマミーが私にはあまり見せたくなかったのが分かります。だって、自分で自分の指を切るなんて…。はっ!?寵を競う、とは…この王家の秘密をめぐって!?
「王様、私、この頂いた寵、きっと、守り抜きます!」
…。
……。
………。
私の決意表明に、王様はしばし呆然としたあと、
「まあ、よい。おいおいだ、追々…」
と、何やらブツブツいってらっしゃきましたが、フゥー、と一度大きく息を吐き出すと、気をとり直したように、
「俺はもう行くが、ハナコ、今日の予定は?」
と聞いてくる。そして、
「えっと、午前中は女官長から改めてこの後宮についての説明があるそうです。その後は今のところ特には。」
そう言うと、
「では、昼食を共に。」
そう言って、私のつむじにキスを落としてご政務へと行かれました。
「ハナコ様、失礼いたします。」
そう言って入ってきたのは、アイリーンさんと、マリーさん。メリーシアさんは朝食の準備をしているそうです。
「おはようございます。アイリーンさん、マリーさん。」
その後は、お二人に身支度を整えるのを手伝っていただき、朝食をいただきました。
では、ご説明させて頂きます。そう言って女官長は色々と説明してくださいました。
後宮外へ出る際の手続きや、逆に家族などが後宮に訪れる際の手続き。春と秋に行われる、後宮主催のガーデンパーティー、各夜会などへの出欠席の手続きなどです。
また、この後宮での私の立場は、他の后の方々と同じ側室であること…これは事前に王様から説明されていましたが…まさか、私、どなたかの側室になるとは思いもしませんでした…。
そして、女官長は最後にとても言いにくそうに、
「ハナコ様…、実は、ルシフィーナ様主催のお茶会が本日午後よりあり、それに、是非ハナコ様も、と…」
と、おっしゃいました。ルシフィーナ様とは、一番最初に後宮入りし、ガルニア侯爵家のご令嬢です。このガルニア侯爵家は、ルシフィーナ様のお父上が現財務大臣を勤めるお家で、建国当時からの由緒あるお家柄だそうです。
「はい!わかりました。」
そう私が返事をすると、目を見開いて、意外そうな顔をします。なので、
「王様に、寵はしっかりいただきましたので、後は私がしっかりしていれば良いことだと思うのです。」
と、言うと、女官長はじめ、アイリーンさん、マリーさん、メリーシアさん、他数人の女官さん方が顔を赤らめます。…何故でしょう?取り敢えず構わず続けます。
「それに、無理矢理な行動や、言動がない限り、他の側室方とも良い関係を築きたいですし…」
「さ、左様でございますか。えっと、では、ルシフィーナ様に参加の旨、お伝え致します。」
そう言って、女官長は顔を赤らめながら退室しました。
「アイリーンさん、私、また変なこと言ったでしょうか?」
そう聞くと、アイリーンさんは少し困ったように、
「いいえ、ハナコ様のおっしゃる通りで、他の側室方と友好な関係が築ければ!それに越したことはございませんが…その…」
アイリーンさんが、さらに顔を赤らめます。…はっ!?そうです!
「ごめんなさい!寵のことは気安く口にしないに限りますね!」
「え?ええ。まあ、他の側室方の手前、なるべくは…」
そうでした。私ったら…王家の秘密をこのように易々と…。以後気を付けなくては!
その後、昼食を王様とグレースさんといただきました。
何故か王様がグレースさんに、何故おまえが…、や、二人の時間が…、とブツブツおっしゃってましたが、王様…お疲れなのでしょうか?こちらでは昼食を食べる習慣がなく、だから、ここ数ヵ月でその習慣が身に付いてしまったグレースさんがついでにご一緒しているのだと思うのですが…。
そして、午後2時、おやつの時間。
私は昼食を摂ってしまったので、お腹いっぱいなのですが、お茶会に出席します。
礼儀やマナーはアイリーンさんと確認済みです。
お茶会は、テラスで行われていました。
「失礼いたします。ハナコ.ノハラ様、ご到着です。」
控えていた、侍女の方がそう告げました。
お茶会が、行われているテーブルへと進みます。
「ルシフィーナ様、お招きいただき、ありがとうございます。私、ハナコ.ノハラと申します。よろしくお願いいたします。」
「ふーん。王は幼児趣味だったのね。では、仕方がないわね。」
…。
……。
………。
えっと、これは、所謂、寵を争う、ということでしょうか?