表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/26

懐かしい物 (高校生編)

寺の駐車場から車2台が出発。

元弟は道案内役をするつもりで、先に走っていく。その後方、桂木親子の車が追う。

前方を走る元弟の車を見ながら、助手席に乗り込んだ蒼真は期待と不安を抱いていた。

運転手の桂木父は、何も言わない。

どうして行くことにしたのかは、聞かない。

もしかしたら、父も香の家に行きたかったのではないかと、感じていた。


「蒼真」

「ん?」


静かで穏やかな声だ。だけど、どこか不安気な先輩の声。


「いいのか?寺で俺の言ったこと、覚えているか?」

「うん」

「亡くなった彼女の名前は、皐月 香。俺は彼女の1つ上の学年だった」

(改めて女性だった頃の名前を呼ばれると、ドキッとするよ先輩)

「そうなんだ」

「・・・。俺の思い出に付き合わせることになって、悪い」

「父さん。大丈夫だよ」

俺は了承しているよと、蒼真がニヤッと口元をあげると、桂木父は苦笑した。

「有難う」



近道の路地を通り、10分程で皐月家に到着した。

車は3台止められるようにリフォームで

駐車場が広くなっていて、直ぐに止めることが出来た。


車から降り、玄関前で止まり、改めて16年振りの香だった頃の我が家を見上げる。

新築は無理だったようで、増改築をして2世帯住宅に変わり、庭は完全に無くなっていた。

洗濯はどこに干すのかと見上げると、2階部分が干せるようにベランダが作られている。


(懐かしいけど、変わってしまったところもあるなあ)

玄関前で家を見上げている蒼真を、里羅は蒼真の腕に自分の腕をからませる。

恋人のように腕を組むような感じに。

背は現在168㎝ある蒼真の肩よりも低く、中学生の細い腕だと感触で分かる。

「ねえ、早く早く」

その上気して見上げる仕草は女の子らしい。

幼稚園、小学校との女子達の事がフラッシュバックさせるが、

ただそこまでの意地悪さを感じないことと、この娘は姪なんだと思うと

頭の中は、「姪」と変換されて黙認出来た。


(香の体だったら、姪を可愛がっただろうな。弟の子供だもん。可愛いって思う)

蒼真がまるで自分が伯母になったような態度を取っていることを

周囲は知らなかった。

特に女性を恐怖対象にしている事を知っている桂木父は、不思議に思っていることだろう。


先に玄関の扉を開けた母澪は、にこにこ笑顔で振り返る。

「どうぞ、ゆっくりしていってね」

最期にハートマークが飛んでいるような錯覚の甘えた感じがある声がかかる。

前は女性だっただけに、こんな時の色のある誘うような、甘えのある声に

悪寒を感じた。

(普通の女性好きな男性なら、甘えた声って、嬉しいのかな?元女なので、通じなくて

すみません)


そうして懐かしい元我が家に足を踏み入れる。

玄関を入り、廊下を歩く。

左手が応接間で、右手がリビングでキッチンと・。

柱も壁も綺麗で、

すっかり様変わりしていて、面影のあるのは、応接間の座卓と座布団くらいか。

きょろきょろ辺りを見回しながら、応接間に座るように促される。

元父と元弟は、もう1つ座卓を別の部屋から運び、2つを横並びに。

姉の瑠璃が濡れ布巾を持ってくると、座卓を拭き、澪がコーヒーを運んでくる。

その様子を見つつ、隣の桂木父を見ると、いつの間にか元弟とコーヒーを飲んで

雑談している。

「蒼真君、コーヒーどうぞ」

「有難うございます」

(槇は、座卓運んだら、お客の相手か。父は、アルバムを見せるつもりか)

いそいそ廊下から2冊のアルバムを手に戻ってきた。


一緒に話しに花を咲かせようかと思ったが、元父に弟、その家族が応接間に集まっているが

元母が見当たらない。トイレと称して、席を立ち、廊下へ出る。

廊下の左手にキッチンがあることを思い出し、緊張して歩いていけば、そこに歳を取った元母が

なにやら支度をしていた。

煮物にお吸い物、ほうれん草のお浸しを作るつもりで、材料が並んでいる。

急に客を招き入れたので、昼食の献立を急きょ変更した感じだ。


寿司の注文用カタログが電話横に置いてあるので、寿司が桶で来るようだな。

季節的に暇な時期のはずだから、今、注文して1時間くらいで着くな。

そんなことを頭の中で計算しつつ元母親の前に立った。


「あら、蒼真君。どうしたの?トイレなら後ろの右手よ」

「いえ、手伝います。これを剥いていいですか?」

サトイモを1つ手にすると、元母親は驚いた。

「蒼真君、料理とか作るの?」

「たまに」

「じゃあ、お願いしちゃおうかな」

にこにこと笑顔の元母の顔を見て、蒼真も笑った。


香の頃、高校卒業して、直ぐに海外の料理大学へ留学、海外の店で修業して

日本のレストランのオーナーに誘われて日本に戻ったから、両親と弟には

自分の腕をあまり披露することがなかった。

この機会に、少し手伝いをして自分の腕をみてほしくなったという下心があった。


さくさくと下準備をして、鍋で煮始め、お吸い物もだしから取り始めるという

普段の主婦の料理ではない手法に、元母親はじっと静観していた。

プロの料理人なら、1時間も掛からないおかず。

40分後には、元母親が作ろうとしていた煮物、お吸い物、お浸しが完成した。


「蒼真君、凄いわ」

煮物の味見をして、元母親は感心している。

「お吸い物もなんだか高級料亭風。ほうれん草のお浸しは、どこかで食べたお店の味だわ」

「そうですか。それは、良かった」

蒼真は、元母親の喜ぶ顔を見ることで、自己満足感を味わった。



「ごめんください~」


玄関方面から若い男の声がする。

「あら、寿司屋が来たようね」

お財布を持ち出し、元母親は玄関へ小走りしていく。重い桶を持つのは大変だろうと

蒼真も後を追った。



玄関先では、「ちわっ」と高校生の男子が野球帽を被り、寿司屋のエプロンをつけて

1M幅の寿司桶を2つ持っていた。

「あら、3代目。お手伝い?」

「今日は、部活休みでこき使われてる」

「期待の長男だからね。はい」

「まいど」

お金を受け取ると、首から下げていたひも付き財布にねじりこむ。

そこから硬貨を数えて取り出し、元母親の手に領収書と一緒に渡す。


「有難うね」

元母親が桶を受け取るが、寿司桶はプラスチックではなく、木の桶なので

慌てて蒼真は駆け寄って寿司桶を奪った。

「持ちます」

「あら、蒼真君。有難う。助かるわ」


2人の会話が終わる頃、慌てて元弟の娘。姉の方が応接間から出てきた。

「寿司が届いたの?」

直ぐに祖母である元母親に声を掛ける。

「ああ、瑠璃。菊池君が届けてくれたのよ」

まだ玄関に佇んでいた青年に目を向けると、菊池と呼ばれた青年が瑠璃を見た。

「おす」

「洋輔、手伝い?」

「そ」

「さんきゅ」


先ほど静かでおどおどしていた風はなく、妹の里羅に近い感じの話し方だ。

一瞬、目がテンになり桶を落としそうになった。

ああ、猫被ってた?と聞きたい衝動が生まれるが、さっさと応接間に運ぼうと一歩足を出す。

「瑠璃、そいつ誰?」

と、まだ菊池君はいた。

「え?蒼真君のこと?蒼真君は、お父さんの高校時代の先輩の息子さん。

F高校の1年なんだよ」

「・・・・」


なにやら思うことがあるのか、蒼真が視線を向けると、キッとひと睨みされ

「俺は、瑠璃と同じ学校で、同級生で幼馴染の菊池きくち 洋輔ようすけ

なんだか挑まれているのは気のせいだろうか?

「え?ああ。こんな恰好でごめん。俺は、桂木かつらぎ 蒼真そうま


そんな2人のやりとりに、元母親はおかしそうにくすくす笑っている。

「もう。洋輔、仕事は?」

「あ、ああ。まいど」

彼はまだ仕事が残っているようで、慌てて走り、止めてあった寿司屋の配達用の籠付き自転車に

飛び乗って、去った。


「あの野郎は、気にしないでね」


猫を被っていたのが取れたことで、一気に普通の女子に戻っている。

瑠璃は、蒼真から1つ桶を奪い取ると、隣に並んで応接間に足を運んだのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ